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ラストノート
No,278 上井夫妻の夏休みの過ごし方
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「…お祖母ちゃん、久し振りだね…今日はアタシの旦那さまを紹介するよ…貴志さんって云うの…素敵な男性でしょ…?」
「…真唯さんのお祖母さま、お初にお目にかかります…上井貴志と申します…必ず真唯さんを幸せに致しますので、ご安心下さい…」
メッチャ久し振りになる牧野家の菩提寺で、アタシは貴志さんとお墓の前で手を合わせていた。
【産土神社】と云うものをご存知の方は、いらっしゃるだろうか。
“産土神”とは神道において、その人が生まれた土地の守護神の事を言う。産まれる前から死んだ後までも守護して下さる神様とされるが、現代ではあまり知られていないみたいだ。アタシは中学の修学旅行で仏像の魅力に開眼したが、神道や仏教にはその前から興味だけはあって色々な本を読んでいた。現在みたいにネットのある時代じゃないから簡単に検索出来る訳じゃない。かなり後年になるまで判明らなかった。インカローズのブレスを作って下さった霊能者さんに鑑定して頂いたのだ。アタシは帰省は滅多にしないけど、偶にフラリと産土神社や氏神さまには参拝させて頂いてた。そしてさり気なく参拝記をブログにも載せてたりした(苦笑)。
今年も思い立ってやって来たのだが、今回は同伴者がいらっしゃる。アタシの最愛の旦那さまだ。産まれる前から守護して下さってるならご存知だとは思うが、一応キチンとご挨拶申し上げるのが筋であろう。貴志さんの夏休み。それをどう過ごすお心算なのか聞いてみたら、答えは簡単明瞭だった。
『真唯さんのお好きな処にお連れします。』
と。
一日目である「山の日」は、山中さんたちの挙式である事は大分前から決まってた。しかし、それ以降の予定が白紙だと言うので、アタシは思い付きを話した。【閻魔王の斎日】に閻魔さま詣でを巡っていた時から温めていた想いを話したのだ。そうしたら、アタシ至上主義の旦那さまは、一も二もなくアタシのアイディアに同意して下さって。久し振りに故郷の土を踏む事になったのである。旦那さまは【KITT】を駆ってアタシの産土神社に参拝してくれて。その後、実にン十年振りに、牧野家の菩提寺の住職さんにお義理のご挨拶とお布施を渡して、お墓の前に立った。そして冒頭の場面へと戻るのである。
※ ※ ※
お花とお線香。そして、お祖母ちゃんの大好物だった石川屋の甘納豆を供えて、お墓の前に跪く。ここは昔ながらの土葬のお墓で、いわゆる『霊園』ではない。
(…お祖母ちゃん…あんなに可愛がってもらったのに、ずっと不義理をしていて申し訳ございません…もうとっくに知ってると思うけど、アタシは結婚して幸せにやってます…今回はお相手の旦那さまを紹介します…【上井貴志】さん…アタシの生命より大事な夫です…どうかいつまでも、見守っていて下さい…)
随分長い間瞑目して合掌してたけど、眼を開けたら隣で旦那さまはまだ跪いて瞑目してた。夫はお祖母ちゃんがアタシの唯一の理解者だったと知ってるから、キチンと挨拶しててくれてるのだと思うと嬉しくなってしまう。貴志さんは涼し気なサマースーツ姿だ。両親に会いに行った時より、力が入ってると思う。嗚呼、やっぱり、直接、お祖母ちゃんに会ってもらいたかったなァ。お祖母ちゃんに思いっ切り惚気て自慢したかった。『こんなに素敵な男性、掴まえたのよ』って。
