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本編
No,47 【真唯】との対話
しおりを挟む『悩め、悩め! しぁ~わせになりたかったら、た~んと悩めっ!!』
昨夜の、なまはげさんの言葉が耳から離れない。
※ ※ ※
真唯は昨夜、よっぽど帝都ホテルに泊まろうかと思ったのだ。思い切り酔い潰れたくて。だが、しかし。どんなに飲んでも、この淀んだ澱のようなものが真唯の精神から消えてくれる事はないと、理性で理解っていたから止めたのだ。却って、お酒に呑まれてしまうだろう自分が容易に想像出来てしまったから。
何にもやる気がしない。
朝食も昼食も食べてはいない。
体に悪いと思うが仕方がない。
ココロが食を拒否しているのだ。
PCなんかとてもじゃないがつける気にもならない。本当は【壹眞珈琲店】と【なまはげ】での事をブログにアップしようと思っていたのだが、そんな気力は彼方へと消えてしまった。
真唯は現在、足だけコタツに入れてソファーベッドに大の字になって転がっている。せめて一条さんにだけは心配をかけたくなくて、定時連絡のメールを打てたのは奇跡に近い。
……自分でも、自己不信と自己否定の塊だと自覚していたが、こんなに根が深いとは思わなかった……
―――……まさか、自分の幸福を望んでいないなんて……―――
確かに真唯が不幸になれば、あの憎い両親への最高の復讐になるだろうけど……こんなのって、あんまりだ……
……そして……あんまりなのは、こんな真唯に求婚までしてくれてる一条さんに対してだ……
……やっぱり、こんなアタシ、一条さんに相応しくなんかないよ……
自分の中の自己破壊願望に、一条さんを巻き込むわけにはいかない。
真唯は一条さんとの別離を決意して、ノロノロと起き上がり、仕舞っておいた物を眼の前に置いた。一条さんにもらったムーンストーンの指環と、イヤリングとスマホだ。
シャルル君を飾っておいたアンティークの花瓶は押し入れの天袋に仕舞ってある。今年は捨てないでおいたのだ。来年は、これに44本のシャルル君を飾ろう。そして、真唯が一条さんに捨てられる、その時までとっておこうと………
ポツン
涙がおコタの上に落ちる。
こんな事で泣くなんてみっともないと思う反面、こんな時だからこそ泣いて何が悪い! と、もう一人の【真唯】が逆ギレして来た。そんな自分が可笑しくて、真唯は自嘲った。泣きながら、笑った。
いつまでも止まらない涙は鼻水を連れて来る。
真唯はミニタオルとティッシュボックスとお友達になってしまった。
………泣くだけ泣いたら、これを全部一条さんに返さなければ。
せめて。
一回だけでも、この指環、薬指に嵌めてみたかったな………
今生の名残りの心算で、指に通してみる。
ストレートラインのアームの上にポンポンとアシンメトリーにダイヤモンドが置かれたリズミカルなリングだ。ミル打ち風な石枠でムーンストーンを包み、アームのラインのセンターにもミル打ちでアクセントを付けたのでアンティーク調で上品な仕上がりになっている。
……少し、緩いな……やっぱり最初から、これに相応しい人間じゃなかったんだ、アタシは……
苦い想いで自嘲っていると、真唯の中の【真唯】が声を掛けて来た。
※ ※ ※
『真唯…貴女は本当に、それで良いの…?』
(だって、仕方がないじゃない…一条さんをアタシの犠牲にする訳にはいかない…)
『…そうやって考えてしまう事自体が、貴女を不幸にしているとは思わない?
ただ、ちょっと考えを変えてみるだけで良いのに…
…例えば、一条さんの気持ちはどうなるの?
あんなに貴女を大切に想ってくれている、彼の気持ちは…』
(……それは……)
自分の精神の中で自分と問答をしながら、真唯は戸惑った。
この【真唯】は、いつもの自己否定と自己不信の塊の“真唯”ではない。
―――……こんなの、初めてだ……―――
『一条さんは、きっと苦しむわ。
愛した男性をそんな苦しみの中に陥れて、貴女は平気でいられるの…?』
(一時的に苦しんだとしても結果的には良いはずよ!
こんな欠陥女と一緒になるよりも…っ!)
『欠陥女なんて、自分を貶めるのはやめてあげて…
一条さんが哀しむわ。
一条さんも言っていたはずよ。
「私の愛する女性を侮辱するのは、貴女自身であっても許さない。」って…』
(……………)
『“彼に相応しい女性”って、貴女は思うかも知れないけれど、そんな女性が実際に現れて、彼の横に並んだとして……貴女はそれに耐えられて…?』
(…っ!)
イヤ! と、反射的に叫びそうになって、自分自身に驚く。
一条さんの手を離すとは、そう云う事だと理解りきっていたはずのに……
(……アタシ…一体……)
『おかしな事じゃないわ。ごく自然の反応よ。
貴女は一条さんを愛し始めてる……
その貴女に一条さんに対する独占欲がなかったら、一条さんが可哀想よ。』
(…っ、……独占欲なんて、そんなおこがましい事……)
『…ねえ、真唯。
もう、いいかげんに自分を虐めるのはやめてあげて…』
(アタシだって、止めたい!
でも、どうしても、こんなアタシを好きになれない!
アタシは幸せになんかなっちゃいけないのよっ!!)
『……じゃあ、一条さんは?
…一条さんはどう…?
…彼は幸福になってはいけないと思う?』
(バカ言わないで! 彼は幸福になるべき…ううん、絶対、幸福になって欲しい、ただ一人の男性よ!!)
『そんなに強い想いがあるなら、貴女の手で幸福にしてあげたいと、なぜ思わないの?』
(無理よっ!!)
『……簡単よ。
TELして本人に聞いてご覧なさい。
「あなたを幸福にするには、どうしたら良いですか?」って。
躊躇せずに、こう言ってくれるわ。
「貴女が私と一緒にいてくれる事です」ってね。
…貴女にも、理解ってるはずよ…?
(…っ、……だから、アタシと一緒になったら…っ!)
『貴女が不幸になったら、彼も不幸になってしまうわ。
……それでも良いの…?』
(…っ!)
『…貴女がどうしても自分を許せないと云うなら、それでも良い。
…ただ、貴女の大好きな一条さんのために、彼を幸福にするために…ちょっとだけ、がんばってみない?
自分を嫌いな、貴女の事を許すの。
自分のためじゃなくて良い。
一条さんを幸福にするために……貴女自身を愛してあげて。
そして、誰よりも幸福に……ううん、二人一緒に幸福になるの……
大丈夫。上井真唯になら、出来るわ…』
※ ※ ※
真唯は、そこでハッと眼が覚めた。
どうやら、転寝をしていたようだ。
けれども、【真唯】さんが言ってくれた事は、一言一句、ハッキリ覚えてる。
左手の薬指にはしっかりと指環が嵌まっていて、どこからが夢なのか現実なのか理解らない。
……だが、そんな事はどうでも良い。
真唯は長い長いトンネルを抜けたような清々しい気分になれた事に、心から感謝した。現金なもので、身体が正直に空腹を訴える。 ……それさえ、嬉しい気分の真唯だった。
家に常備してあるパンで腹ごしらえをして。
猛然と、部屋の大掃除を始めた真唯だった。
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