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本編
No,112 嵐の第一波 【山中Side】
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その日は朝から、ザワザワとした雑然とした雰囲気が漂っていた。
今日は休日明け。
俺はいつもと変わらず仕事をしながらも、どこか落ち着かない気分でいた。
こんな日には社食へ行く気にもなれない。専務が注文する弁当屋のオーダーに便乗させて頂いた。小林が専務にお茶を淹れ、弁当を持って行くのを見送って。俺は自分の分と小林のお茶を淹れてやり、専務秘書室で二人で弁当を食った。
小林が能天気な表情で旨そうに食ってるのを見ると、訳もなく殴りたくなってくる。……イカンなァ~、早くも更年期障害か?
専務はどうやら、真唯さんから求婚のOKの返事をもらえたらしく、朝のイチャイチャに磨きがかかってきたし、式場や新婚旅行のパンフなんかを集めまくっている。それは誕生日のスケジュール変更と関係があるらしくて……俺は真唯さんに色々と聞いてみたい好奇心と戦う羽目に陥っている。まあ、何にせよ、俺が先に話を聞いてしまった事が、あの変態専務にバレていないようでホッとしている。もし万が一、専務に相談する前に俺に話をしていた事が、あの変態にバレてみろ。どんなネチネチ攻撃を受けるか……考えたくない。
昼飯を食い終え、スマホでネットサーフィンをしながら、小林と雑談に興じていた時。
それは、唐突にやって来た。
※ ※ ※
『お昼休憩中に済みません。実は終業後に、専務に折り入ってお話ししたい事があるのですが…本日の専務のご予定はどうなっていらっしゃいますか? お時間を頂けますでしょうか?』
それは小林の前に専務の第二秘書だった、坂崎さんからの電話だった。今日は専務は、午後から会議が二つ入っている。その進行状況にもよるが、先ずは専務本人の意思確認が先だ。俺は坂崎さんに断って電話を保留にすると、専務室のドアをノックした。
ニヤけた表情で愛用のノーパソを見ていた専務に坂崎さんからの用件を伝えると、何を思ったのか、この変態はクククと笑い出したのだ。「…そうか…あの視線は、坂崎君たちだったのか…」と云う謎の言葉と共に。
結局、会議が何時に終わるか分からないが、その後だったら話を聞いても良いと云う返事をもらい、それをそのまま彼女に伝えると、『…分かりました。何時だろうとお待ちします。今日中に専務にお話をお伺いしたいので。』との事で、会議が終わり次第、秘書室で待っていると云う坂崎さんに連絡する事を約束させられた。
……一体、なんだと云うのだろう? やけに、固い……思い詰めたような声音だった。
やがて午後になると、専務は資料を持って会議室に向かった。……それはそれは、楽しそうに。
一つ目の会議が三時過ぎに終わると、休む間もなく既に始まってしまっている二つ目の会議に途中参加しに行く専務を見送って、俺は自分の仕事をしていた。やがて五時になると、俺は一端会社を脱け出し、真唯さんの送迎をした。……真唯さんは、今日も明るく元気で、ひと時癒される思いがしたもんだ。
会議は紛糾しているようで、そろそろ夕飯の心配をしなくてはならないかと思っていた頃、ひょっこりと専務が戻って来た。
「あ、お帰りなさい。お早いお戻りですね」思わず言ってしまった俺に、
「早いものか。もうすぐ七時になってしまうんだぞ。終わらせて来た」と一言言うと、専務室に消えてしまった。
デキる男は、これだから違うと思う。なかなか意見をまとめる事が出来ないでいた司会者の代わりに、根回しをしておいた各部の責任者たちの落とし処を誘導して来たのだろう。……すべては、真唯さんととる夕飯のために。これだから変態は……と思うものの、仕事を早く片付けてくれるのは有り難い。後、残る仕事は、明日にまわしても大丈夫なものばかりだ。とっとと坂崎さんの用を済ませて、専務をお宅に送り届けなければ。専務にお疲れ様の珈琲を淹れてお持ちした時に専務のOKを頂いて。俺は坂崎さんに連絡をするべく、受話器を取り上げた。
ノックの音がして入室の許可を出すと、入って来たのは坂崎さんを筆頭とする女性陣の集団だった。その怒りと困惑が混ざったような複雑な顔色にギョッとする。
坂崎さんのすぐ後ろにいるのは俺も知ってる秘書室の娘だが、その背後の女性たちは知らない顔だ。制服ではなく私服、スーツ姿でいるって事は、総合職…営業か? こんなに群がってやって来るなんて思わなかったが…もしかして、この女性たち、みんな一条専務のファンって奴…?
