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二年目の新婚夫妻(バカップル)
No,229 仏友との女二人旅 in 奈良 其の三
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奈良の帝都ホテルご自慢の朝食である茶粥弁当でエネルギーを満タンにしたアタシと優里ちゃんは。宿泊客に無料でレンタルしてる自転車を借りて、奈良市内観光へいざ出発!! である。
最初のお目当ては。
【興福寺】
五重塔が奈良のシンボルと化してる、超有名な法相宗の大本山である。当時の権力者であった藤原氏の氏寺として創建された為、平安の都に政治の中心が移って以後も栄え続けた。五重塔と東金堂のコンボを見れば(…嗚呼…ホントに奈良へ来る事が出来たんだなァ…)との感慨がシミジミと湧いて来る。その隣では中金堂が再建中であるが。勧進所が設けられていたので、寄進を弾んでおいた。こんな時は出し惜しみはしないのが“上井真唯流”なのだ。
そしてそのまま奥にある【国宝館】に向かう。ここは“仏友”であるアタシと優里ちゃんにとっては、正しくお宝の山なのだ。先ずは巨大な千手観音像に今回やっと奈良の御寺に御縁を頂けた事を感謝申し上げる。この観世音菩薩立像は【食堂】の御本尊であったお像だ。食堂跡に建てられた国宝館では主の如く、五メートル以上ある巨体でこの館全体を見守ってらっしゃる。この千手観音像は千の手が実に精密に造られた逸品であるが、こうやって“展示”されているとアタシにとっては信仰の対象と云うより“仏”を見る“スウィッチ”が入ってしまう。
優里ちゃんとはここで解散だ。彼女は俗に言う“アシュラー”なので、アノ超有名なお像の前に走って行ってしまうのだがアタシは違う。アタシのお目当ては【天燈鬼】だ。いつもは四天王に踏み付けにされてる邪鬼さんが独立して主役になってる珍しいお像なのである。龍燈鬼と言うお像と対になっていて、一般的には龍燈鬼の方が評価が高いが。アタシは何てたって天燈鬼さん援護擁護派である(笑)。額に第三の眼を持ち、朱い逞しい身体で絶妙なバランスを保ち。『オレは、仏燈籠を灯すお役目を頂いてるんだァ~~ッ!!』との力の入った使命感と躍動感が、アタシには堪らなく魅力的に感じるのだ。龍燈鬼は運慶の三男である康弁の作とされていて、天燈鬼の作者は不明のままである。だが、例え名のある仏師の作ではなくとも構わない。あの有名な阿修羅像なんかよりも、アタシに絶大な吸引力をもたらすのだから。
阿修羅像は“少年のような憂いに満ちた表情”などと称され絶大な人気を誇ってるが。あの像が実は髭をたくわえた美中年である事を知ってる人はどれくらいおられる事だろう。朱色の身体をした復元図を見たら、全国の“アシュラー”の皆さまはドン引きされてしまわれるのではなかろうか(苦笑)。
この国宝館には他に八部衆立像や十大弟子立像などがあるが、アタシにはもう一つ大好きなお像がある。厨子入りの吉祥天倚像だ。福徳の女神らしく豊満な御姿で、装いは華麗にして豪奢である。お正月に行われた『吉祥会』の御本尊であったと言うから納得である。思わず手を合わせたくなる有り難さに満ちている。
その他のお像も丁寧に見て回って。二人でお腹一杯になったら、次の御寺へ向かう。三重塔と北円堂と南円堂は今日は勿体ないがパスさせて頂く。(その昔、上野の国立博物館に出張して来られた【無著・世親菩薩立像】は秀逸だったなァ~)との未練を残しながら。
【東大寺】
説明の不要な奈良を代表する大寺院である。
