IMprevu ―予期せぬ出来事―

天野斜己

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【番外編】

シークレット・バレンタイン 【後編】 in西鎌倉

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いつもは江ノ島へ行く為に乗るモノレールを西鎌倉駅で降りて、歩いて五分。
この御社がラストの御社だが、実は明神社こちらが本日のお目当てだったりする。


【龍口明神社】

鎌倉一の古社であり、江ノ島の弁財天さまの御夫君神様である五頭龍大神をお祀りされてらっしゃるのだ。死して現代いまも尚、弁財天さまのみを守り愛する為に、龍口山となられた龍神様がお祀りされてらっしゃるのである。「龍穴」である秘かな“パワースポット”だと言われているからでは、断じて決してないっ!!
“干物女”を自認して、“おひとりさま”を目指していた時からココロ秘かに憧れていた、“永遠とわの愛”に限りない浪漫を感じるから、参拝させて頂くのである。


さすがは鎌倉で一番古い御社である。
社号標が石碑だ。格式と伝統を感じさせる。
長い参道は常緑樹の並木道になっていて、心地良い森林浴気分を味わわせて下さる。 巨おおきな第一の鳥居と二之鳥居を感謝の想いを胸に深い一礼をしながら潜ってゆくと。そこには朱色も鮮やかな楼門が在って、御随神が守護してらっしゃった。
そこを潜ると、広大な境内が見えて。龍口山と鎮守の杜を背後に壮麗にして華麗なる御社殿が鎮座ましましていた。御神木と見紛うばかりの大樹がある事に感嘆の念を覚え、抱き付きたい衝動に駆られるが。先ずは御祭神さまにご挨拶が筋であろう。黒光りする立派な拝殿で旦那さまと一緒に参拝させて頂く。幸い御本殿の扉が開いていて、御神体の御神鏡が拝見出来る。アタシは用意して来たポチ袋を御賽銭箱に入れて祈願をさせて頂く。五つの頭を持った龍神様をココロに思い描きながら。



 (…本日は、御縁を頂く事が出来ました事を感謝致します…
 …隣に居る男性かたが、わたくしの愛する旦那さまです…
 …かれを、この生命いのちと引き換えにしても良いと思う程、愛しております。
  …叶います事なら…どうか、来世までも、
 一緒にいる事が出来ますように…っ!!)



滅茶苦茶な祈願である事は、百も二百も承知の上だ。
だから、富士山の上に龍神様が飛んでる袋を探して、の中に諭吉さんを五人入れた。気持ち的には十人でも百人でも入れたい気分だったのだけれども、あんまり袋が膨らんでも困るし(それ以前にマナー的にアウトなのは、承知です/苦笑)。もしも万が一、この願い事が叶って。そうして、前世の事を覚えていたら、必ずズエェェッッタイに!! 御礼参りにやって来ますっっ!!! アタシはUFOが他の惑星ほしや別の次元せかいからの訪問者だと信じてるから(さすがにエ○ヒムは信じてないけどネ/苦笑)、アタシも来世は地球に産まれて来るとは限らない。けれど、この御社の存在を確認出来たら、どんな事をしてでも御礼参りに参上致しますっ!!

熱心に、そして一心に祈るアタシは気付く事はなかった。
隣の貴志さんの瞳がうつす複雑な心情いろには。




「…大船観音寺の丘も気持ち良かったけど、こう云うのも気持ち悦いですね…」

参道に設えられたベンチに腰を下ろして、さっきとは違うメーカーの缶コーヒーを飲む。境内は広いけど、腰を下ろせる場所がなかったのだ。注連縄のない立派な大樹に抱き付いて、大地のパワーを頂いて。上を見上げて、しばしのトリップ・タイム。気が済んだら、御朱印を授与して頂いて。大船観音様との並んだ御朱印を見て、ニンマリ恵比寿顔になって。随神門と二之鳥居をお礼のお辞儀をして参道に戻って来たのだ。木漏れ陽が心地好い。『小春日和』では季節が違うが、気分はそんな感じだ。
沈黙を守る旦那さまに尚も語り掛ける。

 「…アタシね…この御社に、貴志さんと参拝させて頂くのが夢だったんです…」
 「……………」
 「…一緒にいたい…ずっと、ずっと…」
 「……も…?」
 「…はい…?」
 「…私が…弁財天と結ばれても、改心していない…暴龍でも…ですか…?」
 「……………」
 「…五頭龍は悪行三昧で、弁財天との邂逅と婚姻によって改心して、龍神になりましたが…私は…」
 「…貴志さん…」
 無言で項垂れ気味のかれの様子に少し驚く。
だが、アタシが立ち直るのは、早かった。
 貴志さんの缶コーヒーを握ったままプルトップを開けようともしない手を両手で包んだ。驚いて顔を上げてくれたかれを見つめて答える。しっかりとした声で。