しばらくしてやっと眼を開けた貴志さんが、「…お待たせしました…ついつい話し込んでしまいまして…」と優しい笑顔で見降ろされて、アタシも微笑み返す。きっとお祖母ちゃんも喜んでくれてるに違いない。夫にきっちりお礼を言って、立ち上がるとアタシは深々とお辞儀をしたのだった。牧野の家のご先祖さまの御霊に感謝の気持ちを込めて。
そもそも、久し振りにお墓参りをしようなどと思い立ったのは、閻魔さまを巡ってた時の事だった。アタシの中で『お盆』と云う概念は存在しないと言っても過言ではない。お盆と云う行事は、ご先祖さまを迎え火でお迎えする事から始まる一連の厳粛な儀式だった。……お祖母ちゃんが生きていた間は。だが、慕っていた祖母が亡くなり、見栄っ張りの父親が主導権を握るとその意味合いは少しずつ変貌して行った。やたらと派手で仰々しいだけの行事に成り下がってしまった。神道と仏教に関する事をアタシなりに調べて勉強し、寺と檀家制度を理解するにつれてアタシの瞳は冷めてゆき。田舎の利権をめぐってのお寺のお坊さんの“生臭坊主”振りを知るに至ってアタシの精神の中から『お盆』の意義は失われていったのだった。日本古来の『あの世にいるご先祖様は山や海に住んでいて、お盆や正月に子孫の元に帰ってくる。』と云う祖霊信仰も、年齢を重ねるに従って素直に信じる事は出来なくてなっていた。逆を言えば、お祖母ちゃんに言われるままに信じてた子供の頃のアタシって、超カワイイかも知ンない(笑)。
などと、かなり斜に構えていたのだが。
閻魔さま巡りをしていて、段々と意識が変化して行ったのだ。全ての善男善女が『地獄』や『極楽』の概念を心から信じているのか、それは判別らない。精神の中まで覗けはしないのだから。ただ、閻魔王の御縁日に詣でる人々の明るい笑顔と、露天商の方々の江戸っ子のような威勢の良い声を聴いていたら。曇天を吹き飛ばすような、お寺で蒟蒻を無料で供していた方々の優しさと明るさが。アタシの賢しらで頑なな精神を溶かして下さったのだ。
そして思い出させて下さった。
お祖母ちゃんが無心にご先祖さまを敬っていた、あの頃の情景と精神を。
牧野の血の中に流れていたのか、DNAの中に組み込まれていたのか、それは判明らない。けれども、ご先祖さまを敬い感謝する気持ちは確かに、アタシの精神の中に息づいてて。今年の春に旅立たれた緋龍院のお祖父さまも、あの世で心安らかに過ごしていて頂きたいと祈らずにはいられなくなってしまったのだ。
そんな事を貴志さんに話したら、『真唯さんらしいですね。喜んでお供します。』と車を出して下さったのだ。だからと言って、緋龍院の墓所には絶対に行かんがな!! 今更、あの家とはゼッテー関わりたくないしねっ!! 今年はお祖父さまの新盆を盛大に行うのだろうが、あの世で苦笑いしてらっしゃるような気がするなァ~~。牧野の家に寄って、両親と顔を合わせるのも勘弁して頂きたいと切実に願う(苦笑)。
ちなみにアタシの今日の装いはブルーグレーのお着物ワンピだ。ピンクの芙蓉が大胆に咲いていて、サイドのリボンがポイントになっている。何気に貴志さんとお揃なのが嬉しい♪ 今日ばかりはさすがに【IMprevu】ではない。京都に本店があるお香屋さんで随分昔に購入した和風オードトワレだ。使う機会が少ないから、こう云う時に使わんで何とする!! 今日はこれから澤木さんにお会いするのだ。失礼があってはならない。
……そうなのだ。
アタシがSPさんの夏休みに憂慮してた事を【提督閣下】から聞いたらしい澤木さんからお誘いがあったのだ。
『だったら、私の島に遊びに来ないか? 護衛は【親衛兵】にやらせるから、SPたちも気兼ねなく休めるよ』と。
島ですよ、奥様! 別荘や別邸じゃないんですのよ!? いやいやいや、島だったらガードなんかいらないっしょ!!?? どんなに根性のあるストーカーだってゼッテー追っかけて来れないっしょ!!!???
