IMprevu ―予期せぬ出来事―

天野斜己

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本編

No,124 【十年愛】 No,9 ※凌辱表現あり

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その後も真唯は、楽しそうにN○BAに通い続けていた。
報告では、もう最低限の日常会話なら、楽々こなすレベルまで達しているとの事だった。

……真唯…もう充分じゃないか?
……まさかとは思うが……あの男性フランス人講師と別れがたいから、なんて理由ではないよね…?



※ ※ ※



ジャック・ワルテルと云う名のフランス人の若造は、相も変わらず真唯に付きまとっているそうだ。彼女もまた、楽しそうに会話に付き合っていると云うから頭にくるのだ。ただ、夕飯や外出デートなどの誘いは全て断っているらしい事が、俺を安心させてもいる。

そんな風に俺がやきもきしていた時。
SPの一人が、とんでもない情報を持って来た。



「何!? あのジャックと云う男が、梅小路家の馬鹿娘の取り巻きの一人と付き合いがあるだと!?」
『はい。お言い付け通り交流関係を調べておりましたら、六本木のバーでの飲み仲間である事が判明わかりました。それも、相当親しいようです。…いかが致しましょうか?』
「…………」

梅小路家は、資産家……だった。
名字からも分かる通り、一条家と同じく旧・華族の家柄だ。しかし当代になって、資産は激減している。何の事はない。経営者には不向きだっただけだ。家屋敷も既に抵当に入っていると云う噂もある。ただ、あの一家の生活は相変わらず派手であり、一人娘として甘やかされて育った彩弓あゆみは、“家事手伝い”と云う名目でエステに通い、ブランド物のショッピングを楽しみ、取り巻きに囲まれ夜を過ごしているのだから、どうしようもない(この彩弓が、パーティーや会合などで会うと、俺にあからさまな秋波を送ってくるのは、完全な余談だ)。

……この彩弓の取り巻きと言うのだから、ロクでもない奴なのは確かだ。
……そんな奴と親しいなどと……



「…理解った…私が、この目で確かめる。」

そんな訳で俺は、ジャックと云う奴の人となりを、この目で直に見てやる事にしたのだ。



※ ※ ※



バブル絶頂期は、“花金”などと呼ばれていた週末の金曜日。花金とまではいかなくとも、土日が休みの企業が多くなった今、週末のバーはそれなりに浮かれている。会社帰りらしいサラリーマンがビールのジョッキを片手に上司の悪口を喚いている様は、いつの時代も変わらぬ光景だ。
だが、客層の三分の一が外国人であると云う風景は、ここが六本木だからだろう。

俺の好みとは正反対の騒がしい店の雰囲気に眉を顰める。


俺は普段、仕事の時はオールバックに固めている髪を自然に下ろし、SPが調達してきた【洋服の○山】と云う店の吊るしのスーツに着替え、黒縁の野暮ったい眼鏡をかけた。周囲に溶け込むための変装だ。……こんな暗い処では分かるまいと思うのだが、一応、用心のためだ。
傍にいるSPに言われるまでもなく、ジャックのいる処はすぐに分かった。……ひと際、騒がしい処だからだ。見るからに“不良ガイジン”と呼びたくなるような奴らがたむろしていて、ジャック・ワルテルはその中にいた。ネクタイを緩め、だらしなくYシャツのボタンを肌蹴た格好で。
奴が座っているBOX席のすぐ脇のバーカウンターテーブルに陣取っていたSPたちの輪に入り、適当な酒と摘みをオーダーし、耳をすませる。
ジャックと云う男の正体を、この目と耳で確かめるために。
フランス語のために、周囲に遠慮なく猥談で盛り上がっていた彼らは、流れのようにお互いの現在いまの恋愛状況について話し始め。そしてそれは、ようやくジャックの番になった。


