IMprevu ―予期せぬ出来事―

天野斜己

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本編

No,113 天災は、忘れた頃にやってくる

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「…岩屋さんも、懲りないなァ~~」

真唯は自分のブログに送られて来たメッセージを読みながら、苦々しいと云うよりも、イタズラっ子の我儘を聞いてやるような微笑ましい気持ちになりながら、軽くため息を吐いたのだった。



※ ※ ※



『真唯さん…実は、急なロンドン出張が決まってしまいまして。』

神無月ももう終わりに近付きつつある平日の晩、夕飯を食べながら一条さんは話し出した。その表情かおは、とても苦々し気だ。仕事と理解ってはいても、一条さんのそんな表情を見れば、真唯も心配になってしまう。

『…大変なお仕事なんですか?』
『ああ、すみません。…本当は私でなくても構わない案件なんですが、厄介な奴に名指しで指名されましてね。なに、奴の目的は理解っています。私が結婚すると聞いて、真偽のほどを確かめたいのでしょう。』
『…もしかして、一条さんの結婚って、ワールドワイドな出来事なんですか?』
『ハハ…まさか。ですが奴とは大学時代からの腐れ縁でして。渡英すれば根掘り葉掘り聞かれるかと思うと、仕事以上に憂鬱になってしまうんですよ。』

言葉ひょうめんじょうでは面倒臭そうにしながらも、一条さんのが懐かしそうに優しく瞬いてる事に気付く。……もしかして……

『…一条さん…違っていたら、ごめんなさい。その方って、もしかして…以前、“親友”だとおっしゃっていた方なんじゃ…』

その瞬間、大きく見開かれた眼に、一条さんの答えが理解ってしまう。
……途端に、微笑ましいものを感じてしまった。

『お仕事の出張じゃ楽しめないかも知れませんが…旧交を温めてらして下さいね。』
にっこり微笑った真唯に、
『…敵いませんね、貴女には…最高の女性を見つけたと、せいぜいノロけて来ますよ。』
『それだけは、勘弁して下さいっ!!』




そんな会話をして、一条さんを送り出したのが、つい数日前の事。
今、真唯は、定時で仕事を終えて、岩屋さんとの待ち合わせ場所、バー【コレンティエ】に向かっている。

岩屋さんには、週末にゆっくり会いたいと言われていたのだが、真唯の週末を独占したがる男性ひとの存在に、それは諦めてもらった。そして平日の夜ならOKとの返事をしたのだ。そうして決まった日が、一条さんが出張でいない日と云うのは、何とも皮肉な話だが。
勿論、一条さんには了解済みだ。岩屋さんのメッセは、まだ一条さんが離日する前に届いていたのだから。岩屋さんには、引っ越しした事を言っていなかった。
……言えば、必然的に、恋人の事を白状しなければならないからだ。家電いえでんが使えなくなってしまった時に、スマホに登録される事を許された人間はごくわずかだった。決して、一条さんが狭量だった訳ではない。真唯自身が、連絡が必要と感じた人数が極端に少なかったのだ。
岩屋さんは、当然の如く弾かれた(笑)。当然だ。こちらから連絡などしたら、岩屋さんの口説きに屈した事になってしまう。真唯にしてみれば、連絡が取れなくなった事を拒絶と受け取って、これを機に諦めてくれないかナ、なんて微かな期待もあったりしたのだが。【がんちゃん】の二つ名は伊達ではなかったらしい。



真唯は、現在いま、お頭の中が、ピンクの花畑状態になっている。
真唯のアイディアは大当たりだった。先ず一条さんの正装を先に決める事になったのだが、自分のドレス選びの時以上に夢中になってしまった。リザさんのお店で着せ替え人形になってくれた一条さんは、何をお召しになってもきっちり着こなしてしまわれて、真唯をうっとりさせてしまわれる。一条さんも、アタシにそんなで見られて満更でもないらしく、ご機嫌麗しくアタシの“『次はこれ着て見せて下さい!』攻撃”に耐えてしまわれる。結局、悩みに悩んで選んだのは、ブラックのフロックコートだった。ベストも黒で、タイはお洒落にアスコットタイ。
お次はいよいよ、アタシの番だ。あのカッコイイ、フロックコート姿の一条さんの隣に並ぶのだと思ったら、ドレス選びにもリキが入ってしまった。そして、様々なドレスに果敢にもチャレンジし、アタシが決めたのは、何と肩がモロ出しのマーメイドラインのドレスだった。……抵抗しましたよ、勿論。こんな綺麗なのは似合わないって。でも一条さんが、『真唯さんには、コレです!』と言って譲らなかったのだ。リザさんも、『素敵じゃないの!』って、反対してくれないし……決めましたよ……仕方ないじゃん。アタシの大好きな一条さんが、アタシに『良くお似合いです。』って言って選んでくれたドレスなんだから……それに正直言えば……リザさんのお陰で、胸に程良く谷間が出来て……試しにって言ってフルメイクしてくれた鏡にうつっていた“アタシ”は……満更捨てたもんじゃなかったのだ。