華厳経で三千世界をあまねく照らす毘盧遮那仏。
“奈良の大仏”は奈良の代名詞である。
南大門の前にある駐輪場にチャリンコを停めて。
今日も大迫力の金剛力士像の間を通過させて頂く。
奈良は常連のアタシと優里ちゃんは大仏殿は華麗にスルーして。
中門を左へと折れて、【戒壇堂】へ向かう。
ここには塑像の傑作である四天王立像があらっしゃる。大仏殿の華やぎから少し離れた場所にあり観光客も少なく、静かに仏像と相対したい人間にとっては絶好のロケーションだ。この小さな御堂に初めて足を踏み入れた日の感激を、アタシは生涯忘れる事は出来ないだろう。外から差し込む淡い自然光と蝋燭の光だけが堂内を照らし出し、その中に世の東西南北を守護する武将神が四体浮かび上がる。土で創り上げられた塑像ならではの風合いと風格が、狭い堂内を心地好い緊張感で包んでくれているのが判るのだ。僧侶に戒律を授けるに相応しい品格を感じる。その静かなるエネルギーの磁場を守っているのは、紛れもなくこの四体の大地より産まれ出でたる守護神だ。そしてこの武神たちと対になっている邪鬼たちだ。小さな御堂の中、他の数少ない観光客の皆さまは静かに四天王像に見入るが。そんな中、アタシがどうしても注目してしまうのは、足元の邪鬼さんたちだ。
持国天の邪鬼はかなり気の毒だ。
何と言っても顔面を足蹴にされてるのだから。
だが少しでも動けば持物の剣で刺し貫かれると理解ってるのか、
『あ痛てて! 調子に乗るなよ、この野郎!!』
との無言の不平不満が聴こえて来るようで実に可笑しい。
増長天の邪鬼は、それ以上に愉快だ。腹の上に乗り上げられ、頭頂を足で抑えつけられている苦痛の様相を一切見せない。それどころか。足を組みリラックスした様子で、足を乗せられた腹もまるで邪鬼自らが
『腹っキンッ!!』
と、己の腹筋の力強さを誇示しているかのように見えてしまうのだから(笑)。
そしてアタシが一番好きなのは、多聞天の邪鬼さんだ。
一見憎々し気に、踏み付けている多聞天を睨み上げているかのように見える。
だがアタシには、とてもそのようには思えないのだ。
見上げている先は多聞天の顔を通り越し……右手の上に見えて仕方がない。
そう……宝塔である。
四天王が守護する仏法そのものを意味するとされるが、自己が踏み躙られる事によって強調される仏の教えの有難さが眩い光を放ち邪鬼に憧憬の念を抱かせているのか。
が、しかし。
邪鬼さんの。彼の瞳を見詰めていると、それさえも超越して見えるのだ。結局、彼の両眼は何ものをも映していないのではないかと思えるほど謎めいて見える。まるで今、あるがままの痛みを黙って受け入れている苦行僧のような思慮深ささえうかがわせ……。「邪鬼の瞳」が透徹した泉を覗くかのような心地にさせ、その奥深さに吸い込まれそうになる。
この邪鬼はある意味、四体の四天王像より魅力的な存在なのだ。
少なくともアタシにとっては。
アタシと優里ちゃんは戒壇堂の四天王像(と邪鬼さん)を拝観する時は、回りをメリーゴーラウンドのように何回も回って観る“グルグル族”になってしまうが。この日も気が済むまで二人でグルグルして。満腹になったら、次の目的地に向かう。
綺麗に掃き清められたお庭の片隅に咲く色鮮やかなキバナコスモスが頭を揺らし見送ってくれた。
大仏殿を挟むようにした戒壇堂の向かい側。
若草山が間近に迫る【法華堂(通称 三月堂)】にも邪鬼像の傑作がある。
などと言えば、日本語的に可笑しい気もするが(苦笑)。