「…許します…例え、この両手が他人を殺めた事が、過去にあったとしても…」
と。

「…真唯さん…」
心底意外そうな表情かおの旦那さまは、アタシをどんな善人だと思っているのだろう。
「…アタシだって生身の人間ですからね…理屈では、自分で設定して来た問題や試練だと理解ってはいても、感情では『こんな人、いなくなれば良いのに』と思う事だってありますよ…実際にはやらないだけで…」またもや無言になってしまったひとに続ける。「…それに忘れてらっしゃるようですが…アタシは昔は、ひたすらな自殺志願者だったんですよ…貴方を道連れにしそうになりましたし…」「…! あれは…っ」「とにかく! 強姦レイプ以外なら、どんな事だって許せます。」「…真唯さん…」「…貴志さんは、女性に無理矢理なんて、なさらないでしょう…?」「当たり前ですっ! 誰が、貴女以外の女性おんななど…っ!!」「でしょ…? だから、良いんです…」
 隣のかれの肩に寄り掛かれば、腕を回して引き寄せてくれる。その手の温かさが、何より嬉しい。そうして、アタシの頭に頬を寄せた気配が伝わって来る。傍から見れば、立派なバカップルだろう自覚はある。けれども、現在いまのこのひとには必要に思えたのだ。自惚れだとは思えない。


―――理解ってる。

この男性ひとは、何か途轍もなく昏く深い“闇”を抱えてる。


これだけ一緒にいて、一緒に暮らして来たのだ。
それくらいの事は理解している心算だ。
それ”がどんなモノか、どんなに罪深いモノなのかは理解らない。
 知りたいとも思わない。だって、どんなものだって、アタシは構わないもの。
このひとは、アタシの恩人ソウル・メイト
それだけで、充分だ。
 世界中を敵に回したって構わない。
 閻魔王が地獄に落とすと言うなら、そうするが良い。
アタシは付いてゆくだけだから。
 かれが傍にいてくれるなら、地獄の業火は極楽の蓮のうてなと化すだろうから。


そうして。
アタシ達は、長い間、そこにそうしていたのだった。





※ ※ ※





「……………」
「貴志さん、そんな表情かおなさらないで、乾杯しましょ?」
「…真唯さん…」
「折角のヴァレンタイン・デートの晩餐ディナーなんですよ?」
「…貴女は確か、『ちょっとばかり・・・・・・・豪華なディナー』と、おっしゃいましたよね…?」
 無言になってしまったアタシに、旦那さまは追い打ちを掛ける。
「これでは、『かなり・・・豪華なディナー』になるではありませんかっ!?」


……そうなのだ。
アタシは今回、あの・・神村さんご夫妻のご自宅レストランを予約リザーヴさせて頂いたのだ。
 半年や一年待ちは当たり前だと言うからダメ元で電話してみたら、奥様が一旦保留にして旦那様と何やら相談したのかそれは理解らない。けれど、「土曜日の十七日が丁度、空いておりました! とっておきのバレンタイン・ディナーを用意させて頂きますね♪」と弾んだ声でおっしゃって下さったのだ。アタシが心の中で合掌&ガッツポーズしてしまった事は言うまでもない。

 冬の陽が落ちるのは早い。
 【龍口明神社】からSPさんの車を使ったのだが、見慣れた夜景に慌てるが遅い。タクシーを使わなかった時点で気付くべきでしたネ(てへぺろ★) 「西鎌倉」と云う事で、鎌倉山でも想像なされていたのだろう。神村邸前で降ろされて、かなり複雑そうな表情かおをされていたが。『…話が違うでは、ありませんか…』とはポツリとおっしゃったが、『帰りましょう。』とは遂に言わなかった。
アタシと神村ご夫妻の気持ちを台無しになされるような事だけは出来ないかたなのだ。
無理矢理作った笑顔で敏子夫人にご挨拶された後、アタシに向かってはブツクサ言い放題なのだ。小声で(笑)。フッフッフ。アタシの気持ちが少しは理解ったかね、明智君。フォーフォッフォッフォッ!! 気分は真っ黒なセールスマンだ。
ご自身のレストランの記事を読んでから、アタシのブログの愛読者ファンになって下さったとおっしゃる敏子さんは、シャンパンはモエ・エ・シャンドンのグランヴィンテージ・ロゼを、BGMにはボサ・ノヴァを用意して下さったのだ。『黒薔薇を飾りたかったのですが、季節ではありませんので。』とおっしゃってはいたが。あれは、香りが強過ぎる。可憐な冬薔薇ふゆそうびが何よりの食卓の彩りだ。貴志さんが諦めのおおきなため息を吐かれた瞬間とき。アタシは己の勝利を確信した。ようやくフルートグラスを持って下さったかれに向かって。


 「いつもアタシの為に頑張って下さる、素敵な旦那さまに。
  Happy Valentine♡」
アタシがロゼ色のグラスを掲げれば。

 「…誰よりも大切で、私の事を考えて下さる愛しい奥方に。」
そう言って、グラスを上げて下さるから。


キーン♪


良い音が響いて、特別なヴァレンタイン・ディナーが始まった。



 康治氏シェフのお料理は、今夜もとても美味しかった。
 見た目は芸術的アーティスティック劇的ドラマティックだから、言う事なしだ。
 食後のデセールは、敏子さんが特製のヴァレンタイン・ケーキを作って下さった。

