IMprevu ―予期せぬ出来事―

天野斜己

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本編

No,3 真唯、部屋で一人沈考ス

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「ただ今~、インカローズゥ~。
待っててね~、今お水あげるからね~」


一人暮らしのくせにこの台詞は、傍から人が聞いていたら結構コワイものがあると思うが、我が家にはレッキとした同居人がいる。
東側の日当たりの良い出窓に飾られた鉢植えさん。
江原さんを信じているアタシは、このアパートに引っ越して来て以来、部屋に緑を欠かした事はない。今年の酷暑も乗り切ってくれた健気な【彼女】は、秋に入っても元気にその可憐なピンク色の花を咲かせてくれている。
インカ帝国が好きで、天然石が好きで、ピンクの花だから、このコの名前は【インカローズ】だ。我ながら安易なネーミングセンスだ。いや、その前に鉢植えに名前をつけるか! と、一人ぼけ突っ込み(苦笑)。

他人ひとから“変な人、変わった人”と呼ばれる事に快感を覚えるアタシは、ブログでも独特の日付を使っている。中南米の、特にインカ帝国の文明が大好きなアタシは、その関連の本は読み漁っていて。その知識はパネェと自負がある。だから、インカ帝国で使用していたカレンダーの月の名前をそのまま使っていた。

特に大好きなのが、6月。



【インティ・ライミ】



インカの公用語【ケチュア語】で、「インティ」は“太陽”を、「ライミ」は“祭り”を意味し、インカ帝国で使われていたカレンダーにおいては、6月そのものを意味した。

そして、もう一つ、特別な意味がある。
それはインカ帝国において、太陽神でもある最高神【ヴィラコチャ】に太陽の恵みを感謝する、1年に1度・6月24日に皇帝主催により開催される最も盛大な祭りを【インティ・ライミ】と云うのだ。

“太陽の子”と言われたインカ皇帝が黄金の輿に乗り、人々の前に現れ。
“太陽の処女”アクヤクーナが聖なる酒・チチャや収穫物を捧げ。
太陽の神【ヴィラコチャ】に祈りを捧げる聖なる祭り。

そして何とアタシの誕生日が奇しくも、6月24日なのだ!

アタシは両親が大嫌いだが、この日に産まれるべく仕込んでくれた事。
この一点にのみ、絶大なる感謝を捧げていた。

両親による精神的虐待のお陰で、ひたすらなる自殺志願者だったアタシは、6月24日を自分の誕生日と云うよりも【太陽の祭りインティ・ライミ】と捉え、いにしえの祭りに想いを馳せ、特別な1日を過ごしたものだ。

だから、歌手の『N・インティライミ』が出て来た時は大憤激した。
生涯独身を貫く覚悟であるアタシにとっては、クリスマスなんかよりも聖なる日を冒涜されたような気がしたのだ。

そんなアタシの気持ちを誰よりも理解して、誠心誠意慰めてくれたのが何を隠そう、あの一条さんだったのだ。

お互いが某不思議系雑誌の愛読者であった事も判明して。
ソッチ系の話が通じるのが、何だか妙に親近感が湧いた原因かも知れない。



……何を考えても、一条さんに繋がってしまう事が何だか切なくて……


……真唯の誕生日に一条にされてしまった事を思い出して、深ぁ~い溜め息を吐いてしまうのだった。




まあ、何を思い悩んでもお腹は空く。
一日デスクワークをこなしてきたばかりとあれば特にだ。

アタシは駅前で買って来たホカ弁を、冷たい麦茶と頂く。
身体の事を考えれば自炊すべきなのは理解っているけど……メンドイ。

……それに、あんまり長くこの世に留まる心算もないし。

食後は珈琲だ。
愛用のWEDGWOODのマグカップに、インスタントコーヒーをなみなみとついで。

アタシは徐にPCを立ち上げた。
自分のブログにログインしてコメントのチェックをする。
コメントはいつ貰っても嬉しい。
レスをするのにも自然と力が入る。

アタシには、“友達”と呼べる人が極端に少ない。
会社でも必要最低限の会話しか交わさず、ご近所付き合いなんか皆無だ。

だからこそ心のこもったコメントは、アタシの潤いの源泉みなもとだ。


だが。

『最近、新しいお店の開拓はしないんですか?ちょっと寂しいです。』

頂いていたコメントに、身体がフリーズする。


……新しいお店の開拓と云うか……新しいお店になら行く事は行っている。
が、しかし。
スポンサー付きなので豪華過ぎて、真唯のブログでは紹介出来ないのだ。

真唯のポリシーとして、【おひとりさま】でも気楽に入る事の出来るお店を紹介するのが、このブログの“うり”にもなっている。ごくたまに『ちょっと贅沢してみました』などと言って、レストランでディナーをする事もあるのだが、女性一人で入るのと、男性と一緒に店に入るのとでは明らかに店側の対応が違ってしまう。
それに一条と一緒だと、たまに店のオーナーやシェフなんかが挨拶に来たりして。
(こんな事、ブログには書けね~~★)などと真唯を密かに焦らせるのだ。



そして、そこまで考えて。

いかに、一条が真唯の週末や休日を独占しているかに思い当たり。

一人、愕然としてしまう真唯だった。



ドンくさい自覚はあるが。

一条のあの瞳に込められてる熱に気付かないほど鈍くはない。



何度も気の所為だと思った。

一条ほどの男が、自分なんかを本気で相手にするはずがないと。

もしくは遊び慣れた男が暇つぶしに、少し毛色の変わったオンナに手を出してみたくなったとか。

ああ、ひょっとしてドッキリとか、仲間内での何かの罰ゲームだったりするかも知れないと思ってみたりもした。



……だが、三年間は長過ぎた……



それに、最近の一条の秘められた熱に―――噴火する直前の、マグマような激しさを感じてしまうのは―――



真唯の考え過ぎなら、それでいい。



――――でも……今度の一条さんの誕生日が……なんだか怖い……――――






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