……ああ、もしかして、朝からザワザワと落ち着かない気分にさせられていたのは、彼女らのせいだったのかと臍を噛むような心地に陥った。
取り次がない方が良かっただろうかなどと後悔しても、もう遅い。専務は部屋にいて、彼女らはそれを知っているのだから。
「失礼します。」
坂崎さんが一言言い捨てて、俺と小林のデスクの前をコツコツとヒール音を響かせて歩くが、集団だと『ザッ! ザッ!』と、まるで軍靴のように聞こえてしまうのは幻聴か、はたまた被害妄想か……
……なんて俺が現実逃避している間にも、彼女らは専務の許可を得て室内に入ってしまった。
「…なんか、えらい迫力でしたね、あの女性たち…」
小林がすっかりドン引きしている。無理もない。ハッキリ言って、俺だって怖い。……あの二十人強の女性陣たちと専務が対決しているのだと思うと、いっそ一度くらい負けてしまえ~などと無責任にも思ってしまったのだが、よくよく考えてみればあの女どもは、あの可愛い真唯さんの敵になるわけで……え~い、前言撤回! そんな女たちに負けるな~!!などと部屋の外から心密かにエールを送ってみたりしていたのだが、よくよく考えてみればあの海千山千の変態が、集団とは云えあんなチンケな女たちに負けるとも思えない。
その内に、
「納得出来ません!」
「あんな女性、専務に不似合いですわ!」
などと、坂崎さんたちの興奮した叫びのような声が響いて来た。
……あんな女とは、もしかしなくても真唯さんの事だろうか…?
俺は思わずムッとする。あんな女とは何事だ。専務は変態だが、女を見る眼は確かだ。お前らなんかと違って真唯さんは……と思いかけて、今、専務室に押し掛けている女共の共通点に思い当たる。
真唯さんがよくおっしゃる『私と違って、女子力百点満点の女の人』と云う奴だ。入念に化粧をし、髪型を整え、ネイルケアをし、ついでに言うならきっと彼女らの私服は流行の最先端をいっていたりするのだろう。……だが、それが何だと言うのだろう。確かに身だしなみは大切だ。仮にも彼女らは、緋龍院建設と云う一流企業の一構成員なのだから。玉の輿を狙っての自分磨きも結構だが、彼女らは一番大事な事を忘れている。
精神の自分磨き。
これを怠っては、どんなに外見上、美しくなろうと無駄だと思う。一時的に男の気を引けたとしても、そんな上辺だけの綺麗さに惑わされるような男しか釣れない。本当に見る目のある男は、そんなものには誤魔化されない。増してや、あの変態専務は、数え切れない美女たちと浮名を流していたのだから、そこら辺のチンケ(何度でも言わせてもらおう)なクズ石なんかに引っ掛かるはずがない。
専務は既に真唯さんと云う、極上の宝石をその手にしているのだから……
……思えば俺も、最初は真唯さんの上辺だけの容姿を見て“十人並”などと失礼な事を思ってしまったものだが、今は欠片もそんな事は思っていない。真唯さんは読書家だ。色んなジャンルの本を乱読している。おまけに様々なものに興味を持ち、それに精通しておられる。そしてそれを自慢するでもなく、『単なる趣味ですから。』『下手の横好きですよ。』などと、謙遜ではなく本気で言えてしまう女性なのだ。もともと可愛いらしい顔立ちの真唯さんは、スッピンでも内側から光って見えて、俺の眼から見れば専務のお似合いの性格美人に見える。むしろ真唯さんに、あの変態専務は勿体ない! ……その変態が怖いので、決して口には出さないが。
