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アンリ、探りを入れる

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 使者いわく、侯爵は講堂のあちこちに魔法陣を仕掛けるつもりなのだという。

「俺はそっちについてはよく分からんが、講堂全体に魔力を通してドカンらしい」
「魔法陣の配置図とか、魔法陣そのものの設計図とかは……」
「俺の立場では閲覧できん。お前が開発者なんだろう、分からないのか」

 話し合った結果、お互いに相手をかなり高く見積もっていることが分かった。アンリは頭を抱えつつ、「一旦、スタート地点に戻ろう」と提案をした。

「まずは自己紹介だ。僕はアンリ。きみの名前は?」
「ジョン」

 こうして、アンリとジョンは一緒に頭を抱えることになった。
 アンリは整えられた髪の毛をぐちゃぐちゃにして頭をかきつつ、ジョンを見やる。

「……逆に、ダンスパーティーの日ということは確定しているんだよね?」
「ああ。そのために、お抱えの魔術師たちが全員動いている。俺たちにもその旨は伝えられていた」
「それはいつ頃に伝えられていた?」
「つい最近だ。同時に、お前を連れ戻すことも話し合われていた」

 まあ、と、彼は平坦な声で言う。

「お前が国王夫妻の前でナイフを抜かなけりゃあ、お前は今でもあっちにいたか分からんが」

 アンリは視線を落としつつ、「ダンスパーティーまで、あと数ヶ月ある」と呟いた。ジョンはアンリを見定めるような目で見ている。

「……お前は、俺を疑わないのか」
「疑う?」

 思いもしなかった言葉に、アンリはきょとんとジョンを見た。しばらく考え込んだ後、「考えもしなかった」と呟く。

「馬鹿だろ、お前」

 呆れた風に言うジョンに、「きみのそういうところだよ」とアンリは淡々と言った。

「僕を騙して取り入ろうってつもりなら、わざわざ僕にそんな悪態はつかない、と、思う」

 じ、とジョンがアンリの目を見た。すぐにその視線は外されて、「ふん」と彼は鼻を鳴らす。

「まあ、いい。あんまりここにいると、俺も疑われる。今日はもう帰る」

 そう言って、ジョンは立ち上がってドアに手をかけた。アンリは手も貸さずに、その背中を見送る。

「お前なんかに何かを期待するなんて、俺もヤキが回ったな」
「やっと僕のことを正当に評価できるようになっただけじゃない?」

 ジョンはうっすらとした笑みを浮かべ、「お前ってそういう奴だったな」と部屋を出ていく。

 アンリはベッドへ寝転がり、天井を見上げた。

(侯爵に聞けば、もっといろいろ分かるんだろうか。彼が言っていた爆破の示唆を、こう、うまいこと問い詰めて……)

 うまいこと問い詰めるとは、どうやるのだろうか。
 アンリはお世辞にも、言いくるめが上手いとは言えない。
 ましてや相手は、百戦錬磨のベレットだ。アンリの付け焼刃にもならない言いくるめなんか、即座に看破されてしまうだろう。

(いやいや。まさか。侯爵だって、暗殺を「僕の手柄」にするつもりなんだ。本人に何も言わないなんてことはないだろうし、爆破計画について知らされたときに質問しようか……)

 ごろんと寝返りを打ち、ため息をつく。
 アンリの考えではこうだが、ベレットがどう出るかは全く分からない。
 分かることといえば、彼が非常に独善的であることくらいだ。

「もういい。知らない」

 アンリはベッドから身体を起こし、部屋から出た。ベレットの執務室へ向かおうと扉を開けると、たまたま通りがかった使用人たちがびくりとこちらを見た。

 どうやらベレットは、よほど酷く使用人たちに「反省」を強いたらしい。

 アンリは彼らから視線を逸らして、ずんずんと廊下を突き進んだ。執務室の前に立つと、執事が無表情にアンリを見下ろす。

「お坊ちゃま。何か御用ですか」
「ベレット侯爵閣下に話がある」
「それは、緊急の御用でしょうか」

 緊急か、とアンリは首を傾げた。緊急ではない。それに、この執事を相手に強く物を言うのも、疲れそうだ。

「分かった。また来る」

 そう言って、アンリが踵を返そうとしたときだ。扉が開き、ベレットが顔を出す。

「アンリ」

 彼は穏やかに目元を緩め、嬉しそうに微笑む。アンリは鳥肌が立つのを感じながらも、会釈をした。

「そんなに他人行儀なことをするな。こちらへおいで」

 そっと執事を見ると、彼は素知らぬ顔でそっぽを向いている。この状況は、どうにもならないらしい。
 アンリはため息を押し殺して、ベレットの執務室へと入った。

 品よくまとめられた部屋のあちこちに、マグノリアの意匠が刻まれている。アンリがそれらをぼんやり眺めていると、ベレットはソファへ座るように促した。
 アンリが大人しく座ると、その正面にベレットが座る。

「どうしたんだ」

 その声色を、恐ろしいと思えない自分が恐ろしい。
 幼い頃の、無条件に注がれると信じていた愛情の名残が、まだ胸の奥にこびりついている。

「僕の開発した理論を使うとおっしゃっていたので、その使用方法を聞きにきました」

 単刀直入に切り出せば、ベレットはわずかに顔を曇らせた。

「……お前が気にすることではない」
「僕の開発した理論が人殺しに使われようとしているんです。僕が知らなくてどうするんですか」

 精一杯、低い声で脅すように言う。ベレットは困ったように口元へ手をやり、顎をさすった。

「お前には、しばらくのびのびと休んでほしいんだが。それは仕事中毒というものじゃないのか?」
「違います」

 ベレットは子煩悩な父親のように「しかし、お前はここ最近、無理をしすぎだったじゃないか」と諭すように言う。
 愛着と嫌悪感がないまぜになって、アンリの胸の中を不快感が這う。もういい、とアンリは首を横に振った。

「無理なんかしていません。いつ、誰が、何を、どうやって使うか教えてください」

 ぴしゃりと言い放つと、ベレットは目を細める。

「どうしてそれを知りたい?」
「僕が、あなたが使おうとしている理論の、開発者であるからです」

 視線がぶつかり合う。その冷酷な目つきに負けまいと睨み返した。
 その静かな緊張は、ベレットが頷くことでほどける。

「分かった。あらましくらいは説明しよう」
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