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ラブラブ新婚編
No,195 【インティ・ライミ】in仏蘭西 No,9
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(…嗚呼! …この偉容を、まさかこんなに早く、再びこの眼で拝める日がやって来ようとは…っ!!)
アタシは憧れの【大英博物館】を前にして、感慨に浸っていた。
※ ※ ※
事の起こりは、あの【ル・トラン・ブルー】から夢見心地でホテルに帰って来て、幸せ気分で眠りに就いた翌日の事だった。朝食をとっていた時、今日の予定を聞けば、相変わらず真っ白との事だった。呆れた気分で、一体何日の予定でこのホテルの部屋をおさえているのかと尋ねれば、とりあえずは十日間との事だった。
貴志さんの要望を聞けば、答えは一つだけ。
『真唯さんの行きたい処に、ご一緒します。』
と。
そこでアタシは考えた。
既に八日目である。残るは二日。
最後の日はのんびりしたいので、とりあえずは今日一日をどう過ごすか考えた。
貴志さんにボルドーのシャトー巡りを提案されたが、シャンパーニュの里に行っていてその手のものにはお腹一杯の気分だったので却下して。そしたらニースかモナコに渡って滞在しても良いのですよなどと、相変わらずブルジョア全開の旦那さまに慌てたが、そんな処へ行くぐらいだったらもっと行きたい処がアタシにはあった。そこで。
『フランスの外に出るんでしたら、行きたい処があるんですが…良いですか…?』
上目遣いで伺えば、
『…! 勿論ですよ! 何なりとおっしゃって下さいっ!!』
アタシ至上主義の旦那さまはアッサリ陥落。
そこで、二時間弱で行けるユーロスターでやって来た処は、ロンドン。
アタシにとっては、ルーヴル美術館に続く憧れの白亜の殿堂にやって来たのであった。
ユニオン・ジャックがはためく、このイギリスを代表する博物館は、かつての大英帝国の繁栄の象徴でもある。無料なのが、何とも嬉しい。こんな事をされてしまうと寄付金をドーンと弾みたくなるのが【上井真唯】なのだが、五百ユーロ札はさすがに人目が憚られ、二百ユーロ札にしておいた(貴志さんは堂々と五百札を入れていた。……こんな度胸が欲しい★)。
先ずは、グレート・コート正面に在る【円盤投げ】像に(お久し振り~♪)とご挨拶して。
大英博物館への探検に、いざ出発である!!(笑)
【ロゼッタ・ストーン】
ヒエログリフを理解する鍵となった事で、あまりにも有名な石板である。
表面にはエジプト王・プトレマイオス五世を称える文章が、ヒエログリフ、デモティック(古代エジプト・民衆文字)、ギリシア文字と云う三種類の文字で書かれている。……らしい(苦笑)。この一枚の石板の存在が、古代エジプト世界への新たなる扉を開いたのかと思うと感慨深いが、今日も観光客で埋め尽くされている。遠目に見るだけで通り過ぎた。
【ラムセス二世】
(あ~ん、お久し振りでございますゥ~♪)
貴志さんには内緒で、心の中だけで絶賛浮気中である。まあ、もし万が一発覚しても、物言わぬ石の胸像であるので許して頂きたい(笑)。
エジプト第十九王朝の王である。
“太陽の子”と言われ、偉大な業績を残している。
インカの皇帝も“太陽の子”を名乗った事を思えば、感慨もひとしおである。どちらの王も太陽神を崇め、王権を強化し、石造りの巨大な建築物を建てたが……古さの面から言えば、インカの完敗だ(苦笑)。
【アメンホテプ三世】
巨像頭部。
花崗岩で、王冠を含めると高さは三メートルにも及ぶ。
こんなのがゴロゴロしていたカルナック神殿。本来のエジプトはさぞかし壮観だろうと思うが、やはり現地に赴く度胸はない。夏はクーラーがきいていて、冬は暖房で暖かい博物館で見物させて頂くのが一番である。根性無しと罵って下さい、誰にだ★(疾しさ故の一人ボケ突っ込み)
ホルスやスカラベなどの石像をしみじみ拝見させて頂きながら進むと、かの有名なスフィンクスの顎鬚の部分の石像が。エジプトはこれも含めて大英博物館に返還要求をしているが……この事は後に触れよう。
古代エジプトの時代に思う存分遊んだ後は、古代メソポタミア文明に突入を開始。
古代アッシリア帝国(現在のイラク北部)の人面有翼獣がお出迎えして下さる。頭部は人間で体は羽のある牡牛と云う神さまで、守護神として城門に建てられていたものだそうだが、ルーヴルに比べれば規模が小さい。お見上げすれば、立派な髭をお持ちの威厳あるお顔で、堂々と広げられた翼も実に見事に彫られている。門の守護神と言うと仁王像を思い出すが、比べるのも憚られる。
