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7. デート、する?
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春斗が千紘に千円を渡して、一緒に食事をする関係は、季節が本格的な夏に移ろうとする今も続いている。
「かわいいね」
千紘はいつも、食事のたび、春斗にそう言うようになった。そのたびに春斗は身体が熱くなって、どうしようもない。胸の奥がかゆくて、恥ずかしくて、嫌で、でもやめてほしいわけじゃなかった。
「春斗くんって、いつがお休みなの?」
土曜日の夜。恒例の食事会が始まってすぐ、千紘が尋ねる。彼の春斗の呼び方も、少し気安くなった。春斗はカルボナーラを口に運ぶ手を止めて「大体、平日です」と答える。彼はふうん、と目をすがめ、何か考え込む素振りを見せた。
「……それが、何か?」
春斗が首を傾げる。千紘は首を横に振り、迷うようにちらりと春斗を見た。それからたっぷり沈黙を保った後、口を開く。
「休みの日が、合ったらさ」
「はい」
頷く春斗に、千紘が低い声で囁く。
「デートしたいなって」
かり、と春斗の指先がテーブルを引っかいた。デート。かっと顔が火照り、「休みの日って言ったって」と早口に言う。
「おれ、平日休みなんで。お休みが合いませんよ」
「こっちは有給が溜まってる。お盆休みもある程度あって、平日も休める」
だから春斗くんの気持ち次第だよ、と、千紘は続けた。
「イヤ?」
その聞き方は、完全に、春斗の答えがどちらかを確信していた。春斗は唇を尖らせ、不服を示すように、フォークをいたずらに回す。
「いや、じゃ、ないですけど」
「うん」
千紘は唇の端を吊り上げ、余裕の表情で「それで?」と促す。
「……有給って、そんなにすぐ、取れるものなんですか」
「じゃあ、デートしようね」
弾んだ声で千紘が言った。何もかもをすっ飛ばしての答えに、絶対これ以外考えてなかったんだろ、と軽く睨みつける。完全に、春斗が頷くと確信していた素振りが、少し憎らしい。
千紘はそんなことは意にも介さず、「俺、ここ行きたいんだよね」とスマホを操作しはじめた。何かを手早く検索エンジンに入力し、結果画面を春斗に見せる。それは来週の週末に新しく開館する、ビルの中の水族館だった。
ここから近い高層ビルの上層階を改装し、小さな水族館を、都会のど真ん中に作ったらしい。
「ここ、屋上がペンギンのプールになってるんだって。小さい水族館なんだけど、サンゴの大水槽があるらしくて」
公式ホームページのリンクをタップすると、水色のポップな画面が現れた。ひとつひとつのページを解説する彼の口ぶりは、本当に軽やかで、節々に喜びのようなものを感じた。
(わざわざ解説までして、そんなに行きたかったのかな)
春斗はドリンクにさしたストローに口をつける。それだけ彼が楽しみにしている予定に春斗をさそってくれたことは、正直、悪い気は、しない。
だいぶ彼にほだされてしまっている自覚は、あった。
「いいですよ。いつ行きます?」
こうして、とんとん拍子で二人のデートは決まった。月末の火曜日が休みだと春斗が言って、千紘がすぐにその日を休みにすることを決めた。
「楽しみにしてるね」
浮かれた様子の千紘を、春斗は頬杖をついてじっと見つめた。きゅう、と下腹部が切なくなる。
彼は日に日においしそうになる。千紘と会った日の晩、春斗の飢餓は酷いものだった。今もお腹の中がだんだん湿って溶けていくのを感じるし、彼の一挙手一投足に、声に、腰が砕けそうになる。
その日まで、この空腹を耐えられるだろうか。春斗はそっとお腹をさする。
千紘はおいしそうだけど、今の距離感が心地いい。春斗にとって千紘は一番おいしそうな人で、だけど食べたくない人の筆頭だった。
「うん」
