IMprevu ―予期せぬ出来事―

天野斜己

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本編

No,119 【十年愛】 No,4

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……最近、社長に就任して間もない兄が五月蠅い。

土木管理本部部長への昇進を、しきりに打診してくるのだ。


……冗談ではなかった。海外出張を繰り返し、やっと例のプロジェクトを無事に終えて、ホッとひと息ついたところだと云うのに。補佐だって充分、忙しいのだ。これ以上、仕事に時間をとられて、真唯との逢瀬を邪魔されてたまるものか。



※ ※ ※



あれから、四年の歳月が流れようとしていた。

俺は今や、立派なストーカーと成り果てていた。
帰宅時、外出時のストーキングは当たり前。合鍵を作り、部屋へとお邪魔させて頂き、盗聴器とカメラを数個ずつ設置した。家電いえでんにも盗聴器を取り付けた。罪悪感など微塵も感じない。


……これで真唯の異変を瞬時に感じ取り、守ってやる事が出来る…っ!!


俺がこんな過激な行動に出たのには理由わけがある。
真唯がKY商事に入社して一年半余りが経過した頃。彼女が、所謂、お局様たちの標的になり、酷く陰険なイジメにあったのだ。しかも、俺がそれを知る事が出来たのは、その更に半年の後、当のお局様の自慢話が噂となって、流れ流れて緋龍院建設の女性職員の話題に上ったためだった。

俺はその話それを聞いた時、あまりの怒りに身体が震えた。そして、その怒りは自分自身にも向けられた。
なぜなら、彼女は表面上……ブログの上では、何の変化も見られなかったからだ。
【上井 真唯】は相変わらず週末には奈良や京都、鎌倉などへ神社仏閣巡礼の旅をし。たまに伊勢神宮や、厳島神社、平泉の中尊寺のような遠い場所へもアクティブに参拝し。興味の赴くまま舞台へ、喫茶店、レストランへと出掛けて行き。ここ数年で、新たなカテゴリーが加わった。『ホテル』と『パワーストーン』である。働くようになって金銭的余裕が出来たからであろう(だが実は、別ブログの利益の方が、はるかに収入あがりが多い)。
旅先で宿泊したホテルは勿論、都内での女性をターゲットにしたホテルでサーヴィスを受けて、それをルポしたものが、女性読者には爆発的に人気を集めて。
山梨の恵林寺に参拝した彼女は、ついでのように甲府・昇仙峡を訪れた。もともと不思議系雑誌「ム○」の愛読者であった彼女は“パワーストーン”に多大なる興味を持っていたのだが、昇仙峡の店で水晶球クリスタル・グローブに一目惚れしてしまい。そこから彼女の天然石集めが始まったのだ。


……そんな、明るくてパワフルな面しか読者に見せていなかった真唯が、陰でそんな心ない噂によって傷付けられていたなんて…っ!!


俺はすぐさま、SPの調査部に依頼して、KY商事を洗った。当然、報復してやろうと思っていたのだが、真相を知って、俺は愕然としてしまった。噂の出所は、総務部と経理部と人事部、それぞれのお局様で、今、彼女たちの首を一度に切ったら、会社自体がガタガタになってしまうだろう。しかも、社員全員が面白おかしく吹聴し、見様によっては会社全体が加害者と言えるのだ。唯一の救いは、経営企画部の才媛、室井と云う女性が真唯の援護にあたったと云う点のみだった。

キレていた俺は、首にする事は諦めたが、それ相応の報復はさせて頂いた。
ある女がつぎこんでいたヒモとは、結婚と云う一時の甘い夢をみせてやり。結婚式当日には金をやって逃げてもらった。……恥をかかされた、自負心プライドが異様に高いその女は会社にいられなくなり、間もなく辞めていったそうだ。
貯蓄が何よりの趣味の、ある女の隠し財産はごっそり盗んでやった。どんなに悔しくても、彼女は警察には届けない。……立場を利用して、KY商事の金を横領していたのだから。
そして、ある女の、眼に入れても痛くないほど可愛いがっている初孫の男子幼児には、ショタコンの変態を宛がってやった。……将来が楽しみである。

……これらの良い仕事をしてくれたのは、一条家の“影”である。
古い時代、天皇家や皇族に嫁ぐ姫君を出し、外戚として権力をふるう事もあった一条家。明治時代にも、華族として権勢をふるう“お偉いさん”を何人も輩出しているこの家系には、いつの頃からか秘密のお庭番のような働きをする者たちが組織されるようになっていった。……詳しい事は知らない。ただ、緋龍院の祖父から、二十歳になった時に半ば無理矢理、一時帰国を命じられて成人した祝いにと紹介されたのだ。

『この者たちは、お前の“影”だ。お前を守り、意のままに動き、必要とあれば命も捨てる。 …好きなように使え』と。

唯一の不満は、真唯を守ってはくれない事だ。あくまで俺を守る事が仕事だからと、断られてしまったのだ。


……だが、これからは、俺が守る。
こうして、始終、監視し、俺の庇護下に置くのだ。


……真唯…もう誰にも、君を傷付けさせたりはしない……

……俺が、守ってあげるからね……




そしてそれから、趣味と実益を兼ねた、多分に一方的な真唯との逢瀬が始まったのだ―――



※ ※ ※



真唯は毎朝、七時起床だ。と云っても、実は目覚ましは六時半にセットしている。三十分余りを、ソファーベッドの中でゴロゴロと過ごすのだ。……この様子が実に愛らしい。彼女はどうやら、低血圧のようだ。最初は実家から持参してきた布団で寝起きしていたのだが、ネット通販サイトで気に入ったのか、若草色のソファーベッドを購入して、以来、愛用している。
モソモソと起き出すと上に厚手のフリースを着て、コタツのコンセントとスイッチを入れ、ソファーに変身させたベッドをその中に入れて座りやすいようにセットする。そして、ようやく朝食だ。やかんでお湯を沸かし、大振りのマグカップにインスタントコーヒーをなみなみと注ぎ。マーガリン入りのロールパンを二個食べる。それで終わりだ。……俺は毎回、眉を顰める。もっと、フルーツやヨーグルトなどを食べて欲しい。真唯の健康のためにも……