此処はアタシなどがわざわざ言及するまでもなく、所謂“天平彫刻の宝庫”とも呼ばれる御堂だ。御本尊の不空羂索観音さまをはじめ、十八体の諸仏諸尊が井戸端会議さながらに群像させられているのも、まあ珍しい図ではなかろうか。アタシの名誉の為に言い添えるが、これは決して悪口ではない。誰がはじかれる事もなく、誰の話も少しずつ受け入れられて、一巡して最初の話題に戻っていくような……神々の囁きを余す事なく聴ける『井戸端会議』を開いている。こんな場所は他にはあるまい。そして見るからに他院・他堂からの寄せ集めと判るお像をここまで調和のとれた一体感を醸し出す、空間への演出力に誰がケチをつけられようか。天の邪鬼を自認するアタシもそこまでの不心得者ではない。良いものは良いのだ。ましてや邪鬼さんたちがその空間を乱す事なく、却ってこの劇団を構成する一演者としての役割を担っているのだから放ってはおけない。
まあ何はともあれ、御本尊にご挨拶が筋であろう。
この不空羂索観音立像も天平仏の傑作であると思うが。
いかんせん背後の光背の高さがあっていないのがつくづく残念である。どうやら御堂の高さに合わせて光背を切ってしまったらしいのだ。本来なら正面の合掌された両手でお持ちの水晶玉を中心に、光背の放射光があまねく世界を照らすが如くそれは美しい仏像のカタチを創り出しているのに。返す返すも無念である(この立派な光背を観て、山梨の初旅行での旦那さまを思い出してしまったのは余談だ/笑)。
御本尊にご挨拶を済ませたら、“仏友シスターズ”は一時解散である。
それぞれお互いが納得のゆくまで自分たちのお気に入りの“仏”を観るのである。
アタシは早速四天王像の下に踏ん付けられてる邪鬼さんに大注目である。
その中でも(巧者だねェ~~)と唸らせられるのが、増長天の邪鬼さんたちである。
邪鬼たち。
そう、増長天さまは、左右の足をそれぞれ二人の邪鬼に乗せていらっしゃるのだ。何と言う贅沢さであろう!(笑)。しかし、この二人が実は演技派でちゃっかり者だから、
『ささ、こっちのおみ足はあっしに。そちらはそいつに。』
ってな具合に、二人で使役される苦労を半減しあうと云うズルをしている。そして文字通り“持ち上げて”(笑)、大将には良い気分になって頂いて。お役目を果たしながらも、彼らは自分が愉しむ事は決して忘れていないのだ。諸仏が集う荘厳な世界から下界を覗き込むように。内陣の欄干の間からこちらを盗み見て、愉しんでいるのが見えるのだから。お二方とも猿のようなお顔で(失礼!)歯を剥き出し笑っている。『へへへ、キキキッ!』と奇声を上げたいのを必死に我慢しながら、それでも『アイツは…、コイツは…』と拝観にやって来る人間観察を繰り広げ愉しんでいらっしゃるのだ。
長い長い槍のような持物(多分、戟)を持ちながら渋いお顔の増長天も、ご自分の足元からボソボソと聞こえて来る掛け合い漫才を『仕方のない奴よ』と嘆きながらも殊更咎める事もない。さすが御大将、広い度量をお持ちである。何てったって千何百年も昔からこの状態で、この先何百年続くか判らないのだから。この程度のお遊びは許容の範囲内と言う事か。
人々の信仰心がこの東大寺を支える限り、御仏たちはその対象であり続けるだろうし、邪鬼さんたちのささやかな暇つぶしもきっと……
ただこの法華堂は全体的に暗く、最後方の広目天や多聞天は双眼鏡を使っても殆ど見えない。ましてやその足元は言うに及ばずである。
一度じっくり、このお二方の下にいらっしゃる邪鬼さんたちの声にも耳を傾けたいと思っているのだが―――
じっくりたっぷり天平仏を堪能したアタシたちは。
お水取りで有名な【二月堂】から奈良市内の景色を堪能して。
ふと前回の奈良旅行では見られなかった光景に眉を顰める。