『ジャック、お前が言っていた、例のはどうしたんだ?』

『……今、攻略中だよ……』

『ジャックは趣味ワリィからなァ~』
『そうそう、貧乳好き~~♪』

『うるせー! バストが大きい女が苦手なだけだ!!』

『それが、おかしいんだっつーの!』
『ひょっとして、ゲイか!? キャー、襲われる~!!』
『ギャハハハッ!!』

『言ってろ! …もうすぐ、ハロウィンだからな。今年のパーティーには、ヒデミと出席する。』

『そーだ、そーだ、「ヒデミ」だ!』
『貧乳のヒデミちゃ~ん♪』

『…彼女、絶対バージンだ! うまく酔い潰して、絶対奪ってやる!!』

『出たよー! “初物喰いのジャック”!!』

『…なあ、俺がった後でなら犯らせてやるから、パーティーで酔い潰すの手伝ってくれないか?』

『おまけに鬼畜のジャーークッ!!』
『俺は貧乳は嫌いだから、ご免だね。』

『バーカ! バージンだって言っただろーが! アソコの締まり具合は、良いはずだぜっ!!』

『あ、そっか! それなら、いいか!!』
『みんなで、マワすか!?』
『やろーぜ、やろーぜ!!』
『でもよー、お前、仮にも講師なんだろ? 訴えられたりしたら、ヤバイんでないの?』

『ホント、バッカだなー、お前。誰がそのままにしておくかよ。写メでも撮っておいて、脅すに決まってんだろ!』

『ギャハハハ! やっぱ、鬼畜ーーっ!!』
『ジャック、サイコーーーッ!!』




……聞くに堪えない会話を聞き続ける事が、これほど苦痛だった事はかつてない。
どうしようもなく湧いてくる、どす黒いものを堪えるのに必死だった。

……周囲のSPの反応は、真っ二つに分かれていた。フランス語が理解らない自分をもどかしく思い眉を顰める者たちと、フランス語を理解し嫌悪に顔を歪める者たちと。
俺は、その表情かおを歪めている者たちに短く命じた。

「…こいつらの素性を洗え。一人残らずだ。」
「ハッ!!」
すぐに二人の男が、店を飛び出して行く。


……この薄暗い照明の中でも分かるほど憤りに赤く表情かおを歪めていた彼らの事だから、義憤にかられてきっと細大漏らさず調べ上げてくれるだろう。

俺はこの胸くそ悪い場所を一刻も早く離れたくて、SPに支払いを任せると足早に店を離れた。


エレベーターを呼ぶと、シースルーの内部は六本木の夜景に彩られていた。
SPの一人が地下駐車場へのボタンを押すと箱は当然のように下降を始め、見事な夜景は徐々に消えて行く。

それと反比例するように、俺の中の怒りは静かにそのボルテージを上げてゆく。




……さて……どうしてくれようか……


……簡単に殺すだけでは、飽き足らない…っ!!




俺は本当に怒ると、却って冷静になる男だ。
SPの運転する車の後部座席に乗り込み流れる車窓を見つめていると、決意は深く静かに固まってゆく。


帰宅した俺は、一本の電話を掛けた。



「…澤木様…実は、折り入ってお願いしたい事があるのですが…」



※ ※ ※



ハロウィン。

十月三十一日に行われるこの行事は、元々は古代ケルトの収穫感謝祭だった。
この世とあの世との間の“門”が開き死者がこの世に訪れる事が出来、先祖が里帰りすると信じられていた。しかし、悪霊も同時にやってくるため、“ジャック・オー・ランタン”を飾り、これを追い払った。

クリスマスやバレンタインを自分たちの都合の良いように取り入れてしまったように、外来の祭りを取り入れる事が巧い日本人は、【万聖節】の意味が理解っているのか甚だ疑問だが、子供たちに「トリック・オア・トリート!」などと叫ばせ、魔女やお化けの仮装をするパーティーなどを開いて喜んでいる。



……去年までは、ハロウィンなど眼中にもなかった。
しかし、今年は特別だ。



私の愛しい女性ひとを愚弄した罪は償ってもらおう。





―――さあ……楽しいハロウィン・パーティーの始まりだ―――





※ ※ ※



ここは、都心から離れた郊外の森の中にある、とある洋館。
通称【マダムの館】と呼ばれる、フランスのシャトーを思わせる一見優美な城は、実は知る人ぞ知る“紳士・淑女の影の社交場ひみつクラブ”である。ここに入るには、厳重で特別な審査を潜り抜けなければならない。ある程度の収入、社会的地位にある事は勿論、その人柄、能力、資産、家系にいたるまで厳しく厳正な調査が行われ、それにパスした者でなければ、この館の門をくぐる事は許されないのだ。

それゆえ、ここに入館が許される事は、最高のステイタスと成り得ている。

一階は普通の大広間だが、地下のワインセラーのその奥深くの地下に降りて行くほど、特殊でディープな世界となってゆく。……一番の最深部で、人身売買せりが行われているのは暗黙の了解だ。