そんな事を考える俺も、朝は珈琲で済ませてしまうのだから、勝手な事を言っているのは承知している。……しかし、愛する女性ひとの健康が気になるのは、仕方のない事だと思う。



冷たい水で顔を洗い、歯を磨き。パジャマから、黒のとっくりのセーターとGパンに着替え、鏡の前で簡単に髪の毛を梳かす。真唯の朝の準備は、これで完了だ。真唯は化粧はしない。特別なスキンケアもだ。……以前は確かに化粧をしていた。薄化粧だが。……その変化が、例のイジメの噂話以来からだと思うと、遣る瀬無さに襲われるが……。……そのスッピンのままで、充分に可愛い。綺麗に化粧をした姿を、他の男どもに見せつけるよりはずっと良い……
そして真唯は出社ギリギリまでを、読書をして過ごす。彼女の年間の読書量は、すごい量だ。……そして、彼女の部屋は狭い。独身用のフローリングの六畳間だ。そんな部屋に収納出来る本棚なんて、たかが知れている。彼女の読書量に、その収納は追い付かない。……結果、部屋の隅、コタツの脇には本が積み上げられているのだ。
それを見る度に思う。俺のマンションに引っ越して来て欲しいと。いや、彼女が引っ越して来てくれるのなら、もっと広く眺めも良い部屋が良いだろう。……本当にそんな日がきたら、どんなに良いか…! 

……朝のひと時を、読書に没頭する真唯の表情を誰はばかる事なく見つめる事が出来るのは、至福の時間だ……


しかし、そのわずかな時間は無粋な目覚まし時計のベルの音に邪魔される。出勤、五分前だ。真唯は読んでいた本を通勤バッグに仕舞うとハーフコートを羽織り、そのバッグを肩に担ぐと俺のPCの画面から姿を消した。



「…行っておいで、真唯。 …気を付けて…」






ちなみに俺自身の起床時間は五時だ。そしてマンション内のジムで、専属トレーナーの指導の元、作られたトレーニングメニューにそって一時間あまり、身体を動かす。俺は朝食はとらないが、水は飲んでいる。一日、二000mlのペットボトルが目安だ。常にミネラルウォーターのボトルを脇に置き、黙々とメニューをこなす。
そして部屋へ戻りシャワーで汗を流すと、エスプレッソをゆっくり味わう。
軽く身支度を整えていたら、待ちに待った時間がやってくる。俺は徐にPCを立ち上げ、真唯に朝の挨拶をする。

『…おはよう、真唯。 …起きなさい…俺の、お寝坊姫…』

それからは真唯の様子を見守り……出勤していく真唯を見送ると、俺は今度はブレンドコーヒーを淹れて俄かに戦闘態勢に入る。
真唯のブログ【強引g 真唯道ゴーイング・マイウェイ】に侵入し、何千と来ているメッセの差出人を素早くチェックする。ブログの記事を読むのは、真夜中と云う奴は数多い。……ろくでもないメッセを送ってくる奴も。

……いたいた……しょーこりもなく、まったく……

俺の頭の中のブラックリストに登録されている奴のメッセは、速やかに削除する。
……こんな奴のメッセを真唯が読み、丁寧に返信するのかと考えるだけで異様に腹が立ってくる。削除した後の清々しさは、例えようもない。……これで、今朝も気分良く仕事が出来そうだ……





しかし、そんな爽やかな気分は仕事を終えて帰宅し、更新された真唯のブログの最新記事を読んで、いっぺんに吹き飛んでしまった。

……なんと真唯が、年始年末を挟んだ冬休みの海外ツアーに参加を申し込んだと、嬉々として報告していたのだ!!


……完全に油断していた…っ!


真唯が国内の神社仏閣巡りにしか興味がないものと思い込んでしまっていたのだ。
よほど、その旅行代理店のコンピューターに侵入し、申し込みを削除してやろうかと思った。……しかし、出来なかった。ツアーの内容を知って、これは真唯の喜びそうなラインナップだと納得してしまったのだ。

それはパリとロンドンの一週間のツアーだったが、終日フリーで真唯はモン・サン・ミッシェルと、ストーンヘンジのオプショナルツアーを申し込んでいたのだ。

……同じ世界遺産でも観光客が大挙しておしかける、ベルサイユ宮殿やウェストミンスター宮殿などではないところが真唯らしい……


有名な巡礼地と、石の古代遺跡……日本で言えば、飛鳥のような処だ。

……真唯が憧れて、行ってみたくなるのも無理はない……


俺は未来の夫として、真唯に“SP”を付ける事を決意した。
……それで、恋人の海外旅行わがままを許してやろう……






―――……真唯のいない二00七年の幕開けがいつも以上に酷く味気なく、遠くに聴こえる汽笛が霧笛のように切なく遣る瀬無く聴こえてしまったのも、仕方のない事だろう……―――







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