IMprevu ―予期せぬ出来事―

天野斜己

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本編

No,139 2人の【Honey Moon】 No,4

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「貴志さんったら…信じられない…っ!」
アタシは盛大に文句を言っていた。

だって意識がハッキリした時には、何と半月近くも経っていたのだ!


……食事も入浴も、それから排泄までお世話されてたなんて……

……う~~っ、考えたくないっっ!!


「…すみません…嬉しくて…つい、箍が外れてしまいました。」


……嫌われてしまいましたか…?


蒼い空と、蒼い海と。
一体化したプールを眺めながら入る、窓辺のバスタブの中。後ろから抱かれて入っているのだが、ギュッと抱き締められながら耳元にそんな風に囁かれたら……怒るに怒れなくなってしまう。




「…嫌いになんか、なれませんよ…」
「…真唯さん…っ」

……アタシの夫になった男性ひとは、ホントにズルい……

インド神話に登場する神の鳥・ガルーダを模した石像から出る噴水をぼんやり眺めながら、思わず遠い目になってしまったアタシをヒンドゥーの神々もきっと許して下さると思う。

手のひらで、浮かべられている薔薇の花びらを掬う。
赤、白、黄色……フフ……まるで、チューリップの歌だ。
……薔薇のお風呂って、実は憧れてたんだけど……こんな状況で入るとは思わなかったなァ~~

……ウフフ…良い薫り……

「…ジャグジーを使われますか?」
「え? 良いんですか!?」
「勿論ですよ。」
貴志さんがアタシを下ろしてくれて、スイッチを入れてくれた。
たちまち出て来る気泡が、酷使された身体を心地良く刺激してくれる。

眼を瞑って、うっとりとしてしまった。
……あぁ…、特に腰のあたりが気持ち良い……。何て喜んでいたのも束の間、何故か視線を感じて眼を開けて見れば、正面にまだ貴志さんが入っていたのだ!
なんで出て行ってくれないのよ! ……って言うか、気付けよアタシも!!

「…何をしてらっしゃるんですか…」
「…気持ち好さそうな、新妻の表情かおを見ています。」
……イヤ、間違いじゃないんだけど!
……貴志さんが言うと何故かイヤラシく感じるのは、アタシの被害妄想なのっ!?

……貴志さんが、アタシを見てる……

彼のに妖しい光を感じて、慌てて視線を反らせる。
……蒼い空…蒼い海…ああ、折角だから泳ぎたいなァ~~。勿論、水着は持参して来た。田舎でも着てたセパレートだ。今回はキスマークも気にしなくて良いし…でも、当分、無理だろうなァ~~。……ああ…絶倫のダンナが恨めしい…、…貞子にでもなっちゃうゾ…って、あんなに髪、長くないけど……


「…髪…伸ばしてみようかなァ~~」
「…どうしました、突然。」
「…リザさんみたいに綺麗な長い髪に憧れてたんです。 …貴志さんは、長い髪の女性、どう思いますか?」
「…真唯さんでしたら、きっとどんなヘアスタイルでも、お似合いになりますよ。帰国したら、腕の良いスタイリストをご紹介します。」
「…今のままで良いです。」
……そんな大袈裟に考えなくて、良いんだってばっ!!

折角のジャグジーなのに、なんだかとっても疲れてしまって。
早々に上がったアタシに、貴志さんは当然のように付いて来た。




ランチだと言われても、ダイニングルームまで行く事なんか、勿論、出来るはずもなく。お行儀は悪いけど、ベッドで食べる事になってしまった。……足腰がまともに立たないんだから、仕方がない。貴志さんが甲斐甲斐しくお世話してくれるから、思いっ切り使ってやった。

本当に久し振りに食べた・・・気のするお食事は、何でも美味しかった。


……ああ、ワヤンさんの顔が懐かしい……


ちょっと苦手なバリコーヒーも美味しく感じる。
お代わりをどうするか聞かれたけど、それは断って。
代わりにトロピカルカクテルを頼んだ。
……貴志さんと、少しお話ししたかったから。



※ ※ ※



お昼にアルコールは、やっぱり最高の贅沢だ。
パイナップルやオレンジ、チェリー、レモン、パラソルピックなど、派手にデコレイトされたカクテルが眼に鮮やかだ。
……うん、ココナッツミルクがきいていて、甘くて美味しい。

窓辺に設えられた、大きなソファー。
……僻む訳じゃないけれど、アタシのアパートにあった奴よりも格段に立派だ。

貴志さんはやはり、アタシを離してはくれない。
膝の上に乗せて、おんぶお化け状態だ。


ちなみに、今、アタシが着ているのは、華やかなコーラルレッドのプリーツネグリジェのようなドレス。以前のアタシだったら、絶対、着ないタイプのフリルとアコーディオンプリーツが施された、シルエットが美しい逸品だ。……マーメイドドレスなんて着てしまったアタシに、最早、怖い物はない!