……などと、心中秘かに真唯さんを擁護する言葉を並べていると、
「…私と彼女は既に同棲している。来月には正式に婚約し、今年中には結婚する心算だ。その事において、君たちに許しを得る必要はない。」
静かだが、それ故によく響く、専務の声が聴こえて来た。すると、「私、諦めませんからっ!!」と、坂崎さんの声がしたと思うと、バンッ!と専務室のドアが勢い良く開かれ、女共がワ~~ッ!!と泣き叫びながら出て来たかと思うと、俺たちの前をアッと云う間に通り過ぎ去ってしまったのだ。
呆気にとられていると、中から「山中」と専務の呼ぶ声が聞こえ、俺は「ハイッ!」と返事をし、専務室に入った。
広い専務室の中、ソファーセットのソファーに腰掛けていた専務は「今日は、もうこれで帰っても大丈夫だな?」と確認して来る。「…はい、問題ございません。車をまわして参りましょうか?」「頼む。」「承知致しました。」
……あの女たちの事は軽くスル―かと思っていたら、意外にも専務の方から話題にしてきた。……帰りの車の中で。
「昨日、帝都ホテルのブライダルショップの前で、真唯と一緒にいたところを見られたようだ。刺すような視線を感じたから誰かと思っていたら…坂崎君たちだとは思わなかったよ。」
「…申し訳ございません。取り次がない方が、よろしかったですか?」
「君が謝る必要はない。それに取り次いでもらって良かったよ。あの視線の主の正体が理解って、却って安心した。」
……坂崎さん…問題にもされてないよ。……ある意味、当然か。
「結構遅い時間だったんで何をしていたのかと聞いたら、友人の結婚式の一・五次回だったそうだ。おまけに仏滅だから、かなりお安く出来たそうだ。今は色んな式の形があるんだな。勉強になったよ。」
……専務の結婚式の参考にされてどーする、坂崎……
「私も大安とか仏滅とかは、あまり気にしない方だが…君はどうだ、山中。」
「は、私でしたら…いえ、専務、それは真唯さんに、直接お尋ねになって下さい。」
「フム…正論だな。」
専務は楽しげに話をし、ついでにノロけ。
怒涛の一日は過ぎて行った。
※ ※ ※
だが、それで終わりではなかったのだ。
専務の『同棲、婚約、結婚』の話題は、瞬く間に社内外に広まり。
坂崎さん達はまだ常識があったのだと思い知らされる事になった。
中には、歩いている専務を廊下でいきなり呼び止め、延々と結婚しないで欲しいとかきくどく娘がいたり。自分と結婚してくれるはずではなかったのかと、押し掛けて来る勘違い女がいたり(受付や、俺達秘書室でブロックしたが)。
お陰で俺と小林は、社食が使えなくなってしまった。謎の専務の相手について、質問の集中砲火を浴びるからだ。小林は「いや、私は何も知りませんから!」で済んでしまったが、俺は変に言い淀んでしまった事がマズかった。“山中は何か知っている”と勘付かれ、買収までしようとする同期が出てくる始末だ(夕飯で)。
勿論、完全黙秘を貫いている。あの変態を敵にまわすのは死んでもご免だし、何より真唯さんのためだ。
……なんて、大騒動の渦中にいた俺は、気付かなったのだ。
「…お義兄さま、私、悔しいですわ!