式の会場とか新婚旅行先とか、決めなければならない事はまだまだ沢山ある。
でも、会社でゼ○シィを広げる勇気はない。会社では、お伊勢さんや出雲大社に関する本を読み漁っていた。折角、【お陰参り】が出来るのだから、納得出来る実りある旅行にしたいし。だから会社では、十一月の一条さんの誕生日バースデーをお祝いする旅行を画策し。家では愛用のノーパソで、結婚式に関するものを検索しまくっていた。週末には、帝都ホテルの中のパリに本店のある、香水で有名なお店でブライダルエステなんて、恥ずかしいものにも通い始めてみたりして(照)。

だから、本当に久々だったのだ。ブログにログインしたのは。
読者様には予め、お断りの文章をアップしていた。私事わたくしごとのため、しばらく活動は休止させて頂きますと。それでも、マッツンのお店や【Cafe 喫茶去きっさこ】に、わざわざ足を運んでくれる有り難い人々の事を忘れていた訳ではない。コメントやメッセが溜まっているだろーなーと思いつつ、ログインしてみた処に、岩屋さんからのメッセが届いていたのだ(拓也君からのものは、丸っと無視させて頂いた)。


……なんか、忘れた頃にやって来る天災みたいな人だな~~と、苦笑いしか出て来ない。


時間をかけて、頂いていたコメントとメッセに丁寧に返信して(くどいけど、拓也君は除く/笑)。岩屋さんからは、速攻、返信の返信が来た。そうして会える日を相談して…一条さんにその遣り取りを話したら、『岩屋さんも、懲りない方ですね。』と彼も笑っていた。




アタシが男性おとこのひとと話す事を極端に警戒する一条さんだが、岩屋さんに対するスタンスは他の男性ひととは、ちょっぴり違う。
一条さん、曰く。


―――……岩屋さんは、結びの神なのですから……―――


……本当にその通りだなと、少しにやついた表情かおを自覚しながらも、真唯は地下鉄を降りて【コレンティエ】への道を急いでいた。T区の大通りから少し離れた裏道にある、この知る人ぞ知る隠れた名店には、お金持ちの常連さんも多い。
だから、真唯の横をリムジンが通った時も、別に不思議に思わなかったのだ。
こんな狭い通りに邪魔だなと思ったくらいで。

しかしその車が通り過ぎずに、まるで真唯の横に横付けされるように停まり、運転手さんが降りて来て後部座席のドアを仰々しい仕草で開けるのを見れば別である。

そして、ボケッと立ち止まってしまった真唯に向かって、声を放ったのだ。


「…お乗り下さいませ。一条貴志様の正式な許婚者いいなずけ様が、あなたにお会いしたいと中でお待ちでございます。」

「……っ」


……キタキタキタ、来ましたよ~~! いつか、あると思っていたんですよ、こんなゴールデンパターン! 恐らくどこぞのご令嬢で、『彼と別れて下さらない?』が鉄板だろう。
岩屋さんに夕飯を奢られるのがイヤで、急いでいた甲斐があった。幸い待ち合わせ時間までには充分間がある。……お付き合いさせて頂こうじゃないの。
一瞬にして、【上井 真唯】の“スイッチ”が入ったのが理解る。
例えるなら……

(…オラ、わくわくすっゾ!)

促されて中に入ってみれば、正面にいかにもなお嬢様が座っていらして、上座(?)に恰幅の良い中年の男性が座っておられた。一見して、社会的地位の高いと理解る存在感がある。だが生憎と、一条さんや澤木さんのお陰で、そんなオーラにはビクともしない耐性が出来ていた。……それになんと言うか、“偉ぶっている”とでも言いたくなるような虚勢を感じてしまうのは……うがち過ぎだろうか…? 執事の松田さんの方が、まだ風格があると思ってしまう。

自称・許婚者のお嬢様は、真唯をチラリと見ると、「…普通のじゃない。貴志さんも遊ばれるのは結構だけど、もう少し選んで頂きたかったわね。」などと、勝手な事をほざいていらっしゃる。