紀元前八百六十五年から八百六十年頃に造られたものらしい、アッシリア王、アッシュール・ナシルパル二世の像を始め、戦争やライオン狩りの様子の壁画やレリーフが続くが、ここはあまり丁寧には見ない。時折、顔の部分が何かの動物の人物像の処で止まり、(アッシリアの神さまだったのかなァ~)などと、現代も紛争の絶えない地に思いを馳せた。
お次は、古代ギリシャの世界である。
紀元前三百八十年頃、クサントスに建てられた支配者の墓が実に効果的にライトアップされている。
円柱の間の像は、海神ネレイスの娘でネレイデスだとされている。台座のレリーフはギリシャ神話がモチーフとなっている。
そして。
【エルギン・マーブル】
ギリシャのパルテノン神殿をかつて飾っていた大理石彫刻だ。十九世紀初めにオスマン帝国支配下のアテネから、英国大使エルギン伯爵が英国へ持ち帰って以降、いまだに英国とギリシャの間で返還をめぐる論争はやむ気配がない。
現在、大英博物館には、パルテノン神殿の柱の一部や彫刻群の現存する物の実に六十%を保有しているが。
これらは決して略奪品ではなく、ギリシャがオスマントルコの支配下にあり、砲撃で爆破された破片をトルコのスルタンに許可をとって、英国に運び出した物との事なのだ。
ギリシャが返還を求める気持ちも理解るが、爆破されたままギリシャにあったらこれらの貴重な遺跡はどうなっていた事だろうか?
パルテノン神殿の修復が遅々として進まぬ、のんびりした(悪く言えばグータラな)ギリシャ気質。大理石の瓦礫の中、満身創痍のまま放置されていただろう事は想像に難くない。大英博物館にあればこそ、綺麗に修復されて大切に残されているのではないかと思うと、切なくも複雑な想いにかられ遠い目になってしまうのだ。
こうして間近にギリシャ神話の息吹に触れられる幸運を、アタシは素直に喜んだのだった。
【ゲイアー・アンダーソンの猫】
これもまた超有名な像である。古代エジプトでは猫を神として崇めていたのだから、こんなお像があっても少しも不思議はあるまい。
古代エジプトやインカが好きだからと言って誤解されたくはないのだが、アタシは何もミイラが好きなのではない。ただ、死した人間を土葬や火葬にせずに、“ミイラ”と云う特別な形にして保存した、死生観そのものを興味深く思っているだけなのだ。ヘヌトメヒトの内棺などは、工芸品として美しいと思うだけだ。
【死者の書】
それが証拠に、このパピルスをアタシはこよなく愛している。初ロンドン訪問の日、初めてここで本物の原本にお目に掛かれた瞬間は本当に感動し興奮したものだ。
冥界の使者・アヌビス神が死者を迎え、死者の告白が真実か否か“真実の羽根”と魂を天秤にかける。真実が認められると復活出来ると云う死後の世界観が描かれている。アヌビス神も良いが、アタシは神々の書記であり魔法の神でもある、トート神がお気に入りである。
【モアイ】
千年頃の物と推定されている。
千八百六十八年、王室諸族の船が測量航海の際にイースター島から持ち帰り、ビクトリア女王に献上したらしい。
アタシは、モアイに限りないロマンを感じている。
いつの日か、絶海の孤島と言われるイースター島を訪れ、モアイ群をこの眼で見たいものだ。
ギリシャ政府の遺跡の返還には難色を示すが、このモアイは故郷に帰してあげて欲しい。
そう願ってしまう事が充分、矛盾に満ちている事は自覚している。
が、しかし。
独りぽっちで、来る日も来る日も博物館の天井しかその眼にうつす事が出来ないこのコを、とても哀れに思ってしまう想いは止められない(本来、モアイにはレッキとした瞳が存在する)。
中南米のマヤ・アステカ、インカ文明の基礎となったモチェ文明のコーナーに、大興奮! ヒスイの仮面や水晶髑髏など、密林の奥地に踏み込む事なく、こうして拝見させて頂ける事に心から感謝を!
【ウルのスタンダード】は横目に見るだけで、スコットランドのルイス島で発見されたチェス駒も、某魔法使いの童話も映画も興味がないので丸っと無視させて頂く。
(あ~ん♪ お会いしとうございましたァーーッ♡♡♡)
心の中で絶叫してしまうのは。
【踊るシヴァ神】
破壊と創造を司るヒンドゥー神話のこのブロンズ像は、その優雅な踊りでアタシの瞳を魅惑してやまない。しばらくボウッと見惚れていたのだが……ある事を思い出してしまい、突如、赤面してしまった。……貴志さんの…バカァァーーーッッ!!
