IMprevu ―予期せぬ出来事―

天野斜己

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二年目の新婚夫妻(バカップル)

No,224 皐月、薔薇の館にて

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「うわァ…すごく、綺麗…っ!」
文字通りの五月晴れの空の下、あの“お屋敷ホテル”の庭園にやって来たアタシの第一声がコレだった。

だって、仕方がない。
あの有名な鎌倉文学館顔負けの外観の洋館のお庭に、あの薔薇の庭園の数倍はあろうかと云う広さの見事な薔薇園が広がっていたのだから。



※ ※ ※



アタシは悩んだ。
真剣に悩んだ。
アタシの人生の中でこれ程悩んだのは、あの貴志さんとの事以来だろう。
思えばあの時は、澤木さんとリザさんには口には尽くせない程お世話になった。
お二人の優しさと労わりがなかったら、アタシは貴志さんとの結婚には踏み切れなかったかも知れない。
ご恩返し出来るものなら……と思わないでもない。
でも。
間違えちゃいけない。
何より。
アタシと貴志さんの未来がかかっているのだから。

縋れるものには何でも縋った。
精神論の本や心理学、宗教学の本も何冊も読んだ。
聖書や法華経・般若心経etcの解説本も読んでみた。
いっそ滝行でもしてみようかと思ったけど、風邪をひきそうだからやめておいた(苦笑)。

“人生”と云うものについて、とことん悩んだ。
それこそ、結論なんか永遠に出ないのではないかと思うほど。

だが、天啓すくいは、ある日、突然もたらされたのだ。



そして得た結論を貴志さんに打ち明けて。
夜通し話した。
長くて短い夜が明けて、見る事が出来た朝陽は。

“生きる事”の喜びに輝いて見えた。



※ ※ ※



「う~ん、良い薫り~~♡♡♡」
真紅の薔薇に顔を近付けて、芳しい芳香を胸一杯に吸い込んだ。
「松田さんにお願いすれば、好きなだけ切ってくれますよ。持って帰って、部屋に飾りますか?」
「うーん。とても嬉しいけど、【スノウ・ホワイト】がヤキモチ焼いちゃいそうだから止めておきます。」
相も変わらず“アタシ溺愛至上主義”の旦那さまは簡単におっしゃってくれるけど。
この薔薇さんだって、この場所で精一杯生きているのだから。
この館の持ち主である澤木さんやリザさんが館の中に飾ると言うのならまだしも。
勝手に薔薇さんの生命を摘み取ってしまうには忍びない。
この綺麗な薔薇は、この薔薇の庭園で仲間と共に咲いているからこそ、輝きを増すのだろうと思えるからだ。


……アタシも、おんなじなのだ……


貴志さんを従えて、のんびりと薔薇のお庭を散策する。
と言うと、何だかとても偉そうな奴みたいに聞こえるけど(笑)。
アタシの後ろを貴志さんが離れないのだから仕方がない。
松田さんからのお呼びが掛かる間。
こんな綺麗なお庭、満喫しないと勿体ないので自由行動にしようと提案したのだが。貴志さんに『必要ありません。』との一言で即座に却下されてしまったのだ。
まあ、いいけどね(苦笑)。
そんな訳で仕方なく、アタシは自由に好き勝手に薔薇を堪能させて頂いている。ここには有名処の薔薇が見事に揃ってる。エナ・ハークネス、クリスチャン・ディオール、クリムゾン・グローリー。某国の女王陛下やプリンセス、我が国の皇后陛下や妃殿下の御名を冠した薔薇や、某有名漫画の登場人物たちの名前を頂いてきたものまで揃ってる。勿論、アタシの大好きな黒薔薇も。パパ・メイアンやシャルル・マルランを始め、黒真珠やブラックティーなどが華麗に豪奢に咲き誇っている。

「…松田さんが、五月に来て欲しいとおっしゃってた理由が良く理解ります…」
「…正直申し上げて、この薔薇の季節に来るのは初めてではないんですが…こんなに美しいと心から思えたのは初めてです…」
「………………………」
「…真唯さんと一緒にいる時だけ、美しいものを美しいと感じる事が出来て、美味いものを美味しいと心底感じる事が出来る…」
「……貴志さん……」
「……真唯さん…私たちは、ずっとずっと一緒です…」
「……はい…約束ですよ……」




