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本編
No,93 【インティ・ライミ】の翌日は ※R15
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「真唯さん! 私に死ねとおっしゃっているのですか!?」
「そんな大袈裟な…ただ毎日と云うのは、どう考えても多過ぎます!」
「だからと言って週に2回なんて、あんまりです!」
「どうしてですか? 今までと変わらないじゃありませんか。」
「だって折角、同棲出来るんですよ!? 私は毎日、貴女に触れていたい! 触れずにはいられない!!」
そう言って(叫んで?)一条さんは、後ろから抱きかかえていたアタシの首筋に、リップ音をさせて口付けを落として来る。
「一条さん! お願いですから、跡はつけないで下さいね!」
「う~~ん、どうしましょうかねぇ~~」
そんな事を言いながら、一条さんの手の動きがどんどん妖しくなってくる。
ベッドの上、アタシのお腹の前で緩く組まれていた手が、肩をすべり、優しくゆっくりと胸を弄り始めたのだ。
「…んっ…やぁ…っ、…一条さん…どこ触って…るんですか…っ!」
「ん? 私の真唯さんのカワイイ処ですよ。」
「…なに言って…っ、…や、…だめぇ…っ!」
一条さんの綺麗で器用な指が、着替えさせられたパールピンクのナイティーの上から左右両方の胸の頂きの一番敏感な部分を刺激してくるのだから堪らない。吐息が甘くなってしまうのが自分でも理解るから、イヤになってしまう。
本当はちゃんと着替えてリビングにでも行きたいのだが、昨日の晩から朝方まで散々貪られて身体が言う事をきかないのだ。それでも一条さんに抱えられるようにして何とかお風呂に入り、帝都ホテルご自慢のブランチをすませナイティーを着ただけでも誉めて欲しいと思う(誰にだ/セルフ突っ込み)。
「……毎晩シテもいいと、真唯さんが許可を下さったら止めてあげる…と言ったら、どうなさいますか?」
耳元に息を吹きかけるように囁かれるヴァリトンにゾクリとするが、内容はいただけない。絶対にうんとは言えない。
「ダメ! 絶対にダメェ…ッ!」
「…強情な子だ…このまま突入してしまいますよ…?」
「…あ…それだけは勘弁して下さい。 …もう…身体がもたない…」
「そうでしょう? …でしたら、承知して下さい…」
「どう云う理屈なんですか、それ…っ、…はぁ…ンっ!」
そんな会話をしながらでも、一条さんの両手はアタシから快感を引き摺り出し、口唇は耳朶を甘噛みしたり、耳の中を舐めまわしたりして悪戯を繰り返す。
……一条さんの身体からは、すっかり体臭と化してしまった【DUENDE】が薫ってくる。 ……アタシも【IMprevu】をつけてはきたけれど、もう消えてしまって、さっき使ったボディーソープの薫りになってしまっているだろう。
……アタシの持ってる【IMprevu】は、もうホントに残り僅かになってしまっている。それが一条さんとの未来を暗示しているようで切なくなってしまうのは、真唯だけの秘密だ。
漏れ出てしまう嬌声を抑えられなくて、一条さんの膝の上で悶えていると、一条さんの熱くなっている高ぶりに気が付いた。一条さんの精力の強さに呆れると同時に、こんな身体に興奮してくれる一条さんの気持ちがただひたすら嬉しくなってしまうのは恋する女としては当然の事だろう。
……“恋する女”なんて、自分を評する時がくるとは夢にも思わなかった。
……もう、【干物女】なんて、自称出来ない。
……そう…自分はすっかり、【恋する乙女】そのものなのだ。
……だからこそ…だからこそ、毎晩なんて、絶対にイヤッ!!
