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第一部

フラエの秘密の趣味*

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※含有成分:嬉々として触手に犯されに行く受け


 フラエ=リンカーは、クアルトゥス王立グラナ研究所に所属する研究者だ。同時に元騎士であり、予備役の一人として数えられている。騎士としての実力はそれほどでもないが、一般人と比べれば、格段に戦闘能力には長ける。

 ここからは、フラエの秘密の趣味の話だ。

 休日の朝、いつものように早く起き出して支度をする。ただし服装はいつものものではなく、動きやすいシャツとパンツ、その上に革鎧。長い髪は邪魔にならないよう引っ詰める。普段履いている革靴は靴箱に片付け、騎士団時代に愛用していたブーツを履く。靴紐を騎士団の規範通りに結び、防具の金具をひとつひとつ確認しながらベルトをきつく締め、身体にしっかり固定。朝食用の固いパンを一つ食べながら武器を選定し、背負い鞄には予備の防具一式に加え、隙間に採集活動用の道具を詰めた。腰にロングソードを提げ、懐には短剣を仕込んだ。防具に備えられた小袋に、万が一のために火属性の魔力を詰めた簡易爆破装置を入れれば、準備完了だ。
 部屋を出ると、廊下はしんと静まり返っていた。厚底のブーツが立てる厳つい足跡が辺りに響き、フラエは足にたまにしか履かない靴を馴染ませるよう、時折つま先で床を叩く。研究所に就任したての頃は、たびたび足音に驚いた所員が顔を出したが、今では皆慣れたものだ。時々すれ違う早起きの同僚たちは「ダンジョン攻略? がんばってね」と軽い調子で挨拶をする。
「うん。冒険者ギルドへ行ってきます」
 フラエは軽い足取りで外へ出た。朝早いこともあり、空気が美味しい。世界は明るい。
 この世界には魔力が満ちており、生命はみなその恩恵を受けている。しかし時には魔力の偏りが、魔境を生むこともあった。
 魔境はダンジョンと呼ばれ、そこに挑む者は冒険者と呼ばれる。冒険者への依頼は、ギルドという組合へ集約される。すなわちフラエは、ダンジョンに挑むため、専用の組合へ依頼を受けに行くのだ。
 ギルドへと到着すれば、昨日発生したばかりの小さなダンジョン情報がいくつか掲示されていた。こういった小さな異変の対処は、比較的簡単で命の危険はほぼない。しかし、手柄を立てたと言うには、難易度が圧倒的に足らない。武勲を立てたい者はほとんどこういった依頼は取らず、小遣い稼ぎ目的の若い騎士や、経験の浅い冒険者が単身で挑むことがほとんどだった。
 フラエは鼻歌混じりに土属性のダンジョンを選び、依頼受理の手続きをする。すっかり顔見知りになった事務の中年男性は、「また来たね」と気安くフラエに声をかけた。まさか目の前にいるのが公爵家を出奔した上、先日変異ヌメリツタ(平たく言えば土属性のモンスターである)の種子を出産した研究者だとは思っていないのだろう。自分の肩書きも増えに増えたなぁ、と、フラエはなんだか感慨深くなった。
「いつもお疲れ様。はい、行ってらっしゃい」
 気の良さそうなおじさんから、依頼を受けた冒険者の印であるメダルを受け取る。彼はフラエを見て、しみじみしながら「君も大変だねぇ」と励ますように頷いた。恐らく彼には、金銭に困っている若い騎士に見えているのだろう。嘘をつく理由もないので、素直に訂正する。
「いえ。これは趣味ですから」
 にこ、と微笑めば、おじさんは微笑ましそうに目を細めた。ついでに妻が作ったのだという焼き菓子を分けてくれたので、ありがたく食べながら現地へ向かう。人に親切にされると気持ちが明るくなるな、と自然と足取りも軽くなった。

