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三年目の新婚クライシス
No,260 五月闇 其の十一
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嗚呼、空が青い。
遠くで鳥が鳴く声が聴こえる。
アタシは荒川の土手に、ぼんやりと座ってた。
離婚は結婚の何倍もの気力や労力が必要だと良く聞くけれど、アタシの場合はただただ淡々と過ぎてしまった。浮気とか性格の不一致とか、そんな普通の理由ではないからかも知れない。
……ただ。
……夫の中から、妻がいなくなってしまっただけだから。
慰謝料を請求する心算もないし。
子供がいなかったのも良かった。
あれから数日が過ぎたけど。
荷物の整理は遅々として進まない。
生活するのに必要最低限な物しか開けてない。
部屋の隅には段ボールが山積みだけど整理する気力が湧かないのだ。
ただ、ご飯だけは、ちゃんと食べてる。
お腹が空くから、二食はキチンと取ってる。
思えばアタシの脆い精神にとっては、『貴志さん』の中からアタシの存在が消えて、あの冷たい瞳で見られた事が一番堪えたのだ。“ダイヤモンドダスト”の異名は伊達じゃなかったのだ。
バイトをする心算だったけど、そんな気力は残念ながら失せてしまった。
幸い『貴志さん』がアタシのお金を使わせてくれなかったから、当分は余裕で暮らす事が出来る。有り難い事だ。当時は生活費を払わせてもらえなかった事が辛かったけど、人生は何が幸いするか理解らないものだ(苦笑)。
アタシは引っ越しをすると、先ずはそこの土地の氏神様に参拝させて頂く事にしてる。ここの氏神様とは明治の始めに皇大神宮から勧請されたと云う天照大御神様であらせられた。早速自転車でお参りに赴いた。こじんまりとした御社は小さいけど清潔に清められてて、地元の尊崇を集めてるのを感じた。お賽銭は五円玉をあげて新たな御縁に感謝を申し上げた。
『御縁を頂きまして、ありがとうございます。
これからこの土地に住まわせて頂きます。
どうぞ、よろしくお願い致します。』
と。
新しい住所を申し上げるのに少しだけ苦労して。
総本宮である伊勢神宮に『貴志さん』とご一緒した、懐かしく優しい思い出にはしっかり蓋をしたけれど。
今年は空梅雨のようで、あまり雨が降らない。
農家の皆さまには大変だろうと思うけど、アタシ的には助かってる。
部屋の中にいると息が詰まりそうになるから、こうして外に出られるのは非常に有り難い。これで雨で部屋に閉じ込められてたら、もっと陰々滅々な気分に陥ってる事だろう。
新しいサテンを開拓して美味しい珈琲を飲みたいとか、そんな気分にも到底なれない。相変わらず食べ物や飲み物を“美味しい”とは思えないからだ。花や緑、そしてこの青い空も、心から“綺麗”とは思えない。来月には由美センセとバスツアーを申し込んでたけど、キャンセルするしかなさそうだ。でも、その手続きすらも、今のアタシにすればメンドイ。キャンセル料金が発生するのは当分先だから、まだ余裕がある。何より由美センセに連絡しなければならない事が未だシンドイから。そう云えばいつの間にか西大寺展も終了してしまってた。浄瑠璃寺の吉祥天を『貴志さん』に見せてあげるのを楽しみにしてたのだが……どうやらとことん御縁がないらしい(苦笑)。
必然的に去年の奈良旅行を思い出してしまう。
『貴志さん』のご好意で見せて頂いた浄瑠璃寺の秋の彼岸会を。
……あの時の幻想的な光景を…アタシのブログ記事を読んでくれた夫の満足そうな表情を……
『一条さん』にスマホを返してしまって、引っ越して電話を契約したが、未だ誰にも連絡してない。色んな人達に心配させてしまっている事は、本当に申し訳ないと思ってる。リザさんを始め、トーシローにマッツン、優里ちゃんに由美センセたち。でも……今は、誰とも話したくはない…『貴志さん』との共通の知り合いとは、どんな表情をしたら良いのか理解らないし…同情も慰めも、今のアタシには何も要らない……。我ながら酷い奴だと思うけど精神のどこかが麻痺してて、これで見捨てられてしまうならその人とは関係を断っても良いとさえ思ってしまってる。