一条さんの身体がピクリと震える。
アタシの突然の行動に驚いているのだろう。
「……真唯さん……」
「……一条さん…一条さんを…私の口で愛してあげたら…許してもらえますか……?」
アタシにしてみたらキヨブタの気分で、一条さんの膝の上で身体を捻り、熱く主張している一条さん自身を優しく摩る。その手にかアタシの言葉に反応してか、アタシの手の中で一条さん自身が一層固く存在を主張するのが理解る。アタシは震えそうになる手を叱咤するけれど、恥ずかしくて一条さんの瞳を見る事が出来ない。
……だから、理解らなかった。
一条さんの瞳が、一瞬、哀しげに揺れた事に。
沈黙を肯定と捉えたアタシは、一条さんの膝から降りて一条さんの長い足を跨いで座ると、ゆっくりと屈み一条さん自身に顔を近付けて行く……
すると。
一条さんはアタシの肩を掴み。
顎を捉え顔を上げさせられると、首を左右に振った。
「…そんな事をされても、私は嬉しくなどありません。」
そう言って。
戸惑うアタシに、一条さんはベッドを降りると次の間へ行き洋服とアクセと靴を持って現れた。
「リザがコーディネートした物です。これなら通勤にも使えるでしょう。」
広げて見れば、それは胸元のドレープが女らしいお洒落なカットソーとGパンだった。Gパンと言っても、アタシが普段着ているサンキュッパとは訳が違う。所謂、“ボーイフレンドデニム”と呼ばれる代物だ。
……リザさん…コレは、“美脚”と言われるオネーサンがたのもので……
アタシは心の中で(トホホホ…)と泣きたい気持ちながら、有り難く着用させて頂く事にした。なんだって、ナイティーよりはマシだ。
「それに着替えたら呼んで下さい。リビングルームに抱いて行って差し上げますから。 …珈琲でも頼んでおきます。」
そう言って一条さんは、ベッドルームを出て行った。
一体、何が一条さんを翻意させたのかは理解らないけれど、アタシにとってはこの上なく有り難い展開だ。これで一条さんが本当に諦めてくれれば万々歳なのだが……
アタシはアチコチ悲鳴を上げる身体に鞭打ち、ゆっくりだけど何とか着替えを済ませた。
……それに…一条さんに、処理する時間をあげなくちゃいけないから……ね。
……もうそろそろ良いかなァと思われる時間に、アタシはベッドルームから一条さんを呼んだ。
※ ※ ※
リビングに用意されていたのは、アイス・オ・レセットと、エスプレッソ。
さすが一条さん。アタシの状態を良く理解ってくれている。
まだ、あまり力の入らないアタシのために、一条さんはアタシの言う通りに熱い珈琲とミルクと氷。そして、たっぷりのガムシロを入れてアタシに手渡してくれた。
お礼を言ってストローに口をつける。
……ああ…甘くて苦くて美味しい……
喉を通り過ぎて行く清涼感と、いつ飲んでも変わらず美味しい帝都ホテルの味に満足していると、一条さんはアタシに二枚のチケットケースを渡して来る。
……?
「……開けてみても良いですか?」
「勿論です。これは貴女へのバースデープレゼントですから。」
「うわぁ~~、なんだろう…、…っ!?」
……驚いた。
それは8月に開催予定の、東京バレエ団創立50周年祝祭ガラのS席チケットだったのだ。
1枚、22,000円もするた為に9,000円のD席で我慢して、一条さんも納得済みだった筈なのに。しかも、8月30日と31日の両方ある。 ……この公演は、ただのガラじゃない。あのシルヴィ・ギエムが封印を解いて、【ボレロ】を踊ってくれて、ウラジーミル・マラーホフが【ペトルーシュカ】を、マニュエル・ルグリが【オネーギン】の第3幕のパ・ド・ドゥを……そして、これがおそらく見納めになるだろうと言われている、アタシにとっては待ちに待った公演でもあるのだ。30日が初日で31日が千秋楽だ。どちらにしようか悩みに悩んで。土曜日である30日に決めて、一条さんも納得してくれたと思っていたのに……
「……実は4月の時点で、<バレエ・ロイヤル・シート>会員になりまして。」
「……っ!!」
「NBSバレエ公演事業の【パトロン】になったんです。真唯さんには…私の妻になる女性には、常に最高の環境で舞台を楽しんで欲しいですから。」
……覚えてる。
3月にドンキを観に行った時にチラシが入っていたが、アタシには関係ないと思って、即ゴミ箱行き。……だって。バレエ・ロイヤル・シート会員とは、一口50万近くもするのだ。