……悪かったですね。文句は、マニアックな趣味をお持ちの一条さんにおっしゃって下さい。

「単刀直入に申し上げるわ。貴志さんと、今すぐ別れてちょうだい。…ああ、タダとは言わないわ。それ相応の手切れ金は差し上げますから。岸本、小切手帳を。」
「…は。」

……この運転手さんは、岸本さんと言うのか……

岸本さんから渡された小切手帳と万年筆をアタシの膝の上に置いたお嬢様は、傲然と言い放った。
「さあ、いくらでもお好きな金額をお書きになって。」

……アタシは黙って、サラサラと小切手帳に書き入れた。それをお嬢様にお渡しする。

「…下賤な者は、これだから話が早くて助かるわ。 …って、何よこれ!
 【一条貴志】って、貴志さんのお名前を書いてどうするのよ!
 わたくしは、金額を書きなさいと言ったのよ!!」



ワハハハ!!



それまで傍観者を決め込んでいた男の突然の笑い声に、真唯は恐れる事無くその男をひたと見据えた。 ……この男性ひとには、通じたようだ。真唯の宣戦布告が。


「…貴志が気に入るだけの事はある。なかなか面白いお嬢さんのようだ。」
「お義兄さま!!」

……お兄様? この二人は兄妹なのだろうか…?

「【一条貴志】だったら、君にあげても良いよ?
 …だがそんな人間は、法律上はどこにも存在しないんだがね。」

……え…?

「もしかして、貴志はやはり遊びだったんだろうかね?
 同棲相手に本名も教えていないなんて…」

可笑しそうに肩を揺らす男性は懐から名刺入れを取り出すと、その一枚をアタシに差し出して来た。そこには【緋龍院建設株式会社 代表取締役社長 緋龍院京一郎】とあった。
……っ! こ、この人、あの緋龍院建設の社長さん!? 一条さんの、上司にあたる人なんじゃ…っ!!

密かに焦るアタシに、思いもよらない爆弾が投下された。


「…改めて、初めまして。私は、緋龍院京一郎。
 …貴志の兄にあたる。」


いきなりの言葉に、真唯は軽い恐慌状態パニックに陥ってしまった。
この人が、あの一条さんと仲の悪いお兄さん…!?
一瞬にして、あの正月の折りの横柄な電話の口調が蘇る。
……しかし、それよりも……


「貴志は、母方の姓を名乗っているんだよ。
 …貴志あいつの本名は、【緋龍院 貴志】と言うんだ。」


心底、愉快気な声に、アタシは後頭部を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

……恋人だと思っていた男性ひとに…もうすぐ結婚するんだと浮かれていた婚約者フィアンセに…アタシはずっと、偽名を名乗られていたの?
……アタシは…騙されていたの……?




「…あの貴志が、自分のマンションに女を連れ込み、結婚の噂が立っていたのに少々神経過敏になってしまったかな。 …見れば、指環もしていないようだし…やっぱり、単なる遊びだったのか…」

……今、アタシは、いつもしている婚約指環エンゲージリングをしていない。電車の中で外したのだ。岩屋さんに見られたくなくて。ついでに云えば、あのお気に入りのイヤリングもしていない。……目利きの岩屋さんに、ダイヤだなんて見破られたくなくて。





自分が何を言っても冷静だった女がハッキリ顔色を変えた事に、溜飲を下げたのだろうお嬢様はフフンと嘲笑って、もう一つの更なる爆弾を投下された。

「何度かお情けで抱かれて一緒に暮らしているくらいで、有頂天になられてお気の毒さまですこと。わたくしのお腹の中には、貴志さんとの愛の結晶が宿っていますのよ。さっさと手切れ金を受け取って、あのマンションから出て行って下さいませんこと?」


「そんなの嘘よ!」咄嗟に叫んだアタシに、
「本当ですわ。」勝利者の笑みを湛えるお嬢様。
「…嘘よ…だって、あの人は…一条さんは…」
『無精子症』なんて言葉にしずらくて、口ごもってしまったアタシを楽しそうに観察していた一条さんのお兄さんが、ハッキリと顔色を変えた。
そして、恫喝するような声を出して言った。



「牧野君! …紹介が遅れてしまったが、こちらにおられるのは、国土交通審議官・沼倉氏のご息女・沼倉裕樺ひろかさんだ。S女子大に通われていらっしゃる才媛でもある。 …重要なのは、貴志との見合いで一晩過ごされた後に、裕樺さんが妊娠されたと云う事実なのだ。緋龍院家の都合に、君は関係ない。関係ないひとは、口を出さないで頂こう。」



……っ!!

