IMprevu ―予期せぬ出来事―

天野斜己

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三年目の新婚クライシス

No,270 五月闇 其の二十一

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「それじゃ、結婚するんですね! おめでとうございます!!」
「…ありがとう…心情的には抵抗があるし、語弊があるんだけど、真唯さんたちのお陰だから…どうしても直接会ってお詫びとお礼を言いたかったの。」

まだ自分の体力に自信が持てないでいるアタシは講座は休んでるんだけど、由美センセから『是非直接話したい事があるから、少しでも良いから時間を作って欲しい』と云う趣旨のメールを頂いて。『色々と聞かれるんだろうなァ』とか『リザさんみたいに泣かれたらどうしよう』なんて心配して覚悟してたアタシは、入谷駅近くの蔵カフェでお目出度いニュースを聞かされ喜びに沸いたのだった。




その名の通り100年以上昔の蔵を改装リノベーションして造られたカフェは、アタシのブログにも載せてない穴場だ。ご主人ママさんが姪御さんと完全な趣味でってるお店で、近所の常連さんで充分経営が成り立ってるし最近は口コミで若いひとも増えてるらしい。鄙びたレトロな雰囲気が気に入って常連をやってる身としてはあんまりお客さんが増えて欲しくはないのだが(苦笑)。「…地元に近い人間わたしだって知らなかったお店なのに…毎度の事ながら感心するわ…」呆れたような表情かおの由美センセだが、会うなり謝られてしまったのには面食らってしまった。


「真唯さん、ごめんなさいっ!!」
店に駆け込んで来てアタシを見るなり側に駆け寄って、【ボレロ】を踊った後のギエムも真っ青の180度のお辞儀をしながらの謝罪には唖然としてしまった。こっちは何を突っ込まれるか戦々恐々としてたのに。とにかく座ってもらおうと思ったのに、なかなか顔を上げてくれないし。ともあれ先ずは注文をしないとお店にも迷惑になるからと、メニューを渡してオーダーを済ませて。それでも頑固に座らないから、思わずため息が出てしまった。『…お父さんに結婚に反対されてるって言ってたけど…この頑固さは間違いなくお父さん譲りだわ…』なんてかなり失礼な事を考えながら。
ようやく気が済んだらしい由美センセの話しを要訳すると、山中さんに改めて求婚プロポーズされたらしい。但し、お父さんの許可なしの、挙式のみの結婚式を。嬉し恥ずかしの表情かおに申し訳なさが含まれる事には由美センセの説明を聞いて納得してしまった。

「…一道さんが決心出来たのは、上井さんたちの事があったからなの…あんなに愛し合ってたお二人の心が離れてゆくのを目の当たりにして、怖くなってしまったんですって…もし何かの事件があっても、恋人と云う立場じゃ連絡すら来ない…『法的に夫婦になって安心したい』って、彼がそう言ってくれたの…」

そうして、冒頭の場面シーンへと戻るのである。






「…お二人がお付き合いを始めた時もそうでしたけど、山中さんは気にし過ぎなんですよ…まあ、律義で几帳面な処が、山中さんの魅力でもありますけど…」
「…まあねぇ…でも私は、そんな一道さんだからこそ、好きになったんだから…」
「…はいはい、ご馳走さまです…で、お式はどちらで…?」
「…今、教会を探してるところ…」
「…そこでお式だけ挙げる心算なんですか…?」
「…うん…もしもの時は籍だけ入れて、写真だけで済ます心算…」
「………………………」
「…一道さんがハネムーンの代わりに、海外旅行に連れて行ってくれるって言って聞かなくて…長期間の休みが取れるのは、夏休みしかないから…」
「………………………」
「…彼がせめてものお詫びに、バレエ公演を観に行こうって言ってくれて…シーズンオフだけど、公演そっちも今探してるとこなの…」
「……………しい…っ」
「…は…?」
「まどろっこしい! アタシに任せて下さい…っ!!」
「え…ちょ、ちょっ…真唯さん…っ」
何か叫んでる由美センセは放っておいて、アタシは一旦外に出るとスマホでリザさんにSOSを送った。アタシや優里ちゃんの無茶振りな結婚式を見事にプロデュースして下さったリザさんなら、由美センセと山中さんの為に素敵な結婚式を挙げさせる手腕を発揮して下さるのではないかと思ったのだ。アタシの電話にすぐに出て下さったリザさんは事情を話すと、案の定非常に乗り気になってくれて。
「任せといて! 最高の式を約束するわ!!」
頼もしいお言葉を頂戴して、由美センセをすぐに引っ張って行く事にした。かくして、『由美センセ&山中さんに素敵な結婚式を!!』と云う一大プロジェクトが発足したのだった。