が、しかし。
何よりの御馳走は。



康治やすはるさん…っ、…後生ですから、もう止めて下さい…っ!!」

お料理が終わって、今回も酒精シャンパンをご一緒して下さる料理長シェフの暴露話だ。
旦那さまの旧悪の(笑)。


「何を言ってるんだね。こんなに良い奥さんを苦しめるなんて。当然の罰だ。」
神村さんの言葉に、グッと黙ってしまう貴志さん。

アタシがねだったのだ。
 記憶喪失になったなんて事は勿論、言わなかったけど。
ちょっとした喧嘩をしてしまったと。
 かれに一方的な非がある喧嘩を。
そうしたら、義憤にかられた神村さんが、前回の約束を果たして下さったのだ。
 実に愉快に、些か嬉しそうに。
まあ、しかし。出るわ出るわ、日本の某有名女優から海外のセレブリティな女性かた方まで、色々と喰ってるワ(苦笑)。……どうして、アタシと結婚してくれたんだろ、このひと……

 ……そう云えば、初対面はあの【Crrenteバー】じゃなかったんだっけ……ホントは、どこなんだろ……

現在いまの今まで、あんまり気にしてなかった事が急に知りたくなってしまった。
けれども先ずは、冷や汗まで掻いてる旦那さまを救出する方が先だ。
 色々と楽しいお話を聞かせて下さった神村さんに、お料理のお礼もキチンと申し上げて。「また、いらして下さいませね。」「貴志くんの武勇伝は、まだまだあるから、またおいで。」と送り出して下さったご夫妻の笑顔に見送られて、アタシ達はその場レストランを辞したのだった。





※ ※ ※





帰りはSPさんの車だ。アタシも貴志さんもかなり飲んでしまってるし、これから電車で帰るのは……正直、メンドイ(苦笑)。車内には不気味な沈黙が流れてる。旦那さまが一人で暗くなってるだけなんだけどね(失笑)。
 長い永い沈黙の後、貴志さんがポツリとおっしゃった。


 「…呆れてらっしゃいませんか…?
  …明神社でおっしゃった言葉を、撤回なさらない下さいね…」
と。

 珍しく弱気な貴志さんを、少し揶揄ってみたくなった。
それに聞き出したい事もあるしね。

 「…あんな話を聞かされて、愉快でいられる筈がないじゃありませんか…」
 「……………」 再び無言になってしまう貴志さんに。
 「再び、緑の用紙を、ダウンロー」
 「真唯さんっ!!」 車中に響き渡った悲鳴に。
 「…なんて事をされたくなかったら、白状して頂きたい事があります。」
 「何でもおっしゃって下さい…っ、…何でも話しますから…っ!」
 「…男性おとこに、二言はありませんよね…?」
 「断じて、ありませんっっ!!!」



 「だったら、教えて下さい。アタシ達の、ホントの初対面の時の事を。」



 貴志さんが、呼吸いきを飲んだのが理解った。
 去年末の忘年会の後の【椿屋珈琲店】での会話を思い出す。
 『ドン引きされる事』って、一体どんな事なんだろう?

アタシが根気強く待ってると。
 身を乗り出してアタシの手を握って力説してたひとが、静かに手を離すと『ドサッ』と音を立てて車のシートにもたれ掛かった。そうしてしばらく上を向いて眼を瞑っていたけれど……諦めたようにおおきなため息を吐いた。それはそれは、デッカイため息を。


 「……一つだけ…約束して頂けますか…?」
 「…はい…何でしょう…?」
 「……今から、何をお話ししても…絶対に離婚は、踏みとどまって頂きたいのです……」
 「…そんなにも、アタシをドン引かせるお話しなんですか…?」
 「……はい……」
 「…了解わかりました…何をお伺いしても、離婚はしないと約束します…」
 「……絶対に、ですよ…?」
 「…女性おんなにも、二言はありません。」


アタシの真剣なを見た貴志さんが、少しの間ジッと見つめて。

そうして、かれが話し出したのは―――十年にも及ぶ、苦しい片恋のお話だった。






……ズルイよ、貴志さん。

 今日はアタシが、貴志さんあなたにサプライズのシークレット・デートを仕掛けたのに。


 最後の最後で、こんなとんでもないスペシャルなトップ・シークレットを暴露されるなんて。


それに、こんなお話を聞かされて……嫌になる女性おんななんて、いると思ってるのだろうか…?


 三年間だと思っていた、アタシ達のお付き合いが。

まさか、十年の間にも及んでいたなんて―――







ねえ、貴志さん。


何度も誓って来たけれど、改めてもう一度誓うわ。


サラスヴァーティー様と弁財天様と、木花開耶姫様と聖観世音菩薩様と。
五頭龍大神様に。
そして、どなたよりも、天之御中主神様に。



アタシを精神こころの底から、魂の奥底から愛してくれるあなたと、生涯離れはしない。


そうして、例え他の惑星ほしや別の次元せかいに産まれ変わったとしても。


再びあなたにめぐり逢い、そして必ず恋をする。




絶対に―――よ。








 FIN


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