三月の客

猫春雨

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三月の客

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 今年に入ってすぐ、おじいさんが亡くなった。
 一つ屋根の下に住み、居るのが当然のような存在だったのに。
 とは言え、おじいさんと親しかったかと聞かれるとそうでもない。
 おじいさんは気難しく、また、木造家屋の一角を洋風に改装して、自分の趣味の世界で生きているようなところがあったので近づきがたかったのだ。
 ところがそのおじいさんが残した遺言状に、ぼくにドアを相続させると書かれてあった。
 おじいさんが日々を過ごしていた洋風の一角には確かに特別なドアが備え付けられている。
 お父さんに教えて貰ったんだけど、僕が生まれる前、まだおばあさんが生きていた頃に、おじいさんたちはヨーロッパ旅行に行ったらしい。
 ところがおじいさんは、その旅先で泊まった安宿のドアが大変気に入った。
 そのドアにはライオン型のノッカーが取り付けてあって、おじいさんはその質感やデザインにほれ込み、宿の主を説きふせて半ば強引にドアを買い取ったというのだ。
 ぼくはドアノッカーだけでいいんじゃないかと思ったけれど、このノッカーが映えるドアはこのドアしかないと言い張ったみたい。
 そうしてドアは船便で遠路はるばる日本に運ばれ、我が家に取り付けられた。
 そういう経緯があるドアを、おじいさんはぼくにくれるという。
 相続の話しを聞いたぼくの心境は……。
 正直、かなりうれしかったりする。
 実は以前からドアのことが気になっていたんだけど、おじいさんが居るからしかられるのがイヤで、うかつに近づくことはできなかった。
 相続されたあと、ぼくはよろこびいさんでドアへとおもむいた。
 あめ色のドアの中央に、ライオンの形をしたドアノッカーがはめられている。
 おそるおそるライオンがくわえた丸い取っ手をつかんでみるとひんやりとしていた。
 つばを飲み込み、ノッカーをドアに打ち付ける。
 コーンコーン
 思っていた以上に音がひびいたことにおどろいて、すぐにノッカーを手ばなしてしまった。
 気持ちはすぐに落ち着き、もう一度ノッカーをつかもうとして……止めた。
 ぼくはこのドアの主人なんだ。
 自分でノッカーを叩くより、お客に訪問して貰いたい。
 ノッカーが打ち鳴らされ、ぼくが応対するさまを思い浮かべるとわくわくした。

 三月に入っても寒風吹きすさび、寒い日が続いている。
 ドアを相続してから一ヶ月経ったけれど、お客の訪問はまだなかった。
 時々風がいたずらをしてノッカーが鳴ることもあり、そのたびにぬか喜びして、ちぇっと唇をとがらせる。
 そんな折り、お父さんたちが遠くの通夜に出かけることになり、ぼくはひとりで夜を過ごすことになった。
 その晩はいつにも増して風が強かった。
 ぼくは自室で耳をすまし、ノッカーの音を待ちわびる。
 けれど一向に鳴る気配はなく、退屈であくびだけがこぼれた。
 そりゃそうだよね。ひとりだから静かで音は聞き取りやすいけど、夜中にお客が来るはずがないもの。
 テレビを見る気にもならず、もう寝てしまおうかと思った時だった。
 コーンコーン
 今、ノッカーが鳴った?
 いや風のいたずらかもしれない。
 ぼくがもう一度耳をすますと……。
 カーンカーンカーン!
 激しくノッカーが打ち鳴らされる。
 風じゃない!
 誰かが早く出て来いとさいそくしているんだ。
 ぼくははーいと大きな声を上げ、急いでドアへと向かった。
 カーンカーンカーン!
 はいはい、今出まーす。
 一体誰だろう。
 ぼくは胸を高鳴らせながらロックを外し、ドアを開けた。
「遅い!」
 ドアを開けて早々怒鳴り声をあびる。
 ぼくの前には、髪の毛と髭がつながった、ライオンのような男が不機嫌そうに立っていた。
「まったく、客をいつまで待たせるんだ!」
 ぼくは剣幕に身をすくませ、すみませんと頭を下げる。
「まぁいい、早速上がらせて貰うぞ」
 えっ? そんなの困りますと言っても聞かず、ライオン男はぼくを押しのけ、ずかずかと上がり込んでしまう。
 男はそのまま廊下を進み、まるで知っていたかのようにおじいさんの部屋の前に立ち、ドアを開いた。
「ふむ、建物はちんぷでも、部屋は悪くなさそうだな」
 ぼくはどうしたものかとおろおろするばかり。
 男が部屋の中に消えたと思いきや、
「腹がへったぞ! 食べ物を持って来い!」
 えっ、えーと……。
「早くしろ!」
 は、はいぃ……!
 ぼくは弾かれるように駆け出し、台所へと向かった。
 とりあえずありったけの食料をかかえて、男のもとに戻る。
 男は食料を受け取ると、礼も言わずむしゃむしゃと食べ始めた。
 その食べっぷりにあきれていると、ぎろりと目玉を向けられる。
「馬鹿! 飲み物も持ってこんかい!」
 あ、はいぃ……!
 オレンジジュースのペットボトルをわたすと、キャップを取り、そのまま口へと運ぶ。
 んぐんぐんぐ
 あっという間にペットボトルは空になり、男はボトルを投げて寄こした。
「ふん、甘ったるいな。酒もないのかここは。サービスがなっとらん!」
 すみません……。
 それでも男は満足することを知らず、次々と要求を突きつけられる。
 デザートを持って来い。口直しにしぶいお茶を入れろ。歯ブラシを用意しろ。タオルも忘れるな。風呂に湯を張れ。背中を洗え。寝間着を用意しろ。髪を乾かせ。ベッドメイキングしろ。マッサージしろetc.
 真夜中になった頃には、すっかりへとへとになっていた。
「さて、寝るとするか。ご苦労、もう行って良し」
 お休みなさいませ……。
 ようやく男から解放され、ぼくは疲れた体を引きずり自室に帰ると、ベッドに倒れ込んだ。
 そしていつの間にか眠り込み、次に目を覚まして時計を見たら、八時を回ろうとしているではないか。
 放って置かれた男はさぞかし怒っているだろう。
 身支度もほどほどに急いでおじいさんの部屋に向かったら……、部屋の中に男の姿はなかった。
 そうか、帰ったのか。
 拍子抜けしたぼくが部屋を見わたすと、小綺麗に片付けられていた。
 意外とりちぎなんだな。
 うん? ととのえられた布団の上に何か黄色いものがある。
 近づいてみると、そこには黄色い花の房が置かれてあった。
 のちに調べてみると、ミモザだということが分かる。
 きびしい冬の終わりを告げ、あたたかな春が来たことを知らせる花だそうだ。
 部屋を出て、くだんのドアから表に出てみると、放射冷却で凍てついた空気に身をふるわせる。
 だけど空は青くすんでいて、日差しは春の陽気を感じさせた。
 ライオン男さんは満足してくれたのだろうか。
 ぼくの初めてのお客さま。
 嵐に見舞われたような忙しさだったけれど、今の気分はわりとすがすがしい
 彼は冬の精霊だったのかもね。
 ちょうど春の精霊との交代の時期であり、そのためあわただしく追われ、気が立っていたのだ。
 また来年、羽を伸ばしに来てください。
 でも今年は、次に春をお客さまとしておむかえしたいな。
 ぼくはドアノッカーの上に「四季ホテル」というプレートを掲げ、精霊たちの到来を待ちわびている。
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