アタシが納得するまで謝り倒そうとしていた由美センセの律義さが幸いした。この日はセンセが丸々一日オフで、【ドーヌム】を臨時休業にしてリザさんのお店でブライダルコレクションのファッションショーが繰り広げられ。その合間に由美センセの要望をリサーチしたリザさんが、可及的速やかに様々な事を決定し手配していったのである。
殊に由美センセの一人ファッションショーは非常に眼福ものであった。アタシは自分の時よりもよほど熱心に鼻息荒くウェディングドレス選びに夢中になってしまった。だって、由美センセってば、何着ても似合うんだもん♡ 最初はいきなりの事に戸惑いながらも、それでも由美センセは心の底からドレス選びを楽しんでたと思う。これで入籍だけで済まそうとしてたなんて、信じられない!! うん、ウェディングドレスは、乙女の夢だよね♪ それを諦めさせようとしてた山中さんの意思なんて、丸っと無視だ★ 三人でキャイキャイ言いながらあれこれ悩み、結局最後に由美センセが選んだのはバレリーナのチュチュ風のドレスだった。由美センセが着ると、ホントに花の妖精みたいに可憐だわ♡♡♡ 花冠ハクレイと生花のブーケと結婚指環マリッジリングを決めた頃にはすっかり辺りは暗くなっていたのだった。






「…成る程…あの冷静な男が、スマホを見るなり奇声を発していたのは、この件だったんですね…」
「山中さんも少しは反省して、慌てれば良いんですっ!!」
「…しかし、貴女と云う女性ひとは…話しに聞いてた以上の人の良さですね…」
「…話しって…?」
「…阿部や瀬尾や…そうそう、明石と云うSPからも色々と…」
「…ああ、SPさんたちですか…」
彼らには随分とお世話になってしまった。お部屋探しの時も見逃してくれたし、『恥を晒すようで非常に情けないのですが』と前置きした上で貴志さんが全てを話してくれた。貴志さんに逆らう事になってもアタシの精神こころを慮ってアタシを最優先に考えて行動してくれた事。しかも、クビになる事を覚悟の上で。思い返せば、辛かったけどあの時期は貴志さんから一時距離をおけた事は、アタシを心理的にかなり楽にしてくれたのだ。あの一人でぼんやり出来た期間は、かなり大事な時間だったのだと現在いまなら理解る。 ……アタシの精神こころは疲弊し切って、崩壊こわれる一歩手前だったのだから。それを考えると、そんな貴重な時間を捻出して死守して下さったSPさんたちには感謝の念しか湧かない。それでもなくとも日頃からお世話になりっ放しなのだから。特別ボーナスなんてすぐにお金に換算してしまうのもどうかと思ってしまう。リザさんと【提督閣下アドミラル】に相談してみよう、うん。思考が一周して戻って来たアタシは大事な話しを貴志さんにする事にした。

「それで貴志さん、アタシ、由美先生のお式のブライズメイドを頼まれたんですが。」
「…ほお…」
「『ほお』じゃありませんよ!」
「…何かご不満でも…?」
「…! …不満なんか、ありません…っ、…ただ…っ」
「?」
「…あの花の妖精に並んで歩かなきゃいけないんですよ…!?
…引き立て役なのは理解してますけど、差があり過ぎです…!!」
「………………………」