普段だったらそんなお誘いは速攻でお断りするのだが、やはりSPさんたちに夏休みをあげられる事には大いにココロ惹かれて。貴志さんに相談したら、即OKをくれて。阿部さんと瀬尾さんに話を持ち込んだら二人ともかなり呆然としてたけど、頼りになる旦那さまが説得して下さって。かくして、SPさんたち全員に四日間のお休みをあげられる事になったのだった。銚子港にクルーザーで迎えに来て下さるらしい。知事の許可が必要だって話だけど……うん、考えるのやめよう。アタシの精神的安寧の為にね!!
港まで送ってくれた明石さん達に見送られて、アタシと貴志さんは船に乗った。その際、『真唯さん、お気を付けて。楽しんでらして下さいね。』『明石さんこそ、短い夏休みですけど楽しんで下さい。』との会話の遣り取りがあって、結婚してご家族がいらっしゃる貴志さんのSPの上杉さんには『家族サーヴィスしてあげて下さいね!』と声を掛けたら、仕切りに恐縮してらした。普段忙しいお父さんだから、お子さんが喜んでくれたら良いなと思う。
「うわァ…っ、…凄いですね…っ」
「そーでしょ。いつか真唯ちゃんに見せてあげたいと思ってたの。」
島に上陸して、例によって小西さんの運転で高級外車に乗って着いた館(!)のお庭を案内してくれたリザさんに向けた、第一声がそれだった。何が凄いって、色とりどりの薔薇で溢れてたから。夏の薔薇は育て方が難しいと聞くけど、こんなに凄いトコ初めてだ。九十九里浜はかなり暑かったのだが、高速クルーザーで一時間以上掛かってやって来た【CLUB NPOE】所有の島は比較的冷んやりとした処だった。涼しくて気持ちが良い。リザさんは今日も若々しくて美しい。ナチュラルメイクは完璧だし、サイドの大きなリボンがワンポイントになってる紺の涼し気なドレスワンピと鍔の広いお帽子が素敵だ。何よりオーダーメイドでリザさんオリジナルの一点ものだと云う香水が彼女の魅力を一層引き立てている。
「真唯ちゃん、いらっしゃい。」
「澤木さん、こんにちは! ご招待頂きまして、ありがとうございます!! お世話になります!」
お庭の東屋でスタンバって下さってた澤木さんに元気良く挨拶しました。社会人、挨拶大事。澤木さんはシンプルな白のワイシャツと紺のベストとパンツ姿なのに、滲み出る色気と存在感が半端ない。黙々とお茶の準備をされてる松田さんは微かな微笑みを浮かべて楽し気だ。見事な燕尾服姿なのに、汗一つ浮かべてないのが凄い。WEDGWOODの【ワイルド・ストロベリー】。やはりこの陶磁器はこのような場所でこそ本来の魅力を発揮するのだ。お紅茶は文句なく美味しかったし、ミルクを入れるとより一層味が引き立つ感じがする。ランチ代わりに頂いたアフタヌーンティーのスコーンやサンドイッチは、これまで史上最強の美味だった。凄い! 初めて【Secret Garden】より美味しいスコーンを食べちゃったよ♡ 綺麗な薔薇のお庭を眺めながら頂く美味なお紅茶とスコーンなんて最高の贅沢だ♡♡♡
程良く場が和んできたところで、澤木さんが切り出した。
「…良かった。真唯ちゃんが元気になって。」
と。
アタシは居住まいを正して、澤木さんに改めてお辞儀をした。
「…その節は、ご心配をお掛けしました…お詫びするのが遅くなりまして申し訳ございません。」
澤木さんは紅茶を啜ると鷹揚に微笑んだ。
「詫びなんて要らないよ。真唯ちゃんが笑っていてくれれば、それで良いんだ。」
「…澤木さん…ありがとうございます…」
「…ところで。」
カチリ、と。
澤木さんがカップをソーサーに置いた音がやけに響いた気がした。
そして改めて聞かれた。
「リザと貴志に聞いたんだけど、貴志の事は本当に怒っていないのかな?」
と。
美味なお紅茶のお代わりを頂いて。
アタシは(う~~ん)と考えた。
それ、リザさんと【提督閣下】にも聞かれたんだよねェ~。
なんて説明したら、理解って頂けるのかなァ~~。
ま、正直なところを白状するしかないやね。
何たって、相手が相手だもん。
アタシは、澤木さんの瞳をしっかり見つめて言った。
「怒ってなんかないですよ。」
と。
※ ※ ※
アタシは『子供は親を選んで産まれて来る』って云う説を信じてるんです。
そして、節目節目の事は、全て自分で予め決めて来るって事も。
どうしてかって?