その分、特典も凄い。『バレエの祭典シリーズ』と銘打って、今年7月から来年11月まで行われる東京バレエ団の公演や、NBSが招聘する海外の名だたるバレエ団の公演チケットのS席A席を最優先に確保出来る。その中には今回のギエムのボレロが踊られる祝祭ガラは勿論、来年7、8月に開催が予定されている、バレエファンが熱狂する3年に1度のビッグイベント、世界のトップダンサーが東京に集う【世界バレエフェスティバル】も含まれているのだ。
それだけではない。世界バレエフェスの開催期間中、実施が予定されている出演者を交えてのパーティーに招待されたり。世界バレエフェスの特別ガラ公演のチケットを最優先で確保出来たり。バレエ公演の幕間のドリンクサービスを受けられたり。おまけに世界バレエフェスのクラスレッスン会とシュツットガルト・バレエ公演のゲネプロにご招待されたり……エトセトラ……なのだ。
……それを、この男性は。
……アタシなんかのために……
……左手の薬指に嵌っている指環が、ズシリと重さを増したように感じた。
「…受け取って頂けますよね?」
「…どうして2日間分、あるんですか?」
「…真唯さんの大好きなギエムの【ボレロ】が、見納めになるかも知れないんですよ? それに万が一にも、真唯さんが体調を崩しても良いようにと思いまして。真唯さんは暑さが苦手でいらっしゃいますから。」
「……ギエムのボレロだったら、這ってでも行きます……」
「そんな無茶は、未来の夫として容認出来ません!」
「<バレエ・ロイヤル・シート>会員になるなんて無茶、未来の妻として容認出来ませんっ!」
「…無茶なんかではありませんよ。無欲な婚約者へのささやかな点数稼ぎです。」
「…私が購入したD席は…どうしてくれるんですか…?」
「ああ、それでしたらご心配なく。既に買ってくれる友人は確保済みです。」
「…万が一にも…私が求婚を断っていたら…どうなさるお心算だったんですか…?」
その問いに一条さんは、器用にヒョイと片眉を上げて……ニヤリと笑った。その笑みが、とても黒く感じるのは……きっと、気のせいなんかじゃないのだろう。
「……私の答えを…本当に聞きたいですか…?」
「……いえ…結構です。前言撤回します。」
「それがお互いのためでしょう。
ところで話は戻りますが……受け取って頂けますよね?」
……これが、【緋龍院建設の一条専務】の妻になると云う事なのだ……
……まだ、一条さんの指に束縛のリングをする事を決心出来ないでいる、心弱いダメな妻候補ではあるけれど……少しずつ慣れていかなければ……
「……はい。 …喜んで…と言えないのが情けないですけれど…」
一条さんの首にしがみ付けば、「現在は、それで充分ですよ」とポンポンと背中を優しく叩いてくれた。
※ ※ ※
「だから、毎日って云うのは絶対無理ですってば!」
「……1回で我慢しますから!!」
「……っ!! 毎日、何回もやる気だったんですかっ!?」
「当然です! 最低、2、3回はやりたいのを、真唯さんの身体の事を考えて…」
「う~~、一条さんてば信じられない!40代の夫婦と云うのは、週に1~2回、月に4~5回が平均値だって言いますよ!!」
「なっ! どこ情報ですか、それはっ!?」
「ネット検索情報ですっ!!」
結局、話が戻ってしまっているが、真唯にとっては死活問題だ。
真唯は、リビングのソファーに座っている一条さんに横抱きに抱えられている。
最初は恥ずかしくて一条さんの眼が見られないでいたのだが、議論がヒートアップして、今では一条さんの瞳を真正面からとらえ真剣に訴えている。
一条さんにあんまり求められるものだから、世間一般の夜の夫婦生活の事が知りたくて色々と検索していったのだ。試しに、20代、30代の夫婦も調べてみた。そうしたら、やっぱり、平均的にはそんなものらしい。例外的に、まったくのレスの人や、新婚当初から毎日と云うカップルもいるにはいたが、それは一条さんには絶対に言えないトップシークレットだ。
「……ちょっと待ってて下さい。」
そう言って一条さんはスマホを取り出し、ピコピコやり出した。
マズイ! 検索してる! 毎晩やってる人が見つかったら、なんて言い訳すれば良いんだろ!?
案の定、一条さんはそんなカップルを見つけ出し、「ほら、真唯さん、見て下さい! 毎晩している人だってちゃんといますよ!!」と鬼の首を取ったようにアタシに見せようとしていたのだが、スマホを見つめているうちに無言になってしまった。どうしたんだろうと思って、一条さんのスマホを失礼ながら覗いてみると、そこには『さすがに連日は辛い』『夫が求めてくるので応えてはいるが、夜になるのが憂鬱』とのアタシにとっては救いとも云える文字が!!
この機を逃すまじと思って、
「ほら、一条さん。こう云う女性もいるんですよ。 …失礼ですが、女は男性より体力がないのが当たり前なんですから…お願いですから、毎日と云うのは勘弁して頂けませんか…?」
上目遣いで、ちょっと下出に出てみる。
すると一条さんは、恨めしげなる事、お岩さんか貞子かと見まごうばかりにアタシに向かって、
「……折角、貴女と同棲出来るのに……」
「……すみません……」
「……せめて、週に4~5回……」
「……………」
「……じゃあ、2~3回……」
アタシは、フウッとため息を吐き出した。
……ここら辺が、落としどころか、妥協点か……
「……じゃあ、週に2~3回と云う事で……」
一条さんは、ギュウッとアタシを抱き締めて。
「…約束ですよ、真唯。 …週に2~3回は、必ず貴女を抱かせて下さいね…」
何だかとっても切ないヴァリトンの響きに、
「……はい…必ず……」
と答えてしまった。
※ ※ ※
ごめんなさい、一条さん。
アタシは自分に自信がないんです。
同棲などして、毎晩抱かれるようにでもなったら……アタシは、一条さんにすぐに飽きられてしまうだろう。
万が一にでも、『すみませんが、貴女に飽きました。マンションのカードキーを返して下さい。』などと言われてしまうようになったらと思うと……身が凍るような想いがする。
そんな事になるくらいだったら……最初からエッチの回数が少ない方が良い。
一条さんが、餓えを感じてくれるくらいが丁度良い。
それに。
歌舞伎の【身替座禅】を観ていて、気付いてしまった事がある。
今までは勘三郎丈の軽妙な演技に魅了されていて、嫉妬深い窮屈な奥方を持った主人公の大名を気の毒に思っていたのだが。
今回完全に、奥方・玉の井に感情移入してしまったのは、何も吉右衛門の演技力だけによるものではない。
……“浮気される奥方”と云う立場が、他人事ではなくなってしまったからだ。
きっと真唯は、一条さんの浮気は絶対に許せない。
……昔の女性の影を感じただけで、嫉妬しているくらいなのだから……
―――……きっと自分は【京鹿子娘道成寺】の、安珍を追った清姫の如く、嫉妬の炎に身を焦がすだろう……―――
一条さんの束縛の証……新しいシンプルな月長石の指環に、アタシはソッと接吻を落とした。
―――……身の程知らずにも、一条さんを束縛したがっている我儘なアタシをどうか許して……―――
―――……だから、半年間の猶予をあげる。正式に結婚したら…“妻”と云う立場になってしまったら…もう、アタシは一条さんを離してあげられそうにないから……―――
「そんな大袈裟な…ただ毎日と云うのは、どう考えても多過ぎます!」
「だからと言って週に2回なんて、あんまりです!」
「どうしてですか? 今までと変わらないじゃありませんか。」
「だって折角、同棲出来るんですよ!? 私は毎日、貴女に触れていたい! 触れずにはいられない!!」
そう言って(叫んで?)一条さんは、後ろから抱きかかえていたアタシの首筋に、リップ音をさせて口付けを落として来る。
「一条さん! お願いですから、跡はつけないで下さいね!」
「う~~ん、どうしましょうかねぇ~~」
そんな事を言いながら、一条さんの手の動きがどんどん妖しくなってくる。
ベッドの上、アタシのお腹の前で緩く組まれていた手が、肩をすべり、優しくゆっくりと胸を弄り始めたのだ。
「…んっ…やぁ…っ、…一条さん…どこ触って…るんですか…っ!」
「ん? 私の真唯さんのカワイイ処ですよ。」
「…なに言って…っ、…や、…だめぇ…っ!」
一条さんの綺麗で器用な指が、着替えさせられたパールピンクのナイティーの上から左右両方の胸の頂きの一番敏感な部分を刺激してくるのだから堪らない。吐息が甘くなってしまうのが自分でも理解るから、イヤになってしまう。
本当はちゃんと着替えてリビングにでも行きたいのだが、昨日の晩から朝方まで散々貪られて身体が言う事をきかないのだ。それでも一条さんに抱えられるようにして何とかお風呂に入り、帝都ホテルご自慢のブランチをすませナイティーを着ただけでも誉めて欲しいと思う(誰にだ/セルフ突っ込み)。
「……毎晩シテもいいと、真唯さんが許可を下さったら止めてあげる…と言ったら、どうなさいますか?」
耳元に息を吹きかけるように囁かれるヴァリトンにゾクリとするが、内容はいただけない。絶対にうんとは言えない。
「ダメ! 絶対にダメェ…ッ!」
「…強情な子だ…このまま突入してしまいますよ…?」
「…あ…それだけは勘弁して下さい。 …もう…身体がもたない…」
「そうでしょう? …でしたら、承知して下さい…」
「どう云う理屈なんですか、それ…っ、…はぁ…ンっ!」
そんな会話をしながらでも、一条さんの両手はアタシから快感を引き摺り出し、口唇は耳朶を甘噛みしたり、耳の中を舐めまわしたりして悪戯を繰り返す。
……一条さんの身体からは、すっかり体臭と化してしまった【DUENDE】が薫ってくる。 ……アタシも【IMprevu】をつけてはきたけれど、もう消えてしまって、さっき使ったボディーソープの薫りになってしまっているだろう。
……アタシの持ってる【IMprevu】は、もうホントに残り僅かになってしまっている。それが一条さんとの未来を暗示しているようで切なくなってしまうのは、真唯だけの秘密だ。
漏れ出てしまう嬌声を抑えられなくて、一条さんの膝の上で悶えていると、一条さんの熱くなっている高ぶりに気が付いた。一条さんの精力の強さに呆れると同時に、こんな身体に興奮してくれる一条さんの気持ちがただひたすら嬉しくなってしまうのは恋する女としては当然の事だろう。
……“恋する女”なんて、自分を評する時がくるとは夢にも思わなかった。
……もう、【干物女】なんて、自称出来ない。
……そう…自分はすっかり、【恋する乙女】そのものなのだ。
……だからこそ…だからこそ、毎晩なんて、絶対にイヤッ!!
一条さんの身体がピクリと震える。
アタシの突然の行動に驚いているのだろう。
「……真唯さん……」
「……一条さん…一条さんを…私の口で愛してあげたら…許してもらえますか……?」
アタシにしてみたらキヨブタの気分で、一条さんの膝の上で身体を捻り、熱く主張している一条さん自身を優しく摩る。その手にかアタシの言葉に反応してか、アタシの手の中で一条さん自身が一層固く存在を主張するのが理解る。アタシは震えそうになる手を叱咤するけれど、恥ずかしくて一条さんの瞳を見る事が出来ない。
……だから、理解らなかった。
一条さんの瞳が、一瞬、哀しげに揺れた事に。
沈黙を肯定と捉えたアタシは、一条さんの膝から降りて一条さんの長い足を跨いで座ると、ゆっくりと屈み一条さん自身に顔を近付けて行く……
すると。
一条さんはアタシの肩を掴み。
顎を捉え顔を上げさせられると、首を左右に振った。
「…そんな事をされても、私は嬉しくなどありません。」
そう言って。
戸惑うアタシに、一条さんはベッドを降りると次の間へ行き洋服とアクセと靴を持って現れた。
「リザがコーディネートした物です。これなら通勤にも使えるでしょう。」
広げて見れば、それは胸元のドレープが女らしいお洒落なカットソーとGパンだった。Gパンと言っても、アタシが普段着ているサンキュッパとは訳が違う。所謂、“ボーイフレンドデニム”と呼ばれる代物だ。
……リザさん…コレは、“美脚”と言われるオネーサンがたのもので……
アタシは心の中で(トホホホ…)と泣きたい気持ちながら、有り難く着用させて頂く事にした。なんだって、ナイティーよりはマシだ。
「それに着替えたら呼んで下さい。リビングルームに抱いて行って差し上げますから。 …珈琲でも頼んでおきます。」
そう言って一条さんは、ベッドルームを出て行った。
一体、何が一条さんを翻意させたのかは理解らないけれど、アタシにとってはこの上なく有り難い展開だ。これで一条さんが本当に諦めてくれれば万々歳なのだが……
アタシはアチコチ悲鳴を上げる身体に鞭打ち、ゆっくりだけど何とか着替えを済ませた。
……それに…一条さんに、処理する時間をあげなくちゃいけないから……ね。
……もうそろそろ良いかなァと思われる時間に、アタシはベッドルームから一条さんを呼んだ。
※ ※ ※
リビングに用意されていたのは、アイス・オ・レセットと、エスプレッソ。
さすが一条さん。アタシの状態を良く理解ってくれている。
まだ、あまり力の入らないアタシのために、一条さんはアタシの言う通りに熱い珈琲とミルクと氷。そして、たっぷりのガムシロを入れてアタシに手渡してくれた。
お礼を言ってストローに口をつける。
……ああ…甘くて苦くて美味しい……
喉を通り過ぎて行く清涼感と、いつ飲んでも変わらず美味しい帝都ホテルの味に満足していると、一条さんはアタシに二枚のチケットケースを渡して来る。
……?
「……開けてみても良いですか?」
「勿論です。これは貴女へのバースデープレゼントですから。」
「うわぁ~~、なんだろう…、…っ!?」
……驚いた。
それは8月に開催予定の、東京バレエ団創立50周年祝祭ガラのS席チケットだったのだ。
1枚、22,000円もするた為に9,000円のD席で我慢して、一条さんも納得済みだった筈なのに。しかも、8月30日と31日の両方ある。 ……この公演は、ただのガラじゃない。あのシルヴィ・ギエムが封印を解いて、【ボレロ】を踊ってくれて、ウラジーミル・マラーホフが【ペトルーシュカ】を、マニュエル・ルグリが【オネーギン】の第3幕のパ・ド・ドゥを……そして、これがおそらく見納めになるだろうと言われている、アタシにとっては待ちに待った公演でもあるのだ。30日が初日で31日が千秋楽だ。どちらにしようか悩みに悩んで。土曜日である30日に決めて、一条さんも納得してくれたと思っていたのに……
「……実は4月の時点で、<バレエ・ロイヤル・シート>会員になりまして。」
「……っ!!」
「NBSバレエ公演事業の【パトロン】になったんです。真唯さんには…私の妻になる女性には、常に最高の環境で舞台を楽しんで欲しいですから。」
……覚えてる。
3月にドンキを観に行った時にチラシが入っていたが、アタシには関係ないと思って、即ゴミ箱行き。……だって。バレエ・ロイヤル・シート会員とは、一口50万近くもするのだ。
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……それを、この男性は。
……アタシなんかのために……
……左手の薬指に嵌っている指環が、ズシリと重さを増したように感じた。
「…受け取って頂けますよね?」
「…どうして2日間分、あるんですか?」
「…真唯さんの大好きなギエムの【ボレロ】が、見納めになるかも知れないんですよ? それに万が一にも、真唯さんが体調を崩しても良いようにと思いまして。真唯さんは暑さが苦手でいらっしゃいますから。」
「……ギエムのボレロだったら、這ってでも行きます……」
「そんな無茶は、未来の夫として容認出来ません!」
「<バレエ・ロイヤル・シート>会員になるなんて無茶、未来の妻として容認出来ませんっ!」
「…無茶なんかではありませんよ。無欲な婚約者へのささやかな点数稼ぎです。」
「…私が購入したD席は…どうしてくれるんですか…?」
「ああ、それでしたらご心配なく。既に買ってくれる友人は確保済みです。」
「…万が一にも…私が求婚を断っていたら…どうなさるお心算だったんですか…?」
その問いに一条さんは、器用にヒョイと片眉を上げて……ニヤリと笑った。その笑みが、とても黒く感じるのは……きっと、気のせいなんかじゃないのだろう。
「……私の答えを…本当に聞きたいですか…?」
「……いえ…結構です。前言撤回します。」
「それがお互いのためでしょう。
ところで話は戻りますが……受け取って頂けますよね?」
……これが、【緋龍院建設の一条専務】の妻になると云う事なのだ……
……まだ、一条さんの指に束縛のリングをする事を決心出来ないでいる、心弱いダメな妻候補ではあるけれど……少しずつ慣れていかなければ……
「……はい。 …喜んで…と言えないのが情けないですけれど…」
一条さんの首にしがみ付けば、「現在は、それで充分ですよ」とポンポンと背中を優しく叩いてくれた。
※ ※ ※
「だから、毎日って云うのは絶対無理ですってば!」
「……1回で我慢しますから!!」
「……っ!! 毎日、何回もやる気だったんですかっ!?」
「当然です! 最低、2、3回はやりたいのを、真唯さんの身体の事を考えて…」
「う~~、一条さんてば信じられない!40代の夫婦と云うのは、週に1~2回、月に4~5回が平均値だって言いますよ!!」
「なっ! どこ情報ですか、それはっ!?」
「ネット検索情報ですっ!!」
結局、話が戻ってしまっているが、真唯にとっては死活問題だ。
真唯は、リビングのソファーに座っている一条さんに横抱きに抱えられている。
最初は恥ずかしくて一条さんの眼が見られないでいたのだが、議論がヒートアップして、今では一条さんの瞳を真正面からとらえ真剣に訴えている。
一条さんにあんまり求められるものだから、世間一般の夜の夫婦生活の事が知りたくて色々と検索していったのだ。試しに、20代、30代の夫婦も調べてみた。そうしたら、やっぱり、平均的にはそんなものらしい。例外的に、まったくのレスの人や、新婚当初から毎日と云うカップルもいるにはいたが、それは一条さんには絶対に言えないトップシークレットだ。
「……ちょっと待ってて下さい。」
そう言って一条さんはスマホを取り出し、ピコピコやり出した。
マズイ! 検索してる! 毎晩やってる人が見つかったら、なんて言い訳すれば良いんだろ!?
