IMprevu ―予期せぬ出来事―

天野斜己

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本編

No,18 サラスヴァーティー女神

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この江島神社には、仏像好きの真唯を狂喜させるお像がある。

それが、この辺津宮の横にある【弁天堂】に奉納されているのだ。
正式名称を【奉安殿】と言い、法隆寺の夢殿をモデルとした八角堂となっている。
拝観料を払って、中に入る。

外には観光客が溢れていると云うのに、中には数人の人しかいない。
みんな、お金を払ってまで中に入ろうと思わないのだろうが、勿体ないと毎度のこと思う。



ここには“裸弁天”と有名な【妙音弁財天】さまと、それより真唯の大好きな【八臂弁財天】さまがあらっしゃる。順番を待って、お像の前の小さな鐘をつき、ご真言を唱え、今回のご縁に感謝を捧げる。

お像の右手には「刀」、左手には「宝珠」、後ろに六本の手があり、それぞれに「弓」「矢」「 独鈷」「鍵」「車輪」「戟」を持つ姿で表され。手が八本あることから八臂弁財天といわれ、重要文化財に指定されている。
琵琶を持ったお像が普通だと思われがちだが、昔は頭の上に蛇の形をした宇賀福神さまをのせたお姿や、このようなお姿が一般的だったのだ。
このお像は、源頼朝が鎌倉に幕府を開く時、奥州の藤原秀衡調伏祈願の為、 文覚上人に命じて造らせたといわれている。この点、真唯は許せないものを感じている。奥州で平和に暮らし、人々の為に尽くした藤原氏を何が“調伏”だ!! と。あの輝かしい平泉文化を作ったのは、他ならぬこの藤原氏だと云うのに。
だが、この頼朝の開いた鎌倉幕府が、武士の時代があってこそ、真唯の大好きな運慶や快慶の活躍出来る場があったのだと思うと複雑だ。だが、まあ、 江戸時代には、八臂弁財天は勝運守護の神様として武家から庶民にいたるまで広く信仰を集めていたと云うのだから、まあ良しとしてやろう。(何さまだ、偉そうに/一人ボケ突っ込み)。

妙音弁天さまは、いつ見ても艶めかしい。正直、真唯にはエロ過ぎる。
だが、女体の神秘を現すように、アノ部分まで作られていると云うのだから、おろそかにしたら罰が当たる。

そして、次にその右にある八臂弁財天さまをじっくり拝観させて頂く。
鎌倉初期の作品と言われるこのお像の前に立つ度に、再びのご縁を頂けた事に感謝の念が湧きあがる。

弁財天は、もともとインドのヒンドゥーのサラスヴァーティー女神じょしんがその原型となっている。
サンスクリットでサラスヴァーティーとは水(湖)を持つものの意であり、水と豊穣の女神であるともされている。インドの最も古い聖典【リグ・ヴェーダ】において、初めは聖なる川、サラスヴァーティー川の化身であった。流れる川が転じて、流れるもの全て(言葉・弁舌や知識、音楽など)の女神となった。
ヒンドゥー教の創造の神・ブラフマーの妻でもある。そもそもはブラフマーが自らの体からサラスヴァーティーを造り出したが、そのあまりの美しさのため妻に娶ろうとした。逃れるサラスヴァーティーを常に見ようとしたブラフマーは自らの前後左右の四方に顔を作りだした。さらに、その上に5つ目の顔ができた時、その求婚から逃れられないと観念したサラスヴァーティーは、ブラフマーと結婚し、その間に人類の始祖マヌが誕生した。


……アタシも、あなたさまほどの美しさがあれば、堂々と一条さんの傍にいられるかも知れませんが……

……それに、一条さんとの子供なんて、アタシには考えられません……



――――――弁財天さま…アタシに【道】をお示し下さいませ――――――




真唯は揺れる精神こころを鎮めるために、永い間、その二つのお像から離れる事が出来ないでいた。



立ち去り難いものを感じつつ、真唯は弁天堂を後にした。
いつものように、商魂逞しい(笑)、妙音賽銭箱の音を楽しむ心の余裕はなかった。


外に出ると、白龍を祀った泉があるが、真唯はいつもの如く素通りさせて頂く。
真唯には、その昔、銭洗弁天で洗った五円玉があるからだ。


次は、第二の宮【中津宮】を目指す。ここからもエスカーが出ているが、真唯は無視した。何故なら、真唯には是非とも逢いたい大木があるからだ。
数年前の台風によってやられてしまった木々の痛々しい切り株を見ながら、真唯はゆっくりと自分のペースで歩く。ヨットハーバーが見える休憩所まで来れば、後もう少しだ。

そして。
台風によって折れてしまう樹もある中、その大樹は、今年も真唯を優しく迎えてくれた。

(あ~ん、お久し振り~~。逢いたかったよ~~♪)と、真唯が人眼も気にせずに思いっ切り抱き付いたのは、密かに【トトロの樹】と呼んで懐いている、樹齢数百年か、あるいは千年にも及ぼうと云う大木だった。樹の詳しい種類は理解らない。しかし常緑樹のようで、いつ来ても常に青々とした葉っぱを茂らせていた。

その樹はいつもどっしりと構えていて、真唯を安心させてくれる。

この樹は、真唯の理想だった。

こんな風に、大地に根をどっしり下ろして、そして逞しく独りで生きてゆきたい―――と。


でも。こんなアタシを愛してくれる男性ひとが現れてしまった。

あの男性ひとはアタシを甘やかす。
それこそ、一人で立ってはいられなくなるほど……
アタシは、それが怖い……



真唯は、愚痴を他人ひとには漏らさないよう、特別留意している。

己の口から出る言葉、音にはのせずとも自分から発信する文章については特に。
言葉には霊魂が……【言霊】が宿る。

真唯はそれを信じている。



だから、弱音は特に言葉にはしないようにしている。


……こうして、自然に向かって心の中でこっそりはくのが、せいぜいだ。



―――【トトロの樹】さん……どうか、アタシに、あなたのパワーを……大地のパワーを分けて下さい―――



真唯の後ろを通り過ぎる人々が、『この人、なんかヤバイ人なんじゃ…』と心配になるほど長い間、真唯はただ黙って木にしがみついていた。

そして【中津宮】の市寸島比賣命さまに参拝させて頂いたら、残るは【奥津宮】だけなのだが、真唯にはその前に寄りたい処があった。







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