曖昧に頷くと、千紘はやはり嬉しそうに笑った。春斗は、短く切りそろえられた爪で机の天板を引っかく。胸の高鳴りが欲情だとはっきり分かって、浅ましくて、情けなくて、悲しくて、だけど彼が嬉しそうで春斗も嬉しい。
「かわいいね」
千紘はいつも、食事のたび、春斗にそう言うようになった。そのたびに春斗は身体が熱くなって、どうしようもない。胸の奥がかゆくて、恥ずかしくて、嫌で、でもやめてほしいわけじゃなかった。
「春斗くんって、いつがお休みなの?」
土曜日の夜。恒例の食事会が始まってすぐ、千紘が尋ねる。彼の春斗の呼び方も、少し気安くなった。春斗はカルボナーラを口に運ぶ手を止めて「大体、平日です」と答える。彼はふうん、と目をすがめ、何か考え込む素振りを見せた。
「……それが、何か?」
春斗が首を傾げる。千紘は首を横に振り、迷うようにちらりと春斗を見た。それからたっぷり沈黙を保った後、口を開く。
「休みの日が、合ったらさ」
「はい」
頷く春斗に、千紘が低い声で囁く。
「デートしたいなって」
かり、と春斗の指先がテーブルを引っかいた。デート。かっと顔が火照り、「休みの日って言ったって」と早口に言う。
「おれ、平日休みなんで。お休みが合いませんよ」
「こっちは有給が溜まってる。お盆休みもある程度あって、平日も休める」
だから春斗くんの気持ち次第だよ、と、千紘は続けた。
「イヤ?」
その聞き方は、完全に、春斗の答えがどちらかを確信していた。春斗は唇を尖らせ、不服を示すように、フォークをいたずらに回す。
「いや、じゃ、ないですけど」
「うん」
千紘は唇の端を吊り上げ、余裕の表情で「それで?」と促す。
「……有給って、そんなにすぐ、取れるものなんですか」
「じゃあ、デートしようね」
弾んだ声で千紘が言った。何もかもをすっ飛ばしての答えに、絶対これ以外考えてなかったんだろ、と軽く睨みつける。完全に、春斗が頷くと確信していた素振りが、少し憎らしい。
千紘はそんなことは意にも介さず、「俺、ここ行きたいんだよね」とスマホを操作しはじめた。何かを手早く検索エンジンに入力し、結果画面を春斗に見せる。それは来週の週末に新しく開館する、ビルの中の水族館だった。
ここから近い高層ビルの上層階を改装し、小さな水族館を、都会のど真ん中に作ったらしい。
「ここ、屋上がペンギンのプールになってるんだって。小さい水族館なんだけど、サンゴの大水槽があるらしくて」
公式ホームページのリンクをタップすると、水色のポップな画面が現れた。ひとつひとつのページを解説する彼の口ぶりは、本当に軽やかで、節々に喜びのようなものを感じた。
(わざわざ解説までして、そんなに行きたかったのかな)
春斗はドリンクにさしたストローに口をつける。それだけ彼が楽しみにしている予定に春斗をさそってくれたことは、正直、悪い気は、しない。
だいぶ彼にほだされてしまっている自覚は、あった。
「いいですよ。いつ行きます?」
こうして、とんとん拍子で二人のデートは決まった。月末の火曜日が休みだと春斗が言って、千紘がすぐにその日を休みにすることを決めた。
「楽しみにしてるね」
浮かれた様子の千紘を、春斗は頬杖をついてじっと見つめた。きゅう、と下腹部が切なくなる。
彼は日に日においしそうになる。千紘と会った日の晩、春斗の飢餓は酷いものだった。今もお腹の中がだんだん湿って溶けていくのを感じるし、彼の一挙手一投足に、声に、腰が砕けそうになる。
その日まで、この空腹を耐えられるだろうか。春斗はそっとお腹をさする。
千紘はおいしそうだけど、今の距離感が心地いい。春斗にとって千紘は一番おいしそうな人で、だけど食べたくない人の筆頭だった。
「うん」
曖昧に頷くと、千紘はやはり嬉しそうに笑った。春斗は、短く切りそろえられた爪で机の天板を引っかく。胸の高鳴りが欲情だとはっきり分かって、浅ましくて、情けなくて、悲しくて、だけど彼が嬉しそうで春斗も嬉しい。
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