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本編
No,35 真唯と一条さんのクリスマスデート No,1
しおりを挟む「…い、いちじょ…じゃなかった、貴志さん!
ホントにアレに乗るんですか!?」
「う~ん、限りなくアウトに近いセーフでしたね。」
「…た…貴志さんってば!!」
ニッコリ
「ええ、そうですよ。
私は真唯さんと、一回、乗ってみたいと思っていたんですよ。」
「で、でも、すごく並びますよ! 見て下さい、あの列っ!!」
「まあ、カップル御用達の乗り物ですからね、仕方ありませんよ。
ましてや今夜は、クリスマス・イヴなんですから。」
そうなのだ。
一条さんがあんなにこだわったイヴの夜はアッと云うまにやって来のだった。
※ ※ ※
予告通りにアタシが定時で上がったのを迎えに来てくれたこの男性が、何時にあの巨きな会社を抜けて来たかなんて考えるとコワイ事は丸っと無視させて頂いた。今夜の一条さんは、いつにも増して素敵で反則だと思うくらい格好良い。ブラックのピュアカシミヤロングコートをお召しで、中折れ帽を被ってらっしゃるのだ。タータンチェックのマフラーは多分、バーバリーだろう。英国紳士のような出で立ちが嫌味なく似合っていて、一条さんの貴族的な雰囲気の魅力を引き立ててさえいる。彼の愛車【キット】に乗り、先ず連れて行かれたのは、やはりと云うかリザさんのお店で。だが、先日会ったばかりなので、彼女はもう衣装を用意してくれていた。
首元や袖口、裾にファーをあしらった、真っ白なミニスカ・ワンピ。
……見てる分には、非常に可愛いのだが……
「……リザさん……こーゆー服は、十代や二十代のオンナノコの着る物であって……」
「何言ってんの! 真唯ちゃん、童顔だから、まだまだ二十代でいけるわよ!!
絶対、似合うから!このリザさまを信じなさい!!」
「………………」
口でリザさんに勝てるはずもなく。
言われるがまま着てみたが、白いタイツにファー付きの白いショートブーツを履き、白いモコモコの帽子を被ったアタシはどこから見ても……
アタシを見て呆気にとられているような一条さんに、言われる前に言う。
「……なんか、雪だるまにでもなった気分です。」
ところが“真唯溺愛フィルター”をお持ちの一条さんの意見は、相変わらずブッ飛んでいた。
「雪だるまなどと、とんでもないっ!
雪の女王が若返って、姫君になったように愛らしい!!」
「………………」
一条さんの瞳にそう見えるなら、それでいいやと開き直った。
だが。
「リザッ! 確かに真唯さんにとても良くお似合いだが、この脚線美を人前に晒すのは我慢出来ん!!」
「コートを脱がせなきゃいいんだから平気よ。」
「だが、ホテルのディナーがあるっ!!」
「……ルームサーヴィスにしたら?」
「………………」
本気で検討している一条さんに、これ以上、小っ恥ずかしい会話を聞かせられるのはご免だった真唯が、我慢出来ずに口を挟む。
「一条さん! ほら! 今日はどこへ連れて行って下さるんですか? 当日までのお楽しみだと言って、何も教えて下さらないから、少々不安だったんですよ、私。」
方向転換を図った真唯の言葉に、一条さんは返事をしてくれなかった。
「……一条さん?」
小首を傾げたアタシに、一条さんは何とキスを見舞ってくれたのだ!
「……っ!!」
慌てて一条さんから距離をとるアタシ。ただ唇を軽くあわせるだけのバードキスだったけど、人前でされたソレは衝撃的だった。けれど、「何すんですか!?」と喚いたアタシに、一条さんはそれ以上の爆弾を落としてくれた。
「お仕置きです。」
「はあっ!?」
「今夜、私を名字で呼ぶのは厳禁です。必ず名前で呼ぶ事。
でなければ、お仕置きとしてキスします。」
「そ、そんなっ!!」
「この記念すべき恋人たちの夜に、“一条さん”なんて呼ばれる身にもなって下さい。」
こうして真唯は、“一条さん”と呼ぶ事を封印され、呼んでしまったらキス一つと云うお仕置きが待っている、何ともスリリングな一夜を過ごす事になってしまったのである。
そしててっきり、いつものように帝都ホテルに向かうものと思っていた真唯は、彼が自宅方面へ車を走らせている事に気が付いた。このまま、一条さんの部屋で過ごすなら万々歳だが、彼は『ホテルのディナー』と言っていた。お台場には大きなホテルが二つある。一条さんなら設備の面からしても、ホテル日航東京だろうと思っていたのだが、一条さんが選んだのはもう一つの方のホテルだった。
“ヨーロピアン調”を謳うそのホテルは、ロビーに青と金のリボンでシックにデコレイトされた大きなクリスマスツリーが飾られていて、クリスマスムードを盛り上げていた。
当然の如くスイートルームを予約していた彼は、ボストンバッグを部屋に運んでおくように指示していたが……その中身を考えるのは今はやめておいた。 ……疲れるだけだから。
そして、夜のお台場の街に繰り出した真唯と一条だったのだが……
少し歩いただけで、真唯は何だかもう帰りたくなってしまった。
何故って……
街全体がクリスマスイルミネーションの洪水だったから。
こんな光景は、“おひとりさま”を目指している干物女には眼の毒だ。
自分の肩を抱く男を思わず見上げて……次の瞬間、見なければ良かったと後悔した。
彼の視線があからさまに、他のカップルの……もっとハッキリ云えば、女性ばかりを見ているのだ。
……無理もないと思う。
彼も正常な男性だ。
十代、二十代のイマドキの若い女の子に眼を奪われてしまっても……彼に罪はない。
……ただ、出来るなら……真唯には気付かれないように、気を使うくらいの事はして欲しかった……
切ない想いのまま、現在、彼の腕の中にいるのは自分だと主張するように、真唯は彼の腕に自分の腕を絡ませて身を寄せた。この極上の男の隣にいるのを許されているのは、真唯なのだと―――皆に知らしめるように。
だが、しかし。てっきり迷惑がられるだろうと思っていた真唯の仕草は、酷く男を喜ばせてしまった。
「…真唯さん! 嬉しい事をして下さるっ!