「それは、私たちの申し出を受け入れてくれると期待して良いのかしら?」
気付けばリザさんが、アタシたちの背後に立っていた。
「リザさん! あれ…松田さんが、澤木さんたちがいらしたらお茶の支度をして、呼びに来て下さるって…!」
「松田さんならいるわよ…ほら。」
見れば確かに、松田さんが東屋でお茶の支度をしてるところだった。
そこには既に、澤木さんの姿もあった。
一体、いつの間に……
「真唯ちゃん。とにかくお茶を飲みながら、話しを聞かせてちょうだい。」
「…はい…」

満開の薔薇園の中で飲む紅茶なんて、普段ならとっても優雅な気分に浸れたと思うが。話題が話題なので、とても素直に味わえない。
勿体ない。折角のWEDGWOODのカップなのに……
しばらくはみんなして、松田さんが淹れて下さった紅茶を頂く。
話題は当たり障りのない近況報告だ。
ずっと気になっていたので、トーシローの事も聞いてみた。
とりあえずは元気だから安心するように言われてしまったが。
『少しでも変わった事があれば連絡するから。』
と。
ホッと安堵の吐息を吐いたところで。


「…さて…そろそろ、本題に入りましょうか…?」


口火を切ってくれたのはリザさんだった。




「単刀直入に聞くわ…真唯ちゃんの結論を…Yes? …or…No…?」
……リザさんが、アタシの瞳を覗き込むようにして来て…ああ…リザさんには、アタシの答えがもう理解ってるんだと直感で理解った……



「…Noです…リザさん、澤木さん…あんなにお世話になっておきながら、本当に申し訳ありません…」



リザさんも澤木さんも、落ち着いた態度だった。
諦めでもない、落胆でもない、どこか悟りきったような静謐さを感じた。
それが余計に、アタシを切なくさせた……



「…どうして、そう云う結論になったか、聞いても良いかい…?」


……勿論だ…澤木さんには、それを聞く権利がある…でも、うまく説明出来るかどうか……


アタシは紅茶で少しずつ喉を湿らすようにしながら話し出す。

「…今年、いつもの亀戸天神じゃない、隣の県のある神社で藤を見たんですが…その樹は太くて立派な枝振りで…とっても見事な花を咲かせていたんです…その藤の花弁が散ってゆく様が何とも言えなくて…」
「…ああ…ブログで見させてもらったよ…でも、桜の記事もあったみたいだけど…?」
「…はい…桜は、有名な三嶋大社で拝見させて頂きましたけど…あの時は、あんな気持ちにはならなかったんです…」
「…どこが、どう違ったのかな…?」
「…桜の散る様子は“潔い”って好まれますが…アタシは、藤の花のゆっくりゆっくり舞い踊る様に散ってゆく様がとっても好きなんです…触れなば落ちんと云う風情なのに、案外しぶとい感じも大好きで…」
リザさんがクスリと微笑ったが、構わず続けた。
「…桜は乱舞と云う感じで、『ああ、綺麗だな』と純粋に思っただけだったんですけど…その神社の藤の花は違ったんです…風に揺れる藤の花房は頼りな気なのに、でも同時にしなやかなたくましさみたいなものを感じて…ああ、これって人間の人生みたいだなって…」
「………………………」
「…なぜそう思ったのかは、正直申し上げて、自分でも良く理解らないんです…ただ、藤の花が風に揺れてただけなのに…でも…」
「…でも…何…?」
水を向けてくれたのは、リザさんだった。


「…はい…天之御中主神さまの分魂としてこの世に産まれて来て…今生で今、この瞬間に生きている自分の姿と重なったんです…藤のそれぞれの花房が、アタシの隣に貴志さんがいて一緒に揺れてる様に見えて…そんなアタシの周りには、リザさんや澤木さんがいらっしゃって、トーシローやマッツンや、由美センセや山中さんや、SPの皆さんやアドミラルや…色んな人たちに囲まれて暮らせてる今の生活が…今生の世界がすごく貴重な尊いものに思えて…ああ、“御縁”って有り難いなァ…って、“生かされてる”自分にすごく感謝の念が湧き上がったんです。…そして、そうやって思える事が、命が限りあるものだからこそ思えるんだって事に、気付いてしまったんです…」