現在のアタシはただ、機械的に寝て起きてご飯を食べて。
呼吸をして動いてるだけに過ぎない。
生ける屍も同然だ。
“羞恥心”と云うものをどこかに落として来たアタシは、そのままゴロリと横になってしまう。視界に青い空と白い雲しか入らなくて、このまま空に吸い込まれたら楽になれるかな……なんて、馬鹿げた事を考えてしまう。
けれど、眼を瞑れば思い出すのは、あの夫の事だ。
あれは春の事だった。
彼と初めて花見をしたのだ。
彼にアタシのとっておきの場所を見せてあげたかった。
手作りのお弁当を喜んでくれて。
こんな風に寝転がって。
桜がとても綺麗で。
……ああ…ダメだ。
何をしても、夫の事を思い出してしまう。
『一条さん』は、もう離婚届を提出しただろうか。
今頃、本当の独身貴族を謳歌してるかも知れない。
【上井】姓にするなんて、申し訳ない事をしてしまった。
アタシの姓だから、正式な離婚が成立後に色々な変更をしなくて済んでアタシ的には助かってしまったけれども。
こんな時にも妙に現実的な事を考えてしまう自分がおかしくて。
陽も傾いて肌寒くなってきたので、そろそろ戻ろうと腰を上げた。
風邪を引いたって看病してくれる人などいないのだから。
ここ最近すっかり顔馴染みになってしまってるお弁当屋さんでお弁当を適当に購入して帰途に着く。昔この沿線に住んでた頃には、お弁当を購入するにしても、月に一、二度にはその名も『ごはんの國』と云う名前のお店の味を楽しんだものだった。その名前の通り“お米”に拘ってるお店でお米を選ぶ事が出来るのだ。魚沼産コシヒカリが有名だが秋田美人だって美味しいし、北海道産の『夢ピカリ』だってとっても美味しかった。そこで売ってるキュウリの糠漬けなんて絶品で、これだけでアタシはご飯を二杯は食べる事が出来た。ここで買うお弁当や月に一度食べる定食なんて、ささやかな自分ご褒美だったのだ。
だけど現在は、そんな気には到底なれそうにない。
お弁当屋さんに並んでる人たちは服装も職種も様々だ。けれど、一つだけ共通点がある。それは“働いて、自分で稼いでる”と云う点だ。一日の労働を終えて、夕飯を作るのも大変だからこうして購入してるのだ。無気力で何も手がつかずに仕事もせずに一日をぼんやりとただ生きてるだけのアタシとは違う。人様が作って下さるお弁当を購入するのも申し訳なくなってしまう程だ。小菅の駅近くにも『ご飯の國』の支店はあったけど、とても行ける気はしない。家に帰っても『ただ今』を言う気力もない。今のアタシにはかつての“同居人”もいない。あれ程手を掛けていた【スノウホワイト】を病気にしてしまったのだ。梅はマメに剪定しないと枝も収拾つかなくなる事は知ってた。けれど花もつけなくなって、遂には枯れてしまったのだ。あの娘は“家出”をして【インカローズ】をダメにしてしまった代わりに大事にしようと思って買って来たコだった。二年生きたのだから、寿命だったのかも知れない。けれどどうしても、アタシが殺してしまったように思えてならない。当分花や植物を買う気にはなれそうにない。以前は麦茶を作りおきしてたけど、今は市販の緑茶や麦茶を買ってる。そのお茶でお弁当を食道に流し込み、胃の中におさめる。そうすれば勝手に栄養になってくれるだろうから。相変わらず味がする事はなかった。
などと罰当たりな生活をしてたから。
どうやら本当に風邪を引いてしまったらしい。
と言っても高い熱が出た訳ではない。
微熱が出て、身体がダルイだけなのだ。
しかし、アタシにとっては、こっちの方が性質が悪い。
アタシの場合、高い熱が出てくれた方が楽なのだ。
気分的にハイになってやたらと元気が出て来て一晩で治ってしまう。
微熱がいつまでも続く方がよほど面倒なのだ。
けれど出てしまったものは仕方がない。
高熱ではないのだから、冷えピタなどを使う程ではない。
ひたすら栄養を摂って、睡眠を取るしかないのだ。
