サキュバスくんが執着御曹司に溺愛されるまで

鳥羽ミワ

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14. 甘い引力

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 身体を重ねた翌々日から毎朝、千紘から、春斗が出勤する頃に連絡が来るようになった。朝食の写真だけだったり、挨拶だけだったり、ささやかなメッセージだ。

 それにどうしても、抗いがたい甘い引力がある。本当は彼をごまかさず、甘えず、もっと誠実にやる方法があると分かっていた。だけど、春斗はそれを選べなかった。彼の甘い愛情に、脚がすくむ。

 本当のことやありのままの気持ちを伝えないことは、千紘に不誠実だ。その反面、伝えてしまえば彼は傷つくだろうと分かっている。だから正解が分からなくて、明確な言葉を使わないまま、春斗は関係を終わらせないことを選んでしまった。

 あの夜から毎週土曜日は、単純に会って食事をしながら話すだけの時間になった。春斗の借金の返済という名目はすっかりないものとされ、千紘に千円札を渡すこともない。

「春斗くんは、かわいいね」

 千紘はにこにこと嬉しそうに笑みを浮かべながら、春斗を手や言葉で撫でさすってくれた。春斗にその愛情を受け取る資格なんて、あるわけないと思っている。だけど彼の手を拒むこともできなくて、ただ彼にされるがままだ。

 彼の手が、声がたまらなく気持ちよくて、苦しい。彼の手に甘えて溺れて、わけがわからなくなりたい。

「……千紘さん」

 親密な呼び方で彼を呼ぶと、千紘は本当に嬉しそうにするから、これでいいんじゃないかと思うのだ。だけど同じくらい、彼をだましているような気持ちになって、胸が痛い。
 千紘は食事を終えると、春斗の退勤を待って一緒に帰るようになった。春斗も彼と一緒に帰る夜道は、腹の底が浮つくような、不安定な幸福感を覚える。

 千紘は二人きりになると、よく手を繋ぎたがった。手を繋いで、春斗が無言でも気にせず隣にいる。彼は何度かそれとなく夜の街に繰り出したがったけれど、そのたびに春斗は首を横に振った。

「イヤ?」

 尋ねられるごとに、春斗は言葉に詰まった。ずっと適切な、それらしい言い訳を探して黙る春斗を、じれったそうに千紘が見つめる。その目が熱を帯びて潤んでいて、春斗もずくりと身体が疼いた。
 彼を、たった一度だけじゃなくて、何度でも食べたい。それは千紘の気持ちに応えれば簡単に叶うことで、だけどこんな欲求が自分自身の奥底から湧いてくるのが、どうしても気持ち悪かった。
 そして春斗は、彼の目も、体温も、その欲も、本当は嫌じゃない。煮え切らない自分に腹が立つ。

「あんまり、いやそうには見えないけど……」

 千紘は春斗に顔を寄せて囁いた。吐息が唇をかすめ、背中にぞくりと粟立つ。慌てて顔を逸らす春斗に、千紘がくすくす笑った。

「またその気になったら、言ってね。俺はいつでも大丈夫だから」

 春斗は性的な結びつきを信じたくない。エロいことが嫌いだし、そういう自分が嫌いだ。

 だけど千紘はエロい春斗が好きで、春斗も彼をおいしそうだと思っていた。千紘はもう一度、きっと何度でも、春斗と身体を重ねたいのだろう。春斗は彼の欲に応えれば、もっといいことが起こるかもしれないと思って、だけどそれは怖かった。

 彼の気持ちを疑う自分が情けなくて、だけど信じ切ることもできなくて、怯えていた。自分への怒りや不安で、どろどろと腹の底が澱んでいく。

 千紘はそっと春斗にすり寄り、手を握って指を絡ませた。この温かくて大きな手を、身体を重ねたあの日がなければ、純粋に喜べたのに。そう思ってしまう自分がやっぱり浅ましくて、申し訳なくて、春斗は彼の手を握り返せなかった。
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