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本編
No,22 一条さんからのお誘い
しおりを挟む帰りは江ノ電に乗るか、真剣に迷った。
だが、夕景に沈む江ノ島が見えるのなら未だしも、辺りはすっかり暗くなってしまっている。それに早く帰って、ブログにアップする文章をまとめたい。
結局、またモノレールを使った真唯だったが、帰りの駅で路線図を見た時。
―――そうだ……今日は、江ノ島に来るか、鎌倉に行くか、結構迷ったのよね……―――
正直、真唯は、あまり八幡さまが好きではない。でも、あの小町通りは心惹かれるし、何より【おざわ】の玉子焼きが食べたかった。
そして、北鎌倉。
あれこそ、古都・鎌倉だと思う。
建長寺に円覚寺、そして円応寺に行ってみたかった。あそこには珍しく、地獄の十王すべてのお像があるのだ。それに【去来庵】のビーフシチューと御飯のセットはやはり捨て難い。
いいや、またの機会にしよう。
円覚寺は白木蓮の季節も素晴らしい。来年の事を言うと鬼が笑うと言うが、四天王にふんづけられてる邪鬼さんにせいぜい笑って頂く事にして。真唯は鎌倉への未練を断ち切って、都内へ向かう切符を買った。
今日はトコトン贅沢をしたい気分だったので、駅前の24時間スーパーに飛び込んで、お寿司を買った。ついでにビールかワインでも買いたかったのだが、文章を創るためにはアルコールはご法度だ。夜食のお供に、コンビニスイーツのロールケーキも購入、意気揚々と帰宅した。
だが、そんな真唯を待っていたのは、一条さんからの留守録メッセージだった。
三件、入っていて、最後のは悲鳴に近くなっている。これはヤバイと思った真唯は、夕飯も後回しにして、先ずは連絡をとる事にした。さすがに【インカローズ】へのお水は忘れなかったが。
『ああ、真唯さんっ! 心配しましたよ!! 江ノ島へ行くと伺っていましたから、貴女の事だ。夢中になっていたのでしょうが、この時間は遅過ぎます!!』
真剣に心配してくれる様子が、面映ゆくも嬉しい。
「大丈夫ですよ~~。残業で、もっと遅くなる時だってあるんですから。」
嘘も方便。真唯の務めるKY商事では、経費削減のため、極力、残業をさせないようにしている。
『まったく、貴女と云う女性は…これだから、眼が離せないんです。』
真唯の嘘に騙されたふりをしてくれた男性は、軽い溜め息で真唯を許してくれた。
『ところで、江ノ島はいかがでしたか?
今日は天気も良かったので、気持ち良く楽しめたのではありませんか?』
「そーなんです! 今日は富士山も見えたんですよ♡」
『それは、それは。ラッキーでしたね。』
「ええ! そーだ、備屋の珈琲豆と…それから、辺津宮で御守りを授与して頂いたんです…一条さんに。」
『…っ! …真唯さん…ありがとうございます…』
真唯が、“お土産”に御守りを授与して頂かない事を知っている男性は、一瞬絶句し……それはそれは嬉しそうに微笑んだ声で礼を言ってくれた。
「どっちも腐るものじゃないから、いつでも大丈夫ですよ! 今度、お会い出来る時に渡せれば……」
一条を気遣った陽気な真唯の声を、本人が遮った。
『……貴女は平気でも、私は大丈夫なんかじゃない。
……逢いたい…真唯―――』
たちまちの内に、淫靡な熱をまとった声音に、真唯の精神と身体はフリーズした。
黙ってしまった真唯に、男は続ける。
『本当にようやくですが、やっと時間がとれたんです。これも江ノ島の弁財天さまのご利益でしょうかね? 明日の十時頃、お迎えにあがります。久し振りに私の手料理をご馳走しますから、楽しみにしていて下さい。』
手料理と云う事は、自宅へ招くと言っているのだ。
脳までがフリーズしそうな心地のまま聞いた声は、通話が切れた後も、いつまでも真唯の中でリフレインしていた。
―――御守りのお土産、本当にありがとう。 ……愛してるよ、真唯。今夜は私の夢をみて眠っておくれ―――
まだ一条の熱が残っているような受話器を見つめ……真唯は静かに電話を切った。
それからの真唯は呆ッとしてしまって、機械的にお寿司の夕飯を食べたが、味なんか分からず。ロールケーキは、お預けとなった。勿論、文章なんか、綴れやしなかった。
だが。我に返った真唯の行動は早かった。
ソファーベッドの上に、なるべく女性らしく見えるような洋服を並べ、明日のために組み合わせをあれやこれやと悩みだしたのだ。これがまた、女子力0を自任する真唯にとっては殊の外、難事業だったのは云う間でもない。
その難事業をこなした後は、それにあわせたアクセのセレクトだ。バッグは迷わなかった。その昔、パリのLANCEL本店で購入した一番良い物を引っ張り出して来た。
何を忘れてもこれだけは忘れてはいけないと、辺津宮で授与して頂いた御守りをバッグに忍ばせて。
いつもの温泉の入浴剤に、フツーのスーパーで安売りしているボディソープとシャンプー(リンス入り)を使ってお風呂に入った真唯だったが、下着はどうするべきか真剣に悩んでしまった。いつものスポーツブラにすべきか、はたまたリザさんのところで一条さんに買ってもらったオサレなものにするべきか……
一条さんのマンションには何回もお邪魔した事はあるが、明日はあの夜以来の…初めての“お家デート”なのだ。悩みに悩んで……結局は、リザさんが真唯に似合うと言ってくれた、ピンクのめっさカワイイ、ショーツ&ブラを選んでしまった。
―――なんだか、期待してるみたいで……すごくイヤらしくない?―――
悶々としてしまった真唯は、いつもの珈琲の代わりにホットミルクを作った。蜂蜜を入れて……少しでも落ち着いた、安らかな眠りが訪れるように。
だが、そんな願いも虚しく、江ノ島で感じた事、想った事、そして……決めた事。
それを決行すべき日が、こんなに早くやって来てしまった事に……ココロの中で絶叫した。
(一条さんの馬鹿ァーーーッ!!)
―――まだまだ、干物女からの卒業は、出来ない運命の真唯であった―――
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