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第一部

幕間:グノシスの採用面接

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 散歩と称して王立研究所付近をうろついていたグノシスは、王宮に戻ってすぐ王宮騎士団への入団を希望した。あまりにも突然な要望に、急遽騎士団長と王太子、グノシスの三者面談が開かれることとなった。国王は出席の意思を示したが、公務のために欠席である。
 グノシスは椅子にふんぞりかえり、「王族としての責務を果たす心づもりが決まったのだ」としらじらしく述べる。それはあくまで建前であり、本当の理由が別にある。そう確信したダリアスと騎士団長は、顔を見合わせた。ダリアスに至ってはうっすら彼の本音を察してすらいた。また、彼が王立研究所の研究員に入れあげているのは、王宮内の公然の秘密である。
 ダリアスは彼の恋愛相談にのっていたし、彼という歪んだ鍋にはフラエという大らかな蓋が必要だと確信している。従って特に深入りせず、いいんじゃないか? と適当なタイミングで認める準備を整えはじめた。グノシスにはフラエに認められる努力をして、さっさと彼の心を手に入れてほしい。
「どうして、今になって騎士団に入ろうと? もちろん歓迎はいたしますが」
 戸惑った様子の騎士団長に、妙なところで素直なグノシスがあっさり白状する。
「実は、好いた人に『あなたが真っ当な人に変わらない限り、お付き合いを考えられない』と言われたのだ」
 フラエがここにいれば、「そんなことは言っていません」「都合のいいように考えないでください」と白い目で咎めただろう。しかしここに彼はいないので、ダリアスは、多少なりとも彼らに進展があったのだろうと内心微笑んだ。騎士団長は、暗にグノシスへ「あなたは真っ当ではない」と言い放ったらしい、噂の彼の思い人へ思いを馳せた。
「……つまり、色恋沙汰であると。そのような理由での入団は、許可できません」
 当然ながら厳格な彼は、そんな浮かれた理由を許さない。彼は厳めしい表情で「殿下」と改めてグノシスに向き直る。
「恐れながら申し上げます。我らの務めというものは、生半可な覚悟で務まるものではございません。また王族であろうとも、我々と同様の訓練を受けていただきます」
 王宮騎士団は、国境警備に当たる諸騎士団以上に過酷な訓練を科すことで有名だ。国の中央部を守り、また地方へ赴き、現地の騎士団では手に負えないダンジョンを攻略するのが彼らの務めである。
「ダンジョン攻略の際、殿下に遠方への遠征へ参加していただくこともあるでしょう。警護には万全を期すとはいえ、時には大きな危機に瀕することもあり得ます」
 それでも入団を希望するのか? と、老練の騎士は実直に問いかける。
「騎士団とは、色恋に浮かれて入る場所ではございません」
 強い諫言で締め括った騎士団長に、内心ダリアスは同意せざるを得なかった。しかし、それではグノシスは何も変われない。何かしらの錘がなければ、彼は奔放で愚かな王子のままだ。
「……それでもだ」
 グノシスは膝に置いた手に力を込め、騎士団長を見据えた。彼は絞り出すように、本心を告白する。
「確かに私は、好いた人のために、騎士団に入ろうとしている」
 幼い頃から王子たちを見守ってきた騎士は、グノシスを「殿下」と、僅かに咎める声色で呼んだ。それを振り切るように彼は続ける。
「私が好いた人は、あなたのために変わってみせると言う私に、『酢になった酒は酢のまま』と言った」
 恐らく、堕落しているグノシスは堕落したまま変われるわけがない、という意図の言葉である。臣下が王族にかけるとは思えない辛辣な言葉だ。忠誠心に厚い騎士は眉をひそめたが、ダリアスは内心、拍手喝采をフラエに送った。それくらい遠慮容赦ない性格でなければ、この服を着た傲岸不遜とは付き合えない。
「彼は、私が深い傷をつけてしまったために、私が変わることができると信じられないのだ」
 グノシスは悔いるように告白する。普段の彼からあふれる根拠のない自信は、すっかりなりをひそめていた。
「散々傷つけ、振り回した。それでも私は、彼を手に入れたい」
 そして背筋を伸ばして胸を張り、真っ直ぐ、懇願する瞳を騎士団長へ向ける。
「男として、……人として、立派な人物になりたい。頼む」
 どこまでも私利私欲だ。結局のところ、彼はフラエに認められたいがために騎士団への入団を希望している。
 しかしそれは、わがまま放題に暴れ回っていた王子が、王家に忠誠を誓う騎士へと初めて聞かせた、自分を省みる言葉だった。
 しばらくの沈黙。騎士団長は柔らかく目元を緩め、掌で膝を強く叩いた。小さく、覚悟を決められたのですな、と呟く。そして、「王宮騎士団の訓練は、かなり過酷なものです」と改めて念を押し、グノシスの目を見た。
「殿下と言えども、我々は容赦しません。あなたは、あなたよりも若い新人に混じり、基礎から心技体を鍛えることとなります」
「なんでもいい。私は、変わりたい」
 誠実な老騎士は、さらに踏み込む。
「殿下の思い人が、それで確実に殿下へ振り向かれるという保証はありません。それはその方のお心次第です。仮に思いが通じ合ったとして、あなたと思い人が結ばれることは、ないかもしれない」
 不都合な真実を真摯に突きつける彼に、ダリアスは唸って腕組みをした。しかし、「構わない」とグノシスは即答する。
「少なくとも私が行動しなければ、何も始まらない」
 その言葉に、騎士団長は深く頷いた。大きゅうなられましたな、と彼がこぼした言葉は、どこか温かい響きを持っていた。
「善行はその日に行え、と言います。今から訓練の見学にいらっしゃいますか?」
「ああ。よろしく頼む」
 グノシスは頷いて立ち上がり、騎士団長もそれに続いた。二人は部屋を出ていき、残されたダリアスは天井を見つめる。
 仮にフラエとグノシスの思いが通じ合ったとして、彼らが婚姻関係に至ることが非常に難しいのは事実だ。ダリアスは四人の弟たちに甘い兄である。そしてそれ以前に、クアルトゥス王国の次期元首である。
 ダリアスにとって、愛する弟たちは将来への不安要素でもあった。文武ともに優秀であり、同じ正室の子であるが、怠惰と評されているグノシスは、その最たるものである。御しやすい駒と見て彼にすり寄る者がいることを、知っている。
 正直、彼が入りたいと言い出したのが騎士団で、ダリアスは内心安堵したのだ。グノシスが中途半端に政務に関わろうとした場合、ダリアスは彼に仕事を諦めるよう仕向けただろう。
 いずれにせよ、ダリアスの目的は一つだ。フラエへの恋心でグノシスの目が眩んでいる今のうちに、どうにか彼を片付けなければいけない。
 普段は穏やかな目が、狡猾に光った。
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