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Lessons in love
No,1
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※ 『もしも真唯ちゃんと貴志さんとの間に子供が出来ていたら』
と云う『IF』のお話になります。
この頃アタシは、妙に情緒不安定だ。
新年早々、念願の東国三社参りを果たして非常におめでたい新たな年の幕開けを迎える事が出来たというのに。落語会に出掛けて笑い初めをしてみてもその場では笑えるのだが、帰宅して数日経つと元の木阿弥なのだ。ドリカムの明るい曲や新たにファンになったV6の曲を聴いてみても、ちっとも効果がない。自棄になって他のジャニーズの曲を聴いてみたのだが、余計に虚しくなった。こうなったらとことん落ち込んでやろうとドリカムベストの「TEARS」をリピート再生にして聴いてみたらやけに身に染みて。特に失恋ソングや不倫の歌の歌詞に感情移入してしまい『もしも貴志さんに浮気されてしまったら』とか『もしも貴志さんに捨てられてしまったら』などと考えて怖くてたまらなくなって。終いには涙が止まらなくなって帰宅した貴志さんに心配されてしまったのは苦い後悔の思い出だ。
おまけに胃がムカムカして、大好きな珈琲が美味しく感じられないのも非常に辛い。ブレンドは勿論、ブルマンやキリマンジャロなど、ハワイ・コナまでもが美味しいと思えないのだ。自棄をおこして缶コーヒーを飲んでみたのだが、遂に戻してしまった。そんな時には無理せずに寝てしまう。最近何だか眠くて仕方がないのだ。浅草の賑やかな寄席で眠れてしまった時には自分が一番驚いた。
やはり風邪だろうか。あの六畳間の安アパートではコタツのみで過ごして風邪一つ引かないのが秘かな自慢だったのにアタシも堕ちたものである。きっとエアコン完備の豪華マンションに身体が慣れた故の贅沢病であろう。何とも情けないものである。それに。もしかしたら少し早い更年期障害かも知れない。考えたくはないが、その可能性は充分にある。まあ、こんな些細な症状で病院に駆け込みたくはない。アタシはネット検索して、風邪に効くと思われる事は一通りやってみた。民間療法みたいなものだけど、何にもしないよりはマシだ。けれどもアタシの容態はあまり変化がなく、その事に苛立ち遂には貴志さんに八つ当たりしてしまった。
最悪だ。
最低だ。
離婚の危機だ。
自虐の穴掘り名人の本領を久々に発揮して、自己嫌悪の深いズン底に陥ったアタシは部屋に立てこもってしまったのだった。
※ ※ ※
最近、真唯さんの様子がおかしい。
常に落ち着かない様子で。
ある日帰宅したら急に泣かれてしまった時には驚いたが、その涙がなかなか止まらずに瞳が真っ赤になるまで泣き続けられたら俺はオロオロ狼狽えるばかりで。何とか宥めて原因を探ろうとしたのだが、真唯さんはとうとう口を割らなかったのはかなり情けない思い出だ。
心なしか顔が赤い気もする。
熱でもあるのかと思い心配になり声を掛けようとするのたが。
真唯の固い雰囲気がそれを許さなかった。
一つ心配になると、あんなに好きだった珈琲を急に紅茶に変えたりした事も、常に眠そうにしているのも心配になってしまう。だから真唯に充分に睡眠を取って貰えるように房事も控えめにしてみたり、思い切って我慢してしまったりするのだが一向に効果がなく。遂には大声で訳の理解らない事を詰られて、自室に閉じこもってしまったのだった。
反省した。
心底、反省した。
真唯を抱けないのは確かに辛いが、身体が目当てで結婚したのでは決してない。
もっと妻の体調に気を配り、無理矢理にでも心配事を聞き出すべきだったのだ。
「…真唯さん…そこにいらっしゃいますか…?」
「……………」
「…申し訳ありません…貴女のご様子がおかしい事には、気付いていたのに…」
「……………」
扉のすぐ向こうで真唯のすすり泣きが聞こえる。
辛抱強く話し掛けてみるのだが、応えはない。
それどころか泣き声は段々と大きくなるばかりで、終いには泣きじゃくり始めた。
蹴破りたい思いを堪え、優し気な声を心掛け静かに穏やかに説得を続けた。
すると何とか、俺の女神は天岩戸を開けてくれたのだった。