アタシの精神が『真実だ』と信じられるから、としか言いようがありません。
目的ですか?
『魂磨き』って答えられたら格好良いんでしょうが、そこまで自惚れる心算はありません。
ただ、アタシの精神の喜ぶ事をして、魂が真実だと指し示す事をしてるだけなんです。
それと今回の事……つまり、貴志さんの記憶喪失の事なんですが。
本当に怒ってなんかないんです。
確かに物凄く辛くて哀しくて、物凄く落ち込みましたけどね。
ええ、それは、底の底のドン底まで。
でも、「千手観音」のYouTubeを見て、思い出す事が出来たんです。
アタシが“大いなる存在”に“生かされている”事に。
この地球と云う惑星に産まれて、貴志さんと云う男性と出逢う事が出来て愛されていると云う奇跡に。
旦那さまとなる男性って、きっと凄く縁あるソウル・メイトだと思うんです。
そんな魂とは、きっと物凄く綿密な打ち合わせをしてきてるに違いないんです。
だから、今回の事って、きっとアタシが貴志さんに無理矢理頼み込んだ事だと思うんです。
『アタシを傷付けて下さい』って。
貴志さんって優しい男性ですから、きっと凄く渋って嫌がったと思うんです。
でも、アタシは、押し切った。
自分の魂と、貴志さんの魂の成長の為に。
澤木さん、中島みゆきの「宙船」って云う歌をご存知ですか?
アタシ、人はみんな、「宙船」だと思ってるんです。
アタシは貴志さんに忘れられる事によって、深い孤独と絶望を味わう事が出来ました。
その歌の歌詞にもあるんですが、そこがアタシの『離陸地点』だったと……信じられるんです。
アタシはこの経験のお陰で、きっと以前より他人に優しくなれる。
何より“試練”を乗り越える事が出来た自分に、少しは優しくなれると思うんです。
ですから―――感謝する事しか出来ないんです。
※ ※ ※
アタシの真剣な想いが少しでも伝わるように。
一瞬も瞳を逸らさずに、言葉を尽くした。
永い時間を生きてらした男性の強靭な精神力に負けないように。
誠心誠意、真心を込めて。
すると。
「…参った…降参だ、真唯ちゃん。」
なぜか、ホールドアップしてる澤木さん。
思わず小首を傾げてしまうが。
「…ホントに良かったわ…真唯ちゃんみたいな良い娘が、貴志のお嫁さんになってくれて…」
優しく柔らかなリザさんの声と。
「…やはり澤木様のお眼は、確かでしたね…さすがは、御名刺を頂戴しただけの事はある…」
いつの間にかいらっしゃった、【提督閣下】の張りのあるバリトンボイス。
今日はドレスシャツにオリーブグリーンのスーツをお召しです。
女性の姿も素敵ですが、男性のお姿もやっぱり格好良いですね。
貴志さんの次にですけどネ!!(笑)
少し話し疲れたので、アイスティーになってしまってるお紅茶で喉を潤して。ホッと息を吐いて落ち着くと、肝心の貴志さんのリアクションがない事に気が付いて。ふと隣を見ると。 ……貴志さん…もしかして、泣いてる…? ……やだ…ない筈の母性本能が疼いちゃう……。
アタシは俯いてしまってる貴志さんの肩にコテンと頭を乗せて。膝の上で握り締められてる両手の拳を、アタシの両手で包んだ。優しく優しく。繊細な貴志さんの精神を少しでも慰められるように。溢れんばかりの愛と感謝の気持ちを込めて。
その後、澤木さんが貴志さんに用事があると言うので、そこで一旦お別れして。リザさんにスペシャルな薔薇のアーチの回廊を案内して頂いた。馨しい芳香を堪能しながら午後のひと時を満喫してたので、アタシは知る事はなかった。
あんな物騒なおっかないお話しをしていたなんて。
