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13. 赤ちゃんできちゃうくらい

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 春斗の意識をゆっくりと現実へ引き上げたのは、頬に触れる温かい何かだった。それはやわらかく春斗を撫でさすり、目を開けると、千紘の顔がある。
 驚いて絶句する春斗に、彼は「おはよう」と蕩けるような笑みを向けた。

「身体は大丈夫? 無理させちゃったみたいだから」

 反射的に飛び起きようとすると、腰が軋んだ。痛みで思わず倒れ伏す春斗に、千紘はくすくす笑って頭を撫でる。
 春斗はすっかり「満腹」になっていた。冷や汗が背中ににじみ、そのしっとりとした肌を千紘がそっとさする。
 やってしまった。春斗の頭は、その一言でいっぱいだ。

「気持ちよかったね」

 どう返事をすればいいのか分からなくて、黙り込む。それを勘違いしたのか、千紘は「照れないで」と春斗を抱き込んだ。

「これからもいっぱい、二人でしよう」

 その声が優しくて、それが春斗に向けられたものと信じられなくて、春斗は息を震わせた。
 春斗は、淫魔の自分が嫌いで、受け入れられない。性行為なんてもので千紘がこんなに態度を変えたのが怖い。それが嫌だったのにこうして誘った自分が怖い。

 千紘の腕の中でその怖さが和らいで、懐くように鼻を鳴らす自分が、嫌い。

「かわいいね」

 千紘は春斗の頬を、指の背で撫でた。涙の跡をかすめ取り、千紘は春斗を抱きしめる。
 普通は恋人同士になるところだ。千紘もきっとそう思っている。だけど春斗は、自分も彼も信じられない。

(おれがエロいサキュバスだから、そう思ってるだけなんじゃないの)

 身じろぎをすると、千紘はますます強く春斗を抱きしめた。自分が性的な魅力にあふれていると春斗は知っていて、その性的な魅力に好意を持つ人々に不信感があって、性的な結びつきを持った自分たちの絆を信じられなかった。
 後孔から彼の出したものがとろりとあふれてくる。しばらくは性行為をしなくても、春斗が「空腹」に苛まれることはない。

「……ねえ、佐倉さん」
「千紘って呼んで」

 間髪入れずに千紘が言う。春斗が答えあぐねていると、千紘は春斗にキスをした。

「ほら。ちひろ、って」

 その幸福で満ち足りた顔にどうしようもなくなって、「ちひろさん」と春斗は彼を呼んだ。千紘は春斗の顔を覗き込み、「どうかしたの?」と優しく尋ねる。
 言うなら今だ。春斗は思って、息を吸い込んで、だけどそれは胸を震わせるだけで終わった。

「千紘さんは、おれのこと、好き?」

 彼は少し怒ったように眉を吊り上げて、だけどたまらなく甘い声で、春斗に囁いた。

「そうだよ」

 ん、と春斗は生唾を飲み込んだ。

「……おれ、エロいの?」

 途端に彼は顔を赤くして、「いや」「それは」「ちょっと」と慌てる。じっと春斗が彼を見つめていると、彼は「そうだね」と認めた。

「エロくて、かわいかった」

 ふーん、と他人事のような返事をした。結局この人もおれをエロい目で見ていて、付き合ってもいないのに性行為をする人なんだ。

 だけど春斗だって彼を「おいしそう」と思っていたし、性行為に誘ったのはこちらからで、千紘は誠実に春斗に接していると分かっている。
 だから、春斗の心ひとつだ。それがどうしても難しい。

(おれ、この人に悪いことしたな)

 春斗の胸が、じくじくと痛む。彼は淫魔の誘いにまんまと乗ってしまった被害者で、彼の気持ちは全部まやかしじゃないかと、思ってしまった。

「お腹、大丈夫?」

 そっと、千紘が春斗の下腹部を撫でる。それで春斗はやっと、そこが酷い有様だったと思い出した。いろいろな体液でぐちゃぐちゃになって、一部は乾いてこびりついている。

「大丈夫、っていうか」

 欲求不満が解決されると、こんなに頭がクリアになるのかと驚いた。身体はどこかすっきりしていて、腰が痛い以外に不調はない。

「……赤ちゃんができそうなくらい、出したね」

 ぽつりと呟くと、千紘が真っ赤になる。春斗は「本当におれ、赤ちゃんができる体質で」と慌てて続けた。

「子宮がある淫魔はあんまり精液をとりすぎると、余ったやつで受精して、それで妊娠したらまた精液が必要になるんだけど、」
「ちょっと、ちょっと落ち着こうか」

 ゆでだこのようになった千紘が、春斗をなだめすかす。彼は頬に手の甲を当てて「暑いな」と笑った。

「今、その話は早すぎるよ」

 千紘はそう言って、ベッドから降りる。「お風呂沸かしてくる」と言って浴室へ消える彼を、春斗はぼんやり見つめた。

 下腹部をそっと撫でさする。ずっと欲しかった彼の子種で、身体は満ちていた。だけど、どうしても心が、現実に追いついてくれない。

(どうせ、おれがエロくなかったら、好きになってくれなかったくせに。どうせ、千紘さんがおいしそうじゃなかったら、好きになっていなかったくせに)

 ぐるぐる思考が巡り、頭の中に毒が回るように重たくなる。しばらく経って浴室から戻ってきた千紘が春斗の身体を助け起こし、浴槽へと連れていってくれた。

「あったかいね」

 二人で一緒にお湯に浸かる。温かい彼の体温と水温が、身体を包んだ。千紘は春斗を後ろから抱きかかえてくれる。
 春斗はうすら寒い罪悪感を覚えて、「うん」と千紘の腕の中でうずくまっていた。千紘が春斗の気持ちに気づかなければいい。
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