…これも、クリスマスの魔法でしょうか?」
などと言って、真唯をギュッと抱き締めたのだ。
男の態度は、酷く真唯を困惑させた。
……どういう事だろう?
……たった今まで、若い娘たちに眼を奪われていたのに……
だが、次の男の台詞でその謎が解き明かされる。
「それにしても…さっきから見ていたのですが、やっぱり他の女どもとは比べ物になりませんね。私の真唯さんが一番可愛い。この聖夜に貴女を独り占めしている私は、世界中で一番幸運な男ですよ。」
一条が他の女性を見ていた真意を改めて知り、真唯は自分の想いと行動が酷く恥ずかしくなってしまった。慌てて一条から離れようとしたのだが……二本の頑丈な檻の中はとても暖かくて……真唯は身動き出来なくなってしまった。
そんな真唯を一条が、「すみません、真唯さん。このまま抱きあっているのも捨てがたいのですが、実はちょっと行きたいところがありまして…」と真唯に、ゆりかもめの乗車を促し。やって来たのが、パレットタウンの大観覧車であり……冒頭の台詞となるのである。
※ ※ ※
一条さんは尻ごみする真唯の手を握り、行列に向かってどんどんと歩いて行く。
「…い、いち…た、貴志さん! 待って下さいってば!!」
「ほら、早く行って並ばないと、ディナーの時間に間に合わなくなってしまいますよ。」
「だ、だったら、早くホテルに帰ってディナーを頂きましょうよ!!」
「折角、ここまで来たんですよ。 …私の長年の夢を叶えては頂けませんか?」
『それは是非とも、他の女性とで叶えて下さい!』
喉まで出掛かった言葉を辛うじて呑み込んだ自分を誉めてやりたい。ここまでこだわるのだ。きっと一条さんは、真唯と一緒に乗りたいのだろうから。渋々と並んだ真唯に、一条さんの気使わし気な声が聞こえた。
「…もしかして真唯さん…本当は、こんなオジさんと乗るのがイヤなんですか?」
「…っ! そんな事、ありません!
私、一条さんをオジさんだなんて思った事など、一度もありませんっ!!」
しまった! と思ったものの、機嫌の良い男は笑って真唯の失言を許してくれた。
「お仕置き…といきたいところですが、嬉しい事を言って下さった事だしチャラにして差し上げますよ。」
助かった……と、とりあえずは安心した真唯だが、気になったので重ねて言った。
「あの…私、ホントに…オジさんだなんて思った事、ありませんよ?」
背の高い一条を見上げて一生懸命言い募る真唯が、男の眼にどんなに可愛いらしく写っているか、本人にはまったく理解っていない。
「それは嬉しいのですが…だったら、どうしてそんなにイヤがるのですか?」
「そ、それは…単純に恥ずかしいからです……」
「だから、どうして?」
「……だって、みっともないでしょう?
……アラサーの女が、こんなカッコして恋人と観覧車だなんて……」
「それをおっしゃるのなら、私はアラフォーですよ?」
「いち! …じゃなかった!
……貴志さんはいいんですよ! 渋くて格好良いんですから!!」
若いカップルばかりが楽し気にしている場所に自分ばかりが酷く不似合いで、横にいる恋人に小声で抗議する声も、その感情の波に左右されるように盛大に乱高下してしまう。
一条さんはいいのだ。そこに立っているだけで、他を威圧する存在感がある。若い娘たちも、こんな処に並んでいるセレブな渋いイケメンに、彼氏そっちのけでボ~ッと見惚れて。だが、その彼の隣にいるチンチクリンの真唯を見る度に『なんで、こんなオバサンと一緒にいるのよ!?』とばかりに睨まれてしまうのだ。
……真唯は知らない。そのセレブなイケメンによって磨かれたであろう、あまりに似合いの女性を連れているがゆえに嫉妬の眼差しで見られているだけの事なのだが、自己評価の低い真唯にはそんな事は考えも及ばないのだ……
そんな真唯を何とも複雑そうな表情で見守る一条は、もう余計な事は何も言わずに。海風から真唯を守るように、その長身で風を防ぎ、隣にある小さな手を自分のコートのポケットに入れた。入れた瞬間だけあらがう素振りを見せた真唯も、一条が強く握り締めると諦めたように無言で一条のするに任せた。
陽気なクリスマスソング、聞いているだけで笑顔になりそうなディズニーのクリスマスメドレー、メロウなクリスマスの定番の曲が流される中、往年の流行歌に真唯が反応した事だけが、いやに一条の中の何かを刺激したのだった―――
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