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本編
No,40 真唯と一条さんのクリスマスデート No,6
しおりを挟む一条さんは、身体の辛い真唯をご機嫌でお風呂に入れてくれた。勿論、自分も一緒だ。そして今、二人はバスローブ姿で壁際のベッドに横になり、真唯は再び一条さんの抱き枕になっていた。
再びと云えば、お風呂の中で真唯がつい「一条さん」と呼びかけてしまい、真唯はこのまま二回戦が始まるのではと青くなったが、一条さんは苦笑で許してくれて。男の呼び名は、再び一条さんに戻ってしまっていた。
「…真唯さん…今夜も素敵でしたよ…」
一条さんは真唯の髪にキスの雨を降らせ、称賛を送る。いつもなら、一条さんのそんな言葉には真っ赤になって黙ってしまう真唯だが、
「…一条さんの方こそ…素敵と云うか…とても綺麗でした…」
耳まで赤くしながらも、情事の最中、都会の夜景を背景にした男がとても美しく感じた事を伝えた。すると男はクスッと微笑った。
「オーシャンビューを見ながら愛し合うのも良いと思って、このホテルにしたのですが、セレクトは間違っていなかったみたいですね。お互いに。」
「…お互い…?」
「ええ。都会の夜景を背景に喘ぐ貴女は、聖夜に降臨された雪の妖精のように清廉でありながら、快楽の神のように妖しく私を支配する―――」
「~~~~~」
誰か、この天才的に口の減らない人をどうにかしてくれないかと思う。冗談ならいい。だが、この男性の瞳は200%本気で、『一条さんったら、口が上手いんだから~~』と冗談に紛らわせて逃げる事を許してくれないのだ。
だが。
「……一条さん…ジュピターは男性ですよ。」
つっこみどころを見つけたと思ったのだが、数瞬後には深く後悔した。
「全知全能の神ですよ。
真唯さんは、私にとってそれに等しい存在だと云う事です。」
そして、真唯の左手の薬指にキスを落としながら耳元に囁く。
必殺の低音で。
「……真唯さんは私にとって、運命を紡ぐ女神でもある。
……受けて頂けますか? 私の求婚を。」
―――……どうしよう…?……―――
『迷うことなんかないわよ、受けちゃいなさいよ。
あんたも一条さんを好きなんでしょう?』
恋愛に積極的な真唯に、
『あんたに受ける資格があると思ってるの!?
一条さんを不幸にしたいの?!』
幼い頃から形成された自己否定の塊である“真唯”が文句をつける。
二人の真唯が頭の中でいがみあってる時に、一条さんの微かな歌声が聞こえた。
それは、クリスマスの定番。ワムの「ラストクリスマス」のサビの部分だった。
二人はカラオケなど行った事がない。初めて聞く一条さんの美声に酔いそうになるが……その歌詞の意味が真唯の胸を切なくさせる。
だが、やはり一条さんは一条さんだった。
「私は、この歌の愚かな男のような事はしない。
心のすべてを捧げて、それを捨てさせるなんて。
第一、心のすべてを捧げたと云うなら、それを捨てられれば、その男は生きてなどいられないはずだ。
―――私の心のすべては、未来永劫、貴女のものだ…真唯―――」
……負けた…完敗だと思った。
これ以上、真唯の精神に入りこめる男性なんて、最初で最後だと。
そして、同時に。
あんたに幸福になる権利があるのかと。
あんたみたいなサイテーな人間に、一条さんみたいな素敵な男性と一緒になる資格があると思っているのかと責め立てる“真唯”がいる。
結局、真唯が言えたのは、こんな一言だった。
「少し…考えさせて頂けませんか?」
間髪いれずに追撃がやって来る。
「少しとはどれくらいですか? 1週間? 1ヶ月? 3ヶ月?」
「…っ! 性急過ぎます、一条さん! …私たち、お付き合いし出して間もないんですよ!?」
半ば叫ぶように言う真唯の抗議も、
「そのお付き合いに至るまでに充分な時間があったはずです。
相互理解は充分に深めていると思いますが。」
一条さんの追撃の手は弱まる気配がない。
悩みに悩んで……
「……え~と…1年くらい…?」
真唯の出した答えに、
「真唯さん! 私を焦らして、そんなに楽しいですかっ!?
せめて半年…いや、3ヶ月ぐらいで答えを出して下さい!!」
一条さんの悲鳴混じりの声が、広い寝室に響く。
そこで真唯は考えた。
「それじゃ、中をとって半年はいかがですか…?
丁度、私の誕生月でもありますし……」
その答えに少し考えた一条さんは、
「よろしい。貴女の答えは、貴女の誕生日まで待ちましょう。」
と、妥協してくれた。
そして、真唯の耳元で囁きで聞いて来た。
「…真唯さん…もしかして、ジューンブライドになりたいのですか?」
と。
自分のプロポーズを受け入れられる事が前提な一条さんの言葉に、自分の乙女度を指摘されたような心地になった真唯は猛反撃した。
「一条さん! 半年じっくり考えて、お断りする場合だってあるんですからね!」
と。
しかし、それに対する一条さんの答えは、とても物騒なものだった。
「私の求婚を退けるお心算でしたら、自殺する覚悟でどうぞ。
私は貴女を他の男性に渡す心算など毛頭ありません。
貴女に断られたら、貴女を殺して、私もすぐに後を追います。」
二の句を告げられなくなった真唯は、冗談の笑みの欠片も見当たらない一条さんの瞳をただ呆然と見返す事しか出来なかった。
「……い、一条さん……」
「本気ですよ、私は。こう見えても、結構、闇の世界にも知り合いが多くいますから、その手の事にも詳しいんですよ。
大丈夫。痛みや苦しみを与えるような殺し方はしません。そうすれば本当に―――貴女は永遠に私だけのものだ。」
そう言って真唯をギュウッと抱き締める一条さんに、真唯は【太陽の祭り】に一条さんに殺される自分を想像してしまった。
それは―――なんて、甘美な妄想だろう。
一条さんに抱かれて死ねるのなら、それは真唯にとって、最高の人生の終焉となるだろう。
……それに、自分の誕生日が命日になるなんて、あの身勝手な親たちへの最高の復讐になるに違いない。
そんなズルイ事まで考えてしまった。
「……ああ、ダメです、真唯さん。」
いきなり頬にキスされて、そんな事を言う一条さんに戸惑う。何事かと見上げる真唯を、嬉しそうではあるが、どこか困惑を含んだ瞳が見下ろして来る。
「……私に殺されると云うのに、そんなに陶酔した瞳で私をみないで―――」
その言葉を聞いて納得する。
だって仕方がない。
【死】は真唯にとって、永い間の憧憬だった。
それを愛する男性の手で叶えてもらえるなら―――こんなに幸福な事はない。
……と、そこまで考えて。
ようやく、腑に落ちる。
―――ああ…アタシは本当に、一条さんを…貴志さんを愛しているんだ―――
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