IMprevu ―予期せぬ出来事―

天野斜己

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ラブラブ新婚編

No,199 世界バレエフェスで、ダブルデート

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「あ~、ドキドキしちゃう! こんな良い席で、世界バレエフェスを観られるなんて! ありがとう、真唯さんっ!!」
「お礼は貴志さんに言って下さい。特別会員の「パトロン」になってくれてるのは、ウチの旦那さまなので。」
「そうね。ありがとうございます、上井さんっ!! ほら、一道さんもお礼言って!!」
「…ありがとうございます、上井さん…でも、本当にロハで良いんですか…?」
「構わん。チケットなど、二枚取るのも四枚取るのも一緒だ。佐藤先生、妻が日頃、お世話になってる感謝の印です。今日は楽しんでらして下さいね。」
「ありがとうございますっっ!!!」


和やかな会話の中、アタシはちょっぴり御冠だ。
なぜって、この三年に一度のバレエの祭典【世界バレエフェスティバル】は、世界中のトップダンサーが東京に集結する夏の一大イベントなのだが、その分、値段もお高い。

S席は何と、26,000円もするのだっ!

嗚呼っ、これもアタシが払いたかった!!
(四月の時点で申し込んでいたので、貴志さんが支払った後なのだった。何とか払わせて貰えるよう交渉してみたのだが、江ノ島行きが余程フラストレーションだったのか、頑として拒否されてしまったのだ。)


……まあ、良い。今日は、夕飯はアタシ持ちだ。それで手を打とう。

折角のお祭りなのだから、楽しまなければ損であるっ!!


気を取り直して、購入したばかりのパンフに眼を落とし、開演の瞬間ときを待った。





「やっぱり、アリーナ・コジョカルは素敵ねぇ~~」
「パリ・オペラ座バレエ団の至宝、オレリー・デュポンには敵いませんよ! オレリーのマルグリットが観られるなんて、来て良かったです!!」
「オレリーやイザベル・ゲランは、別格よ! それより、オシール・グネーオ!!」
「そうそう! 流石、ヴァルナのメダリストだけありますね!!」

幕間。

大興奮のアタシと由美センセ。
今日は流石にアタシも、リザさんのお店のオサレなワンピだ。纏う香りは、勿論、【IMprevu】。由美センセは、かわゆいAラインのノースリーブのパーティードレス。こんな可愛いラブリー系ドレスが似合うなんて、山中さんはホントに眼が高い。

こんな贅沢な舞台にシャンパンはお約束だ。
由美センセは白ワイン、貴志さんは赤ワイン、山中さんは珈琲だ。ホントはこれもアタシが払いたかったのだが、「パトロン」はドリンクサービスがロハなので仕方がない。


「初出場のマチュー・ガニオも、楽しみですね♪」
「エトワールに昇進したばかりのアマンディーヌも、期待の新鋭よ!」
「アンナ・ラウデールも、あのノイマイヤーの推薦だって聞いてるから楽しみです!」
「エドウィン・レヴァツォフもねっ!!」



「…上井さん…女性陣の言ってる意味、理解ります…?」
「…私に聞くな。」

男性陣のそんなボヤキなんか聴こえないアタシたちは、アルコール片手に盛り上がる一方。

しかし、この東京文化会館も昔はここのテラスから外に出て、お月見なんかしながらお酒を楽しめて風情だったのに。現在いまは、「響」と云うカフェ・レストランにスペースを占領されてしまっている。嗚呼、世知辛い世の中だ。
……パリの【オペラ・ガルニエ】とまではいかないまでも、それなりの設備が出来て欲しい。折角、綺羅星の如きスーパースターたちが大集結しているのだから。
ロビーは世界バレエフェス用に綺羅綺羅しく飾り付けられていて豪華そのものだが、【オペラ・ガルニエパリ・オペラ座】の本物・・の豪奢さを知っているアタシとしては苦笑い気味だが、気分が浮き立つのは間違いない♪



日本のお寒いバレエ現状を嘆きつつ、五分前のベルに、アタシたちは席へと戻って夢の世界への最突入を開始した。





嵐のようなスタンディングオベーション。
流石は、世界バレエフェス。誰一人帰ろうとする人がいない(いや、後方の席の人は分からんが、見えない人の事なんて知るか★)。観客みんなが拍手してブラボーを叫ぶ中。アタシも由美センセも、負けずに叫んだ。
「「ブラヴォーッッ!!」」
と。
みんな、みんな素晴らしかった!!
この日本の東京で、これだけの舞台を魅せてくれる事に、心からの感謝を捧げたい気持ちで一杯だっっ!!!
やむ事のない、カーテンコールを要求する拍手。
それに応えて演者ダンサーたちは、いつまでもいつまでも優雅なお辞儀レヴェランスを繰り返していた。



※ ※ ※



「やっぱり、世界バレエフェスは、質が違うわね!」
「まったく同感ですっ!」
「よくぞ、日本でってくれるものよね!!」
「おっしゃる通りです!!」


“舞台の余韻が愉しめるような店に入りたい”

