IMprevu ―予期せぬ出来事―

天野斜己

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本編

No,94 インティ・ライミの出来事と、その後 【貴志SIDE】

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―――……真唯……貴女は知っているのだろうか……?―――


―――黒赤色の薔薇の花言葉が……“決して滅びることのない愛、永遠の愛”、そして……“貴方はあくまで私のモノ”だと云う事を……―――



※ ※ ※



実際、あの“影のエアフォースワン”、“空飛ぶバッキンガム宮殿”と呼称される、【あの方】の専用機にいた時からヤバかったのだ。
俺の贈った黒薔薇シャルル・マルランの中から、ひと際美しく咲く1本を抜き出して、俺の胸に刺したりするから……

俺の心臓は、完全に君に射抜かれてしまったのだ。




それにしても、真唯……君にアクセサリーをねだられる日が来るなんて……、俺がどんなに嬉しかったかなんて、きっと君には理解らないだろうね。

『お給料の3ヶ月分なんて言いますが、あれはダイヤモンド会社の販促のキャッチコピーなんですからね。あんなのに踊らされないで下さいね。今は10万もあれば、通販でいくらでも素敵なリングがあるんですから。』

無欲で奥ゆかしい君らしいメールだったけれど、残念ながらそのリクエストは聞いてやれなかった。

一生に一度の事なんだよ?

マリッジリングどころか、エタニティーリングを贈って縛り付けたいぐらいなのに。


俺は早速、リザに連絡をとり、彼女のお墨付きの宝石商に“金に糸目はつけないから、最高級のムーンストーンとダイヤを使ったリングを。しかし、なるべくチープに見えるデザインで”と云う非常に面倒な注文をつけた。しかも、納期は最短だ。
何枚かのデザインと見積もりを受け取り、その中から1番シンプルな、真唯が好みそうな品物を発注した。




インティ・ライミまでは、まるで地獄のようだったよ。

あのメールをもらった日、電話で声を聞く事も出来なくて。
すぐに車で押し掛けたが、意地っ張りな君は影しか見せてくれなくて。
……俺が……この俺が、そんなものでは我慢出来ないのは仕方がない事だろう…?

盗聴器とカメラを仕込んだ時に使ったスペアキーで、こっそり君の部屋に入らせてもらって接吻キスを盗んだり、見えない処にキスマークを付けさせてもらったのは、ちょっとした可愛い悪戯だ。

この俺を翻弄し、焦らしに焦らす愛おしい小悪魔に、ほんの小さな意趣返しだ。


だから。

夕焼けに染まった富士山を見降ろしながら、真唯……、君に、『……嵌めて…頂けますか…?』と、はにかんだ可愛らしい笑顔で左手を差し出された瞬間とき

あの時、押し倒さなかったのは奇跡に近い。
顔に、身体中にキスの雨を降らせたかったけれど、それは何とか自重して。
君の甘い唇を狂ったように貪ってしまったけれど、それは仕方がない事だよね。



だが、真唯。

やはり、君は君だった。



人を天国まで舞い上がらせておいて、すぐに地獄に叩き落としてくれて……思わず地が出てしまったのは、不可抗力とは云え当然の成り行きだろう。


……まあ、正直に言えば、想定の範囲内ではあったんだけれどね。

だから、【同棲】と云うカードも用意しておいたのだけれど。



俺にエンゲージリングを贈ってくれると云う君の気持ちは嬉しいけれど……それが俺の誕生日……11月13日まで待たなくてはならないなんて……一体、どんな焦らしプレイなんだい?



※ ※ ※



「真唯さ~~ん、いいがけんにご機嫌を直して下さいよ~~」
「……………………」
「本当ならどこかのレストランでも予約してお祝いしたいところを、貴女のリクエスト通り、ほか弁のチキン南蛮弁当を買って来たんですから。ほら、冷めないうちに食べましょう?」
「……………………」
無言ではあるものの、ダイニングテーブルについてくれた事にホッとする。
俺はいそいそと自分の分の牛焼肉弁当と、2人分のサラダを出して手作りの玉ねぎドレッシングをかける。エビスビールは、真唯のご機嫌取りに一役買ってくれればと独断で購入した。
良く冷えたエビスビールを見た瞬間、真唯の表情が輝いたが、すぐに渋面に戻ってしまった。それが、『私は怒っているんだゾ!!』と云う真唯の意志表示である事が理解って、ニヤけそうになってしまうのを必死で我慢した。ここで、(そんな真唯さんもカワイイ♪)などと云う俺の本心がバレたら、ただでさえ盛大に曲がっているつむじが余計にひん曲がってしまうので、ここはひたすら我慢だ。


プシュ!

