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本編
No,49 二人で不幸になろう 【貴志SIDE】
しおりを挟む「これは美味しい!」
眼の前に並べられているのは、真唯が作ってくれたカナッペだ。
アボガドに生ハムの塩味がきいていて、とても美味い。
しかも、ツナマヨ、明太子味、クリームチーズの三種類のディップが用意されていて、クラッカーのリッツに好きな物を乗せて食べられるようになっている。こう云う食べ方があるのは知ってはいたが、実践した事はなかったので俺には新鮮な驚きだった。これは酒がすすむ。
「済みません。」
「ん? どうして謝るんですか?」
「普通はこう云う物を前菜としてお出しするんでしょうけれど…開けたワインをなるべく早く飲み切ってしまいたいので、これをお摘みにワインを召し上がって下さいませんか?」
「喜んでワイン消費に協力させてもらいますよ。 ……しかし、これでは、今日一日でかなり太らされてしまいそうですね。」
「……少しはぽっちゃりして、男前を下げて下さい。」
「……彼女に男前を下げるようにお願いされるとは思わなかったな。理由は?」
「…勿論、私のライバルを少しでも減らすためです。」
……これは……ヤキモチを焼かれていると考えても良いのだろうか?
……真唯! ……なんて可愛い女性なんだっ…!
「理解りました。今日はプックプクになって帰ります。
いいかげん、私も鬱陶しかったので。」
「…やっぱり一条さんが鬱陶しくなるほど、女性が寄って来るんですね…」
……おっと、これは俺らしくない失言だった。嬉しくて口が滑ってしまったようだ。
「私には貴女だけです。どんなアプローチにも応えた事はありません。
…信じて頂けますか?」
真唯は俺の言葉には答えずに、赤ワインのボトルを持って俺のグラスに注ぐ。もっと呑めと云うサインだろう。俺は黙ってグラスを干して、お代りを要求した。真唯が望むなら、こんなフルボトルくらい空けてやる。勿論、旨いカナッペを摘みにだ。
「一条さん、呑みましょう! そして、ホントにブクブクになって下さい!!」
「承知しました。お付き合いします。」
それから俺たちは昼食直後だと云うのに、良く呑み良く食べ、そして良く喋った。
真唯は【なまはげ】での忘年会の事をメールより詳しく話してくれる。 ……俺の秘かな羨望の想いにも気付かずに……本当に、罪な女性だ。
『仏友』である木島優里嬢とは、メンズブランド【ラクリマ】で会った事がある。彼女の売り上げに貢献するため、Yシャツとネクタイを購入した。しかし、その後の方が印象深い。彼女の夫・木島悟を紹介されたのだが、実は彼とは深水を介して面識があった。その場はお互いに初対面の振りをしたが。
……俺や深水と同類の匂いがする危険な男だ。
だが、俺には関係ない。
真唯に手を出す男でさえなければ、ALL OKだ。
俺の話には、秘書の山中に肴になってもらった。俺の誕生日に緋龍院建設の本社、支社及び海外支社から山のようにプレゼントが届いた事などは絶対にご法度だ。なぜならば90%が女性からの物だったからだ。俺は容赦なく、山中に処分を命じた。
……まったく、事前にプレゼントなど不要だと通達しておいたのに、このザマだ。本当に鬱陶しい。真唯の言うように太ればこの鬱陶しさから解放されるなら、いくらでも太りたい。 ……と、一抹の不安が過ぎり、俺の手が止まった。
「…どうしたんですか? もうギブアップですか?」
少し赤い顔をした真唯が無邪気に尋ねて来る。
「いえ…少し不安になったんです。」
俺は正直に答えた。
「何が?」
「私が肥満体になったら…責任をとって、お婿にもらって下さいね?」
なるべく冗談を装ったが、1000%の本気だ。
ところが真唯が返事をしてくれない。
それどころかグラスをおいて俯いてしまう。
「…真唯さん…?」
怪訝に問い掛けた俺に、爆弾が落とされた。