一欠片も知る由はなかったのだった。
「…真唯さんのお祖母さま、お初にお目にかかります…上井貴志と申します…必ず真唯さんを幸せに致しますので、ご安心下さい…」
メッチャ久し振りになる牧野家の菩提寺で、アタシは貴志さんとお墓の前で手を合わせていた。
【産土神社】と云うものをご存知の方は、いらっしゃるだろうか。
“産土神”とは神道において、その人が生まれた土地の守護神の事を言う。産まれる前から死んだ後までも守護して下さる神様とされるが、現代ではあまり知られていないみたいだ。アタシは中学の修学旅行で仏像の魅力に開眼したが、神道や仏教にはその前から興味だけはあって色々な本を読んでいた。現在みたいにネットのある時代じゃないから簡単に検索出来る訳じゃない。かなり後年になるまで判明らなかった。インカローズのブレスを作って下さった霊能者さんに鑑定して頂いたのだ。アタシは帰省は滅多にしないけど、偶にフラリと産土神社や氏神さまには参拝させて頂いてた。そしてさり気なく参拝記をブログにも載せてたりした(苦笑)。
今年も思い立ってやって来たのだが、今回は同伴者がいらっしゃる。アタシの最愛の旦那さまだ。産まれる前から守護して下さってるならご存知だとは思うが、一応キチンとご挨拶申し上げるのが筋であろう。貴志さんの夏休み。それをどう過ごすお心算なのか聞いてみたら、答えは簡単明瞭だった。
『真唯さんのお好きな処にお連れします。』
と。
一日目である「山の日」は、山中さんたちの挙式である事は大分前から決まってた。しかし、それ以降の予定が白紙だと言うので、アタシは思い付きを話した。【閻魔王の斎日】に閻魔さま詣でを巡っていた時から温めていた想いを話したのだ。そうしたら、アタシ至上主義の旦那さまは、一も二もなくアタシのアイディアに同意して下さって。久し振りに故郷の土を踏む事になったのである。旦那さまは【KITT】を駆ってアタシの産土神社に参拝してくれて。その後、実にン十年振りに、牧野家の菩提寺の住職さんにお義理のご挨拶とお布施を渡して、お墓の前に立った。そして冒頭の場面へと戻るのである。
※ ※ ※
お花とお線香。そして、お祖母ちゃんの大好物だった石川屋の甘納豆を供えて、お墓の前に跪く。ここは昔ながらの土葬のお墓で、いわゆる『霊園』ではない。
(…お祖母ちゃん…あんなに可愛がってもらったのに、ずっと不義理をしていて申し訳ございません…もうとっくに知ってると思うけど、アタシは結婚して幸せにやってます…今回はお相手の旦那さまを紹介します…【上井貴志】さん…アタシの生命より大事な夫です…どうかいつまでも、見守っていて下さい…)
随分長い間瞑目して合掌してたけど、眼を開けたら隣で旦那さまはまだ跪いて瞑目してた。夫はお祖母ちゃんがアタシの唯一の理解者だったと知ってるから、キチンと挨拶しててくれてるのだと思うと嬉しくなってしまう。貴志さんは涼し気なサマースーツ姿だ。両親に会いに行った時より、力が入ってると思う。嗚呼、やっぱり、直接、お祖母ちゃんに会ってもらいたかったなァ。お祖母ちゃんに思いっ切り惚気て自慢したかった。『こんなに素敵な男性、掴まえたのよ』って。
しばらくしてやっと眼を開けた貴志さんが、「…お待たせしました…ついつい話し込んでしまいまして…」と優しい笑顔で見降ろされて、アタシも微笑み返す。きっとお祖母ちゃんも喜んでくれてるに違いない。夫にきっちりお礼を言って、立ち上がるとアタシは深々とお辞儀をしたのだった。牧野の家のご先祖さまの御霊に感謝の気持ちを込めて。