『栄養』と云うと直ぐにレバニラ炒めを想像してしまうアタシは、“干物女”を通り越して“オッサン”の域に突入してるだろう(苦笑)。こんな女があんな男性の奥さんなんて、やっぱり分不相応だったんだ。
まだ見慣れない天井を眺めてると浮かんで来るのは、かつて旦那さまだった優しい夫の面影だ。ねずみの魔法の国へのデートを計画してたのに、過労と風邪で倒れてしまった男性を看病した恋人時代の優しい記憶。あの頃はまだそんなに料理が得意じゃなくて、マッツンに相談してレシピを教えてもらっておじやを作ったのだ。お鍋いっぱいに作ったものを全部食べてもらえて嬉しかった。お祖母ちゃんの水枕を使って必死に看病してしまった。あの男性は身体が辛くて苦しかったかも知れないが、アタシにとっては弱った彼の側にいさせてもらえた嬉しく甘い思い出だ。しかし、翌日にはケロッとして治ってしまった彼に貪られてしまったのは、ねずみをこよなく愛するオジサンのアタシに対する仕返しだと信じてる(苦笑)。
アタシにとって『ねずみ』と云えば思い出すのは『くるみ割り』だ。スーパーゼネコンの専務だったあの男性は職権乱用して特別席を用意して正にスペシャルな森下さんのクララを堪能させてくれたのだ。その後もNBSの【パトロン】になったりしてアタシに最高のバレエ鑑賞環境を作ってくれた。
そんな特別な日を彩ってくれたのは、【IMprevu】だった。
IMprevu
フローラルな薫りがウッディに劇的に変化する名香だった。
アタシに香りの美しさ、優雅さ、繊細さ、それを楽しむ事を教えてくれた。
特別な場面では、必ずと言えるほど愛用してた。
ただ、日本にCoty社の輸入総代理店がなくなり、その内に廃盤になってしまったが、『貴志さん』がどう云うルートなのかは判別らないが、特別に輸入してくれてたのだ。夫がいなくなってしまった現在、もう二度と手にする事も叶わない。マンションのアタシの部屋にあった分は置いて来た。
IMprevu
仏蘭西語で“予期せぬ出来事”を意味する。
―――でも。
こんな哀しい“予期せぬ出来事”なんか。
一生、経験したくはなかった―――
遠くで鳥が鳴く声が聴こえる。
アタシは荒川の土手に、ぼんやりと座ってた。
離婚は結婚の何倍もの気力や労力が必要だと良く聞くけれど、アタシの場合はただただ淡々と過ぎてしまった。浮気とか性格の不一致とか、そんな普通の理由ではないからかも知れない。
……ただ。
……夫の中から、妻がいなくなってしまっただけだから。
慰謝料を請求する心算もないし。
子供がいなかったのも良かった。
あれから数日が過ぎたけど。
荷物の整理は遅々として進まない。
生活するのに必要最低限な物しか開けてない。
部屋の隅には段ボールが山積みだけど整理する気力が湧かないのだ。
ただ、ご飯だけは、ちゃんと食べてる。
お腹が空くから、二食はキチンと取ってる。
思えばアタシの脆い精神にとっては、『貴志さん』の中からアタシの存在が消えて、あの冷たい瞳で見られた事が一番堪えたのだ。“ダイヤモンドダスト”の異名は伊達じゃなかったのだ。
バイトをする心算だったけど、そんな気力は残念ながら失せてしまった。
幸い『貴志さん』がアタシのお金を使わせてくれなかったから、当分は余裕で暮らす事が出来る。有り難い事だ。当時は生活費を払わせてもらえなかった事が辛かったけど、人生は何が幸いするか理解らないものだ(苦笑)。
アタシは引っ越しをすると、先ずはそこの土地の氏神様に参拝させて頂く事にしてる。ここの氏神様とは明治の始めに皇大神宮から勧請されたと云う天照大御神様であらせられた。早速自転車でお参りに赴いた。こじんまりとした御社は小さいけど清潔に清められてて、地元の尊崇を集めてるのを感じた。お賽銭は五円玉をあげて新たな御縁に感謝を申し上げた。
『御縁を頂きまして、ありがとうございます。
これからこの土地に住まわせて頂きます。
どうぞ、よろしくお願い致します。』
と。
新しい住所を申し上げるのに少しだけ苦労して。
