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第一部
おともだち
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フラエは浮かれていた。騎士団時代の同期が(騎士団にいた頃は、割とどうでもよかった人間なのだが)友達になろう、と提案してきたので、フラエはそれをのんだ。彼は人から真っ直ぐな好意を向けられると、すぐ絆される。
「ディールは成長したんだな」
あんなに僕のことを馬鹿にして……煽って……魔力を見せびらかしていたのに……としみじみするフラエに、ディールは顔を赤くした。
フラエには関係ないことなのだが、最近のグノシス王子といえば、王宮騎士団に入ったらしい。日々訓練に真面目に励んでいるとのことだ。まだ十代の見習い騎士たちと並んで基礎訓練を受けている、というまことしやかな噂は、フラエには関係ないことなのだ。
ディールは研究所担当の文官ということもあり、フラエの職場で会う機会もそれなりに多かった。時には食事をともにすることもあり、彼とフラエの「友達付き合い」は順調と言えた。
「フラエはさ、ヘイリー卿のこと、どう思ってるの?」
「友達」
即答するフラエ。噂好きのミジーが、わざわざ自分の机で休憩中のフラエの元へやってきて尋ねたのだ。その声に、向こうの島のミスミがこちらへ振り向く。まだ昼休みではないのだが、たまたまこの日は皆、やることが既に終わっていた。
「……友達って距離感、かな」
疑問を呈するミジーに、「近すぎるよな」とミスミが首を突っ込んできた。ミスミはディールのことが気に食わないらしく、たびたびフラエと彼が二人きりになるのを厭う。
「ミスミ、なんでそんなにヘイリー卿に当たりが強いの?」
からかうようなミジーの声色に、ミスミは「なんかいけすかないんだよ」と顔をしかめ、頭を掻いた。
「ヘイリー卿の目、なんか……その……熱っぽくないか?」
手をわきわき動かしながら、彼は言葉を選んでいるようだった。
「友達に向ける目か? アレが?」
「そりゃ、アンタ……」
恋愛の話題の気配にミジーの声が弾む。フラエは雰囲気が怪しいのをそれとなく察し、逃げる算段をつけはじめた。フラエは本当に、ディールのことは何とも思っていない。だからこそ彼との関係を噂されるのは、いくら親しい同僚とはいえ気まずかった。
「フラエ?」
なんとなく居心地悪そうな彼に気づいたのか、ミジーは少し申し訳なさそうな顔になる。ぺろ、と舌を出して「私、はしゃぎすぎちゃったかも」と肩をすくめた。
「ごめんね」
「ううん、いいよ」
フラエがミジーを許す。ミスミは脚を組み、唸っていた。通りすがりのギックが小声で「色目つかいやがって」と毒づく。それにミジーが目を釣り上げて向かっていく。
「ちょっと、こっちに来なさい」
怒り肩のミジーに、廊下へ連行されるギック。それを見送るフラエに、どこからともなくカシエが声をかける。
「リンカー、ちょっと」
突然声をかけられ、驚いて椅子からわずかに浮くフラエに加え、ミスミも驚いて椅子から落ちかけた。二人の大袈裟な驚きように、彼は苦笑する。ごめん……と謝る二人に、「いいっていいって」と彼は温厚に言う。
「ヘイリー卿、来てたよ。声かけなくていいの?」
それを聞いて、フラエは「カシエも?」とげんなりした。あまりにも顔に出ていたのか、「ごめんね……」と特に特徴のない、善良そうな顔立ちの彼はすまなさそうに頬を掻く。
「でも、仲はいいんだろう? エイラさんも言ってたよ、騎士団で元同期だったんだって?」
その時、生体研究室の扉が開く。ちょうど職員全員の視線がそちらへ向けられ、一斉に注目を浴びたディール=ヘイリーが気まずそうにした。そして誰かの姿を探し、辺りを見渡す。
「リンカー研究員に用事が」
「ディール」
フラエは立ち上がり、ミスミとカシエの間を抜けてディールの方へ寄る。彼はフラエの姿を認めて微笑み、廊下に出つつ「一緒にご飯、食べよう」と誘った。
「昼?」
「うん」
フラエとディールは並んで歩き、食堂へと向かう。相変わらず質素な食事が乗ったトレーをとり、机に向かい合って座る。食べ始める前に、「ディールはそれで足りるの?」とフラエがふと尋ねた。彼は「足りるさ」と微笑む。
「胸がいっぱいで」
「お腹は……?」
首を傾げるフラエに、ディールは切なそうに目を細めた。そのフラエの隣に、いつのまにかやってきたミスミがトレーを起く。そして人好きのする笑みで、「俺もご一緒していいですか」とディールに尋ねた。
「……それは、もちろん、いいですよ」
有無を言わせないミスミに、ディールの顔が少し引き攣る。フラエは気にした風もなく、パンをちぎって口に入れた。そしてディールも無言で食事を始め、つられてミスミも無言になった。周りの職員たちは気まずくて、むしろ饒舌になる。