列を作って並んでるいわゆる“御朱印ガール”の存在である。
御集印が悪い事とは決して言わない。しかし、参拝は済んでいるのかと、アタシは問いたい。ただのスタンプラリーの感覚でいるのなら、断固として止めて頂きたいものである。
僅かなしこりの感情を残して、アタシたちは東大寺を後にした。
こころゆくまで“仏”を堪能したアタシと優里ちゃんは、遅い昼食をとる事にした。
【春日荷茶屋】
春日大社の神苑前にある観光客に人気のお店である。
大分遅くなってしまったので、あんまり人がいないのが嬉しい。
お天気が良いから、外に設えられた縁台の緋毛氈の上に座る。
季節の万葉粥御膳をオーダーして。
名物の柿の葉寿司と共に頂く。
食後にアタシは珈琲を。
優里ちゃんは紅茶を飲みながら繰り広げるのは“仏談議”である。
「ああ…やっぱり、阿修羅像は良かったなぁ…」
「………………………」 ……まあ、嗜好は個人の自由だね。
「上野で、背後の御姿を拝見出来た時は興奮したなァ…!」
「………………………」 ……平成館で有明の某祭典並みに並んでね!
「もう一回来てくれないかなァ…っ!」
「………………………」 ……あの蛇のとぐろ状態に並ばなければね!
「戒壇堂の広目天も素敵でしたね!」
「それは、激しく同感。」
「…邪鬼ばっかり見てた癖に。」
「習性、習性♪」
「三月堂の日光・月光菩薩も良かったですねェ~」
「うん…静謐で、いつ観てもしっとりしてる艶っぽさがあるよねェ…」
「執金剛神立像、私も見たかったなァ…!」
「金剛力士像の原型になっただけあって、素晴らしかったわよォ~~ッ!!」
「もう少し早く、真唯さんと出会いたかった…!!」
「フォーフォッフォッフォッ! 悔しかったら、12月16日に休みを取ったんさい!!」
「う~、その喪黒福造笑い、ムカつくゥ~~ッ!!」
夫婦喧嘩ならぬ。
仏友喧嘩も、犬は食さないのである(笑)。
最初のお目当ては。
【興福寺】
五重塔が奈良のシンボルと化してる、超有名な法相宗の大本山である。当時の権力者であった藤原氏の氏寺として創建された為、平安の都に政治の中心が移って以後も栄え続けた。五重塔と東金堂のコンボを見れば(…嗚呼…ホントに奈良へ来る事が出来たんだなァ…)との感慨がシミジミと湧いて来る。その隣では中金堂が再建中であるが。勧進所が設けられていたので、寄進を弾んでおいた。こんな時は出し惜しみはしないのが“上井真唯流”なのだ。
そしてそのまま奥にある【国宝館】に向かう。ここは“仏友”であるアタシと優里ちゃんにとっては、正しくお宝の山なのだ。先ずは巨大な千手観音像に今回やっと奈良の御寺に御縁を頂けた事を感謝申し上げる。この観世音菩薩立像は【食堂】の御本尊であったお像だ。食堂跡に建てられた国宝館では主の如く、五メートル以上ある巨体でこの館全体を見守ってらっしゃる。この千手観音像は千の手が実に精密に造られた逸品であるが、こうやって“展示”されているとアタシにとっては信仰の対象と云うより“仏”を見る“スウィッチ”が入ってしまう。
優里ちゃんとはここで解散だ。彼女は俗に言う“アシュラー”なので、アノ超有名なお像の前に走って行ってしまうのだがアタシは違う。アタシのお目当ては【天燈鬼】だ。いつもは四天王に踏み付けにされてる邪鬼さんが独立して主役になってる珍しいお像なのである。龍燈鬼と言うお像と対になっていて、一般的には龍燈鬼の方が評価が高いが。アタシは何てたって天燈鬼さん援護擁護派である(笑)。額に第三の眼を持ち、朱い逞しい身体で絶妙なバランスを保ち。『オレは、仏燈籠を灯すお役目を頂いてるんだァ~~ッ!!』との力の入った使命感と躍動感が、アタシには堪らなく魅力的に感じるのだ。龍燈鬼は運慶の三男である康弁の作とされていて、天燈鬼の作者は不明のままである。だが、例え名のある仏師の作ではなくとも構わない。あの有名な阿修羅像なんかよりも、アタシに絶大な吸引力をもたらすのだから。