貴志さんは、アロハのような派手なシャツとスラックスなのに……やはり、どこかノーブルだ。


……空は、少し雲が多くなって来ていた。
……スコールが来るかも知れない……


「…真唯さん。何か私にお話しがあるんじゃないですか…?」

……貴志さん…、やっぱり、エスパー……

「…ハネムーンの最中に、こんな事をお聞きするのもなんなんですけど…これから、どうされるお心算ですか…?」
「…ハネムーンの間中、貴女を抱き潰すお心算です。」
「そうじゃなくてっ!」
「…冗談ですよ。」
『よいしょっと』と言って、アタシを抱き直した貴志さんは、話し出してくれた。

「…しばらくは、のんびりしようと思ってます。今までが忙し過ぎましたから。」
「…そうですね…ゆっくり骨休めなさって下さい。」
「ありがとうございます。」
「…でも…今のマンションは、維持費が大変でしょう? …日本に帰ったら、引っ越しますか?」
「いえ、その予定はありません。」
「…でも…」
「真唯さん。俺はね、働かなくても一生遊んで暮らせるだけの金を、既に稼いでるんですよ。…俺の総資産、幾らぐらいだと思われますか?」
「…え~と…、十億円くらい…?」
「…耳かして下さい。」

そこへ聞かされた金額は、とんでもないものだった。

「…マジ…ですか?」
「…大真面目マジです。」
大きく頷かれても、ため息も出ない。
……ホント、何て人と結婚しちゃったんだろ?



「…ねえ、それよりも…」
アタシをギュッと抱き締めて。


「…俺の処から逃げ出して…何処に住んでたんですか?
 …俺と結婚しても良いって、いつ頃決心出来たんですか?
 …俺と離れていた間の事を聴かせて…?」

「…それは…」

ポツリポツリと話し出したアタシを、貴志さんは静かに聴き入ってくれた……



※ ※ ※



(…あーー、そこ、そこ! あ~、気持ち良~い。あァ~、極楽ゥ~~♪)
アタシは夕飯を食べた後、貴志さんが頼んでくれた、天然エッセンシャルオイルを使った“バリ式・マッサージ”を受けていた。
……どうやらアタシの体調に関して、責任を感じてくれたらしい。

お屋敷の中にある専用のマッサージルーム。
正に“オリエンタル”な内装の室内。
蝋燭が揺れ、何かのお香が焚かれていて、何とも不思議な薫りがする。
立派な装飾が施された、適度な硬さの専用のベッドに横になる。

そばのソファーには、なぜか貴志さんが座ってこっちを見ているが……丸っと無視だ。



神々の島・バリに伝わる癒しの技法は、【ロンタル・ウサダ】と云うヒンドゥーの経典が基礎になっていて、呼吸を合わせながらゆっくりと適度な圧力を加えるのが特長らしい。
バリには、“スカラ”と云う眼に見える世界と、“ニスカラ”と云う眼に見えない世界があると言う。
眼に見える世界の背後で動いている、眼には見えない世界を含めた五感を癒す事。
その為にも施術前には、【ドゥパ】と言うお香を焚いて、“スンバヤン”と言う祈りを捧げ。相手に宿る神に敬意を払うのだと言う。


……説明してくれるマッサージ師さんの声も、音楽のように耳に快い。


最初はキスマークを見られてしまう恥ずかしさから、リラックスする事が出来ないでいたのだが。
終いには貴志さんの眼も気にならないほど、気持ち良く心地良くなってしまったのだった。




しかし。
気持ち良く部屋に戻ったはずが、お姫様抱っこで運んでくれた貴志さんが、ベッドにアタシを下ろす頃には“怒りの大魔神”に変身してしまっていた。

「真唯さんが赤の他人の手で、あんな気持ち好さそうな表情かおをしていたのが、許せません!」
「…ちょ、ちょっと、待って下さいよ! 仮にも相手は、プロのマッサージ師なんですから…!」
「問答無用!!」

……ヒェ~~ッッ!!
……折角、マッサージ受けたのに……逆効果だよォ~~!!



※ ※ ※



貴志さんはこの旅行から、一人称がバラバラになっていた。


……ずぅ~っと【私】だったのに……どうやら【俺】の方がらしい。



……そう云うアタシも、【私】が【アタシ】になってしまっている。




……ならば……





―――……貴志さん……アタシの横で、ずぅっと【俺】って言って、微笑っていて……―――





優しい貴志さんに、すっかり“絆されて、甘やかしている”自分が、一番、彼を増長させている事に―――残念ながら、真唯だけが気付いていなかった。






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