俺は今夜、五人の白人男性を“競り”に出した。

……言わずと知れた、ジャックを始めとするその仲間たちだ。

誘拐されて来た彼らは、五月蠅く騒ぎ立てている。



『な、なんなんだ! ここは一体、どこなんだっ!?』
『一体あんたたちは、何者なんだ!?』
『どうして俺たちが、こんな目にあわなくちゃならないんだっ!?』
喚きながらも怯えている様子を隠し切れていない事が、俺の笑みを誘う。平和で安全だと言われているこの日本で、こんなに目にあっているのが信じられないのだろう。
普通、競売にかける人間は、クスリを使って大人しくさせるものだが、俺はそれは必要ないと断った。


個室に押し込められていた彼らを、“舞台”に上げさせると、そこから見える光景に呆然としているのが理解る。


……無理もない。

そこは間接照明で薄暗いが、豪奢で立派な大きなホールだ。いくつものテーブルとソファーが設えており、そこを埋め尽くすのはドレスアップした紳士と淑女に、彼らが連れている全裸の“ペット”。“飼い主にんげん”たちはバタフライマスクをする事を許されているが、ペットは素顔を晒している。中には、顔を見ただけで誰だか理解る有名人・著名人もいるが、ここで行われた事は他言無用が絶対のルール。それを破った者は、間違いなく東京湾で魚の餌になっている事だろう。


異様な光景に息を呑んでいた彼らだが、数人の屈強な男たちによって、着ていた衣服を引き裂かれるように毟り取られ全裸にされると、実にみっともない悲鳴を上げてくれた。
そして抑え付けられ、あられもない格好を強要され。
一人また一人と“競り”にかけられていく。
自分につけられたシリアルナンバーを呼ばれ、国籍、年齢、性格、己しか知らないはずの性癖などがマイクを通した声で紹介されてゆき。全裸のままM字開脚をされたり、アソコ・・・の様子が良く見えるようにと広げられたりする事に悲鳴を上げ、号泣し抵抗するが易々と抑え付けられて。そしてオークショニアの進行のもと、次々とあげられてゆく“値段”を、信じられない、信じたくないと云うような表情かおで見守ってしまい……ハンマーが振り下ろされる度に絶望に満ちた表情で泣き叫ぶのだ。


ジャックは、わざとラストにした。

仲間たちが競り落とされていく・・・・・・・・・のを見届けさせて。
絶望に醜く歪む表情かおを見たかったから。



五人は、俺が予想した通りの人物たちに落札されていった。
……サド的嗜好が強過ぎて、競り落とした人間を幾人も殺してしまい、この館のブラックリストに名を連ね、しばらく“競り”に出席する事を禁止されていた五人だ。

競りの終了を見届けた俺は、ソッとその場を離れて警備室へと足を向けた。





『ヒッ…も、もう…許してっ…くれ…っ!! アァ…っ! ギャァ…ッ!!』



―――……ああ、この表情かおだ…恥辱と屈辱と、生きながらにこの世の地獄に陥ってしまったかのような絶望に彩られた表情……―――



俺はモニター画面に映し出された、ずっと見たかった男の表情に、うっとりと見入る。




ここは国内に留まるVIPが集うと言っても過言のない【マダムの館】の警備管理の心臓部であり、当然、【館】の中の全室に取り付けられた監視カメラのモニタールームでもある。
“監視員”が目を光らせている横に俺は陣取り、ただ一部屋の中の、複数のモニター画面を見つめている。

アンティークの装飾の施された美しい部屋にも関わらず、その部屋に入った人間たちはそんなものを鑑賞する精神こころなど宿ってはいない。彼らに共通するのは、瞳に宿った狂気の混ざる獣欲だ。
ジャックを落札したのは、偶然にも『切り裂きジャック』の異名をとる、五人の中でも最もS気質の強いイギリス人だった。

今回、出品者おれが出した条件は、ただ一つ。


“落札した人間ペットを、この館で一晩過ごした後に連れ帰る事。”


今、ジャック・ワルテルは、“主人”になったジャックに背後から組み敷かれ貫かれているが、前からもペット仲間である日本人の青年からも貫かれている。……俗に言う“二輪刺し”と云う奴だ。
様々な道具を使われ調教されていたが、アナルでの快感をまだ満足に拾えない身にこの仕打ちは苦痛だろう。主人のジャックも、それを理解っていてやっているのだ。

