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本編
N0,104 真唯のお盆休み 其の四
しおりを挟む―――……真唯さんの故郷の海を、嫌な思い出を作ったままにしておきたくないんです……―――
……そんな風に哀し気に言われてしまえば、その海で自殺を図ろうとしまったアタシとしては一言もない。
しかし、台風一過で、芋の子洗い状態の海水浴場に出れば、逆ナンにあい。
宿の展望プールに行けば、悠々と泳ぐ一条さんはやはり注目の的で。アタシには、気の休まる暇がないっ!!
……まあ、それでも、アタシの処にまっすぐ戻って来てくれる一条さんに、表情が綻んでしまうアタシもどーしよーもないケド(セルフ突っ込み/笑)。
「……お帰りなさい。…何か飲みますか?」
バスタオルを渡しながら聞けば、
「まだ、良いです。それより、真唯さんも泳ぎましょう。…楽しいですよ?」
……ウッ! 白い歯が眩しい…っ
「……アタシは良いです…こうやって寝そべってるだけでも、九十九里海岸を見降ろせて、気持ちが良いですから。」
「……確かにここは絶景ですね…青い空と、青い海と…あの真っ暗な海が嘘みたいだ……」
「……一条さん…その話は……」
「……すみません、禁句でしたね…ですが、そんな嫌な思い出を塗り替えるためにも、真唯さんには楽しんで欲しいんですよ。」
「……ホント、充分、楽しんでますから。」
……嘘じゃない。ビーチチェアに横になって、景色を眺めているだけで…楽しそうに泳いでいる一条さんを見ているだけで、充分、満足だ。
……“水も滴る良い男”の一条さんが、まっすぐアタシだけを見ててくれているトコなんて……とんでもない快感だったりする。
さすがに声は掛けて来ないけど、モデル並みにスタイルの良いビキニ姿のオネーサンたちが、熱い眼差しで一条さんを見つめているのが理解るけど……残念でした! このヒトの趣味は、とんでもなく悪いんですからネ!!
ちなみにアタシの今日のスタイルは、エメラルドグリーンのワンピース風セパレート水着だ。胸元がフリルになっていて、アタシのペッタンコの胸をカバーしてくれている。
キスマークは一切付いてないトコロが、スゴイと思う。
父親の言葉と母親の告白に衝撃を受け、夜の嵐の海で心中しそうになり…滅茶苦茶に抱いてもらったのが、一昨昨日の13日の晩だ。……とにかく、迫りくる巨大で重苦しい何かから逃げ出したくて、一条さんに縋った。朝方まで愛してくれて、やっと起きれるようになったのは、お昼過ぎ。アタシは完全に理性なんて飛んでいたのに、いつもはこっちが思いっ切り引いてしまうくらいキスマークを付ける一条さんが、一切跡を残す事がなかったのが、彼はしっかり理性が残っていたりするのが……ちょっぴり悔しい。
次の日、直ぐにでも帰りたかったのだが、台風に足止めを食らってしまって。15日は、小出君が尋ねて来て……帰るに帰れなくなってしまったのだ。
『……勝手に見合いなんか決めて、ごめんね。それは悪いと思ってる。…でも、諦めないよ。…高校の頃から好きだったんだ。…今まで色んな女性と付き合って来たけど、イマイチ本気になれなくて…歌舞伎座で再会したのは、運命だと思ってる。』
……いや、勝手に運命感じられても困るんですけど!
……いやいや、それよりも! 小出君、眼の前の男性とアタシの婚約指環、ちゃんと見えてる!?
『“一応”のカレシさんと婚約したんだね。おめでとう。…でも、正式に結婚した訳じゃないみたいだし…俺にも、まだまだチャンスはあるよね……?』
ブンブンと思いっ切り首を左右に振るが、小出君は相手にしてくれないし、一条さんからの視線は痛いし……っ!!
『……真唯…私たちは、まだまだ話し合う必要がありそうですね……』
やたらと挑発的な小出君の台詞にキレた一条さんに、夕飯もそっちのけでベッドに引き摺り込まれた。そして、尋問を受ける容疑者さながらに、歌舞伎座で小出君と会った事、その時交わした会話を思い出せるだけ全て白状させられた。
その結果。
これから観劇は、必ず一条さんと一緒に出掛ける事。
どうしても1人で行きたい時は、事前に一条さんに申し出る事。
そしてもう1つ、とっても大事な事。
……これからは、“一応”などと言わずに、ちゃんと婚約者がいると公言する事を約束させられた。そのためにも、指環を決して外すな、とも。
……アタシは泣いて、許しを乞うたのだ。
……それなのに……
「……真唯さん…?
……どうかされましたか……?」
……言えるか!
……一条さんがキスマークを残さない余裕があった事が悔しいなんて……っ!!
「……いえ。…お昼の海鮮バーベキュー、豪快だったな~~と思いまして……」
「……真唯さんの食べっぷりも、確かに豪快でしたね。」
「……誰かさんが、夜も朝も食べさせて下さらなかったので。」
拗ねて、すっかり氷の溶けてしまっているアイスコーヒーを、グイッと飲みほした。
クスリと微笑う一条さんを横目で睨んで。
眼の前の海を見やる。
波の荒い海…真唯の故郷の海だ。
「……皮肉なもんですね。 ……住人が全て長生きしそうな町に生まれ育って癌になるなんて……
……普通なら、そんな事を知った娘は、もっとショックを受けていなくちゃいけないんでしょうね……」
「……真唯さん…“普通”なんて、曖昧なモノはないんです。
生きている人間の数だけ、“普通”は、存在するんですよ。
人間の“常識”は、他人の“非常識”であったりもするんです。」
「……理解ってますけど……
……キュウリの馬でやって来た御先祖さまたちは、きっと呆れていらっしゃいますね。
……茄子の牛で、帰るに帰れないご気分でしょうね……」
「……でしたら、却って親孝行なのではありませんか?