真唯がエビスの缶ビールを開けたので、俺も習って缶ビールを開けて……掲げる。


「お仕事、お疲れ様でした。記念すべき同棲生活第1日目の晩餐に。」

「……お疲れ様でした……」

なんだかんだと言っても、真唯は素直で礼儀正しい女の子だ。“不承不承”と顔に大きく書いてあるが、真っ赤になっているのだから、その可愛いらしい事と言ったらない。
「……頂きます……」と合掌して箸をつけ始めるのを見て、俺も自分の弁当に手を付け始める。

真唯の不機嫌の理由わけは明白だ。
俺が真唯の引っ越しを、強硬に業者任せにしたからだ。

24日の夜に同棲OKの返事をふんだくった俺は、山中に命令して25日の1日で真唯の部屋の荷物を我が家に運ばせた。あの安アパートに愛着を持っている真唯のことだ。彼女に任せたら、最低でも数週間から数ヶ月は掛かってしまうと理解っていたからだ。 ……もう、待てない。
それに万が一にも、仕掛けた物の発覚を恐れた事もある。その点、今回の業者は、完全に俺の意を含む者たちだ。
真唯にも疑問に思われたのだが、大家は山中が『牧野さまの結婚相手に依頼されまして』と、こちらの身分を明かすと簡単に信用してくれた。スペアキーも持っているのだから当然と云えば当然なのだが。『牧野さんも良いお嬢さんだったから、結婚が決まってお幸せね』とにこにこと引っ越し作業を見守っていたそうだ。それを真唯に告げると、拳を握り締め真っ赤になってプルプルと震えていた。さしずめ内心は、(そんなに簡単に信用しないでよ、大家さ~~ん!!)といったところか。真唯の気持ちも理解らないではないが、大家に損はない。なにしろ、次の入居者が即日、やって来たのだから。この青年は少々ワケ有りだが、俺の手持ちのカードの一枚になってくれるだろう。
準備は完璧だった。南向きの陽当たりが良い8畳間。真唯の荷物は、あまりにも少ない。備え付けのクローゼットに全て入ってしまった。本棚は真唯の部屋から、そのまま持って来た。読書家の真唯のために大きな本棚を用意してやっても良かったのだが、なにしろこれには、仮とは云え【神棚】がある。サラスヴァーティー女神じょしんの絵姿も、水晶球クリスタル・グローブも、天然石のブレスを飾る休ませるクリスタル・クラスターも、真唯の部屋に在ったそのままに再現させた。
ただし、ソファーベッドは処分した。あんな物は邪魔なだけだ。
その代わり、ベッドルームのクイーンサイズのベッドをキングサイズに変えた。これで、どんな体位も思いのままだ。……勿論、真唯が、天蓋付きや、アンティーク調のベッドを望むのであれば、すぐにも買い換えても良い。まあ、家具や隠しカメラの位置決めはおいおいやっていけば良いだろう。真唯の好みの家具をゆっくり買い揃えて行くのは、考えただけで心躍る作業だ。

ちなみに、インティ・ライミの求婚プロポーズに失敗していたら、問答無用で真唯を【あの館】に連れて行く心算だった。 ……どの道、真唯は引っ越しをする運命だったのだ。



だが、そんな事とは露知らない俺の姫君は、24、25日と帝都ホテルのフェニックス・スイートに連泊し、モーニングを取って、今日、26日に会社に出社して。左手の薬指に嵌めた指環リングで、KY商事を噂の巣窟へと変容させた。無理もない。あの北原ゴキブリとの事もある。真唯を“魔性の女”呼ばわりした輩は、これからの排除の対象認定だ。
救いは室井女史の存在だ。彼女が俺が依頼する間でもなく、もともと真唯には相思相愛の恋人がいた事と、北原の事は彼の完全な横恋慕である事を暴露し。何より、北原本人がそれを肯定したのだから、話はそれで終わり……と云う訳には行かなかった。
何しろ、ずっと“干物女”を自任していた彼女の事だ。恋人の有無はあっさり納得してもらえたものの、さてそれが誰かと云う事に関しては、真唯が頑として口を割らなかったからだ。
“真唯の恋人”の正体を知っているらしい室井女史にも追及の魔の手は及んだが、彼女も固く口を閉ざした事によって、噂が噂を呼んだ。

