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本編
No,41 KY商事のチャラ男
しおりを挟む「牧野さん、また、耳弄ってる」
「え? …あ…」
「よっぽど気に入ってるのね、そのイヤリング」
「…っ! …そ、そーなんです!
一目惚れで、つい衝動買いしちゃって…っ!!」
「でも、クリスマスにセルフプレゼントなんて寂しいわよ。
どうせなら『彼氏からのプレゼントなんです』って聞きたかったわ」
「…ハハハ、…残念ながらいませんよ、そんな男性」
あのクリスマス・イヴの夜から二日が過ぎた。
すっかり日常が戻ってきたのだが、明日はもう仕事納め。
……早いものだ。一年など、アッと云う間だ。
仕事が終わったら、自宅マンションに来て冬休みの間中、一緒に過ごそうと一条さんに誘われたのだが、鉢植えの水やりと部屋の大掃除を理由に断った。
あの時の会話が蘇る……
※ ※ ※
ベッドの中、一条さんは真唯を腕に嬉々として提案する。
『なんと言っても、恋人同士になって初めての年始年末ですからね。ずっと一緒にいましょうね。今年から来年にかけてはカレンダー的にもゆとりがあるから、海外でも行きましょうか? それとも真唯さんだったら、温泉でのんびりしたり…ああ、いっそ、奈良へ初詣ツアーもいいかも知れませんね。』
さすが、真唯の嗜好を良く理解っている。普段の真唯だったら……と云うよりも“おひとりさま”で楽しむ分には、実に魅力的なラインナップだ。だが、そこに一条さんが常に一緒となると、微妙に事情は違ってくる。
『どうなさいました? あまり乗り気ではないようですね。』
『……はい…あの…今年は、ああ来年になるのか。家でのんびり過ごしたいんです…すみません。』
『謝る事はありませんよ。貴女がそうしたいとおっしゃるなら、それが最優先です。でも、私と一緒にと云うところは、譲れませんよ?』
『……はい……』
『フフ…可愛いですね。こんな事で真っ赤になって。それでは、仕事納めの日に迎えに行きますから、私のマンションに行きましょう。貴女は十日分の着替えを用意して下さい。』
『…っ! …ちょ、ちょっと待って下さい! 会社から直行ですか!?』
『…会社に大荷物と云うのも、確かに大変ですね。では、貴女のアパートに迎えに、』
『ち、違うんです! あ、あの! …私、鉢植えにお水をあげなきゃいけなくて…っ!』
『では、その鉢植えもご一緒にどうぞ。』
『あの! …大晦日には、大掃除もしなくちゃいけないし…っ!』
『……………』
『……………』
クリスマス・イヴの夜に、はなはだ色気のない事夥しいが、真唯もここで退く気はない。
ベッドの中で睨みあう事、数十秒か、数分か。
……結局、折れてくれたのは一条さんだった。
ハァ~~ッ
溜め息を吐くと、『……より惚れた方の負けなんですよね……』などと、真唯にとっては赤面ものの台詞を吐いてガウンを着ると、続きの間のボストンバックに近付き、何かを取り出すと戻って来た。真唯も起き上がらせ、ガウンを羽織らせる。そして、
『このイヤリングを常に身に付けていると約束してくれたなら、貴女のおっしゃる通りにしましょう。』
そう言って差し出したのは、クリスタルが散りばめられたホワイトゴールドの三日月の中で大粒のムーンストーンが揺れる可愛いイヤリングだった。
『……素敵……』
『気に入って頂けたようで良かった。
これなら真唯さんも、普段使い出来るでしょう?』
『ま、待って下さい! 指環も頂いてるのに、その上こんな素敵なイヤリングまで頂けません!』
『それでは明日から、あの指環をして下さいますか? 勿論、左の薬指にですよ?』
『…っ!』
『貴女が常に身に付けていられる物を贈りたい男心を理解って下さい。』
そんな言い方をされたら、真唯はグゥの音も出ない。
『……了解りました…ありがたく頂戴します。』
箱を渡されて、メーカーがあのハリー・ウィンストンである事を知りギョッとなり、このクリスタルだと思っていたのがダイヤだなんて事はないですよね!? と一条さんに詰め寄るが軽くかわされ、返します! と言うのを、約束を破る気ですか? と論破されたのは、クリスマスの朝の事である。
※ ※ ※
それから真唯は馬鹿正直に、ず~~っとこのイヤリングを付けている。
約束と云う事もあるが、デザインが実に真唯好みなのだ。
(コワイ事は無視する事に決めた。
コレは、誰がなんと言おうとクリスタルなのだ!)