折角、貴志さんの子供を授かりましたのに! 何とかして下さいませ!!」
「…落ち着いて下さい、裕樺さん。
私と母が認めている貴志の妻は、貴女お一人です。
…私がなんとかします。なんとかね…」
まさか真唯さんが、専務の家族の悪意にさらされる事になるなどとは、これっぽっちも気付けずにいたのだった―――
今日は休日明け。
俺はいつもと変わらず仕事をしながらも、どこか落ち着かない気分でいた。
こんな日には社食へ行く気にもなれない。専務が注文する弁当屋のオーダーに便乗させて頂いた。小林が専務にお茶を淹れ、弁当を持って行くのを見送って。俺は自分の分と小林のお茶を淹れてやり、専務秘書室で二人で弁当を食った。
小林が能天気な表情で旨そうに食ってるのを見ると、訳もなく殴りたくなってくる。……イカンなァ~、早くも更年期障害か?
専務はどうやら、真唯さんから求婚のOKの返事をもらえたらしく、朝のイチャイチャに磨きがかかってきたし、式場や新婚旅行のパンフなんかを集めまくっている。それは誕生日のスケジュール変更と関係があるらしくて……俺は真唯さんに色々と聞いてみたい好奇心と戦う羽目に陥っている。まあ、何にせよ、俺が先に話を聞いてしまった事が、あの変態専務にバレていないようでホッとしている。もし万が一、専務に相談する前に俺に話をしていた事が、あの変態にバレてみろ。どんなネチネチ攻撃を受けるか……考えたくない。
昼飯を食い終え、スマホでネットサーフィンをしながら、小林と雑談に興じていた時。
それは、唐突にやって来た。
※ ※ ※
『お昼休憩中に済みません。実は終業後に、専務に折り入ってお話ししたい事があるのですが…本日の専務のご予定はどうなっていらっしゃいますか? お時間を頂けますでしょうか?』
それは小林の前に専務の第二秘書だった、坂崎さんからの電話だった。今日は専務は、午後から会議が二つ入っている。その進行状況にもよるが、先ずは専務本人の意思確認が先だ。俺は坂崎さんに断って電話を保留にすると、専務室のドアをノックした。
ニヤけた表情で愛用のノーパソを見ていた専務に坂崎さんからの用件を伝えると、何を思ったのか、この変態はクククと笑い出したのだ。「…そうか…あの視線は、坂崎君たちだったのか…」と云う謎の言葉と共に。
結局、会議が何時に終わるか分からないが、その後だったら話を聞いても良いと云う返事をもらい、それをそのまま彼女に伝えると、『…分かりました。何時だろうとお待ちします。今日中に専務にお話をお伺いしたいので。』との事で、会議が終わり次第、秘書室で待っていると云う坂崎さんに連絡する事を約束させられた。
……一体、なんだと云うのだろう? やけに、固い……思い詰めたような声音だった。
やがて午後になると、専務は資料を持って会議室に向かった。……それはそれは、楽しそうに。
一つ目の会議が三時過ぎに終わると、休む間もなく既に始まってしまっている二つ目の会議に途中参加しに行く専務を見送って、俺は自分の仕事をしていた。やがて五時になると、俺は一端会社を脱け出し、真唯さんの送迎をした。……真唯さんは、今日も明るく元気で、ひと時癒される思いがしたもんだ。
会議は紛糾しているようで、そろそろ夕飯の心配をしなくてはならないかと思っていた頃、ひょっこりと専務が戻って来た。
「あ、お帰りなさい。お早いお戻りですね」思わず言ってしまった俺に、
「早いものか。もうすぐ七時になってしまうんだぞ。終わらせて来た」と一言言うと、専務室に消えてしまった。
デキる男は、これだから違うと思う。なかなか意見をまとめる事が出来ないでいた司会者の代わりに、根回しをしておいた各部の責任者たちの落とし処を誘導して来たのだろう。……すべては、真唯さんととる夕飯のために。これだから変態は……と思うものの、仕事を早く片付けてくれるのは有り難い。後、残る仕事は、明日にまわしても大丈夫なものばかりだ。とっとと坂崎さんの用を済ませて、専務をお宅に送り届けなければ。専務にお疲れ様の珈琲を淹れてお持ちした時に専務のOKを頂いて。俺は坂崎さんに連絡をするべく、受話器を取り上げた。
ノックの音がして入室の許可を出すと、入って来たのは坂崎さんを筆頭とする女性陣の集団だった。その怒りと困惑が混ざったような複雑な顔色にギョッとする。
坂崎さんのすぐ後ろにいるのは俺も知ってる秘書室の娘だが、その背後の女性たちは知らない顔だ。制服ではなく私服、スーツ姿でいるって事は、総合職…営業か? こんなに群がってやって来るなんて思わなかったが…もしかして、この女性たち、みんな一条専務のファンって奴…?
