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本編
No,37 真唯と一条さんのクリスマスデート No,3 ※R15
しおりを挟む部屋はお台場のスイートルームに相応しく、素晴らしく眺望の良いところだった。
……だが正直、一条さんの言葉じゃないけれど、彼のマンションのリビングの方が良い眺めだと思う。
そんな思いで一条さんを振り返れば、彼はルームサーヴィスメニューを真唯に差し出してくる。
「このホテルは帝都ホテルと違って二十四時間対応と云う訳ではありませんからね、何か頼むなら早めにした方が良い。食後酒は何になさいますか? カクテル? ワイン?」
だが真唯は、これ以上、一条さんに散財させる心算はない。「何もいりません」と答えるのに、「貴女なら、そうおっしゃると思っていました。」と言って、勝手にトカイワインを注文してしまう。
「…勝手なんだから…」
「真唯さん、お好きでしょう?」
「…好きですけど…」
「だから、良いんですよ」
「……………」
この男性は、真唯を無言にさせる天才だと思う。
ズルくて、智恵がまわって……そして、今まで会った他の誰よりも誠実で―――
トカイワインとは、世界の三大貴腐ワインとして有名で極上の酒は、本当に金色をしている。真唯との二人っきりの時間を邪魔されたくない男は、ボーイをすぐに下がらせ自分で栓を抜き、フルートグラスに金色の酒をそそいでゆく。
そして所在なく窓辺に立ち尽くしている真唯に渡し、グラスを掲げる。
「初めて貴女と過ごせる聖夜に。」
少し考えた真唯は、
「今年も素敵だった、森下さんのクララに。」
天の邪鬼な事を言う可愛い真唯に、一条は笑って。
二人は乾杯をして、ゆっくりグラスをほしてゆく。
※ ※ ※
真唯はふと思った。
考え付いたら、気になって仕方がなかった。
常に“最高”、“一流”にこだわる一条さんが今日に限って、このホテルをおさえた意味を。
だが―――
疑問を振りきるように、真唯はグラスを窓辺のテーブルにおいて、自分の荷物に走った。 ……正直、この雰囲気の中、コレを一条さんに贈るのはすごく抵抗がある。だが、折角、選んだプレゼントなのだ。
――― 一条さんのために―――
「…い…た、貴志さん。
…これ、リザさんのお店で買った物なんです。
完全に私の趣味だから、貴志さんに気に入ってもらえるか自信がないんですが…良かったら、貴志さんのあの部屋で使ってもらえたら嬉しいです。 …一緒に…」
一条さんに向かって押し付けるようにしてしまったソレを、彼は嬉しそうに受け取ってくれた。
「……ありがとうございます。感激ですね…貴女から頂けるクリスマスプレゼントなんて。 …しかも、一緒に使える物なんですか?」
「あ、開けてガッカリしたって知りませんからね!」
「そんな事は200%ありえませんよ。貴女の趣味の良さは、私が一番良く存じ上げてますからね」
「…っ! ごたくはもういいですから、早く開けちゃって下さいっ!!」
「はいはい。」
そして一条さんは、リザさんがしてくれた綺麗なラッピングを丁寧に解いてゆき……そして、固まってしまった。
一条の動きと表情が完全に固まってしまって、真唯はこれ以上彼を見ていられずに俯いて……遂には逃亡すべく身を翻した。「すみません!私、先にお風呂いただきます!」
だが、その逃亡はあっけなく失敗に終わった。
予想を遥かに上回る、これ以上ない嬉しい贈り物をもらって感激している男性によって。
「…真唯さん…これは、これからも私と一緒にいたいと云う、貴女の意志の表れだと思っていいのですか?」
「…っ! …あ、あの! それほど深い意味は…、ただ、そのマグカップがあんまり素敵だったので…っ」
「ですが、ペアなんですよ?」
「だ、だから、気に入ったマグカップが、たまたまペアものだっただけで…っ」
「そんな言い訳が、私に通用すると思っているのですか?」
真唯から受け取ったプレゼントを二つのトカイワインのグラスの横に置いて、後ろから一条は真唯をその腕の中に閉じ込めていたが、その彼女の顔を仰向かせて、あの天空に浮かぶ箱の中でとは違い、すぐに口唇を合わせた。
真唯もそれ以上は、無駄な抵抗はしなかった。