一条さんにホテルから送ってもらい出勤してきた真唯に、職場は一時騒ぎになった。いつもラフな格好しかしてこない真唯が、らしくない服装でアクセなどしていたからだ。
真唯は用意していた言い訳をした。
クリスマス・イヴの夜を一人寂しく歩いていた雑貨屋で、一眼惚れした物がクリスマスセールで安くなっていたのを衝動買いしてしまったと。高級な物に縁がない皆は、真唯の言い訳を簡単に信じた。
だが、そんな真唯の言い訳を一蹴した男がいた。
昼休み。いつものように昼食をデスクで済ませた真唯は文庫を読みふけっていたのだが、外食から戻って来たその男が真唯をかまう。
「マ~キちゃん♪」
「……(馴れ馴れしくチャンづけするな)」
「相変わらず冷たいな~。本、そんなに面白い?」
「……(面白いから読んでるんだ、読書の邪魔をするな)」
あくまで無視を続けていると、軽い調子から一転、少し固い声で話しかけて来た。
「なあ、そのイヤリング…ホントは男から貰ったんだろ?」
……またか…と、真唯は心の中で苦く思う。
この男だけは真唯の言い訳を信じない。
「クリスマスイブの俺の誘いを断り続けてたのだって、その男といたんだろ?」
真唯はとうとう読書を諦めて、その男・北原に向き直った。
「……北原さんには、私と過ごすよりも楽しく過ごせる女性が沢山いらっしゃるからお断りしていただけです。」
「お、やっとこっちを向いてくれたな♪」
「~~~~~(こいつは~~~~~)」
「年始年末はどうすんの? 俺とスキ―かスノボにでも行かない?」
「イヤです。私はおコタでぬくぬくして、寝正月です。」
「……ババクサイよ、マキちゃん」
「アラサーですから。」
「俺だってアラサーよ。」
「男性と女のアラサーは別物です。」
三十歳と云う年齢は非常に微妙だ。女性は嫁き遅れのように言われるが、男性の場合は“男は三十路から”と持て囃される。この違いは一体何なのかと、真唯はコイツを見る度に日本に残る男尊女卑の風潮を嘆かずにはいられない。
真唯にコイツ呼ばわりされている北原啓二郎と云う聊か古めかしい名を持つ男は、俗に言う“チャラ男”である。ただ、そのチャラいキャラを活かし、どんな難儀な現場でも彼がいる場所を華やかにさせ、仕事を円滑にスムーズに動かして行く、32歳のKY商事のホープでもある。
おまけに結構顔も良い。イマドキの容貌であるため、会社の女の子からも人気があり、一部の娘たちはFC化しているくらいだ。その彼がどう云った心境の変化か、少し前から干物女で有名な真唯に眼をとめ、人眼も憚らず口説き続けているのだ。お陰で一部の女の子たちから目の敵にされていて……ホント、勘弁して欲しいと思う。
「ウィンタースポーツがダメなら、初詣行こうよ」
「あんな人混みに挑んで行く勇気はありません。北原さん、私を誘うよりあそこで私を睨んでる娘たちを誘ってあげて下さい。きっと、振袖着て喜んで初詣に来てくれますよ。」
「俺は、マキちゃんと行きたいの!」
ここで、『私はあんたと行きたくないの!』と叫べたら、どんなに楽だろうと思う。真唯は、チャラ男が嫌いだ。生理的に受け付けない。ましてや、一条さんと云う極上の彼氏を手に入れてしまった今となっては、どんな男もアウト・オブ・眼中だ。
……あの指環をしてきたら、この男も諦めてくれるだろうか。
一瞬、キケンな考えが真唯の頭を過ぎるが、すぐに打ち消す。
イヤリング一つであの騒ぎだったのだ。真唯がエンゲージリングなどしてきたら、どんな事になるか。
いや、それよりも怖いのは、相手があの緋龍院建設の一条専務だとバレてしまう時だ。超玉の輿だと騒がれるのは勿論、嫉妬や僻みの渦中に放り出されるだろう。
傍では相変わらず、北原氏が何やら騒いでいるが、その時の事を考えて今から頭痛が痛い気分の真唯にはまったく聞こえていなかった。
※ ※ ※
真唯は知らない。
一条が最初から、指環を真唯が素直に受け取るはずがないと理解っていた事を。
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一条の真の目的は、真唯にイヤリングを渡す事に……それを真唯がずっと身に付ける事にあったのだ。
何故なら、そのイヤリングはGPS機能は勿論、高性能の盗聴器が仕込まれていたのだから。
この北原との会話も、一条が聞いていた事を―――真唯は知る由もなかったのだ。
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