……この男性ひとは、理解っているのだ。
彼女が身籠っているのが、一条さんの子供だなんてありえない事が。
……それを、自分たちの…緋龍院家の都合が良いからと、見て見ぬ振りをしようとしている……

アタシは緋龍院と云う家の、あまりと云えばあんまりの人非人ぶりに、嫌悪でブルリと身体が震えてしまい、思わず我が身を抱き締めてしまった。それを恐怖しているとでも勘違いしたのか、一条さんのお兄さんがニヤリと嫌な笑みを見せる。


「…そう、怖がる事はない。君の方から貴志に別れを告げ、あのマンションを出て行ってもらいたいだけだ。今なら君の希望するだけの手切れ金を出そう。君にとっても、悪い話ではないだろう? …それとも、あの零細企業…KY商事にいられなくなるようにして欲しいかい?」

「KY商事? 聞いた事のない会社ですわね。」尻馬に乗るお嬢様に、
「吹けば飛ぶような零細企業です。裕樺さんがご存じないのも無理はありません。」愉快そうに答えるお兄さん。

……そう云う、ヒロカ様のS女子大は有名ですよね。お金さえ出せば、誰でも入れて卒業出来る大学がっこうだって。





……通勤バッグを握り締める。この中には、愛用のLANCELの長財布が入ってる。
……アタシはこの時、よっぽど、澤木さんから貰った名刺を出してみようかと思ったのだ。上流階級の人に理不尽な目に遭わされるような事があったら、面白い光景が見られると言われたクラブの名刺を。だが、使わなかった。……もう一つ、別の使い道を思い付いてしまったから……

そして、それはある意味、正解だった。
一条さんの、もう一つの顔を知る事が出来たから。

話す事は話したから降りるようにと促された車内から、一条さんのお兄さんはアタシに更なる駄目押しをして下さった。



「君は【上井 真唯】と云う、別の顔を持っているね。実は貴志にも、もう一つ別の顔があるんだよ。電子書籍出版社「アイ’s_Books」の社長と云う肩書がね。 …計算高いあいつの事だ。君に近付いた理由わけもそこら辺にあるのかも知れないな。そうでなければ、君みたいな小娘を相手にするはずがないからね。」



※ ※ ※



……いつの間に【コレンティエ】に着いていて、マスターに“おまかせ”のメニューを頼んでいたのか、まったく記憶にない。


―――……無意識ってコワイ……―――


ポルチーニのパスタを頂き、ブラッディ・メアリーを飲みながら、アタシは今、岩屋さんと向かい合っている。
……でも、左の薬指に指環リングを通したのは、アタシの意志だ。無意識なんかじゃない。

『…どう? 少しは考えてくれた…?』
がんチャンさんの、いつもの台詞をアタシは言わせなかった。

彼の顔を見るなり、婚約指環エンゲージリングを翳しながら、言い放ったのだ。
「お宅の社長さんと結婚しますけど、それとこれとは別問題ですから。」

ポカンとした表情かおをした岩チャンさんは一瞬の驚きから覚めると、店中に響き渡るような大声を出した。「え~! 上井さんって、一条と付き合ってたのっ!? 一体、いつの間にっ!?」

……その言葉は、間違いであって欲しいと願っていた、アタシのわずかな希望を打ち砕いた。



……一条さん…もしかして…あの出会いでさえ、仕組まれたものだったの…?




『一杯、おごらせて頂けませんか?』




岩チャンさんは、アタシと一条さんの馴れ初めを知りたがったが、適当に誤魔化した。 ……ホントの事なんて、言えやしない……哀しくって、情けなくって……


アタシの思惑通り、アタシの本の話は一切出ずに、一条さんとの話に終始した。
そして、意外な事も分かった。この会社は一条さんと岩チャンさんの共同設立であり、二人のイニシャルの頭文字から取って命名した事。実権は殆ど岩チャンさんが握っていて、一条さんは名目上の社長でしかない事。

「一条の奴は昔から、先を見通す力があったから、これから紙媒体の本はどんどん廃れていく。これからは電子書籍の時代だっつって、会社設立には凄く意欲的だったくせに、軌道に乗ってくると興味を無くしちまうんだよなぁ~~。そのくせ、古書店巡りが趣味だったりするから、矛盾してるだろ?」


……古書店巡りが趣味って云う事は、嘘じゃなかったんだ……


……二杯目は【エル・ディアブロ】だった。さすがマスター、ナイスチョイス。
……今のアタシのカオスな気分にピッタリだ。テキーラベースの割に弱めなのが有り難い。まあ、今の気分としては、どんなに強いアルコールを摂取したって、到底、酔える気がしないけど。


「上井さんの事だってさ~、どんなに良いだって言ったって、興味ないの一点張りだったのに、ちゃっかり口説いてたなんて信じらんねーよな~~。 …まあ、本気マジだったから、会社の利益とは別にしておきたかったんだろーけどな~~」


……ああ!
……それが、ホントだったら、どんなに救われるだろう…っ!!