「……私…昨日と一昨日、一条さんとお別れしようと思ってたんです……」
※ ※ ※
コトン
俺は静かにワイングラスを置いた。
俺は本当に怒ると、却って冷静になる男だ。
頭はどこまでも冴えわたっていて、限りなくクリアだ。
彼女の言った言葉を信じたくない感情を、冷たく研ぎ澄まされた理性が抑えつける。
―――この最愛の女性は、言ってはいけない事を言ったのだ……罰は受けてもらわなければならない―――
俺の中の何かが、どんどん冷たく凍っていくのが理解る―――
いよいよ、あの館を使わなければならない時が来た事を、哀しく感じ……だが、心のどこかで歓喜の雄叫びをあげていた。
『これで真唯をどこにもやらなくて済む! いつか誰かに奪われてしまうかも知れないと云う恐怖にこれ以上、怯えなくて良いのだっ!!』
透明になった頭の中に、そんな叫び声が木霊していた。
※ ※ ※
………だが、それは早計だったようだ。
真唯は話してくれた。居酒屋でなまはげに言われた言葉で、自分の中の自己破壊願望が自身の幸福を望んでいない事に気付いた事。
俺との別離を決意し、指環を嵌め泣きながら眠ってしまった事。
そして夢の中で、自分ではありえない【真唯さん】に諭された言葉のすべてを――
「……結局…私はすごく卑怯で我儘なんです。一条さんを不幸にするって理解りきっているのに、あなたを諦める事も出来ない…一条さんは私がプロポーズを断ったら、私を殺してくれるって言ってくれました。 …殺人者になるよりは良いと思うんです。出来る限りの努力はします。
……でも、もしも万が一の時は…私と一緒に不幸になってくれますか…?」
現在、真唯は俯いていた顔を上げ、真っ直ぐに俺を見つめている。
その瞳を、俺は感嘆の想いで見つめ返した。
こんなに潔い瞳をした女性の、どこを卑怯で我儘などと云うのだろう。
「…おいで。」
俺は彼女に向かって腕を広げた。
その腕の中に真っ直ぐに彼女は飛びこんで来てくれた。
泣きながら。
……今は、それで充分だ。
柔らかな短い髪を撫でながら接吻を落とすと、ほのかに【IMprevu】の香りがした。
―――ああ、この薫りだ。10年前、俺と彼女を出逢わせた、この香りを今日と云う日に真唯はまとっていてくれたのだ―――
お香とハヤシライスの旨そうな匂いに紛れてこの香りに気付けなかった自分は、心底間抜けだと思う。
真唯はよほど大事な日にしかこのパルファムを使わない。黒のセーターに真っ赤な厚手のフリースにGパン。今日の真唯の装いを考えれば似合わない事この上ないが、俺の大事な華が己を飾るにふさわしいのはこの薫りしかない。
よほどの決意を持って、この食卓に俺を招いてくれたかが理解る。
……そして、ご馳走責めにしてまでワインを俺にすすめ、自分も飲んでいたかも理解した。
きっとこんな話は、素面では話しにくかったのだろう。
俺は自分のグラスを呷り、中身のワインを口移しで真唯に与えた。
素直にコクンと嚥下してくれる真唯が可愛い。
膝抱っこをしていた真唯をソファーに押し付け、俺は本格的に真唯の唇を舌を求めた。真唯も積極的に応えてくれて、舌を絡ませあう接吻を飽きもせずに繰り返す。交換する唾液は少し渋いワインの味がして、それがとても甘く感じた―――
あのね、真唯。
本当に卑怯で我儘な大人と云うのは、相手が自分のものにならないぐらいなら殺してしまったり、監禁する部屋を用意しているような奴の事を言うんだよ。
―――そう……俺のような―――
第一、俺は君の幸福なんて欠片も考えちゃいない。
本当に君の幸福を考えるなら、俺は今すぐこの手を離して、他の男に君を委ねるべきだろう。
でも、そんな事、死んだって俺には出来やしない。
だから、一緒に往こう。
―――幸福のどん底まで、二人で堕ちて往こう―――
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