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本編
No,25 真唯の告白
しおりを挟む「ご馳走さまでした! とっても、美味しかったです♡」
「お粗末さまでした。真唯さんは、いつも本当に美味しそうに召し上がって下さるので、作り甲斐があります。」
一条さんの家には食洗機があるが、せめてこれだけはと毎回食器を洗わせてもらってる。そのためだけに、いつもの間にか用意されていたエプロンには驚き呆れたけれど。
今、一条さんは、私のお土産の珈琲豆をミルで挽いてくれている。
ごくたまに、一条さんはこうして自らミルを挽いてドリップして、珈琲を淹れてくれる。そんな時に使うのは、ロンドン出張で買って来てくれたWEDGWOODのカップだ。種類の名前は不明だ。裏に、WEDGWOODの文字とボーンチャイナ、メイド・イン・イングランドとしか書かれていないからだ。でも、オールドノリタケにも通じるアンティーク調のそれを真唯はとても気に入っている。
真唯が食器を洗い終わりソファーに戻ると、一条さんはペーパードリップをしている最中だった。
「すみません、もう少しお待ち下さい」
「お気になさらないで下さい」
一条さんに言った言葉は、お義理ではない。
真唯は、この珈琲が抽出される時間が大好きだった。
リビングに大きなテレビがあるが、真唯と一緒にいる時は一条さんはアタシに気を使ってつけない。特にCDもかけていないので、部屋は殆ど無音。聴こえて来るのは、エアコンの稼働音くらいだ。
真唯がそっと眼を瞑ると、ポトリポトリと一滴一滴、珈琲が落ちてくる音が聴こえる。
―――こういうのが……本当に贅沢な時間って言うんじゃないかな……―――
穏やかに流れる時間を心地好く感じていた真唯は、そんな自分を見つめる優しい一条の視線に気付く事はなかった。
食後の珈琲にしては贅沢なそれを、真唯は存分に楽しんだ。
薫り高い円やかな味は、ブラックでも充分に美味だった。
「江ノ島は随分、楽しかったようですね?」
「はい、とっても! 生しらす丼と珈琲は絶品でした♡」
「…胃袋で気に入ったんですか?」クスクス微笑う一条さんに、
「あ! 勿論、八臂弁財天様と富士山も最高でしたよ!!」からかわれている事が理解っていても、ついムキになってしまう。
「……私も貴女と同じ物を見て、同じ物を感じたかったですよ……」
ポツリと呟かれた言葉に、一条さんの100%の本気を感じるのは、真唯の自惚れではないはずだ―――
一条さんの言葉に勇気を得た真唯は、今こそ話す時だと感じて……穏やかな時間を壊す覚悟を決めた。
「……一条さん。私…私もそう感じました。
……私…一条さんが好きです……」
「真唯さんっ!」
抱かれている時でも、束の間の睦言でも、愛の言葉を告げなかった真唯の初めての告白に、興奮した一条は思わずソファーを立ち上がったが、それは鋭い真唯の声に阻まれた。
「すみません! そこにいて下さいっ! こっちには来ないで下さいっ!!」
思いの他、真剣な真唯の瞳にその場を動けなくなってしまった一条だったが、絞り出されるように出て来た声は切なげな想いに溢れていた。
「……どうしてですか、真唯さん!
……こんなに貴女を抱き締めたいのに…っ!!」
「―――私には、まだ、その資格はないから…―――」
真唯の言葉をすべて記憶していると豪語している男は、その言葉の中に秘められた希望にすぐに気付いた。
「……“まだ”と云う事は何らかの条件を満たしさえすれば、貴女は私の愛を受け入れて下さると解釈してよろしいのですか?」
どんな言葉尻も逃さぬような男は流石は大会社の役員だけの事はあると、また明後日の方向の事を考えそうになった真唯は意志の力でそれを修正した。
「……折角、淹れて下さった珈琲が不味くなるような話題なんですが…聞いて頂けますか……?」
「……勿論ですよ…貴女の言葉でしたら、何でもお聞きしたい。」
それから真唯の、長い打ち明け話が始まったのだった――――――
※ ※ ※
私ね、一条さん。
両親のお陰で、恋愛や結婚に夢も希望もまったく持ってないんです。
それどころか、自分の存在自体が疎ましくて……何度、自殺を考えたか理解りません。
「完全自殺マニュアル」と云う本をご存じですか?
あれを購入して、学生時代はお守りのように持ち歩いていました。
……その気になれば、いつでも死ねる……逃げる事が出来るんだって。
死後の世界の存在…業の事、魂の不滅を信じていなければ、とっくに実行していたでしょうね。
ああ、親に愛されていなかったとか、そー云う事ではありませんよ?
むしろ、【牧野】の家の一人っ子として、人一倍の愛情はそそいでもらったと自覚してます。
……でも、その“愛情”が問題だったんですよ……
……その辺の事情は、今は勘弁して下さい。そう簡単に理解ってもらえる話でもないんで……ああ、だから父親から【秀】の字をもらった自分の名前も大嫌いです。
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とにかく私は、両親の歪んだ愛情のお陰で、自分の生を呪い、自分の中に流れる血を嫌悪しました。
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……きっと、私は自分の子供を愛するどころか、憎んでしまうでしょうから……
私、自分の子供は欲しくないんです。
絶対に。
……お理解りですか、一条さん?
……貴方が私を選ぶ限り、貴方は我が子を望めないんです。
一条と云う名家にとっては……跡取りが出来ないなんて、致命的でしょう…?
―――これでも……私は、貴方の胸に飛び込む事が許されますか?……―――
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