「ところで、式はいつ?
 …良く、緋龍院の家が許してくれたね?」



その岩チャンさんの問いに、身体がビクリと揺れそうになるのを何とか堪えた。
そして、疑問に思っていた事をぶつける。


「…緋龍院さんなら、イニシャルは『H』じゃないんですか?
 …どうして、一条の『I』を使っているんですか?」


すると岩チャンさんは、困ったようにポリポリと頭を掻く。
「あ~、あいつはなぁ~、昔っから緋龍院の家を嫌ってるからなぁ~~。
 ……ただの【一条貴志】でいたいって云う思いが強いんだよ……」


……嫌ってる……そりゃあ、そうだろう……あんな人たち…緊那羅きんならの方が、よほどカワイク思えるわヨ……


……そして、ひとしきり、お二人の昔話を聞かせられる事となったのだが、それは真唯にとって非常に意味のある、有意義な時間となったのだった。



※ ※ ※



俺、これでも昔は医者志望でね。いや、本当だって。J天堂医大付属高校に行ってたんだよ。医大の図書館は一般にも開放されててさ、一条あいつと出会ったのはそこの図書館。
ま、出会ったっつーても、俺の方が一方的にあいつを知ってただけなんだけどね。なんでかって? そりゃ、話題にもなるだろ。あいつ、あんな面だろ? 高校生の時なんか、“図書館の王子様”なんて、陳腐なあだ名つけられて女学生の憧れの的だったんだよ。そりゃ、面白くないよな。私立の名門・緋龍院学院の制服着て、毎日毎日、同じ席で医学書読んでるんだぜ? こっちは医者になるために少しでもおベンキョして偏差値あげようと必死なのに、外部から興味半分で通われて女子学生の憧れの眼差し一身に受けやがって。いけすかねー奴って無視してたよ。

ところがある日、偶然あいつが人目につかない処で、性質の良くない連中に絡まれているのを見掛けちまったんだよ。……いるんだよ、どこにでも。落ちこぼれや不良なんて。三対一なんて卑怯だろう? 「おい、お前ら、恥ずかしくないのかよ!」って叫んで加勢に行こうとした時だった。
顔を殴ろうとした奴の拳をスッと避けたと思った瞬間、相手の方が投げ飛ばされて呻いていたんだよ。何が起こったのか、理解らなかった。俺がポカンとしている間に、仲間をやられた奴らは「この野郎…!」って、殴りかかっていって。でも結果は、同じ。アッと言う間に、三人が地面に転がされていたよ。何が目の前で起こっているのか理解出来ないでいた俺に、そいつが涼しい表情かおで近付いて来て言ったんだ。


「助けてくれて、ありがとう」
「…! よせやい! 俺、何にもしてないぜ。」
「うん。でも、止めに入ろうとしてくれたのは、君だけだったから。他の学生たちは、ヤバイところに来合わせたって表情かおで、みんな目を背けて逃げて行ったから。」
「…っ! …そいつは悪かったな」
「…? …なんで、君が謝るんだい…?」
「…同じガッコの生徒として恥ずかしいから…」
「…そう言えば君は、『恥ずかしくないのかよ!』って叫んでたね。」
「…! …聞こえてたのか…ホント、冷静だったんだな…」
「お坊ちゃん学校の生徒がみんな、うらなりひょうたんだなんて思わない方が良い。これでも幼い頃から一通りの護身術は身につけているからね。 …柔剣道、空手、合気道…段はとってないけど、これでも僕は結構強いよ? …それでも、まだやるかい?」
最後の言葉は、起き上がってきていた奴らに言った言葉だった。
「…お、覚えてろよ!!」
負け犬の遠吠えは、お決まりの台詞を残して逃げて行った。


その姿を見送って。
そいつは、改めて俺に向き直った。


「改めて、ありがとう。僕は、ひ…一条。 …一条貴志。よろしく。」

「俺は、岩屋だ。岩屋康紀。よろしく頼むわ。」





―――それが一条やつとの……緋龍院貴志との出会いだったんだよ。







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