13 / 25
13. 赤ちゃんできちゃうくらい
しおりを挟む
春斗の意識をゆっくりと現実へ引き上げたのは、頬に触れる温かい何かだった。それはやわらかく春斗を撫でさすり、目を開けると、千紘の顔がある。
驚いて絶句する春斗に、彼は「おはよう」と蕩けるような笑みを向けた。
「身体は大丈夫? 無理させちゃったみたいだから」
反射的に飛び起きようとすると、腰が軋んだ。痛みで思わず倒れ伏す春斗に、千紘はくすくす笑って頭を撫でる。
春斗はすっかり「満腹」になっていた。冷や汗が背中ににじみ、そのしっとりとした肌を千紘がそっとさする。
やってしまった。春斗の頭は、その一言でいっぱいだ。
「気持ちよかったね」
どう返事をすればいいのか分からなくて、黙り込む。それを勘違いしたのか、千紘は「照れないで」と春斗を抱き込んだ。
「これからもいっぱい、二人でしよう」
その声が優しくて、それが春斗に向けられたものと信じられなくて、春斗は息を震わせた。
春斗は、淫魔の自分が嫌いで、受け入れられない。性行為なんてもので千紘がこんなに態度を変えたのが怖い。それが嫌だったのにこうして誘った自分が怖い。
千紘の腕の中でその怖さが和らいで、懐くように鼻を鳴らす自分が、嫌い。
「かわいいね」
千紘は春斗の頬を、指の背で撫でた。涙の跡をかすめ取り、千紘は春斗を抱きしめる。
普通は恋人同士になるところだ。千紘もきっとそう思っている。だけど春斗は、自分も彼も信じられない。
(おれがエロいサキュバスだから、そう思ってるだけなんじゃないの)
身じろぎをすると、千紘はますます強く春斗を抱きしめた。自分が性的な魅力にあふれていると春斗は知っていて、その性的な魅力に好意を持つ人々に不信感があって、性的な結びつきを持った自分たちの絆を信じられなかった。
後孔から彼の出したものがとろりとあふれてくる。しばらくは性行為をしなくても、春斗が「空腹」に苛まれることはない。
「……ねえ、佐倉さん」
「千紘って呼んで」
間髪入れずに千紘が言う。春斗が答えあぐねていると、千紘は春斗にキスをした。
「ほら。ちひろ、って」
その幸福で満ち足りた顔にどうしようもなくなって、「ちひろさん」と春斗は彼を呼んだ。千紘は春斗の顔を覗き込み、「どうかしたの?」と優しく尋ねる。
言うなら今だ。春斗は思って、息を吸い込んで、だけどそれは胸を震わせるだけで終わった。
「千紘さんは、おれのこと、好き?」
彼は少し怒ったように眉を吊り上げて、だけどたまらなく甘い声で、春斗に囁いた。
「そうだよ」
ん、と春斗は生唾を飲み込んだ。
「……おれ、エロいの?」
途端に彼は顔を赤くして、「いや」「それは」「ちょっと」と慌てる。じっと春斗が彼を見つめていると、彼は「そうだね」と認めた。
「エロくて、かわいかった」
ふーん、と他人事のような返事をした。結局この人もおれをエロい目で見ていて、付き合ってもいないのに性行為をする人なんだ。
だけど春斗だって彼を「おいしそう」と思っていたし、性行為に誘ったのはこちらからで、千紘は誠実に春斗に接していると分かっている。
だから、春斗の心ひとつだ。それがどうしても難しい。
(おれ、この人に悪いことしたな)
春斗の胸が、じくじくと痛む。彼は淫魔の誘いにまんまと乗ってしまった被害者で、彼の気持ちは全部まやかしじゃないかと、思ってしまった。
「お腹、大丈夫?」
そっと、千紘が春斗の下腹部を撫でる。それで春斗はやっと、そこが酷い有様だったと思い出した。いろいろな体液でぐちゃぐちゃになって、一部は乾いてこびりついている。
「大丈夫、っていうか」
欲求不満が解決されると、こんなに頭がクリアになるのかと驚いた。身体はどこかすっきりしていて、腰が痛い以外に不調はない。
「……赤ちゃんができそうなくらい、出したね」
ぽつりと呟くと、千紘が真っ赤になる。春斗は「本当におれ、赤ちゃんができる体質で」と慌てて続けた。
「子宮がある淫魔はあんまり精液をとりすぎると、余ったやつで受精して、それで妊娠したらまた精液が必要になるんだけど、」
「ちょっと、ちょっと落ち着こうか」
ゆでだこのようになった千紘が、春斗をなだめすかす。彼は頬に手の甲を当てて「暑いな」と笑った。
「今、その話は早すぎるよ」
千紘はそう言って、ベッドから降りる。「お風呂沸かしてくる」と言って浴室へ消える彼を、春斗はぼんやり見つめた。
下腹部をそっと撫でさする。ずっと欲しかった彼の子種で、身体は満ちていた。だけど、どうしても心が、現実に追いついてくれない。
(どうせ、おれがエロくなかったら、好きになってくれなかったくせに。どうせ、千紘さんがおいしそうじゃなかったら、好きになっていなかったくせに)
ぐるぐる思考が巡り、頭の中に毒が回るように重たくなる。しばらく経って浴室から戻ってきた千紘が春斗の身体を助け起こし、浴槽へと連れていってくれた。
「あったかいね」
二人で一緒にお湯に浸かる。温かい彼の体温と水温が、身体を包んだ。千紘は春斗を後ろから抱きかかえてくれる。
春斗はうすら寒い罪悪感を覚えて、「うん」と千紘の腕の中でうずくまっていた。千紘が春斗の気持ちに気づかなければいい。