インド、スリランカ、中国の仏像や、中国、朝鮮の陶磁器にロマンは感じないので悪しからず★
【百済観音立像】
いつの間にか自国のエリアに。
国宝を写真に撮れる事に感謝♪
レプリカだが、我が国の“仏”の素晴らしさを海外に魅せるには充分である。
埴輪、浮世絵、鎧、甲冑、刀、再現された茶室など、“和”の文化が展示されているが、何故か面映ゆさを感じて、早々に退散(笑)。
掛け足ではあったが、充分堪能した後のミュージアムショップでのお買い物はお約束だ。楽しく悩んでホクホクと、古代エジプト関係のポストカードや栞などを自分土産にしたのだった。
※ ※ ※
「…真唯さん…本当にこんな処で良かったのですか…?」
「…こんな処とは何ですか…貴志さんは、アタシの趣味にケチをつけるお心算なんですか…?」
「…! …申し訳ありません、そんな心算では…っ!! …ですが、クラブの連中が楽しみにして、最高級のレストランを…」
「…フランスやロンドンでの移動の飛行機や車の手配には感謝してますが…それとこれとは別です…それにロンドンのパブって、アタシ、好きなんです…」
「…しかし…今日は昼食も、グレート・コートで簡単に済ませてしまっているのに…」
「フランスでは高級フレンチばかりだったし…ロンドンでは気楽に済ませたいんですよ。」
「…はあ…」
アタシたちは、今、PUB【シャーロック・ホームズ】にいる。
ここはその名の通り、英国が産んだ名探偵、シャーロック・ホームズをモチーフとしており、二階には彼の書斎を再現したコーナーもあるのだ。
アタシも色々な推理小説を読んできたが、やはり“推理小説”と云うジャンルを創設したと言っても過言ではないコナン・ドイルを尊敬しているし、ホームズには格別な思い入れがあるのだ(身体が小さくなってしまった少年が活躍する某漫画やアニメに興味はない。それにどちらかと言うと、アタシはワトスンの方に魅力を感じている/苦笑)。
本当は、より“英国のパブ”らしい一階のカウンターで立ち飲みをしたかったのだが、生憎、地元の人で満杯で、やむなく二階のレストラン部分に来ているのだ。
アタシがオーダーしたのは、スモークサーモンと、たっぷりの野菜サラダ。ソーセージにマッシュポテト。山盛りのフライドポテトに、『イギリスに来たら、コレでしょう☆』と云うフィッシュ&チップスだ!! カリッとしていて、中はジューシー。理想的なお味である!
アタシは英会話は一通りこなせるが、読み書きに自信はない。メニューは貴志さんの説明を受けてチョイスしたし、彼のオススメのビールを頂いてる。これで文句を言われる筋合いはない!!
ご機嫌でビールを飲み干すアタシを見て、貴志さんは苦笑い気味に呟いた。
「…そんなにホームズがお好きでしたら、今日はロンドンに泊って、明日はベーカー街でも行ってみますか…?」
と。
「…う~ん…そこまでする程じゃないんですよね…」
「…でも、折角、ロンドンまで来たんです…夜の観光スポットもありますよ…?」
「…ソーホー…とか…?」
「まさか! あんな処に、真唯さんをお連れ出来ませんっ!!」
「冗談ですよ。…アタシだって…あんな処に、貴志さんに行って欲しくないもん…」
現金なもので、夫の機嫌は、コロリと良くなってしまった。
「どんな金髪美女が誘惑して来たって…私には、真唯さんが一番ですよ♪」
「…留学時代は…さぞかし、おモテになったんでしょうね…?」
「…否定はしませんが…みんな良いガールフレンドですよ。」
「…嘘ばっかり…」
「誓って、真実です。」
「…無神論者の貴志さんが…誰に誓うんですか…?」
「【上井真唯】と言う名の、唯一絶対の私の女神に誓って。」
「~~~~~~////」
……絶対、嘘だ…っ!
若い頃からプレイボーイだったに決まってる…っ!!
でなきゃ、こんな歯の浮くような台詞をサラリと言えるもんですか…っっ!!!