……真唯だって本当は、少しでも長く一緒にいれたらいいと思っているのは、紛れもない事実なのだから……
少し無理な体勢ではあったが、一条さんが真唯にあわせて屈んでくれているので、それほど苦しくはない。だから真唯も両腕を伸ばし、一条さんの首にすがりついた。そして歯列をなぞり、真唯の舌を起こし絡み合わせて来る舌に積極的に応えた。
―――黄金の酒の味がする接吻―――
その濃密さに……真唯は酔わされた。
※ ※ ※
「危ない、危ない……」
真唯の唇の魅惑から何とか逃れた男は、小さく息を吐いた。 ……本当ならこのままベッドへ雪崩れ込み、押し倒してしまいたい風情なのだが、その前に男には大仕事が待っている。
腕の中の可愛い生き物は、頬を赤くし、呼吸を喘がせている。
……大丈夫だ。
彼女も、本当は望んでいるはずだ。
彼女の自己否定のストッパーさえ外す事が出来たら……
男は決意を込めて、懐に手を伸ばした。
……黒笑みを浮かべながら―――
※ ※ ※
優しくキスを解かれた真唯は安心した。今夜はシャワーを浴びる時間をもらえそうだ。このホテルに泊まるのは初めてではないが、スイートルームは初めてだ。折角のアメニティも楽しみたい。 ……一条さんが乱入して来なければ、だけど。
小さく笑った真唯は、まだ一条に後ろから抱き締められていたが、真唯がのん気にしていられたのはここまでだった。
何故なら。
後ろから差し出された一条さんの掌の上に、月の光をはじく指環が乗せられていたからだ。
「…次は真唯さん。私からのクリスマスプレゼントを受け取って頂けませんか?
この天然石は、貴女の守護石のはずです。
エンゲージリングとして、受け取って頂きたいんです…貴女に。」
真唯は呆然として、ただ一条さんの手の上にある指環を見つめる。
真唯の状態が理解っている男が、真唯の左手を取り、その細い薬指にキスをする。
「この指環を貴女の薬指に嵌めますよ。 …いいですね?」
そうされて、真唯はやっと我に返った。慌てて、一条さんから自分の手を奪い返し握り締めて、ついでに背中を丸め小さく縮こまってしまう。
「…受け取れません! そんな大事な物。 …クリスマスプレゼントの範疇を超えていると思います!」
クスリ
後ろから一条さんが笑った気配がして、さっきのキスのように抱き込まれる。
だが、真唯にとっては全然笑い事じゃない。
それに、ムーンストーンの周りの石……ダイヤじゃないだろうか?
こんなプレゼント……重過ぎる。
第一、一条さんは、この石の意味……理解っているのだろうか?
知っているはずがない。知っていたら……アタシに渡せるはずがない。
「……一条さん」
随分、無言でいた真唯がやっと口を開いた。
「なんですか?」
真唯を説得するわけでもなく、ただ真唯を抱き締めていてくれた一条さんが優しく問い返して来る。
「その石…どうして私の守護石が、月長石だって理解ったんですか?」
「ああ、リザに聞いたんですよ」
あの博識の女性の名を出されて、ドキリとする。真唯以上に、そう云う事に関する事に詳しい女性に話を聞いたのなら、もしかして……
「……あのね、一条さん。
ムーンストーンって精神を穏やかにさせる効果があるって有名な石だけど…他の意味があるってご存知ですか?」
「“恋人たちの石”や“愛を伝える石”としても有名らしいですね。」
一条さんの言葉を聞いて、(ああ、やはり)と思う。一条さんに深い意味はないのだ。でも、あまり一般に知られていない意味を知っている真唯には辛い。それに何より、将来を約束するものなど貰えないと強く思う。
「……一条さん、やっぱりこれは……」
『頂けません』と、そう続けようと思った真唯の言葉を遮ったのは、頬へのキスと共に降って来た一条さんの言葉だった。
「……それから、もう一つリザは意味を教えてくれましたよ。
実は、この意味があったから、わざわざムーンストーンを選んだのです。」
それは、真唯が憧れて―――だが、自分の手には入らないと……いや、自分が手に入れてはいけないものだと戒めているものの名前だった。
―――“永遠の愛”だなんて……私と真唯さんに、これ以上、相応しい石はないでしょう?―――
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