驚いて絶句する春斗に、彼は「おはよう」と蕩けるような笑みを向けた。
「身体は大丈夫? 無理させちゃったみたいだから」
反射的に飛び起きようとすると、腰が軋んだ。痛みで思わず倒れ伏す春斗に、千紘はくすくす笑って頭を撫でる。
春斗はすっかり「満腹」になっていた。冷や汗が背中ににじみ、そのしっとりとした肌を千紘がそっとさする。
やってしまった。春斗の頭は、その一言でいっぱいだ。
「気持ちよかったね」
どう返事をすればいいのか分からなくて、黙り込む。それを勘違いしたのか、千紘は「照れないで」と春斗を抱き込んだ。
「これからもいっぱい、二人でしよう」
その声が優しくて、それが春斗に向けられたものと信じられなくて、春斗は息を震わせた。
春斗は、淫魔の自分が嫌いで、受け入れられない。性行為なんてもので千紘がこんなに態度を変えたのが怖い。それが嫌だったのにこうして誘った自分が怖い。
千紘の腕の中でその怖さが和らいで、懐くように鼻を鳴らす自分が、嫌い。
「かわいいね」
千紘は春斗の頬を、指の背で撫でた。涙の跡をかすめ取り、千紘は春斗を抱きしめる。
普通は恋人同士になるところだ。千紘もきっとそう思っている。だけど春斗は、自分も彼も信じられない。
(おれがエロいサキュバスだから、そう思ってるだけなんじゃないの)
身じろぎをすると、千紘はますます強く春斗を抱きしめた。自分が性的な魅力にあふれていると春斗は知っていて、その性的な魅力に好意を持つ人々に不信感があって、性的な結びつきを持った自分たちの絆を信じられなかった。
後孔から彼の出したものがとろりとあふれてくる。しばらくは性行為をしなくても、春斗が「空腹」に苛まれることはない。
「……ねえ、佐倉さん」
「千紘って呼んで」
間髪入れずに千紘が言う。春斗が答えあぐねていると、千紘は春斗にキスをした。
「ほら。ちひろ、って」
その幸福で満ち足りた顔にどうしようもなくなって、「ちひろさん」と春斗は彼を呼んだ。千紘は春斗の顔を覗き込み、「どうかしたの?」と優しく尋ねる。
言うなら今だ。春斗は思って、息を吸い込んで、だけどそれは胸を震わせるだけで終わった。
「千紘さんは、おれのこと、好き?」
彼は少し怒ったように眉を吊り上げて、だけどたまらなく甘い声で、春斗に囁いた。
「そうだよ」
ん、と春斗は生唾を飲み込んだ。
「……おれ、エロいの?」
途端に彼は顔を赤くして、「いや」「それは」「ちょっと」と慌てる。じっと春斗が彼を見つめていると、彼は「そうだね」と認めた。
「エロくて、かわいかった」
ふーん、と他人事のような返事をした。結局この人もおれをエロい目で見ていて、付き合ってもいないのに性行為をする人なんだ。
だけど春斗だって彼を「おいしそう」と思っていたし、性行為に誘ったのはこちらからで、千紘は誠実に春斗に接していると分かっている。
だから、春斗の心ひとつだ。それがどうしても難しい。
(おれ、この人に悪いことしたな)
春斗の胸が、じくじくと痛む。彼は淫魔の誘いにまんまと乗ってしまった被害者で、彼の気持ちは全部まやかしじゃないかと、思ってしまった。
「お腹、大丈夫?」
そっと、千紘が春斗の下腹部を撫でる。それで春斗はやっと、そこが酷い有様だったと思い出した。いろいろな体液でぐちゃぐちゃになって、一部は乾いてこびりついている。
「大丈夫、っていうか」
欲求不満が解決されると、こんなに頭がクリアになるのかと驚いた。身体はどこかすっきりしていて、腰が痛い以外に不調はない。
「……赤ちゃんができそうなくらい、出したね」
ぽつりと呟くと、千紘が真っ赤になる。春斗は「本当におれ、赤ちゃんができる体質で」と慌てて続けた。
「子宮がある淫魔はあんまり精液をとりすぎると、余ったやつで受精して、それで妊娠したらまた精液が必要になるんだけど、」
「ちょっと、ちょっと落ち着こうか」
ゆでだこのようになった千紘が、春斗をなだめすかす。彼は頬に手の甲を当てて「暑いな」と笑った。
「今、その話は早すぎるよ」
千紘はそう言って、ベッドから降りる。「お風呂沸かしてくる」と言って浴室へ消える彼を、春斗はぼんやり見つめた。
下腹部をそっと撫でさする。ずっと欲しかった彼の子種で、身体は満ちていた。だけど、どうしても心が、現実に追いついてくれない。
(どうせ、おれがエロくなかったら、好きになってくれなかったくせに。どうせ、千紘さんがおいしそうじゃなかったら、好きになっていなかったくせに)
ぐるぐる思考が巡り、頭の中に毒が回るように重たくなる。しばらく経って浴室から戻ってきた千紘が春斗の身体を助け起こし、浴槽へと連れていってくれた。
「あったかいね」
二人で一緒にお湯に浸かる。温かい彼の体温と水温が、身体を包んだ。千紘は春斗を後ろから抱きかかえてくれる。
春斗はうすら寒い罪悪感を覚えて、「うん」と千紘の腕の中でうずくまっていた。千紘が春斗の気持ちに気づかなければいい。
22
お気に入りに追加
108
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞



飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる