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本編
No,66 バー【Corrente】にて
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真唯の前に置かれたピンク色の綺麗なカクテル。
【マイ・フェア・レディ】
一条さんと初めて会ったバー・コレンティエに久々に来た真唯は、カウンターに座るなり“おまかせ”のカクテルを頼んだ。人間の気持ちを読む事に長けたバーテンダー兼マスターは、最近お見限りだった久し振りのお客に恨み事1つ言わずに、眼の前に座った女性を優しく見つめると、ジンのボトルを手に取った。そして、真唯の前にコトリと置いたのが、このカクテルだったのだ。
※ ※ ※
―――ホントに怖い男性だと思う。
その場、その瞬間のお客の気持ちに相応しい、ピッタリのカクテルを毎回出されるのだから。
ただ、不思議な事に、気持ちや感情を読まれる事が少しも嫌ではない。落ち着いて超然とした物腰に、『何も言わなくても理解っているよ』とばかりに不思議な安堵感を感じるのだ。
……例えるなら…仏像…如来さまや観音さまに相対しているような、あの感覚だ。
……そう云えば、あの時は惜しかったと思う。
あそこまで行ったのに、上野国立博物館の常設展の仏像を拝観出来なかったのは……と、そこまで考えて。
真唯は、ショートカクテルのそれを一気飲みした。
「……真唯さん……」さすがに咎める響きを感じて素直に謝った。
「……ごめんなさい……せっかく、作ってもらったカクテルを……」
「そんな事は良いんですよ。ただ、いくら強くないものとは云っても一気は身体に良くない。これでもおあがりなさい。」
出されたお通しは、プチトマトと蛸のマリネだった。
「……美味し……」
思わず笑み崩れたような真唯の表情を優しくみやって。
「次は何にしますか?」
「……もう1回、マイ・フェア・レディをお願い出来ますか?」
「……良いんですか?」真唯が同じ注文を繰り返すのは珍しい。
「……さっきは、ちゃんと味わえなかったから……」
申し訳なさそうに呟かれれば、否やはない。瀬下は、以前よりはるかに女性らしくなった、可愛いお客様の前にピンク色のカクテルを再び差し出した。
あの衝撃のホワイトデーから10日が過ぎた。
10倍返しと言ったのは伊達ではなかったのだ。
ヒギンズ教授もあそこまではしなかったと思う。
あの御屋敷は何だったのだろう?
……NPOEと言っていた……
真唯は指を折って考える。
(1人…2人……6人の人にお世話になっちゃったんだ……3日間も)
アキバのコスプレなんかじゃない、本物のメイドさんが入浴の世話から、一条さんが持参して来たリザさんの処で購入して来たと云う着替えの手伝いなんかをしてくれたのだ。そして料理長さんにパティシエさん。あのロールスロイスの運転手さんは体格からみて護衛も兼ねているのだろうと思う。興味半分に聞いてみたら、『車庫には他にメルセデスベンツ、フォードビクトリア、キャデラックなどがございます。』と言われて、げんなりしてしまった。
そして何より執事の松田さん。あの人には本当にお世話になった。痒い処に手が届くと云うのは、ああ云う人の事を言うのだろう。ロマンスグレーでダンディーで……一条さんがもう少し年をとったらあんな感じになるのかナと思ったけど、あの2人には決定的な違いがある。
松田さんはあくまで使用人で……一条さんは……支配階級の男性だ。
―――それが、真唯を哀しくさせる―――
今までホテルなんかで、一条さんが人を使う事なんか沢山見て来ている。観劇に行けば、沢山の人が挨拶に来る。
でも―――違うのだ。
使用人をごく自然に従わせるのを初めて見た真唯の衝撃は、日を追うごとに強くなって来るように思う。
……一条さんは、真唯には無条件に優しいから。
お料理を振る舞ってくれたり、アッシーくんになってくれたり。
……【メイズ・オブ・オナー】などと云うお菓子を作らせてしまった事を思い出し、苦く自嘲う。
……一条さんは、あの御屋敷のような家に、何人もの人間を傅かせて生活出来る男性。
……ロールスロイス・ファントムが……1階席が似合う男性。
―――それに対して自分は……根っからのザ・庶民。
住む世界が違う。
そんな事は最初から理解っていた。
……つもりだった。
……でも…本当は、何にも理解っていなかったのだ……
1人旅は良い機会だと思う。
一条さんに美穂の事を話した時、信州旅行に自分も当然のように行く気になってくれているのが嬉しかったけれど。
あの上野のバレエ鑑賞で、久し振りの“おひとりさま”を体感した時に、急に1人で行きたくなってしまったのだ。昨日の歌舞伎座に出掛けた事と、その後の1人で過ごす自由で気ままな贅沢な時間は、その想いに拍車をかけてしまった。
……少し以前の真唯だったら、こんなのはお馴染の感覚だった。
そしてその衝動のままに、奈良や京都へ行っていたのだ。
2杯目の【マイ・フェア・レディ】を飲み終わって、少し考えて次には【ルシアン・バレエ】を頼んだ。
……この間の【ドンキ】と、昨日の【二人藤娘】は本当に良かった。真唯は藤が大好きだ。梅や桜よりも、藤の方が断然好きだ。真唯の中で“花見”と云うと、藤を見に行く事を差す。西新井大師や亀戸天神などにも藤の季節によく行った。昨日の藤娘たちは大津絵から抜け出して来たと云うよりも、神社仏閣の藤の精霊のように艶やかで妖しいまでに神秘的で美しかった。玉三郎丈は円熟の風格だが、七之助はこれからの役者だ。父のように……とは言わないが将来が楽しみだ。
【勧進帳】の弁慶は本当に残念だったが、パンフによれば吉右衛門は80歳で25日間、弁慶を演じるのが目標だそうだから、その時は是非とも拝見させて頂きたいと思う。その吉右衛門は昼の部では何と「身替座禅」で、主役の山蔭右京の奥方・玉の井を演じていた。右京は勘三郎の当たり役だった。今まではその軽妙な可笑しさを楽しんでいたのだが、昨日の芝居では玉の井に完全に感情移入してしまった。さすがは吉右衛門丈と云うべきか。
去年はあのシルヴィ・ギエムのモダン・バレエ公演があったのだが、食指が動かなかった。封印などと云わずに、また【ボレロ】を演って欲しいと思う。そしたら有休を使ってでも行くのに。5月には、リッカルド・ムーティーが指揮するオペラがある。だが、S席は54,000円もするのだ。一番安くて12,000円。【ローマ歌劇場】が本場の舞台装置を使って、歌手さんたちが団体さんでゾロゾロやって来るのだから、そのくらいのお金がかかって当然なのかも知れないが…冗談ではない。
……一条さんにねだったら、簡単に出してくれそうで……笑えない。
……信州旅行を独りで出してもらうまでには、ホントに大変だった。
江島神社の【身代り守】と云う切り札があったにせよ、いくつか条件を付けられたのだ。
先ずは1泊である事が絶対的な条件。そして、一条さん指定の宿に泊まる事と、その際の支払いは一条さん持ち。これには激しく抵抗したのだが、『私が一緒だったら、すべての支払いをしていましたよ。』と云う言葉に負けた。そして極めつけ、GWには必ず2人で何処かに旅行に行く事。 ……これだけは譲れないと言われてしまった。
……まあ、あんなに楽しみにしていてくれたなんて思わなかったので、それは素直に悪かったと思うし、1人旅との比較が出来て良いかも知れない……と思っておこう。
……どこへ行こうか、楽しみに思わないでもない。何と云っても、一条さんとの初めての旅行なのだ。 ……まあ、ホワイトデーがある意味、小旅行ではあったのだが、間に観劇もあったのでやはり“旅行”と云う概念からは外れているように思う。
……だが、全額、一条さんにおんぶに抱っこと云うのは気が滅入る。
……優里ちゃんとの旅行のように、1人ずつシングル……と云う訳にはいかないだろう、やっぱり。
でも、まあ、少しは抵抗してみよう。
うん。
行ってみたい処は、色々あるのだ。先ずは奈良か京都。去年、式年遷宮だった出雲大社だが、縁結びで有名な処だったから、天の邪鬼なトコを発揮して行く気になれなかったのだが……一条さんとだったら良いかも知んない。
沖縄の海底遺跡も興味津津なのだが、ダイビングにはまだ早いかも知れない。それともいっそ、東北か北海道…平泉は行った事があるから却下だな。
……一条さんだけだったら、ヨーロッパとか、バリやモルディブ、セイシェルなんかも似合うんだけど……
……そう云えば。
あの松田さんに、『この薔薇園は5月が1番の見頃ですので、その頃にまた是非おいで下さいませ。』と言われてしまったのだ。一条さんには『お客が帰る時には「行ってらっしゃいませ。」と言うのが普通の挨拶なんですが……よっぽど気に入られたみたいですね、真唯さんは。』と嬉しそうに言われてしまったのだが……額面通りに受け取る事は出来ない、決して。……あんな贅沢は一生に一度で沢山だ。
明日は佐藤先生のレッスンの今期最後の日だ。
当初は3ヶ月の予定だったのだが、好評につき延期が決定している。
勿論、真唯はイの1番に申し込んでいる。家でも会社でもPCを使っているので、猫背になってしまうのが悩みだったのだが、この頃それが改善されてきている気がするのだ。半年も続ければ、ホントに美魔女になれるかも知れない♪
※ ※ ※
そろそろオアイソをと思って鞄の中を探れば、出て来るのは愛用のLANCELの長財布。それを見て思わず顔を“困ったチャン”にしてしまった。
バレンタインデーの日。
会社で義理チョコを配ったのだが、北原さんに渡す役目が真唯にまわって来たのだ。それは真唯にしてみれば全く迷惑この上ない事だったのだが、“チャラ男”を廃業して一途に真唯を追い回す北原さんを見て、いつの間にか“北原さんの恋の応援団”のようなものが出来上がってしまい。『義理とは云えチョコを牧野さんから渡してあげれば喜ぶから!』と押し切られ……確かに彼は喜んだ。
それだけならまだしも、14日のお返しはみんな均等にクッキーの詰め合わせで安心しきっていたら。敵は翌月曜、17日にフェイントをかけてきたのだ。
『ホワイトデーは、どうせ一条氏から豪華な物、貰ったんだろ? そんな日に渡しちゃ霞むだけだからな。』と、贈られたのはLANCELの包み。一目で中身が長財布だと理解るソレに、『頂けません、こんな高価な物!』と必死な真唯に、『本命の彼女に3倍返しは基本だろ? いらなきゃ売るか、オークションにでも出して良いから受け取って。』と無理矢理押し付けて来たのだ。困り果てた真唯はすぐに室井さんに相談した。断固として返そうと思っていたのだが、貰うだけ貰っときなさい、との答え。
室井女史曰く―――逆ギレでもされたら面倒だから。
『ただし、絶対使っちゃダメよ!』とのお言葉には、勿論です!と頷いて、真唯は包装紙すら解いていない。
だからと言って捨てるわけにもいかず……押し入れの肥やしになっているのは、一条さんには言えないでいる秘密だ。
……お財布使う度に思い出して気が滅入るのは、もうヤダな……
……イチキュッパでも良いから、違うお財布買おうかな……
それよりも。
―――……北原さんも…いいかげん、諦めてくれないかな~~……―――
【マイ・フェア・レディ】
一条さんと初めて会ったバー・コレンティエに久々に来た真唯は、カウンターに座るなり“おまかせ”のカクテルを頼んだ。人間の気持ちを読む事に長けたバーテンダー兼マスターは、最近お見限りだった久し振りのお客に恨み事1つ言わずに、眼の前に座った女性を優しく見つめると、ジンのボトルを手に取った。そして、真唯の前にコトリと置いたのが、このカクテルだったのだ。
※ ※ ※
―――ホントに怖い男性だと思う。
その場、その瞬間のお客の気持ちに相応しい、ピッタリのカクテルを毎回出されるのだから。
ただ、不思議な事に、気持ちや感情を読まれる事が少しも嫌ではない。落ち着いて超然とした物腰に、『何も言わなくても理解っているよ』とばかりに不思議な安堵感を感じるのだ。
……例えるなら…仏像…如来さまや観音さまに相対しているような、あの感覚だ。
……そう云えば、あの時は惜しかったと思う。
あそこまで行ったのに、上野国立博物館の常設展の仏像を拝観出来なかったのは……と、そこまで考えて。
真唯は、ショートカクテルのそれを一気飲みした。
「……真唯さん……」さすがに咎める響きを感じて素直に謝った。
「……ごめんなさい……せっかく、作ってもらったカクテルを……」
「そんな事は良いんですよ。ただ、いくら強くないものとは云っても一気は身体に良くない。これでもおあがりなさい。」
出されたお通しは、プチトマトと蛸のマリネだった。
「……美味し……」
思わず笑み崩れたような真唯の表情を優しくみやって。
「次は何にしますか?」
「……もう1回、マイ・フェア・レディをお願い出来ますか?」
「……良いんですか?」真唯が同じ注文を繰り返すのは珍しい。
「……さっきは、ちゃんと味わえなかったから……」
申し訳なさそうに呟かれれば、否やはない。瀬下は、以前よりはるかに女性らしくなった、可愛いお客様の前にピンク色のカクテルを再び差し出した。
あの衝撃のホワイトデーから10日が過ぎた。
10倍返しと言ったのは伊達ではなかったのだ。
ヒギンズ教授もあそこまではしなかったと思う。
あの御屋敷は何だったのだろう?
……NPOEと言っていた……
真唯は指を折って考える。
(1人…2人……6人の人にお世話になっちゃったんだ……3日間も)
アキバのコスプレなんかじゃない、本物のメイドさんが入浴の世話から、一条さんが持参して来たリザさんの処で購入して来たと云う着替えの手伝いなんかをしてくれたのだ。そして料理長さんにパティシエさん。あのロールスロイスの運転手さんは体格からみて護衛も兼ねているのだろうと思う。興味半分に聞いてみたら、『車庫には他にメルセデスベンツ、フォードビクトリア、キャデラックなどがございます。』と言われて、げんなりしてしまった。
そして何より執事の松田さん。あの人には本当にお世話になった。痒い処に手が届くと云うのは、ああ云う人の事を言うのだろう。ロマンスグレーでダンディーで……一条さんがもう少し年をとったらあんな感じになるのかナと思ったけど、あの2人には決定的な違いがある。
松田さんはあくまで使用人で……一条さんは……支配階級の男性だ。
―――それが、真唯を哀しくさせる―――
今までホテルなんかで、一条さんが人を使う事なんか沢山見て来ている。観劇に行けば、沢山の人が挨拶に来る。
でも―――違うのだ。
使用人をごく自然に従わせるのを初めて見た真唯の衝撃は、日を追うごとに強くなって来るように思う。
……一条さんは、真唯には無条件に優しいから。
お料理を振る舞ってくれたり、アッシーくんになってくれたり。
……【メイズ・オブ・オナー】などと云うお菓子を作らせてしまった事を思い出し、苦く自嘲う。
……一条さんは、あの御屋敷のような家に、何人もの人間を傅かせて生活出来る男性。
……ロールスロイス・ファントムが……1階席が似合う男性。
―――それに対して自分は……根っからのザ・庶民。
住む世界が違う。
そんな事は最初から理解っていた。
……つもりだった。
……でも…本当は、何にも理解っていなかったのだ……
1人旅は良い機会だと思う。
一条さんに美穂の事を話した時、信州旅行に自分も当然のように行く気になってくれているのが嬉しかったけれど。
あの上野のバレエ鑑賞で、久し振りの“おひとりさま”を体感した時に、急に1人で行きたくなってしまったのだ。昨日の歌舞伎座に出掛けた事と、その後の1人で過ごす自由で気ままな贅沢な時間は、その想いに拍車をかけてしまった。
……少し以前の真唯だったら、こんなのはお馴染の感覚だった。
そしてその衝動のままに、奈良や京都へ行っていたのだ。
2杯目の【マイ・フェア・レディ】を飲み終わって、少し考えて次には【ルシアン・バレエ】を頼んだ。
……この間の【ドンキ】と、昨日の【二人藤娘】は本当に良かった。真唯は藤が大好きだ。梅や桜よりも、藤の方が断然好きだ。真唯の中で“花見”と云うと、藤を見に行く事を差す。西新井大師や亀戸天神などにも藤の季節によく行った。昨日の藤娘たちは大津絵から抜け出して来たと云うよりも、神社仏閣の藤の精霊のように艶やかで妖しいまでに神秘的で美しかった。玉三郎丈は円熟の風格だが、七之助はこれからの役者だ。父のように……とは言わないが将来が楽しみだ。
【勧進帳】の弁慶は本当に残念だったが、パンフによれば吉右衛門は80歳で25日間、弁慶を演じるのが目標だそうだから、その時は是非とも拝見させて頂きたいと思う。その吉右衛門は昼の部では何と「身替座禅」で、主役の山蔭右京の奥方・玉の井を演じていた。右京は勘三郎の当たり役だった。今まではその軽妙な可笑しさを楽しんでいたのだが、昨日の芝居では玉の井に完全に感情移入してしまった。さすがは吉右衛門丈と云うべきか。
去年はあのシルヴィ・ギエムのモダン・バレエ公演があったのだが、食指が動かなかった。封印などと云わずに、また【ボレロ】を演って欲しいと思う。そしたら有休を使ってでも行くのに。5月には、リッカルド・ムーティーが指揮するオペラがある。だが、S席は54,000円もするのだ。一番安くて12,000円。【ローマ歌劇場】が本場の舞台装置を使って、歌手さんたちが団体さんでゾロゾロやって来るのだから、そのくらいのお金がかかって当然なのかも知れないが…冗談ではない。
……一条さんにねだったら、簡単に出してくれそうで……笑えない。
……信州旅行を独りで出してもらうまでには、ホントに大変だった。
江島神社の【身代り守】と云う切り札があったにせよ、いくつか条件を付けられたのだ。
先ずは1泊である事が絶対的な条件。そして、一条さん指定の宿に泊まる事と、その際の支払いは一条さん持ち。これには激しく抵抗したのだが、『私が一緒だったら、すべての支払いをしていましたよ。』と云う言葉に負けた。そして極めつけ、GWには必ず2人で何処かに旅行に行く事。 ……これだけは譲れないと言われてしまった。
……まあ、あんなに楽しみにしていてくれたなんて思わなかったので、それは素直に悪かったと思うし、1人旅との比較が出来て良いかも知れない……と思っておこう。
……どこへ行こうか、楽しみに思わないでもない。何と云っても、一条さんとの初めての旅行なのだ。 ……まあ、ホワイトデーがある意味、小旅行ではあったのだが、間に観劇もあったのでやはり“旅行”と云う概念からは外れているように思う。
……だが、全額、一条さんにおんぶに抱っこと云うのは気が滅入る。
……優里ちゃんとの旅行のように、1人ずつシングル……と云う訳にはいかないだろう、やっぱり。
でも、まあ、少しは抵抗してみよう。
うん。
行ってみたい処は、色々あるのだ。先ずは奈良か京都。去年、式年遷宮だった出雲大社だが、縁結びで有名な処だったから、天の邪鬼なトコを発揮して行く気になれなかったのだが……一条さんとだったら良いかも知んない。
沖縄の海底遺跡も興味津津なのだが、ダイビングにはまだ早いかも知れない。それともいっそ、東北か北海道…平泉は行った事があるから却下だな。
……一条さんだけだったら、ヨーロッパとか、バリやモルディブ、セイシェルなんかも似合うんだけど……
……そう云えば。
あの松田さんに、『この薔薇園は5月が1番の見頃ですので、その頃にまた是非おいで下さいませ。』と言われてしまったのだ。一条さんには『お客が帰る時には「行ってらっしゃいませ。」と言うのが普通の挨拶なんですが……よっぽど気に入られたみたいですね、真唯さんは。』と嬉しそうに言われてしまったのだが……額面通りに受け取る事は出来ない、決して。……あんな贅沢は一生に一度で沢山だ。
明日は佐藤先生のレッスンの今期最後の日だ。
当初は3ヶ月の予定だったのだが、好評につき延期が決定している。
勿論、真唯はイの1番に申し込んでいる。家でも会社でもPCを使っているので、猫背になってしまうのが悩みだったのだが、この頃それが改善されてきている気がするのだ。半年も続ければ、ホントに美魔女になれるかも知れない♪
※ ※ ※
そろそろオアイソをと思って鞄の中を探れば、出て来るのは愛用のLANCELの長財布。それを見て思わず顔を“困ったチャン”にしてしまった。
バレンタインデーの日。
会社で義理チョコを配ったのだが、北原さんに渡す役目が真唯にまわって来たのだ。それは真唯にしてみれば全く迷惑この上ない事だったのだが、“チャラ男”を廃業して一途に真唯を追い回す北原さんを見て、いつの間にか“北原さんの恋の応援団”のようなものが出来上がってしまい。『義理とは云えチョコを牧野さんから渡してあげれば喜ぶから!』と押し切られ……確かに彼は喜んだ。
それだけならまだしも、14日のお返しはみんな均等にクッキーの詰め合わせで安心しきっていたら。敵は翌月曜、17日にフェイントをかけてきたのだ。
『ホワイトデーは、どうせ一条氏から豪華な物、貰ったんだろ? そんな日に渡しちゃ霞むだけだからな。』と、贈られたのはLANCELの包み。一目で中身が長財布だと理解るソレに、『頂けません、こんな高価な物!』と必死な真唯に、『本命の彼女に3倍返しは基本だろ? いらなきゃ売るか、オークションにでも出して良いから受け取って。』と無理矢理押し付けて来たのだ。困り果てた真唯はすぐに室井さんに相談した。断固として返そうと思っていたのだが、貰うだけ貰っときなさい、との答え。
室井女史曰く―――逆ギレでもされたら面倒だから。
『ただし、絶対使っちゃダメよ!』とのお言葉には、勿論です!と頷いて、真唯は包装紙すら解いていない。
だからと言って捨てるわけにもいかず……押し入れの肥やしになっているのは、一条さんには言えないでいる秘密だ。
……お財布使う度に思い出して気が滅入るのは、もうヤダな……
……イチキュッパでも良いから、違うお財布買おうかな……
それよりも。
―――……北原さんも…いいかげん、諦めてくれないかな~~……―――
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