「…少しは、落ち着きましたか…?」
「……………」
リビングルームのソファーで膝の上に乗せて甘やかす。
真唯を甘やかすのは夫である俺の特権だ。
他の誰にも譲る心算は断じて有り得ない。
愛しくてたまらない妻は俺の胸に顔を伏せてぐずっている。
まるで小さな子供のようで、とても可愛いらしい。
まあ俺は、本当の餓鬼は嫌いだが(苦笑)。
髪の毛からチラリと覗く耳は真っ赤で照れている事が判明る。
少なくとも俺に対して怒っている訳ではないようで、それが俺を安堵させる。
俺はまだスーツのままで部屋着に着替えていないし、夕飯も冷めてしまっている。
しかし、そんな事はどうでもいい。
夕飯などレンジでチンすればどうにでもなる。
真唯の事が、最優先だ。
俺は辛抱強く真唯が落ち着くのを待った。
この大事な温もりの為ならば、どんな事でも出来る。
例え倫理に反する行為でも、人間が作った法律を犯す事であっても。
俺は躊躇などしないだろう。
……だから、どうか教えて欲しい。
大切な妻の精神を悩ますものの全ての事情を。
だが、少しずつ落ち着いてきた真唯がポツリポツリと語る事によれば。
はっきりとした理由はないらしい。
その理由がない事が、却って真唯を苛立たせているようだ。
俺は真唯の語る話を聞き終えると、何とか医者に行くように説得した。
“贅沢病”など、慎ましい真唯らしい言い草だが。
風邪や更年期障害を甘くみては大変だし、事によっては心療内科にみせた方が良いかも知れない。現代はストレス社会だから、一昔前なら『精神科』と言って忌避されていた病も比較的気楽に『心療内科』などに通院する人間が急増しているのだ。あの高見沢医師の元に行かせるのも良いかも知れない。
真唯の気分を楽にさせる為にも更年期障害や心療内科医のよもやま話などを面白可笑しく話せば、妻もやっと顔を上げてくれて微かだが笑顔を見せてくれた。その時、真唯の腹が鳴って本人は恥ずかしがったが、却って俺を安心させた。空腹を感じるのならば、気分も楽になり精神的に安定した証拠だ。真唯は自分が夕飯を温めるから俺に着替えをするよう促し、またもや謝罪させてしまったのだった。俺は笑って気にしないよう言い、和やかな夕飯の間にも病院へ行く事を確約させ、瀬尾にも直接厳命を下したのだった。
と云う『IF』のお話になります。
この頃アタシは、妙に情緒不安定だ。
新年早々、念願の東国三社参りを果たして非常におめでたい新たな年の幕開けを迎える事が出来たというのに。落語会に出掛けて笑い初めをしてみてもその場では笑えるのだが、帰宅して数日経つと元の木阿弥なのだ。ドリカムの明るい曲や新たにファンになったV6の曲を聴いてみても、ちっとも効果がない。自棄になって他のジャニーズの曲を聴いてみたのだが、余計に虚しくなった。こうなったらとことん落ち込んでやろうとドリカムベストの「TEARS」をリピート再生にして聴いてみたらやけに身に染みて。特に失恋ソングや不倫の歌の歌詞に感情移入してしまい『もしも貴志さんに浮気されてしまったら』とか『もしも貴志さんに捨てられてしまったら』などと考えて怖くてたまらなくなって。終いには涙が止まらなくなって帰宅した貴志さんに心配されてしまったのは苦い後悔の思い出だ。
おまけに胃がムカムカして、大好きな珈琲が美味しく感じられないのも非常に辛い。ブレンドは勿論、ブルマンやキリマンジャロなど、ハワイ・コナまでもが美味しいと思えないのだ。自棄をおこして缶コーヒーを飲んでみたのだが、遂に戻してしまった。そんな時には無理せずに寝てしまう。最近何だか眠くて仕方がないのだ。浅草の賑やかな寄席で眠れてしまった時には自分が一番驚いた。
やはり風邪だろうか。あの六畳間の安アパートではコタツのみで過ごして風邪一つ引かないのが秘かな自慢だったのにアタシも堕ちたものである。きっとエアコン完備の豪華マンションに身体が慣れた故の贅沢病であろう。何とも情けないものである。それに。もしかしたら少し早い更年期障害かも知れない。考えたくはないが、その可能性は充分にある。まあ、こんな些細な症状で病院に駆け込みたくはない。アタシはネット検索して、風邪に効くと思われる事は一通りやってみた。民間療法みたいなものだけど、何にもしないよりはマシだ。けれどもアタシの容態はあまり変化がなく、その事に苛立ち遂には貴志さんに八つ当たりしてしまった。