「グノシス殿下が騎士団に入ったって、本当なのかな」
ぴくり、とフラエの手が止まる。
「騎士団の知り合いはマジって言ってたよ」
「あの方が十代の見習いに混じって素振りしてんの?」
「そういえば、事務の友達も言ってた。いきなり入団を申し出たんだって」
緑の瞳がわずかに揺らいだ。フラエの向かいに座っているディールが、そっと彼の様子を窺う。彼らは動揺するフラエに気づかず、噂話を続けた。
「なんでいきなり。これまで散々そういうのから逃げ回ってたのに」
「そりゃ、……」
「こないだの発表会で……」
視線が、一斉にフラエに向けられる。フラエが彼らを睨み返すと、皆そそくさと食事に戻った。ふん、と鼻を鳴らすフラエに、「フラエさぁ」とミスミが話しかけた。食事中の発言にぎょっとするディールに構わず、「うん。何?」とフラエは食事の手を止める。
「グノシス殿下のこと、嫌い?」
「うん」
即答するフラエに、ミスミは「そっか」と気のない返事をする。不敬罪、という指摘を全員が忘れるほど、あっさりした答えだ。
「じゃ、ヘイリー卿は?」
「好き」
ぴく、とディールの指が跳ねる。ミスミが「友達として?」と尋ねると、フラエは頷く。
「もちろん。友達としてだよ」
ディールは熱っぽい瞳でフラエを見た。ミスミは彼を一瞥して、意地悪な質問をするか悩んだ。フラエはグノシスとヘイリー、どちらがより好きなのだろう。
さすがにそこまで俺も性格悪くないな、とミスミはその質問をやめた。そう聞いてしまえば、フラエもきっと傷つくだろうことは、予想に難くないのだし。
それはそれとして、と、フラエに蕩けるような笑みを浮かべるヘイリーを見る。コイツもろくでもない奴だ、と目を細めた。
ミスミこと、三角武雄は二十一世紀、地球と呼ばれる星の日本国という国家から転生してきた。享年五十三歳。信号無視のトラックにはねられて云々、以下省略。人生の記憶はざっと七十年を越えており、フラエをはじめとした若い同僚たちは子どものようにしか思えない。
若いな、とフラエに色目を使うディールに思う。熱心にフラエのもとへ通い、あからさまな態度を取る彼。意識的かは知らないが、フラエの外堀は確かに、ディール=ヘイリーによって埋められつつある。
フラエが外堀を埋められた程度でどうにかなるタマとは、ミスミは全く思わない。でも、つらいだろうなとは思う。
フラエにはもう「王子様」がいるのに。グノシスの名前を聞くたびに切ない顔をする、甥っ子のようなかわいい友人。その背中を、ミスミは「お前はそうだよな」と叩いた。
「ディールは成長したんだな」
あんなに僕のことを馬鹿にして……煽って……魔力を見せびらかしていたのに……としみじみするフラエに、ディールは顔を赤くした。
フラエには関係ないことなのだが、最近のグノシス王子といえば、王宮騎士団に入ったらしい。日々訓練に真面目に励んでいるとのことだ。まだ十代の見習い騎士たちと並んで基礎訓練を受けている、というまことしやかな噂は、フラエには関係ないことなのだ。
ディールは研究所担当の文官ということもあり、フラエの職場で会う機会もそれなりに多かった。時には食事をともにすることもあり、彼とフラエの「友達付き合い」は順調と言えた。
「フラエはさ、ヘイリー卿のこと、どう思ってるの?」
「友達」
即答するフラエ。噂好きのミジーが、わざわざ自分の机で休憩中のフラエの元へやってきて尋ねたのだ。その声に、向こうの島のミスミがこちらへ振り向く。まだ昼休みではないのだが、たまたまこの日は皆、やることが既に終わっていた。
「……友達って距離感、かな」
疑問を呈するミジーに、「近すぎるよな」とミスミが首を突っ込んできた。ミスミはディールのことが気に食わないらしく、たびたびフラエと彼が二人きりになるのを厭う。
「ミスミ、なんでそんなにヘイリー卿に当たりが強いの?」
からかうようなミジーの声色に、ミスミは「なんかいけすかないんだよ」と顔をしかめ、頭を掻いた。
「ヘイリー卿の目、なんか……その……熱っぽくないか?」
手をわきわき動かしながら、彼は言葉を選んでいるようだった。
「友達に向ける目か? アレが?」
「そりゃ、アンタ……」
恋愛の話題の気配にミジーの声が弾む。フラエは雰囲気が怪しいのをそれとなく察し、逃げる算段をつけはじめた。フラエは本当に、ディールのことは何とも思っていない。だからこそ彼との関係を噂されるのは、いくら親しい同僚とはいえ気まずかった。
「フラエ?」
なんとなく居心地悪そうな彼に気づいたのか、ミジーは少し申し訳なさそうな顔になる。ぺろ、と舌を出して「私、はしゃぎすぎちゃったかも」と肩をすくめた。
「ごめんね」
「ううん、いいよ」