……そうでなくては困る。

アナルの快感は凄まじいと聞く。それだけを覚えさせたら、快楽の奴隷として幸福になってしまう。
誰がそんな事を許すものか。




『ヒィ…ッッ! グッ…グア…ッッ!!』


……男の…ジャック・ワルテルの涙ながらの哀れな悲鳴を、心地よく聞く。



……澤木様にお願いした甲斐があった。

あの日、俺が澤木様にお願いした事は三つ。どうしても許せない人間がいるから、オークションにペットとて出品したいと云う事。その人間の事を【CLUB NPOE】の方でも調べて頂いて、“許可”が下りたらその段取りを迅速に行って頂く事。そして今現在、“謹慎”を命じられている人間を、出品出来る人数分、今回だけに限り参加可能にして頂く事。

三つ目の許可を頂くのには交換条件を出されたが、喜んで澤木様に命じられた“仕事”をした。ジャック・ワルテルから、“日常”と云う名の平凡な幸福を奪うためだったら、何でもやってやると思っていたから。


……そう。この【マダムの館】が闇の世界の緩衝地帯であり得るのは、【CLUB NPOE】が運営していて、それが暗黙の了解となっているからだ。




あの晩の翌日、SPからの調査結果によって暴かれたジャックとその仲間たちの正体はとんでもない奴らばかりだった。上辺は品行方正だ。通訳、翻訳などの仕事をしたり、中には女子高教師と云う奴もいたのだから恐れ入る。だが裏では強請、たかりは当たり前。強姦、輪姦、麻薬にまで手を出して、やっていないのは殺人くらいと云う、犯罪者として裁く事も可能な性悪で愚劣な奴らばかりだったのである。

……この分なら、【CLUB NPOE】の“審査”にも通るはずだ。

……見ていろ。……俺の真唯にしようとした事以上の目にあわせてやる。
……まだ、司法の手によって裁かれた方が楽だったと、後悔するような目にあわせてやる。



だが、急いで欲しいと切実に願った。出来るなら、ジャック・ワルテルが、真唯をハロウィン・パーティーに誘う前に。

俺が澤木様の出してきた“仕事”を完璧に遣り切り、“お客様”にも至極ご満足頂けたご褒美と云う訳ではないかも知れないが、一週間もかからないうちにN○BAからの勤務の帰りにジャック・ワルテルが行方不明になり、しかも“競り”の開催日が奇しくも十月三十一日に設定された事には澤木様に深く感謝を捧げたい気分になった。……俺がお話しした事情を聞いて、澤木様にも思うところがおありのようだと推察された。



まさかその時に、俺がこのような真似を仕出かす切っ掛けになった牧野秀美嬢に、澤木様が関心を寄せられ秘かに調べていたなどと知るのは、もう少し先の未来の話―――



※ ※ ※



ジャック・ワルテルが、男として生まれてきた事を……いや、いっそこの世に生れてきた事を後悔させられるような目にあわされるのを、一晩中、痛快な思いで見届けて。

“切り裂きジャック”の異名をとる男の残虐性に虐げられる、ジャック・ワルテルの暗黒の未来に思いを馳せて―――俺はうっそりと昏い黒笑ほほえみを浮かべた。


……生前に堕落した人生を送ったまま死んだが死後の世界への立ち入りを拒否され、悪魔からもらった石炭を火種にし、萎びて転がっていたカブをくりぬき、それを入れたランタンを片手に持って彷徨っていると云う伝説の、“ジャック・オー・ランタン”もそろそろ姿を消さなければならない夜明け前の一番闇の深い時間。


俺は、一条家の“影”の手引きによって、真唯の部屋に侵入した。



特に足音を忍ばせる事もなく、真唯の眠る傍らに近寄る。
真唯の眠りが深い事を知っているからだ。


固いソファーベッドに両手をつき、真唯の安らかな寝顔を覗き込む。





―――……真唯…君の穏やかな眠りは、何があろうとも俺が守ってあげるからね……―――





酷く優しい気持ちでそれだけを想い。

真唯の額にソッと唇を落とし。



二〇〇八年の、自身が産まれた月の最初の夜明けを、俺は愛しい女性ひとの部屋で迎えたのだった。







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