……ああ、もしかして、朝からザワザワと落ち着かない気分にさせられていたのは、彼女らのせいだったのかと臍を噛むような心地に陥った。
取り次がない方が良かっただろうかなどと後悔しても、もう遅い。専務は部屋にいて、彼女らはそれを知っているのだから。
「失礼します。」
坂崎さんが一言言い捨てて、俺と小林のデスクの前をコツコツとヒール音を響かせて歩くが、集団だと『ザッ! ザッ!』と、まるで軍靴のように聞こえてしまうのは幻聴か、はたまた被害妄想か……
……なんて俺が現実逃避している間にも、彼女らは専務の許可を得て室内に入ってしまった。
「…なんか、えらい迫力でしたね、あの女性たち…」
小林がすっかりドン引きしている。無理もない。ハッキリ言って、俺だって怖い。……あの二十人強の女性陣たちと専務が対決しているのだと思うと、いっそ一度くらい負けてしまえ~などと無責任にも思ってしまったのだが、よくよく考えてみればあの女どもは、あの可愛い真唯さんの敵になるわけで……え~い、前言撤回! そんな女たちに負けるな~!!などと部屋の外から心密かにエールを送ってみたりしていたのだが、よくよく考えてみればあの海千山千の変態が、集団とは云えあんなチンケな女たちに負けるとも思えない。
その内に、
「納得出来ません!」
「あんな女性、専務に不似合いですわ!」
などと、坂崎さんたちの興奮した叫びのような声が響いて来た。
……あんな女とは、もしかしなくても真唯さんの事だろうか…?
俺は思わずムッとする。あんな女とは何事だ。専務は変態だが、女を見る眼は確かだ。お前らなんかと違って真唯さんは……と思いかけて、今、専務室に押し掛けている女共の共通点に思い当たる。
真唯さんがよくおっしゃる『私と違って、女子力百点満点の女の人』と云う奴だ。入念に化粧をし、髪型を整え、ネイルケアをし、ついでに言うならきっと彼女らの私服は流行の最先端をいっていたりするのだろう。……だが、それが何だと言うのだろう。確かに身だしなみは大切だ。仮にも彼女らは、緋龍院建設と云う一流企業の一構成員なのだから。玉の輿を狙っての自分磨きも結構だが、彼女らは一番大事な事を忘れている。
精神の自分磨き。
これを怠っては、どんなに外見上、美しくなろうと無駄だと思う。一時的に男の気を引けたとしても、そんな上辺だけの綺麗さに惑わされるような男しか釣れない。本当に見る目のある男は、そんなものには誤魔化されない。増してや、あの変態専務は、数え切れない美女たちと浮名を流していたのだから、そこら辺のチンケ(何度でも言わせてもらおう)なクズ石なんかに引っ掛かるはずがない。
専務は既に真唯さんと云う、極上の宝石をその手にしているのだから……
……思えば俺も、最初は真唯さんの上辺だけの容姿を見て“十人並”などと失礼な事を思ってしまったものだが、今は欠片もそんな事は思っていない。真唯さんは読書家だ。色んなジャンルの本を乱読している。おまけに様々なものに興味を持ち、それに精通しておられる。そしてそれを自慢するでもなく、『単なる趣味ですから。』『下手の横好きですよ。』などと、謙遜ではなく本気で言えてしまう女性なのだ。もともと可愛いらしい顔立ちの真唯さんは、スッピンでも内側から光って見えて、俺の眼から見れば専務のお似合いの性格美人に見える。むしろ真唯さんに、あの変態専務は勿体ない! ……その変態が怖いので、決して口には出さないが。
……などと、心中秘かに真唯さんを擁護する言葉を並べていると、