阿修羅像は“少年のような憂いに満ちた表情”などと称され絶大な人気を誇ってるが。あの像が実は髭をたくわえた美中年である事を知ってる人はどれくらいおられる事だろう。朱色の身体をした復元図を見たら、全国の“アシュラー”の皆さまはドン引きされてしまわれるのではなかろうか(苦笑)。
この国宝館には他に八部衆立像や十大弟子立像などがあるが、アタシにはもう一つ大好きなお像がある。厨子入りの吉祥天倚像だ。福徳の女神らしく豊満な御姿で、装いは華麗にして豪奢である。お正月に行われた『吉祥会』の御本尊であったと言うから納得である。思わず手を合わせたくなる有り難さに満ちている。
その他のお像も丁寧に見て回って。二人でお腹一杯になったら、次の御寺へ向かう。三重塔と北円堂と南円堂は今日は勿体ないがパスさせて頂く。(その昔、上野の国立博物館に出張して来られた【無著・世親菩薩立像】は秀逸だったなァ~)との未練を残しながら。
【東大寺】
説明の不要な奈良を代表する大寺院である。
華厳経で三千世界をあまねく照らす毘盧遮那仏。
“奈良の大仏”は奈良の代名詞である。
南大門の前にある駐輪場にチャリンコを停めて。
今日も大迫力の金剛力士像の間を通過させて頂く。
奈良は常連のアタシと優里ちゃんは大仏殿は華麗にスルーして。
中門を左へと折れて、【戒壇堂】へ向かう。
ここには塑像の傑作である四天王立像があらっしゃる。大仏殿の華やぎから少し離れた場所にあり観光客も少なく、静かに仏像と相対したい人間にとっては絶好のロケーションだ。この小さな御堂に初めて足を踏み入れた日の感激を、アタシは生涯忘れる事は出来ないだろう。外から差し込む淡い自然光と蝋燭の光だけが堂内を照らし出し、その中に世の東西南北を守護する武将神が四体浮かび上がる。土で創り上げられた塑像ならではの風合いと風格が、狭い堂内を心地好い緊張感で包んでくれているのが判るのだ。僧侶に戒律を授けるに相応しい品格を感じる。その静かなるエネルギーの磁場を守っているのは、紛れもなくこの四体の大地より産まれ出でたる守護神だ。そしてこの武神たちと対になっている邪鬼たちだ。小さな御堂の中、他の数少ない観光客の皆さまは静かに四天王像に見入るが。そんな中、アタシがどうしても注目してしまうのは、足元の邪鬼さんたちだ。
持国天の邪鬼はかなり気の毒だ。
何と言っても顔面を足蹴にされてるのだから。
だが少しでも動けば持物の剣で刺し貫かれると理解ってるのか、
『あ痛てて! 調子に乗るなよ、この野郎!!』
との無言の不平不満が聴こえて来るようで実に可笑しい。
増長天の邪鬼は、それ以上に愉快だ。腹の上に乗り上げられ、頭頂を足で抑えつけられている苦痛の様相を一切見せない。それどころか。足を組みリラックスした様子で、足を乗せられた腹もまるで邪鬼自らが
『腹っキンッ!!』
と、己の腹筋の力強さを誇示しているかのように見えてしまうのだから(笑)。
そしてアタシが一番好きなのは、多聞天の邪鬼さんだ。
一見憎々し気に、踏み付けている多聞天を睨み上げているかのように見える。
だがアタシには、とてもそのようには思えないのだ。
見上げている先は多聞天の顔を通り越し……右手の上に見えて仕方がない。
そう……宝塔である。