そもそも、久し振りにお墓参りをしようなどと思い立ったのは、閻魔さまを巡ってた時の事だった。アタシの中で『お盆』と云う概念は存在しないと言っても過言ではない。お盆と云う行事は、ご先祖さまを迎え火でお迎えする事から始まる一連の厳粛な儀式だった。……お祖母ちゃんが生きていた間は。だが、慕っていた祖母が亡くなり、見栄っ張りの父親が主導権を握るとその意味合いは少しずつ変貌して行った。やたらと派手で仰々しいだけの行事に成り下がってしまった。神道と仏教に関する事をアタシなりに調べて勉強し、寺と檀家制度を理解するにつれてアタシの瞳は冷めてゆき。田舎の利権をめぐってのお寺のお坊さんの“生臭坊主”振りを知るに至ってアタシの精神の中から『お盆』の意義は失われていったのだった。日本古来の『あの世にいるご先祖様は山や海に住んでいて、お盆や正月に子孫の元に帰ってくる。』と云う祖霊信仰も、年齢を重ねるに従って素直に信じる事は出来なくてなっていた。逆を言えば、お祖母ちゃんに言われるままに信じてた子供の頃のアタシって、超カワイイかも知ンない(笑)。
などと、かなり斜に構えていたのだが。
閻魔さま巡りをしていて、段々と意識が変化して行ったのだ。全ての善男善女が『地獄』や『極楽』の概念を心から信じているのか、それは判別らない。精神の中まで覗けはしないのだから。ただ、閻魔王の御縁日に詣でる人々の明るい笑顔と、露天商の方々の江戸っ子のような威勢の良い声を聴いていたら。曇天を吹き飛ばすような、お寺で蒟蒻を無料で供していた方々の優しさと明るさが。アタシの賢しらで頑なな精神を溶かして下さったのだ。
そして思い出させて下さった。
お祖母ちゃんが無心にご先祖さまを敬っていた、あの頃の情景と精神を。
牧野の血の中に流れていたのか、DNAの中に組み込まれていたのか、それは判明らない。けれども、ご先祖さまを敬い感謝する気持ちは確かに、アタシの精神の中に息づいてて。今年の春に旅立たれた緋龍院のお祖父さまも、あの世で心安らかに過ごしていて頂きたいと祈らずにはいられなくなってしまったのだ。
そんな事を貴志さんに話したら、『真唯さんらしいですね。喜んでお供します。』と車を出して下さったのだ。だからと言って、緋龍院の墓所には絶対に行かんがな!! 今更、あの家とはゼッテー関わりたくないしねっ!! 今年はお祖父さまの新盆を盛大に行うのだろうが、あの世で苦笑いしてらっしゃるような気がするなァ~~。牧野の家に寄って、両親と顔を合わせるのも勘弁して頂きたいと切実に願う(苦笑)。
ちなみにアタシの今日の装いはブルーグレーのお着物ワンピだ。ピンクの芙蓉が大胆に咲いていて、サイドのリボンがポイントになっている。何気に貴志さんとお揃なのが嬉しい♪ 今日ばかりはさすがに【IMprevu】ではない。京都に本店があるお香屋さんで随分昔に購入した和風オードトワレだ。使う機会が少ないから、こう云う時に使わんで何とする!! 今日はこれから澤木さんにお会いするのだ。失礼があってはならない。
……そうなのだ。
アタシがSPさんの夏休みに憂慮してた事を【提督閣下】から聞いたらしい澤木さんからお誘いがあったのだ。
『だったら、私の島に遊びに来ないか? 護衛は【親衛兵】にやらせるから、SPたちも気兼ねなく休めるよ』と。
島ですよ、奥様! 別荘や別邸じゃないんですのよ!? いやいやいや、島だったらガードなんかいらないっしょ!!?? どんなに根性のあるストーカーだってゼッテー追っかけて来れないっしょ!!!???