 フラエが依頼を受けた土属性のダンジョンは、少し都市部から離れた田園地帯の一角に出現したようだった。森にある洞窟の奥に魔力溜まりが発生し、変異して凶暴化した植物たちが襲いかかってくるとのことで、近辺の住人たちがギルドへ依頼したようだ。
「さて、始めるか」
 おじさんからもらったお菓子で満腹になり、やや動きは鈍くなるだろうが、いつもよりスタミナはある。フラエは荷物を背負ったままロングソードを抜き、身体の正中線ぴったりに立てた。手は臍の近くに置き、額に剣を当てれば、ひやりとした感触がした。
「はじめに精霊ありき。火のことわりは熱であり、火の精霊は鉄を喰み、火が喰む鉄を人は打つ」
 騎士が出征する緊急性の高い現場ではまず使われない、丁寧かつ長い、正式な詠唱。騎士たちが冗長と嫌うこの手段を取らなければ、満足に戦えないのがフラエだ。
火の精霊サラマンダーのいと高き御名を唱え、我が命を捧げん。汝創世の獣、ことわりの精霊、我が贖いに答えかし」
 その瞬間、フラエの持つ剣が燃えるように熱くなる。同時に、自分の中の何かが削れる感覚。フラエの剣は炎の力を帯び、炎を薄く纏った。試しに近くに落ちていた枝を切れば、あっという間に燃え滓になって消える。
 よし、と誰に言うでもなくフラエは頷いて、ダンジョンへと足を踏み入れた。瞬間、フラエの腹部に向かって木の杭が射出される。咄嗟に横へステップを踏むように避け、掌を出して息を吹いた。フラエの口から火の玉が生まれ、洞窟のあちこちへと散らばる。光源を確保して転がるように前進し、地面にのたうつ、男性の胴体ほどの太さのツタに次々と剣で切りつけた。
 まるで痛みに悶えるように、洞窟自体が大きく揺れるほど、それは猛々しく蠢いた。あちこちからヌメリツタの太いツルが現れ、フラエはその発生源を視線だけ動かして確認する。入り口に一株、左に一株、さらに奥に一株。大当たりだ。
 うごめく触手はフラエを捉えようと蠢くが、こちらの方が一枚上手だ。首を絞めようと伸びたツルは上段に構えた剣で焼き切り、次いで胴へと巻きついたツルに構わず天井へ伸びていた太い一本を切断する。ブツブツと不吉な音を立てて一部の天井が崩れ、断末魔のように水っぽい音と青臭い臭いがした。そこへ炎の吐息をかければ、ぷすぷすと音を立てて沈黙する。一株駆除完了。胴に巻きついたツタは力を失い、残り二株が襲いかかる。
 フラエは入り口に向かって走り、飛び交う触手を剣でいなしつつ、ツルや根の這う壁を切り刻んだ。フラエの顔や身体が汁で汚れるが、構わず突き進む。急所を狙われることを悟ったのか、入り口側の個体が自らを守るようにツルを巻きつけた。いいカモだ、とフラエの目が光る。
 間髪入れずにツルの隙間へ剣を突き刺し、「燃えろ!」となけなしの魔力を使う。フラエの魔力は微々たるものでも、変異したばかりのヌメリツタには致命的なダメージだった。剣を抜き去った部分から香ばしい臭いが漂い、振り向いた瞬間、ヌメリツタがフラエの背中を突いた。バランスを崩して倒れた彼の足首にツルが巻きつき、ズルズルと力強く洞窟の奥へと連れ去っていく。あちこちに鋭い枝の切れ端や粘液を帯びたツルの残骸が落ちており、フラエの白い肌はあっという間に血と泥で汚れる。
 最奥部に生えたヌメリツタは侵入者を捉え、ゆっくりとその身体を磔にした。侵入者であるフラエは、失敗したな、と思っていた。
「服、脱ぐ暇なかったな」
 そう言ったフラエの口に、ヌメリツタの交接腕が突っ込まれる。ツルはフラエの服の隙間に侵入しようとしているが、きっちりと着込まれた防具に阻まれて侵入できない。何度もベルトをねぶる感触を味わいながら、フラエは隙を狙った。そしてツルが防具の上を這い、簡易爆破装置を入れた袋を押し潰し。
 次の瞬間、爆破装置が作動する。青い炎がヌメリツタを覆い、フラエを持ち上げていたツルは力を失い焼け焦げる。危なげなく受け身を取って着地したフラエは、慌てて水魔法の詠唱を始めたが、時すでに遅し。なんとかバケツ一杯分の水を用意した時には、ヌメリツタはすっかり灰になっていた。
 フラエは悔しさに涙を浮かべ、ヌメリツタの交接腕を思い、地団駄を踏んだ。あれで犯されると信じられないくらい気持ちよくて、フラエはそれを休日でいちばんの楽しみにしているのに。今日は当たりを引けたと思ったのに。
 ちょっと涙目になりながら帰れば、あの人の良さそうなおじさんは、我がことのように心配してくれた。最終的に「ヌメリツタに襲われかけたかわいそうな若い騎士」という誤解を解くことができず、でも落ち込んでいたのは本当だったので、彼の妻の手料理をごちそうになった。とても美味しかったし、夫妻はとてもいい人たちだった。こういう人たちの生活を助けるために、研究がしたい、と志を新たにする。
 グノシスが聞けば卒倒するのは間違いないだろう。フラエから言わせれば、自分の一世一代のお誘いを彼が断ったのが悪いのだ。大切な人に受け取ってもらえなかった貞操は、それ以降、水鳥の羽なんかよりも軽いのである。
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