総本宮である伊勢神宮に『貴志さん』とご一緒した、懐かしく優しい思い出にはしっかり蓋をしたけれど。
今年は空梅雨のようで、あまり雨が降らない。
農家の皆さまには大変だろうと思うけど、アタシ的には助かってる。
部屋の中にいると息が詰まりそうになるから、こうして外に出られるのは非常に有り難い。これで雨で部屋に閉じ込められてたら、もっと陰々滅々な気分に陥ってる事だろう。
新しいサテンを開拓して美味しい珈琲を飲みたいとか、そんな気分にも到底なれない。相変わらず食べ物や飲み物を“美味しい”とは思えないからだ。花や緑、そしてこの青い空も、心から“綺麗”とは思えない。来月には由美センセとバスツアーを申し込んでたけど、キャンセルするしかなさそうだ。でも、その手続きすらも、今のアタシにすればメンドイ。キャンセル料金が発生するのは当分先だから、まだ余裕がある。何より由美センセに連絡しなければならない事が未だシンドイから。そう云えばいつの間にか西大寺展も終了してしまってた。浄瑠璃寺の吉祥天を『貴志さん』に見せてあげるのを楽しみにしてたのだが……どうやらとことん御縁がないらしい(苦笑)。
必然的に去年の奈良旅行を思い出してしまう。
『貴志さん』のご好意で見せて頂いた浄瑠璃寺の秋の彼岸会を。
……あの時の幻想的な光景を…アタシのブログ記事を読んでくれた夫の満足そうな表情を……
『一条さん』にスマホを返してしまって、引っ越して電話を契約したが、未だ誰にも連絡してない。色んな人達に心配させてしまっている事は、本当に申し訳ないと思ってる。リザさんを始め、トーシローにマッツン、優里ちゃんに由美センセたち。でも……今は、誰とも話したくはない…『貴志さん』との共通の知り合いとは、どんな表情をしたら良いのか理解らないし…同情も慰めも、今のアタシには何も要らない……。我ながら酷い奴だと思うけど精神のどこかが麻痺してて、これで見捨てられてしまうならその人とは関係を断っても良いとさえ思ってしまってる。
現在のアタシはただ、機械的に寝て起きてご飯を食べて。
呼吸をして動いてるだけに過ぎない。
生ける屍も同然だ。
“羞恥心”と云うものをどこかに落として来たアタシは、そのままゴロリと横になってしまう。視界に青い空と白い雲しか入らなくて、このまま空に吸い込まれたら楽になれるかな……なんて、馬鹿げた事を考えてしまう。
けれど、眼を瞑れば思い出すのは、あの夫の事だ。
あれは春の事だった。
彼と初めて花見をしたのだ。
彼にアタシのとっておきの場所を見せてあげたかった。
手作りのお弁当を喜んでくれて。
こんな風に寝転がって。
桜がとても綺麗で。
……ああ…ダメだ。
何をしても、夫の事を思い出してしまう。
『一条さん』は、もう離婚届を提出しただろうか。
今頃、本当の独身貴族を謳歌してるかも知れない。
【上井】姓にするなんて、申し訳ない事をしてしまった。
アタシの姓だから、正式な離婚が成立後に色々な変更をしなくて済んでアタシ的には助かってしまったけれども。
こんな時にも妙に現実的な事を考えてしまう自分がおかしくて。
陽も傾いて肌寒くなってきたので、そろそろ戻ろうと腰を上げた。
風邪を引いたって看病してくれる人などいないのだから。
ここ最近すっかり顔馴染みになってしまってるお弁当屋さんでお弁当を適当に購入して帰途に着く。昔この沿線に住んでた頃には、お弁当を購入するにしても、月に一、二度にはその名も『ごはんの國』と云う名前のお店の味を楽しんだものだった。その名前の通り“お米”に拘ってるお店でお米を選ぶ事が出来るのだ。魚沼産コシヒカリが有名だが秋田美人だって美味しいし、北海道産の『夢ピカリ』だってとっても美味しかった。そこで売ってるキュウリの糠漬けなんて絶品で、これだけでアタシはご飯を二杯は食べる事が出来た。ここで買うお弁当や月に一度食べる定食なんて、ささやかな自分ご褒美だったのだ。
だけど現在は、そんな気には到底なれそうにない。