普段だったらそんなお誘いは速攻でお断りするのだが、やはりSPさんたちに夏休みをあげられる事には大いにココロ惹かれて。貴志さんに相談したら、即OKをくれて。阿部さんと瀬尾さんに話を持ち込んだら二人ともかなり呆然としてたけど、頼りになる旦那さまが説得して下さって。かくして、SPさんたち全員に四日間のお休みをあげられる事になったのだった。銚子港にクルーザーで迎えに来て下さるらしい。知事の許可が必要だって話だけど……うん、考えるのやめよう。アタシの精神的安寧の為にね!!
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「うわァ…っ、…凄いですね…っ」
「そーでしょ。いつか真唯ちゃんに見せてあげたいと思ってたの。」
島に上陸して、例によって小西さんの運転で高級外車に乗って着いた館(!)のお庭を案内してくれたリザさんに向けた、第一声がそれだった。何が凄いって、色とりどりの薔薇で溢れてたから。夏の薔薇は育て方が難しいと聞くけど、こんなに凄いトコ初めてだ。九十九里浜はかなり暑かったのだが、高速クルーザーで一時間以上掛かってやって来た【CLUB NPOE】所有の島は比較的冷んやりとした処だった。涼しくて気持ちが良い。リザさんは今日も若々しくて美しい。ナチュラルメイクは完璧だし、サイドの大きなリボンがワンポイントになってる紺の涼し気なドレスワンピと鍔の広いお帽子が素敵だ。何よりオーダーメイドでリザさんオリジナルの一点ものだと云う香水が彼女の魅力を一層引き立てている。
「真唯ちゃん、いらっしゃい。」
「澤木さん、こんにちは! ご招待頂きまして、ありがとうございます!! お世話になります!」
お庭の東屋でスタンバって下さってた澤木さんに元気良く挨拶しました。社会人、挨拶大事。澤木さんはシンプルな白のワイシャツと紺のベストとパンツ姿なのに、滲み出る色気と存在感が半端ない。黙々とお茶の準備をされてる松田さんは微かな微笑みを浮かべて楽し気だ。見事な燕尾服姿なのに、汗一つ浮かべてないのが凄い。WEDGWOODの【ワイルド・ストロベリー】。やはりこの陶磁器はこのような場所でこそ本来の魅力を発揮するのだ。お紅茶は文句なく美味しかったし、ミルクを入れるとより一層味が引き立つ感じがする。ランチ代わりに頂いたアフタヌーンティーのスコーンやサンドイッチは、これまで史上最強の美味だった。凄い! 初めて【Secret Garden】より美味しいスコーンを食べちゃったよ♡ 綺麗な薔薇のお庭を眺めながら頂く美味なお紅茶とスコーンなんて最高の贅沢だ♡♡♡
程良く場が和んできたところで、澤木さんが切り出した。
「…良かった。真唯ちゃんが元気になって。」
と。
アタシは居住まいを正して、澤木さんに改めてお辞儀をした。
「…その節は、ご心配をお掛けしました…お詫びするのが遅くなりまして申し訳ございません。」
澤木さんは紅茶を啜ると鷹揚に微笑んだ。
「詫びなんて要らないよ。真唯ちゃんが笑っていてくれれば、それで良いんだ。」
「…澤木さん…ありがとうございます…」
「…ところで。」
カチリ、と。
澤木さんがカップをソーサーに置いた音がやけに響いた気がした。
そして改めて聞かれた。
「リザと貴志に聞いたんだけど、貴志の事は本当に怒っていないのかな?」
と。
美味なお紅茶のお代わりを頂いて。
アタシは(う~~ん)と考えた。
それ、リザさんと【提督閣下】にも聞かれたんだよねェ~。
なんて説明したら、理解って頂けるのかなァ~~。
ま、正直なところを白状するしかないやね。
何たって、相手が相手だもん。
アタシは、澤木さんの瞳をしっかり見つめて言った。
「怒ってなんかないですよ。」
と。
※ ※ ※
アタシは『子供は親を選んで産まれて来る』って云う説を信じてるんです。
そして、節目節目の事は、全て自分で予め決めて来るって事も。
どうしてかって?