沈黙が落ちた。
永遠とわ時間ときを生きてるリザさんや澤木さんの事を否定するような言葉を言うのは辛かった。
けれど、それでもアタシは言わなければならなかったのだ。
俯きたくなるのを堪え、顔を上げ、リザさんの瞳から眼を反らす事はしなかった。

どのくらいの時間が過ぎたのか。

リザさんがホウッと大きなため息を吐き出した。
「…理解っていたのよ…真唯ちゃんが承知するはずがないって…それでも、一か八かに賭けてみたかったのよ…」
リザさんが優しく微笑っていたが、それはとても哀しそうな透明な微笑みだった。
澤木さんも同じような表情かおをしてらして……
「…まったく…不老不死を望む金の亡者どもはいくらでも擦り寄って来るのに、我々が真に望む人々は我々を置いて先に逝ってしまう…寂しい事だな…」
「す、すみません…っ!!」
「いや、いいんだよ…我々が好きになるのが、そう云う人間たちばかりなのかも知れないからね…」
「………………………」
「…これは茶化してる訳ではないのだが、真唯ちゃんは神道の八百万の神々を信じてるのかな…?」
「いえ…古事記や日本書紀に書かれてる事をそのまま鵜呑みにしてる訳ではありません…アタシが言った『天之御中主神』様とは、神道の造化三神の事ではなくて、あくまで“グレート・サムシング”の事です…」
「…ほう…」
「…生命の源…大宇宙の創造神…人はそれを『ヤハウェ』や『ブラフマー』と呼んだり、『大日如来』や『毘盧遮那仏』と呼んだりするのだと思ってます…」
「…真唯ちゃん…良い話を聞いてる気がするんだけど…一ついいかな…?」
「はい…何でしょうか?」
「それって『偉大なる何者かサムシング・グレート』ではなくって…違うものなの…?」
「ああ…同じものの事なんですが…すみません、『カミイマイ語』だとでも思って下さい…語呂と言葉の響きが好きなんです。」
「…真唯ちゃんらしいな……貴志。」
「はい。」
澤木さんが、東屋に座ってから一言も口をきかなかった夫を呼んだ。
「…お前は、それでいいのか? 『元老院』に名を連ねたいとは思わないのか…?」
「…澤木様…私を唆しても無駄ですよ…私にそんな一般的な名誉欲がない事は、澤木様が一番ご存じでしょう…?」
「………………………」
「……晃…どうやら、私たちの完敗ね……」
「……そのようだ…潔く身を引くか……」
「…! …あ、あの…っ!!」
「何かしら…?」
「…あの! アタシ、絶対、覚えてますから…っ!!」
「「…え…?」」



「人と人が出逢う確率って、天文学的な数値だってきいてます…! こんなに御縁があったのって、きっと、リザさんや澤木さんって、アタシのソウルメイトだと思うんです…!! 生まれ変わっても、また一緒になろうって貴志さんと約束してるんですけど、アタシ今生での事、絶対覚えてますから、会いに来ても追い返さないで下さいね…っ!!」



どこかの芸能人みたいな台詞だけど。
永い時を生きてるお二人には、ただの気休めにもならないかも知れないけど。
実はかなり本気だ。

アタシは貴志さん以外の男性ひとなんてお断りだし、第一アタシなんかを愛してくれる物好きな男性なんて、貴志さんくらいしか考えられない。あとは、前世での事をどこまで覚えてられるかだけど、そこは気合と根性だ…っ!!




五月の薫風にそよぐ薔薇の園に笑い声が響き渡ったが。
執事の鑑のような松田さんの肩が震えているのが、何とも言えず嬉しかった。







―――貴志さん。



アタシたちは、あの安曇野で見た道祖神のように共白髪になって。
どちらかが先に逝く事になったら、後を追って良い。

そして。

来世でも必ず巡り会い、恋をする。


覚悟しておいてね。
アタシは、あの清姫よりも執念深いんだから。



何度でも生まれ変わり、何度でも恋をするの。

その度に。

横で、リザさんと澤木さんが微笑っていたら……最高ね。





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