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本編
No,98 【番外編】専務秘書・山中一道の憂鬱 其の三
しおりを挟む―――好奇心は、猫をも殺す―――
正に至言だと思う。
……誰でもいい。誰か、あの時の俺を、背後から撲殺してでも止めてくれっ!!
※ ※ ※
一条専務は、今日も精力的に仕事をこなしながら、愛用のノーパソを見て表情を緩めている。
普段、冷徹とも云えるような専務しか知らない人間が見たら、眼を疑うんじゃないかと思うような表情を浮かべている事がある。専務は株を楽しんでいる。夢中になって画面に見入り、たまに拳を固めているようなところを見掛ける事もある。
……株って、そんなに面白いんだろうか……
……それともまさか、何か他のものを見ていたりするんだろうか……
井出の件で、専務が優秀なハッカーである事が分かった。
もし、また、何か調べていたりするのなら……
……天地神明にかけて誓う。
あの時の俺を動かしたのは、ほんの小さな好奇心だったのだ。
……あんな重大な秘密を抱えて苦しむ羽目に陥るとは……夢にも思わなかったんだ……
現在、専務は、急な来客で席を外している。
来客が来ている事を受付から知らされた俺は、専務にその事を伝えると、「…今、良いところだったのに…っ」と、ハッキリ舌打ちした事には驚いた。
他の数人の役員との打ち合わせが必要になり、急遽、会議室を手配し、専務はそこで商談中だ。
専務に用意するように言われていた書類が出来た俺は、早速、プリントアウトし、机の上に置きに来た。時刻は丁度、午後7時過ぎ。株式市場はとっくに終わっている。しかし、時差の関係で、市場がまだ動いている外国の株式もあるのかも知れない。
……いや、もしかしたら、もっと何か特別なものを見ていたのではあるまいか……
……あの品の良い、一条専務に舌打ちさせるような事を知りたい……
……俺は、動いているスクリーンセーバーを眺め……マウスをソッと動かした。
―――俺は……パンドラの箱を開けてしまったのだ―――
※ ※ ※
(……誰だ、これ……?)
それが俺の、最初の思考だった。
……アイドル…じゃ、ないよな…?
……そこまでは可愛いくない。
10人並の容姿だ。
専務のノーパソの中にいたのは、どう見ても20代後半の女性だったのだ。
(……ウチの専務も、カワイイところがあるじゃないか。)
次に浮かんだのは、そんな呑気な感想だった。
女性には全然、興味ないような顔して……実は、ムッツリだったりして。
一条専務の下につくようになって1年余り。
完璧とも云える容姿と仕事振りで、超人のように思っていた専務の意外と云えば意外過ぎる趣味に……やっと見つけた“普通の人間らしさ”みたいなものに、俺はほのぼのしたものさえ感じていたのだ。
……仕事しよ。
……そろそろ腹が減ってきた。会議、長引きそうなのかなぁ。もう少し待ってみて、お茶を入れ替えついでに夕飯をどうするか聞いてみなければならない。どこかでビジネスディナーにでもしてくれれば楽なんだが…と考えていると、まるで以心伝心のように、画面の中の娘が弁当を食べ始めたのが見えた事に苦笑させられる。
……自炊しないのか……と、日本の女子力の低下を嘆こうとして……
……ン?
……ちょっと、待て。
……これって……ライブなのか……?
秘書室に戻ろうとしていた俺の身体が、思いっ切り専務のノーパソに向き直る。
……考えてみれば、単なる動画ならとっくに終わっているはずだ。
……それに、よくよく考えて食い入るように見てみれば……この画面の子は、どう見ても素人……ごく普通の子で……カメラの位置が……角度がおかしい事にようやく気付く。
その瞬間、俺はまるで、鈍器で頭を殴られたような衝撃を覚えた。
……これって、まさか…俗に言う“盗撮映像”って云う奴なのか……?
……あの一条専務に、まさか、こんな趣味があったなんて……
……しかも……ヤラセなら、まだいい……
……まさか……ガチじゃ……ないよな……?
……どのくらい、専務室で呆然としていたのか……
「あ~あ、見られちゃったのかァ~~」
突然、響いた声に、ギクッと身体が強張る。
……見つかってしまった!!
っつーか、専務が入って来た事にも気付かなかったのか、俺はっ!!
にっこりと、滅多に見られない一条専務のはっきりとした笑顔と云うレアなものを眼にして……背筋が凍った。
……なぜって、表情は笑顔なのに……眼鏡の奥の瞳がまったく笑っていない事に気付いてしまったからだ。
……にこにこと近付いて来る専務に、俺はその分だけ後ずさる。
……専務が怖い……
……その時、俺は、どんなに厳しく叱責されても感じる事のなかった、一条専務に対する“恐怖”をハッキリと感じていた……
悠然とデスクについた専務は、パソコンの画面を見て、
「……ああ、真唯ったら、また、そんなものを食べて…ダメじゃないか……」
クスクスと含み笑っている。
……そして、そのまま、その女の子を見続けている……
……もうその時、専務はすっかり仮面を外してしまって……愛おしそうな表情を取りつくろう事もやめてしまっていた……
「……私を訴えるかい……?」
……呆けた俺は、専務の言葉を完全に理解するのに、いくばくかの時間を要した。
……その台詞は、自分がしている事が犯罪であると自覚している事で……
……それは、ヤラセであって欲しいと云う、俺の願いを粉砕するもので……
……すなわち、一条専務が行っている行為が……『盗撮』と云う卑劣な犯罪である事を、自ら告白する言葉でもあった。
……少し考え…る間もなく、俺は首を左右に振っていた。
……無意識のうちに……
「……それが賢明だな。…言っておくが、私がどんな犯罪を犯しても、日本の警察が私を逮捕する事はない。警察庁、警視庁、両長官の弱みを握っているからね…私が口を滑らせたら、明日にもあの2人は社会的に抹殺される。…まあ、そんな事をしなくても、緋龍院と、【CLUB NPOE】と云うバックがあるんだが…私は小心者でね…保険がないと安心出来ない性質なんだ。」
……初めて、“一条貴志”と云う人間の本質に触れ……限界まで後ずさり……背中に壁を感じると同時に膝の力が抜け、ズルズルと崩れ落ちるように俺は床に座り込んでしまった。
……専務が普段外した事のない眼鏡を外すと、立ち上がり、ゆっくりと俺に近付いて来る……
……来るな……来るな……来ないでくれ!
……と云う、俺の心の叫びは声になる事はない。
……ゆっくりと屈み込み、俺の前に膝を付き、俺の瞳をのぞきこんでくる。
「…眼の前の犯罪を告発しない時点で、君は立派な私の共犯者だ。
井手を私がクラッキングしていた事は、君も気付いていたんだろう?
罪を犯すなら、1つも2つもたいしてかわりはない……
頼もしい共犯者が出来て、私は嬉しいよ。 ―――山中。」
……この時、初めて、『山中君』と云う呼称から『山中』と呼び捨てにされたのだが、そんな事に構っている心の余裕は微塵もなかった。初めて見る素顔の専務の……真っ暗な精神の闇が視えるような、瞳の色と黒笑みに圧倒されて……
―――……それが…“緋龍院貴志”と云う悪魔に、魅入られてしまった瞬間だった……―――
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