※ ※ ※






この自意識の低さはどうだろうと俺は不可思議でならない。確かに『佐藤由美』と云う女のドレス姿はそれなりに美しかった。真唯のスマホの中で微笑んでる花嫁姿は、あの山中君が夢中になってるだけあって可愛い部類に入るとは思う。だが、それだけだ。真唯が騒ぐ理由が理解不能だ。真唯だって化粧をして着飾ればかなりの美人に化ける事を俺は知っているし。本人も鏡は見てる筈なのに。「あァ~、拷問だァ~。でも、嬉しい~。嬉しいけど、哀しい~!」と頭を抱えてる。 ……何だ…この可愛い生き物は。撫でくり回したい欲望と衝動を堪え真面目な声で質問する。
「…実は私もリザから山中君のベストマンに任命されてしまいまして…具体的には何をすれば良いのでしょうか…?」
俺の一言に、ハムレットのように煩悶していた真唯が立ち直った。「そうだった…っ、…あのですね…っ」それから怒涛のように話し出した真唯の話しに相槌を打ちながら、俺は数日前のあの御方との会話を思い出していたのだった。






『…久し振りだな…』
「…お久し振りです…」

残業を持ち帰り仕事部屋にいた時。
防音完備だと云う部屋にいる時を狙い澄ましたように掛かって来る連絡にも驚きはしない。この御方に断罪される瞬間ときが、遂にやって来たのだ。



『…まあ、そんなに固くなるな…とは言っても無理か…』
「…はい…」
『…現在いまのお前の意識だと…英国イギリスの本部を離れて以来、初めてか…?』
「…はい、そうなります…」
『…この二十年の間の貸し借りも忘れてるのだから…仕方がないか…』
「………………………」
『………………………』
「………………………」
『………………………』
無言が心臓に痛い。
掌にジットリと汗が滲んで来る。
鼓動が嫌なリズムを刻み始める。
判決を待つ被告のような気分だ。
やがて。
『…お前なら理解しているとは思うが…』
「…はい…」
『…この私の「お気に入り」を害すると云う事が、どう云う事なのか…』
「………………………」
『…例え、やむを得ない事情であったとしても、傷付けたと云う事実は消せんぞ…』
「…理解っております…覚悟は出来ております…」
『………………………』
「どうか、ご存分に…!」
一瞬、真唯つま表情かおが脳裏を過ったが。
その彼女を追いつめたのは、この俺だ。
罰は受けねばならない。

が、しかし。
直ぐに下されると思われた罪状は、なかなか告げられない。
そうして、しばしの沈黙の後、大きなため息が聴こえた。
『…愚か者…』
と。

頭の中で大きな疑問符を浮かべて無言になっていると。
『…お前をどうにかすれば…悲しむのは誰だ…』
考える間でもなかった。
唯一の愛する女性(ひと)の笑顔が浮かぶが、通話の向こうの相手も同じ面影を思い浮かべてらっしゃるのだろう。厳格だった雰囲気がふいに柔らかくなった事に驚愕する。そして改めて、この御方の『お気に入り』と云う存在の重要性を思い知らされる。



『…まあ、とにかく…』
「…はあ…」
『…とりあえずは、最愛の妻である女性を大事にして、尽くす事だ…』
「………………………」
『…私が今日言いたかったのは、それだけだ…』
「…澤木様…っ!」
『そうそう、言い忘れた。近い内に、お前の片腕が身を固める。』
「…は…?」
『しかもその伴侶は、あの娘(こ)がお世話になってる女性(ひと)だ。』
「………………………」
『何かあったら、遠慮なく頼れ。力を貸そう。』
「…っ!! …あ、ありがとうございます…っ!!」
『じゃあな。』





―――真唯。


俺は、英国(イギリス)での澤木様しか、存じ上げない。



あんな声を出せる方は―――知らなかった。



あの御方にあんな声であそこまで言わせてしまう君を素直に称賛しよう。
だが、それ以上に。

君は既に俺にとっては、なくてはならない存在(ひと)だ。

だから、他の誰にも渡しはしない。





―――例え、それが。



他ならぬ、過去の“俺”自身であったとしても―――






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