今夜は殊更そんな思いが強くって、迷わず【椿屋珈琲店 上野茶廊】に由美センセたちをご案内した。ホントは【ホテル オークラ ガーデンテラス】が良いのだが、あそこはこんなに遅くまで営業してない。世界バレエフェスは何と四時間も演るので、現在いまはもう十時過ぎなのだ。
アタシは椿屋特製カレーを。由美センセは季節のパスタを。貴志さんと山中さんはサンドイッチを注文した。もしもし山中さん? 貴方、仮にも、あの超一流建設会社の社員でしょ? 一番、安い物ってのは、どーゆー訳?
ここはカップがロイヤルコペンハーゲンなので、アタシは水出しアイスコーヒーにした。銅のマグだから、いつまでたっても冷たくて美味しいのだ。由美センセはアイスティー。貴志さんも山中さんも普通のブレンドだ。
……貴志さん…もしかして、意地になってませんか…?(笑)



「…ま…真唯さん…素敵なお店、知ってるのね…」

……由美センセ、今、『牧野』って呼びそうになったでしょ? センセはお教室だと『牧野さん』と呼ぶけど、個人的には『真唯さん』と呼んでくれている。多分、彼氏の山中さんに合わせているのだろう(笑)。いじらしい乙女心だ。

「この【椿屋珈琲店】は、銀座本店が素敵なんです。だから、ついつい、ここにしちゃって…由美センセ、どこか他にご存じありませんか…?」
「…私はスタバやロッテリアに行っちゃうから…アトレの中に【ブラッスリー・レカン・キャフェスペース】があるけど…」
「…あ…流石にレカンは敷居が高くて…まだ入ってみた事ありません…」
「…そうよね…」
「…はい…」

とりあえず空腹を満たしたら、後はたった今まで観て来た“夢舞台”についてのお喋りだ。ギエムの舞台の後にも思った事だけど、由美センセとのお話しは楽しくて尽きる事がない。



「でも、マラーホフやルグリがまだ踊ってるのに、どーしてガリムーリンは踊ってくれないんでしょ!?」
「その通りよ、真唯さんっ! 後進の指導やコンクールの審査員やらせてるだけなんて、勿体なさ過ぎるわ!!」
「こうしてマラーホフやルグリの活躍を観てると、ガリムーリン復活の署名運動でも始めたい気分ですっ!!」
「その時は喜んで協力させて頂くわっ!!」
「今シーズンでオレリーも退団予定だし、ギエムは引退しちゃうし! ギエムの、さよなら公演もご一緒しましょうね!!」
「…っ! 嬉しいわ、真唯さんっ! ありがとうっっ!!!」

「ちょ、ちょっと待って下さい、真唯さんっ!」

アタシたちの会話に突然口を挟んで来たのは、貴志さんだった。


「何ですか?」
「…つかぬ事をお尋ねしますが…まさか真唯さん、ギエムの公演のチケット代…」
「勿論、私が払います。」
「…高いですよ…」
「覚悟の上です。もう、これが、ギエムを観られる最後の機会なんですから!!」
「…私に…払わせていた、」
「お断りします! 今年後半は、何が何でも私が払いますっ!!」
「………………………」

アタシたちの会話について来れない由美センセと山中さんに、アタシはかなり苦しい苦笑いで誤魔化した。

……言えるか…っ!

ホワイトデーのお返しに沖縄くんだりまで豪華クルーザー旅行したり、アタシの誕生日にフランス旅行に無理矢理連れ出されて、世にも恐ろしい贅沢三昧させられた事なんかっっ!!! (アタシはバレエ講座の人たちに、旅行のお土産を渡していない。少々気は咎めたが、セレブな男性ひとと結婚した事を知られたくなかったから仕方がない。)



そして話題は再度、世界バレエフェスの事になったのだが、貴志さんにある事を質問されて即答した。フェスの開催期間中に催される、出演者たちが出席するパーティーへの参加の有無を問われて、欠席の答えを。


「え~、真唯さん、行かないのぉ~? 勿体なぁ~い!!」
「…私は、彼らや彼女らの“踊り”に興味があるだけで…話しをしたり、素顔を知りたいとは思いませんから…」
「私だったら喜んで行っちゃうけどなぁ~。ミーハーだから♪」
「…パーティー参加の権利を、お譲り出来なくて済みません…」
「やだ、そんな事で謝らないでよ! 私の我儘なんだから!!」


……そうは言っても。
行きたくない人間に権利があって、行きたい人に権利がないなんて……気の毒に思えてしまう。
だが今から、パトロンになるのは不可能だし。可能だとしても勧められるか!
一口、五十万なのよ!! 五万じゃない。五十万なのよ、五十万!!



そうして、貴志さんとの金銭感覚の違いに、改めて天を仰ぎたくなって。

(今年後半は絶対、私が払ってやるっ!!
 それが嫌なら、その金銭感覚をどーにかして欲しいっっ!!!)

口には出せない願いを胸に秘める、真唯奥さまなのであった。







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