最悪だ。
最低だ。
離婚の危機だ。
自虐の穴掘り名人の本領を久々に発揮して、自己嫌悪の深いズン底に陥ったアタシは部屋に立てこもってしまったのだった。
※ ※ ※
最近、真唯さんの様子がおかしい。
常に落ち着かない様子で。
ある日帰宅したら急に泣かれてしまった時には驚いたが、その涙がなかなか止まらずに瞳が真っ赤になるまで泣き続けられたら俺はオロオロ狼狽えるばかりで。何とか宥めて原因を探ろうとしたのだが、真唯さんはとうとう口を割らなかったのはかなり情けない思い出だ。
心なしか顔が赤い気もする。
熱でもあるのかと思い心配になり声を掛けようとするのたが。
真唯の固い雰囲気がそれを許さなかった。
一つ心配になると、あんなに好きだった珈琲を急に紅茶に変えたりした事も、常に眠そうにしているのも心配になってしまう。だから真唯に充分に睡眠を取って貰えるように房事も控えめにしてみたり、思い切って我慢してしまったりするのだが一向に効果がなく。遂には大声で訳の理解らない事を詰られて、自室に閉じこもってしまったのだった。
反省した。
心底、反省した。
真唯を抱けないのは確かに辛いが、身体が目当てで結婚したのでは決してない。
もっと妻の体調に気を配り、無理矢理にでも心配事を聞き出すべきだったのだ。
「…真唯さん…そこにいらっしゃいますか…?」
「……………」
「…申し訳ありません…貴女のご様子がおかしい事には、気付いていたのに…」
「……………」
扉のすぐ向こうで真唯のすすり泣きが聞こえる。
辛抱強く話し掛けてみるのだが、応えはない。
それどころか泣き声は段々と大きくなるばかりで、終いには泣きじゃくり始めた。
蹴破りたい思いを堪え、優し気な声を心掛け静かに穏やかに説得を続けた。
すると何とか、俺の女神は天岩戸を開けてくれたのだった。
「…少しは、落ち着きましたか…?」
「……………」
リビングルームのソファーで膝の上に乗せて甘やかす。
真唯を甘やかすのは夫である俺の特権だ。
他の誰にも譲る心算は断じて有り得ない。
愛しくてたまらない妻は俺の胸に顔を伏せてぐずっている。
まるで小さな子供のようで、とても可愛いらしい。
まあ俺は、本当の餓鬼は嫌いだが(苦笑)。
髪の毛からチラリと覗く耳は真っ赤で照れている事が判明る。
少なくとも俺に対して怒っている訳ではないようで、それが俺を安堵させる。
俺はまだスーツのままで部屋着に着替えていないし、夕飯も冷めてしまっている。
しかし、そんな事はどうでもいい。
夕飯などレンジでチンすればどうにでもなる。
真唯の事が、最優先だ。
俺は辛抱強く真唯が落ち着くのを待った。
この大事な温もりの為ならば、どんな事でも出来る。
例え倫理に反する行為でも、人間が作った法律を犯す事であっても。
俺は躊躇などしないだろう。
……だから、どうか教えて欲しい。
大切な妻の精神を悩ますものの全ての事情を。
だが、少しずつ落ち着いてきた真唯がポツリポツリと語る事によれば。
はっきりとした理由はないらしい。
その理由がない事が、却って真唯を苛立たせているようだ。
俺は真唯の語る話を聞き終えると、何とか医者に行くように説得した。
“贅沢病”など、慎ましい真唯らしい言い草だが。
風邪や更年期障害を甘くみては大変だし、事によっては心療内科にみせた方が良いかも知れない。現代はストレス社会だから、一昔前なら『精神科』と言って忌避されていた病も比較的気楽に『心療内科』などに通院する人間が急増しているのだ。あの高見沢医師の元に行かせるのも良いかも知れない。
真唯の気分を楽にさせる為にも更年期障害や心療内科医のよもやま話などを面白可笑しく話せば、妻もやっと顔を上げてくれて微かだが笑顔を見せてくれた。その時、真唯の腹が鳴って本人は恥ずかしがったが、却って俺を安心させた。空腹を感じるのならば、気分も楽になり精神的に安定した証拠だ。真唯は自分が夕飯を温めるから俺に着替えをするよう促し、またもや謝罪させてしまったのだった。俺は笑って気にしないよう言い、和やかな夕飯の間にも病院へ行く事を確約させ、瀬尾にも直接厳命を下したのだった。
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