フラエがミジーを許す。ミスミは脚を組み、唸っていた。通りすがりのギックが小声で「色目つかいやがって」と毒づく。それにミジーが目を釣り上げて向かっていく。
「ちょっと、こっちに来なさい」
怒り肩のミジーに、廊下へ連行されるギック。それを見送るフラエに、どこからともなくカシエが声をかける。
「リンカー、ちょっと」
突然声をかけられ、驚いて椅子からわずかに浮くフラエに加え、ミスミも驚いて椅子から落ちかけた。二人の大袈裟な驚きように、彼は苦笑する。ごめん……と謝る二人に、「いいっていいって」と彼は温厚に言う。
「ヘイリー卿、来てたよ。声かけなくていいの?」
それを聞いて、フラエは「カシエも?」とげんなりした。あまりにも顔に出ていたのか、「ごめんね……」と特に特徴のない、善良そうな顔立ちの彼はすまなさそうに頬を掻く。
「でも、仲はいいんだろう? エイラさんも言ってたよ、騎士団で元同期だったんだって?」
その時、生体研究室の扉が開く。ちょうど職員全員の視線がそちらへ向けられ、一斉に注目を浴びたディール=ヘイリーが気まずそうにした。そして誰かの姿を探し、辺りを見渡す。
「リンカー研究員に用事が」
「ディール」
フラエは立ち上がり、ミスミとカシエの間を抜けてディールの方へ寄る。彼はフラエの姿を認めて微笑み、廊下に出つつ「一緒にご飯、食べよう」と誘った。
「昼?」
「うん」
フラエとディールは並んで歩き、食堂へと向かう。相変わらず質素な食事が乗ったトレーをとり、机に向かい合って座る。食べ始める前に、「ディールはそれで足りるの?」とフラエがふと尋ねた。彼は「足りるさ」と微笑む。
「胸がいっぱいで」
「お腹は……?」
首を傾げるフラエに、ディールは切なそうに目を細めた。そのフラエの隣に、いつのまにかやってきたミスミがトレーを起く。そして人好きのする笑みで、「俺もご一緒していいですか」とディールに尋ねた。
「……それは、もちろん、いいですよ」
有無を言わせないミスミに、ディールの顔が少し引き攣る。フラエは気にした風もなく、パンをちぎって口に入れた。そしてディールも無言で食事を始め、つられてミスミも無言になった。周りの職員たちは気まずくて、むしろ饒舌になる。
「グノシス殿下が騎士団に入ったって、本当なのかな」
ぴくり、とフラエの手が止まる。
「騎士団の知り合いはマジって言ってたよ」
「あの方が十代の見習いに混じって素振りしてんの?」
「そういえば、事務の友達も言ってた。いきなり入団を申し出たんだって」
緑の瞳がわずかに揺らいだ。フラエの向かいに座っているディールが、そっと彼の様子を窺う。彼らは動揺するフラエに気づかず、噂話を続けた。
「なんでいきなり。これまで散々そういうのから逃げ回ってたのに」
「そりゃ、……」
「こないだの発表会で……」
視線が、一斉にフラエに向けられる。フラエが彼らを睨み返すと、皆そそくさと食事に戻った。ふん、と鼻を鳴らすフラエに、「フラエさぁ」とミスミが話しかけた。食事中の発言にぎょっとするディールに構わず、「うん。何?」とフラエは食事の手を止める。
「グノシス殿下のこと、嫌い?」
「うん」
即答するフラエに、ミスミは「そっか」と気のない返事をする。不敬罪、という指摘を全員が忘れるほど、あっさりした答えだ。
「じゃ、ヘイリー卿は?」
「好き」
ぴく、とディールの指が跳ねる。ミスミが「友達として?」と尋ねると、フラエは頷く。
「もちろん。友達としてだよ」
ディールは熱っぽい瞳でフラエを見た。ミスミは彼を一瞥して、意地悪な質問をするか悩んだ。フラエはグノシスとヘイリー、どちらがより好きなのだろう。
さすがにそこまで俺も性格悪くないな、とミスミはその質問をやめた。そう聞いてしまえば、フラエもきっと傷つくだろうことは、予想に難くないのだし。
それはそれとして、と、フラエに蕩けるような笑みを浮かべるヘイリーを見る。コイツもろくでもない奴だ、と目を細めた。
ミスミこと、三角武雄は二十一世紀、地球と呼ばれる星の日本国という国家から転生してきた。享年五十三歳。信号無視のトラックにはねられて云々、以下省略。人生の記憶はざっと七十年を越えており、フラエをはじめとした若い同僚たちは子どものようにしか思えない。
若いな、とフラエに色目を使うディールに思う。熱心にフラエのもとへ通い、あからさまな態度を取る彼。意識的かは知らないが、フラエの外堀は確かに、ディール=ヘイリーによって埋められつつある。
フラエが外堀を埋められた程度でどうにかなるタマとは、ミスミは全く思わない。でも、つらいだろうなとは思う。
フラエにはもう「王子様」がいるのに。グノシスの名前を聞くたびに切ない顔をする、甥っ子のようなかわいい友人。その背中を、ミスミは「お前はそうだよな」と叩いた。
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