「…私と彼女は既に同棲している。来月には正式に婚約し、今年中には結婚する心算だ。その事において、君たちに許しを得る必要はない。」
静かだが、それ故によく響く、専務の声が聴こえて来た。すると、「私、諦めませんからっ!!」と、坂崎さんの声がしたと思うと、バンッ!と専務室のドアが勢い良く開かれ、女共がワ~~ッ!!と泣き叫びながら出て来たかと思うと、俺たちの前をアッと云う間に通り過ぎ去ってしまったのだ。
呆気にとられていると、中から「山中」と専務の呼ぶ声が聞こえ、俺は「ハイッ!」と返事をし、専務室に入った。
広い専務室の中、ソファーセットのソファーに腰掛けていた専務は「今日は、もうこれで帰っても大丈夫だな?」と確認して来る。「…はい、問題ございません。車をまわして参りましょうか?」「頼む。」「承知致しました。」
……あの女たちの事は軽くスル―かと思っていたら、意外にも専務の方から話題にしてきた。……帰りの車の中で。
「昨日、帝都ホテルのブライダルショップの前で、真唯と一緒にいたところを見られたようだ。刺すような視線を感じたから誰かと思っていたら…坂崎君たちだとは思わなかったよ。」
「…申し訳ございません。取り次がない方が、よろしかったですか?」
「君が謝る必要はない。それに取り次いでもらって良かったよ。あの視線の主の正体が理解って、却って安心した。」
……坂崎さん…問題にもされてないよ。……ある意味、当然か。
「結構遅い時間だったんで何をしていたのかと聞いたら、友人の結婚式の一・五次回だったそうだ。おまけに仏滅だから、かなりお安く出来たそうだ。今は色んな式の形があるんだな。勉強になったよ。」
……専務の結婚式の参考にされてどーする、坂崎……
「私も大安とか仏滅とかは、あまり気にしない方だが…君はどうだ、山中。」
「は、私でしたら…いえ、専務、それは真唯さんに、直接お尋ねになって下さい。」
「フム…正論だな。」
専務は楽しげに話をし、ついでにノロけ。
怒涛の一日は過ぎて行った。
※ ※ ※
だが、それで終わりではなかったのだ。
専務の『同棲、婚約、結婚』の話題は、瞬く間に社内外に広まり。
坂崎さん達はまだ常識があったのだと思い知らされる事になった。
中には、歩いている専務を廊下でいきなり呼び止め、延々と結婚しないで欲しいとかきくどく娘がいたり。自分と結婚してくれるはずではなかったのかと、押し掛けて来る勘違い女がいたり(受付や、俺達秘書室でブロックしたが)。
お陰で俺と小林は、社食が使えなくなってしまった。謎の専務の相手について、質問の集中砲火を浴びるからだ。小林は「いや、私は何も知りませんから!」で済んでしまったが、俺は変に言い淀んでしまった事がマズかった。“山中は何か知っている”と勘付かれ、買収までしようとする同期が出てくる始末だ(夕飯で)。
勿論、完全黙秘を貫いている。あの変態を敵にまわすのは死んでもご免だし、何より真唯さんのためだ。
……なんて、大騒動の渦中にいた俺は、気付かなったのだ。
「…お義兄さま、私、悔しいですわ!
折角、貴志さんの子供を授かりましたのに! 何とかして下さいませ!!」
「…落ち着いて下さい、裕樺さん。
私と母が認めている貴志の妻は、貴女お一人です。
…私がなんとかします。なんとかね…」
まさか真唯さんが、専務の家族の悪意にさらされる事になるなどとは、これっぽっちも気付けずにいたのだった―――
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