案の定、一条さんはそんなカップルを見つけ出し、「ほら、真唯さん、見て下さい! 毎晩している人だってちゃんといますよ!!」と鬼の首を取ったようにアタシに見せようとしていたのだが、スマホを見つめているうちに無言になってしまった。どうしたんだろうと思って、一条さんのスマホを失礼ながら覗いてみると、そこには『さすがに連日は辛い』『夫が求めてくるので応えてはいるが、夜になるのが憂鬱』とのアタシにとっては救いとも云える文字が!!
この機を逃すまじと思って、
「ほら、一条さん。こう云う女性もいるんですよ。 …失礼ですが、女は男性より体力がないのが当たり前なんですから…お願いですから、毎日と云うのは勘弁して頂けませんか…?」
上目遣いで、ちょっと下出に出てみる。
すると一条さんは、恨めしげなる事、お岩さんか貞子かと見まごうばかりにアタシに向かって、
「……折角、貴女と同棲出来るのに……」
「……すみません……」
「……せめて、週に4~5回……」
「……………」
「……じゃあ、2~3回……」
アタシは、フウッとため息を吐き出した。
……ここら辺が、落としどころか、妥協点か……
「……じゃあ、週に2~3回と云う事で……」
一条さんは、ギュウッとアタシを抱き締めて。
「…約束ですよ、真唯。 …週に2~3回は、必ず貴女を抱かせて下さいね…」
何だかとっても切ないヴァリトンの響きに、
「……はい…必ず……」
と答えてしまった。
※ ※ ※
ごめんなさい、一条さん。
アタシは自分に自信がないんです。
同棲などして、毎晩抱かれるようにでもなったら……アタシは、一条さんにすぐに飽きられてしまうだろう。
万が一にでも、『すみませんが、貴女に飽きました。マンションのカードキーを返して下さい。』などと言われてしまうようになったらと思うと……身が凍るような想いがする。
そんな事になるくらいだったら……最初からエッチの回数が少ない方が良い。
一条さんが、餓えを感じてくれるくらいが丁度良い。
それに。
歌舞伎の【身替座禅】を観ていて、気付いてしまった事がある。
今までは勘三郎丈の軽妙な演技に魅了されていて、嫉妬深い窮屈な奥方を持った主人公の大名を気の毒に思っていたのだが。
今回完全に、奥方・玉の井に感情移入してしまったのは、何も吉右衛門の演技力だけによるものではない。
……“浮気される奥方”と云う立場が、他人事ではなくなってしまったからだ。
きっと真唯は、一条さんの浮気は絶対に許せない。
……昔の女性の影を感じただけで、嫉妬しているくらいなのだから……
―――……きっと自分は【京鹿子娘道成寺】の、安珍を追った清姫の如く、嫉妬の炎に身を焦がすだろう……―――
一条さんの束縛の証……新しいシンプルな月長石の指環に、アタシはソッと接吻を落とした。
―――……身の程知らずにも、一条さんを束縛したがっている我儘なアタシをどうか許して……―――
―――……だから、半年間の猶予をあげる。正式に結婚したら…“妻”と云う立場になってしまったら…もう、アタシは一条さんを離してあげられそうにないから……―――
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