四天王が守護する仏法そのものを意味するとされるが、自己が踏み躙られる事によって強調される仏の教えの有難さが眩い光を放ち邪鬼に憧憬の念を抱かせているのか。
が、しかし。
邪鬼さんの。彼の瞳を見詰めていると、それさえも超越して見えるのだ。結局、彼の両眼は何ものをも映していないのではないかと思えるほど謎めいて見える。まるで今、あるがままの痛みを黙って受け入れている苦行僧のような思慮深ささえうかがわせ……。「邪鬼の瞳」が透徹した泉を覗くかのような心地にさせ、その奥深さに吸い込まれそうになる。
この邪鬼はある意味、四体の四天王像より魅力的な存在なのだ。
少なくともアタシにとっては。
アタシと優里ちゃんは戒壇堂の四天王像(と邪鬼さん)を拝観する時は、回りをメリーゴーラウンドのように何回も回って観る“グルグル族”になってしまうが。この日も気が済むまで二人でグルグルして。満腹になったら、次の目的地に向かう。
綺麗に掃き清められたお庭の片隅に咲く色鮮やかなキバナコスモスが頭を揺らし見送ってくれた。
大仏殿を挟むようにした戒壇堂の向かい側。
若草山が間近に迫る【法華堂(通称 三月堂)】にも邪鬼像の傑作がある。
などと言えば、日本語的に可笑しい気もするが(苦笑)。
此処はアタシなどがわざわざ言及するまでもなく、所謂“天平彫刻の宝庫”とも呼ばれる御堂だ。御本尊の不空羂索観音さまをはじめ、十八体の諸仏諸尊が井戸端会議さながらに群像させられているのも、まあ珍しい図ではなかろうか。アタシの名誉の為に言い添えるが、これは決して悪口ではない。誰がはじかれる事もなく、誰の話も少しずつ受け入れられて、一巡して最初の話題に戻っていくような……神々の囁きを余す事なく聴ける『井戸端会議』を開いている。こんな場所は他にはあるまい。そして見るからに他院・他堂からの寄せ集めと判るお像をここまで調和のとれた一体感を醸し出す、空間への演出力に誰がケチをつけられようか。天の邪鬼を自認するアタシもそこまでの不心得者ではない。良いものは良いのだ。ましてや邪鬼さんたちがその空間を乱す事なく、却ってこの劇団を構成する一演者としての役割を担っているのだから放ってはおけない。
まあ何はともあれ、御本尊にご挨拶が筋であろう。
この不空羂索観音立像も天平仏の傑作であると思うが。
いかんせん背後の光背の高さがあっていないのがつくづく残念である。どうやら御堂の高さに合わせて光背を切ってしまったらしいのだ。本来なら正面の合掌された両手でお持ちの水晶玉を中心に、光背の放射光があまねく世界を照らすが如くそれは美しい仏像のカタチを創り出しているのに。返す返すも無念である(この立派な光背を観て、山梨の初旅行での旦那さまを思い出してしまったのは余談だ/笑)。
御本尊にご挨拶を済ませたら、“仏友シスターズ”は一時解散である。
それぞれお互いが納得のゆくまで自分たちのお気に入りの“仏”を観るのである。
アタシは早速四天王像の下に踏ん付けられてる邪鬼さんに大注目である。
その中でも(巧者だねェ~~)と唸らせられるのが、増長天の邪鬼さんたちである。
邪鬼たち。
そう、増長天さまは、左右の足をそれぞれ二人の邪鬼に乗せていらっしゃるのだ。何と言う贅沢さであろう!(笑)。しかし、この二人が実は演技派でちゃっかり者だから、
『ささ、こっちのおみ足はあっしに。そちらはそいつに。』