……まったく、KY商事と云う処は、つくづく暇な会社だ。
俺と正式に結婚してもらえたら、こんな処はさっさと辞めさせたい。

まだまだ重い身体を引き摺っての出社……そして、盛大な話題を提供しての精神的に非常に疲れたであろう1日の勤務をようやく終えて。やれやれ、やっと家へ帰れると思ったであろうところへ、山中の迎えをやって車の中で説明された引っ越しの完了に真唯は言葉を失ってしまった。

早速のようにスマホで掛かって来た抗議のTELに機嫌良く答えれば、真唯の堪忍袋の緒が切れたのが理解った。ベスピオ火山ならぬ、“真唯火山”が大噴火して……夕飯を貴女のお好きな物を何でもご馳走すると言ったのを、しばしの沈黙の後に返って来たリクエストが選りによって【ほか弁】だったのだ。
本当なら、帝都ホテルのメインダイニングであるフレンチレストランで、祝杯を上げたい気分だった。そうでなければ、俺の手料理をご馳走したかった。しかし、2日間も休んでしまった上に、週末の休みも死守したい俺にとって今日は早く帰る訳にはいかなかったのだ。
……本当は反対したかった。真唯の身体の事を考えれば、出来あいの弁当など非常によろしくない。だが、このチョイスが俺への当てつけである事をキッチリ理解したために、仕方なく……本当に仕方なく、ほっかほっか亭に寄って来たのだ。まあ、新鮮で貴重な体験ではあったが、これからは、真唯の食生活の管理は徹底的に行おうと決意を新たにした次第であった。



「……ご馳走様でした……」
怒っていても、やはり真唯は礼儀正しい。
普段は『お粗末さまでした』と言うのだが、考えてみれば、この弁当は真唯のリクエストによるものなのだから、そう言っては真唯に失礼に当たるかも知れないと思って、無難に「どういたしまして」と答えておいた。
俺はとっくに食べ終えてビールを飲んでいたのだが、同じくビールを飲んでいる真唯に「何か摘む物を用意しましょうか?」と尋ねたら、何も要らないから話があると言われてしまった。

……やれやれ、姫君は大分ご立腹のようだが、仕方がない。
覚悟は出来ている。




「お弁当の代金ですが…受け取っては、頂けないんですよね?」
「当然です。」
「じゃあ、食費と光熱費を少しでも出させて下さい。」
「受け取れません。真唯さん、私は貴女から金を取ろうなどとは思っていません。」
「それじゃ、私の気が済みません! …だからと言って、家事も満足に出来ないし…」
「私は貴女に家事をやって頂くために、一緒に住む訳ではありません。」
「それじゃあ、お金を受け取って下さい! ここの家賃なんてとても無理ですが、せめて私の今までの生活費くらいのお金は払わせて下さい。それでなければ、ここに安心して住む事が出来ません。」
「お断りします。」
「一条さん!!」

俺は席を立ち、真唯の方に向かい。
前に跪いて、真唯の小さな手を両手で優しく包んだ。

「……この同棲は、私の我儘です。貴女には、それに付き合って頂いているだけなんです。
ただ、どうしても心苦しいとおっしゃるなら…お休みの日にでも、貴女の手料理をご馳走して下さい。それで充分です。」

「……一条さん…そんなに甘やかさないで下さい……」
「……私が甘やかしたいんですから…素直に甘えて下さい……私が甘やかしたいのは…真唯さん、貴女だけです……」


見つめあえば、自然と重なる唇。



……ああ……これからは、毎日、この甘い唇を堪能出来るのだ……



……とろけるくらい甘やかしてあげるよ……真唯……





―――……俺がいなければ、息の仕方さえ忘れてしまうくらいに……―――








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