お弁当屋さんに並んでる人たちは服装も職種も様々だ。けれど、一つだけ共通点がある。それは“働いて、自分で稼いでる”と云う点だ。一日の労働を終えて、夕飯を作るのも大変だからこうして購入してるのだ。無気力で何も手がつかずに仕事もせずに一日をぼんやりとただ生きてるだけのアタシとは違う。人様が作って下さるお弁当を購入するのも申し訳なくなってしまう程だ。小菅の駅近くにも『ご飯の國』の支店はあったけど、とても行ける気はしない。家に帰っても『ただ今』を言う気力もない。今のアタシにはかつての“同居人”もいない。あれ程手を掛けていた【スノウホワイト】を病気にしてしまったのだ。梅はマメに剪定しないと枝も収拾つかなくなる事は知ってた。けれど花もつけなくなって、遂には枯れてしまったのだ。あの娘は“家出”をして【インカローズ】をダメにしてしまった代わりに大事にしようと思って買って来たコだった。二年生きたのだから、寿命だったのかも知れない。けれどどうしても、アタシが殺してしまったように思えてならない。当分花や植物を買う気にはなれそうにない。以前は麦茶を作りおきしてたけど、今は市販の緑茶や麦茶を買ってる。そのお茶でお弁当を食道に流し込み、胃の中におさめる。そうすれば勝手に栄養になってくれるだろうから。相変わらず味がする事はなかった。
などと罰当たりな生活をしてたから。
どうやら本当に風邪を引いてしまったらしい。
と言っても高い熱が出た訳ではない。
微熱が出て、身体がダルイだけなのだ。
しかし、アタシにとっては、こっちの方が性質が悪い。
アタシの場合、高い熱が出てくれた方が楽なのだ。
気分的にハイになってやたらと元気が出て来て一晩で治ってしまう。
微熱がいつまでも続く方がよほど面倒なのだ。
けれど出てしまったものは仕方がない。
高熱ではないのだから、冷えピタなどを使う程ではない。
ひたすら栄養を摂って、睡眠を取るしかないのだ。
『栄養』と云うと直ぐにレバニラ炒めを想像してしまうアタシは、“干物女”を通り越して“オッサン”の域に突入してるだろう(苦笑)。こんな女があんな男性の奥さんなんて、やっぱり分不相応だったんだ。
まだ見慣れない天井を眺めてると浮かんで来るのは、かつて旦那さまだった優しい夫の面影だ。ねずみの魔法の国へのデートを計画してたのに、過労と風邪で倒れてしまった男性を看病した恋人時代の優しい記憶。あの頃はまだそんなに料理が得意じゃなくて、マッツンに相談してレシピを教えてもらっておじやを作ったのだ。お鍋いっぱいに作ったものを全部食べてもらえて嬉しかった。お祖母ちゃんの水枕を使って必死に看病してしまった。あの男性は身体が辛くて苦しかったかも知れないが、アタシにとっては弱った彼の側にいさせてもらえた嬉しく甘い思い出だ。しかし、翌日にはケロッとして治ってしまった彼に貪られてしまったのは、ねずみをこよなく愛するオジサンのアタシに対する仕返しだと信じてる(苦笑)。
アタシにとって『ねずみ』と云えば思い出すのは『くるみ割り』だ。スーパーゼネコンの専務だったあの男性は職権乱用して特別席を用意して正にスペシャルな森下さんのクララを堪能させてくれたのだ。その後もNBSの【パトロン】になったりしてアタシに最高のバレエ鑑賞環境を作ってくれた。
そんな特別な日を彩ってくれたのは、【IMprevu】だった。
IMprevu
フローラルな薫りがウッディに劇的に変化する名香だった。
アタシに香りの美しさ、優雅さ、繊細さ、それを楽しむ事を教えてくれた。
特別な場面では、必ずと言えるほど愛用してた。
ただ、日本にCoty社の輸入総代理店がなくなり、その内に廃盤になってしまったが、『貴志さん』がどう云うルートなのかは判別らないが、特別に輸入してくれてたのだ。夫がいなくなってしまった現在、もう二度と手にする事も叶わない。マンションのアタシの部屋にあった分は置いて来た。
IMprevu
仏蘭西語で“予期せぬ出来事”を意味する。
―――でも。
こんな哀しい“予期せぬ出来事”なんか。
一生、経験したくはなかった―――
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