ってな具合に、二人で使役される苦労を半減しあうと云うズルをしている。そして文字通り“持ち上げて”(笑)、大将には良い気分になって頂いて。お役目を果たしながらも、彼らは自分が愉しむ事は決して忘れていないのだ。諸仏が集う荘厳な世界から下界を覗き込むように。内陣の欄干の間からこちらを盗み見て、愉しんでいるのが見えるのだから。お二方とも猿のようなお顔で(失礼!)歯を剥き出し笑っている。『へへへ、キキキッ!』と奇声を上げたいのを必死に我慢しながら、それでも『アイツは…、コイツは…』と拝観にやって来る人間観察を繰り広げ愉しんでいらっしゃるのだ。
長い長い槍のような持物(多分、戟)を持ちながら渋いお顔の増長天も、ご自分の足元からボソボソと聞こえて来る掛け合い漫才を『仕方のない奴よ』と嘆きながらも殊更咎める事もない。さすが御大将、広い度量をお持ちである。何てったって千何百年も昔からこの状態で、この先何百年続くか判らないのだから。この程度のお遊びは許容の範囲内と言う事か。
人々の信仰心がこの東大寺を支える限り、御仏たちはその対象であり続けるだろうし、邪鬼さんたちのささやかな暇つぶしもきっと……
ただこの法華堂は全体的に暗く、最後方の広目天や多聞天は双眼鏡を使っても殆ど見えない。ましてやその足元は言うに及ばずである。
一度じっくり、このお二方の下にいらっしゃる邪鬼さんたちの声にも耳を傾けたいと思っているのだが―――
じっくりたっぷり天平仏を堪能したアタシたちは。
お水取りで有名な【二月堂】から奈良市内の景色を堪能して。
ふと前回の奈良旅行では見られなかった光景に眉を顰める。
列を作って並んでるいわゆる“御朱印ガール”の存在である。
御集印が悪い事とは決して言わない。しかし、参拝は済んでいるのかと、アタシは問いたい。ただのスタンプラリーの感覚でいるのなら、断固として止めて頂きたいものである。
僅かなしこりの感情を残して、アタシたちは東大寺を後にした。
こころゆくまで“仏”を堪能したアタシと優里ちゃんは、遅い昼食をとる事にした。
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春日大社の神苑前にある観光客に人気のお店である。
大分遅くなってしまったので、あんまり人がいないのが嬉しい。
お天気が良いから、外に設えられた縁台の緋毛氈の上に座る。
季節の万葉粥御膳をオーダーして。
名物の柿の葉寿司と共に頂く。
食後にアタシは珈琲を。
優里ちゃんは紅茶を飲みながら繰り広げるのは“仏談議”である。
「ああ…やっぱり、阿修羅像は良かったなぁ…」
「………………………」 ……まあ、嗜好は個人の自由だね。
「上野で、背後の御姿を拝見出来た時は興奮したなァ…!」
「………………………」 ……平成館で有明の某祭典並みに並んでね!
「もう一回来てくれないかなァ…っ!」
「………………………」 ……あの蛇のとぐろ状態に並ばなければね!
「戒壇堂の広目天も素敵でしたね!」
「それは、激しく同感。」
「…邪鬼ばっかり見てた癖に。」
「習性、習性♪」
「三月堂の日光・月光菩薩も良かったですねェ~」
「うん…静謐で、いつ観てもしっとりしてる艶っぽさがあるよねェ…」
「執金剛神立像、私も見たかったなァ…!」
「金剛力士像の原型になっただけあって、素晴らしかったわよォ~~ッ!!」
「もう少し早く、真唯さんと出会いたかった…!!」
「フォーフォッフォッフォッ! 悔しかったら、12月16日に休みを取ったんさい!!」
「う~、その喪黒福造笑い、ムカつくゥ~~ッ!!」
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※表紙画像/【イラストAC】NORIMA様
※他サイトに投稿済み
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