アタシの精神が『真実だ』と信じられるから、としか言いようがありません。
目的ですか?
『魂磨き』って答えられたら格好良いんでしょうが、そこまで自惚れる心算はありません。
ただ、アタシの精神の喜ぶ事をして、魂が真実だと指し示す事をしてるだけなんです。
それと今回の事……つまり、貴志さんの記憶喪失の事なんですが。
本当に怒ってなんかないんです。
確かに物凄く辛くて哀しくて、物凄く落ち込みましたけどね。
ええ、それは、底の底のドン底まで。
でも、「千手観音」のYouTubeを見て、思い出す事が出来たんです。
アタシが“大いなる存在”に“生かされている”事に。
この地球と云う惑星に産まれて、貴志さんと云う男性と出逢う事が出来て愛されていると云う奇跡に。
旦那さまとなる男性って、きっと凄く縁あるソウル・メイトだと思うんです。
そんな魂とは、きっと物凄く綿密な打ち合わせをしてきてるに違いないんです。
だから、今回の事って、きっとアタシが貴志さんに無理矢理頼み込んだ事だと思うんです。
『アタシを傷付けて下さい』って。
貴志さんって優しい男性ですから、きっと凄く渋って嫌がったと思うんです。
でも、アタシは、押し切った。
自分の魂と、貴志さんの魂の成長の為に。
澤木さん、中島みゆきの「宙船」って云う歌をご存知ですか?
アタシ、人はみんな、「宙船」だと思ってるんです。
アタシは貴志さんに忘れられる事によって、深い孤独と絶望を味わう事が出来ました。
その歌の歌詞にもあるんですが、そこがアタシの『離陸地点』だったと……信じられるんです。
アタシはこの経験のお陰で、きっと以前より他人に優しくなれる。
何より“試練”を乗り越える事が出来た自分に、少しは優しくなれると思うんです。
ですから―――感謝する事しか出来ないんです。
※ ※ ※
アタシの真剣な想いが少しでも伝わるように。
一瞬も瞳を逸らさずに、言葉を尽くした。
永い時間を生きてらした男性の強靭な精神力に負けないように。
誠心誠意、真心を込めて。
すると。
「…参った…降参だ、真唯ちゃん。」
なぜか、ホールドアップしてる澤木さん。
思わず小首を傾げてしまうが。
「…ホントに良かったわ…真唯ちゃんみたいな良い娘が、貴志のお嫁さんになってくれて…」
優しく柔らかなリザさんの声と。
「…やはり澤木様のお眼は、確かでしたね…さすがは、御名刺を頂戴しただけの事はある…」
いつの間にかいらっしゃった、【提督閣下】の張りのあるバリトンボイス。
今日はドレスシャツにオリーブグリーンのスーツをお召しです。
女性の姿も素敵ですが、男性のお姿もやっぱり格好良いですね。
貴志さんの次にですけどネ!!(笑)
少し話し疲れたので、アイスティーになってしまってるお紅茶で喉を潤して。ホッと息を吐いて落ち着くと、肝心の貴志さんのリアクションがない事に気が付いて。ふと隣を見ると。 ……貴志さん…もしかして、泣いてる…? ……やだ…ない筈の母性本能が疼いちゃう……。
アタシは俯いてしまってる貴志さんの肩にコテンと頭を乗せて。膝の上で握り締められてる両手の拳を、アタシの両手で包んだ。優しく優しく。繊細な貴志さんの精神を少しでも慰められるように。溢れんばかりの愛と感謝の気持ちを込めて。
その後、澤木さんが貴志さんに用事があると言うので、そこで一旦お別れして。リザさんにスペシャルな薔薇のアーチの回廊を案内して頂いた。馨しい芳香を堪能しながら午後のひと時を満喫してたので、アタシは知る事はなかった。
あんな物騒なおっかないお話しをしていたなんて。
一欠片も知る由はなかったのだった。
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そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
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