……帰るに帰れない御先祖さまたちが、お父上を守って下さるかも知れませんよ?」
真唯を慰めてくれようとする一条さんの気持ちが嬉しくて、つい冗談に紛らわせてしまう。
「でも、ネットで話題の、あの【龍神水】の販売元が、深水さんの営ってらっしゃる会社だとは知りませんでした。」
「経営と言っても、設立に関わった名ばかりの共同経営者と云うだけで、実際の運営は深水の親友が行っているらしいですよ。」
「……何にせよ、助かりました。この夏休みの時期に、購入させて頂けるなんて…一条さんのお陰です。」
「……お父上には、まだまだ長生きして頂かなくては…この現世で、まだまだ苦しんで頂かなくては……」
……一条さんは、本当に優しい男性だ……アタシのココロの負担を、少しでも軽くしようとしてくれる……
……こんなアタシにもわずかに残る良心が感じる、父親の死と云う現実を素直に哀しむ事の出来ない罪悪感から、救ってくれようとしてくれている……
アタシは、着ていた薄い上着を勢い良く、パッと脱ぎ捨てた。
「一条さん、競争しましょう!」
「お。賞品は何ですか?」
「ソフトクリーム、1個!」
「…それは、やる気が出ませんね…」
「グズグズしてると、おいてきますよ!」
「あ、待って下さいっ!」
プールに飛び込んだのは、アタシの方が先なのに。クロールのアタシに、一条さんは平泳ぎで悠々とついて来る。でも別に、癪だなんて思わない。却って、アタシに合わせてくれる、その優しさに嬉しくなった。
普段から一条さんは、マンションのジムやプールで鍛えているんだ。
バレエも終わっちゃったし……ホント、なんか始めようかナ。
そのうちに、2人で平泳ぎをして……無理矢理のようにバカみたいにはしゃいで。
台風一過の晴れ渡った空のように明るい笑顔の一条さんに、微笑み返して。
……怒りも悲哀も、何もかもを故郷の海が呑み込んでくれるように……アタシの31回目の夏が往く―――
※ ※ ※
17日、お盆最終日のUターンラッシュを避けるために、今夜16日の内に帰ろうと思っていたのだが、みんな考える事は一緒なようで、結局、渋滞に捕まってしまった。
まあ、お盆の前半が台風で潰れてしまった為、昨日、今日と遊んだ人の帰りなのだろう。
……しかし、海やプールなんて、一体、何年振りだろう……
……一条さん家のマンションのプールは、確か住人はロハで使えたはずだ。
折角、水着も買ったのだから、本格的に始めてみようか……
……SPと云う名前の一条さんの専属だと云う護衛さんたちの車は、ちゃんとついて来てくれているだろうか……?
……あの龍神水…ホントに効いてくれるのだろうか……?
……なんて。
色々と考えているうちに、コックリコックリと舟をこいでしまったようで。
「……真唯さん…眠るのでしたら、フラットに倒してお休みなさい。」
一条さんにそう声を掛けられて、ハッと意識が覚醒する。
……イカン、イカン!
一条さんは、アタシなんかより、ずっと疲れているのだ!
その一条さんを放って、1人で眠る訳にはいかんっ!!
ドリンクホルダーにあった珈琲を飲むが、効き目はイマイチで。
こんな事だったら、いつものようにミルクを入れずに、ブラックにしておいたら良かった!
「…無理をなさらずとも良いのに…」
「いえ、大丈夫ですっ!」
……え~い、この心地良いボサ・ノヴァのCDがいかんのダ!!
「一条さん、CD変えて良いですか?」
「…どうぞ。…真唯さんのお好きなものを。」
何かアップテンポのものをと思って、古くて新しいユーロビートにした。
ドリカムやエグザイルの気分でもなかったので。
……たちまちレクサスの車内が、軽快なダンスミュージックに支配され、昔懐かしいディスコのノリになる。
「…真唯さんも、また、意外なセレクトを…」
クスクスと含み笑っているから、嫌いではないのだろう。
真唯はディスコになど行った事はないが、一条さんはどうだろう。
……バブル全盛時代、VIP席なんかで女性を侍らせている一条さんの姿を簡単に思い浮かべる事が出来てしまって、ちょっと気分が悪くなる。
だが、趣味の悪い一条さんの事だ。侍らせる女性も、お立ち台の上でセンスを持って踊ってるようなボディコンのオネーサマではなく、一風変わった女性だったに違いない……グフフと笑いを堪えていると、
「……真唯さん…貴女、今、絶対、オカシナ事を考えているでしょう……」
と、隣から鋭い突っ込みが入った。……なんで、分かるのかな、この男。……○船さんも真っ青だヨ。(考えてない、考えてない!)と首をブンブンと左右に振って、横顔に向かってお愛想笑いなんかしてみるが、車内にはシラ~ッとした空気が流れる。
……その内に。
「……まあ、良いでしょう……」
フッと苦笑いする気配があって…無罪放免かと安心しかけていたところへ、
「……目覚まし代わりに…私自身の話でも聞いて頂きましょうか…?」
……そんな静かな口調で語り出した一条さんの話は……お盆は終わって、御先祖さまたちはあの世に還ったと云うのに……まるで、お盆に逆戻りして地獄の釜の蓋が開いて、亡者があの世から飛び出して来たような……そんな話だった……
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