真っ赤に染まったアタシの顔を見ての旦那さまの愛し気なクスクス笑いがやけに店内に響いて聴こえたのは、決してアタシの被害妄想なんかではないはずである。
結局。
パブでゆっくり過ごしたアタシたちは、大満足で店を出たのだが。
【CLUB NPOE】の本部が手配してくれたと云う車は、近くのトラファルガー広場から、ビッグベンやロンドンアイなど、ライトアップされて見える観光名所をグルッと一回りしてくれて。申し訳なくも有り難く、ご好意をお受けした。
こうして。
短くも、充実したロンドン観光は、終わりを告げたのだった。
大英博物館は、またいつか訪れたい。
ロンドンの市内観光に興味はないが、そう思ってしまったアタシは知らなかった。
帰国したら、質素倹約!と固く決意していたアタシが、このわずか二ヶ月後に、再び英国の地を踏む事になろうとは。
大英博物館に集められている世界各国の神々ならぬ、ただびとである真唯にとっては、まったく思いもよらない出来事だったのである。
アタシは憧れの【大英博物館】を前にして、感慨に浸っていた。
※ ※ ※
事の起こりは、あの【ル・トラン・ブルー】から夢見心地でホテルに帰って来て、幸せ気分で眠りに就いた翌日の事だった。朝食をとっていた時、今日の予定を聞けば、相変わらず真っ白との事だった。呆れた気分で、一体何日の予定でこのホテルの部屋をおさえているのかと尋ねれば、とりあえずは十日間との事だった。
貴志さんの要望を聞けば、答えは一つだけ。
『真唯さんの行きたい処に、ご一緒します。』
と。
そこでアタシは考えた。
既に八日目である。残るは二日。
最後の日はのんびりしたいので、とりあえずは今日一日をどう過ごすか考えた。
貴志さんにボルドーのシャトー巡りを提案されたが、シャンパーニュの里に行っていてその手のものにはお腹一杯の気分だったので却下して。そしたらニースかモナコに渡って滞在しても良いのですよなどと、相変わらずブルジョア全開の旦那さまに慌てたが、そんな処へ行くぐらいだったらもっと行きたい処がアタシにはあった。そこで。
『フランスの外に出るんでしたら、行きたい処があるんですが…良いですか…?』
上目遣いで伺えば、
『…! 勿論ですよ! 何なりとおっしゃって下さいっ!!』
アタシ至上主義の旦那さまはアッサリ陥落。
そこで、二時間弱で行けるユーロスターでやって来た処は、ロンドン。
アタシにとっては、ルーヴル美術館に続く憧れの白亜の殿堂にやって来たのであった。
ユニオン・ジャックがはためく、このイギリスを代表する博物館は、かつての大英帝国の繁栄の象徴でもある。無料なのが、何とも嬉しい。こんな事をされてしまうと寄付金をドーンと弾みたくなるのが【上井真唯】なのだが、五百ユーロ札はさすがに人目が憚られ、二百ユーロ札にしておいた(貴志さんは堂々と五百札を入れていた。……こんな度胸が欲しい★)。
先ずは、グレート・コート正面に在る【円盤投げ】像に(お久し振り~♪)とご挨拶して。
大英博物館への探検に、いざ出発である!!(笑)
【ロゼッタ・ストーン】
ヒエログリフを理解する鍵となった事で、あまりにも有名な石板である。
表面にはエジプト王・プトレマイオス五世を称える文章が、ヒエログリフ、デモティック(古代エジプト・民衆文字)、ギリシア文字と云う三種類の文字で書かれている。……らしい(苦笑)。この一枚の石板の存在が、古代エジプト世界への新たなる扉を開いたのかと思うと感慨深いが、今日も観光客で埋め尽くされている。遠目に見るだけで通り過ぎた。
【ラムセス二世】
(あ~ん、お久し振りでございますゥ~♪)
貴志さんには内緒で、心の中だけで絶賛浮気中である。まあ、もし万が一発覚しても、物言わぬ石の胸像であるので許して頂きたい(笑)。
エジプト第十九王朝の王である。
“太陽の子”と言われ、偉大な業績を残している。
インカの皇帝も“太陽の子”を名乗った事を思えば、感慨もひとしおである。どちらの王も太陽神を崇め、王権を強化し、石造りの巨大な建築物を建てたが……古さの面から言えば、インカの完敗だ(苦笑)。
【アメンホテプ三世】
巨像頭部。
花崗岩で、王冠を含めると高さは三メートルにも及ぶ。
こんなのがゴロゴロしていたカルナック神殿。本来のエジプトはさぞかし壮観だろうと思うが、やはり現地に赴く度胸はない。夏はクーラーがきいていて、冬は暖房で暖かい博物館で見物させて頂くのが一番である。根性無しと罵って下さい、誰にだ★(疾しさ故の一人ボケ突っ込み)
ホルスやスカラベなどの石像をしみじみ拝見させて頂きながら進むと、かの有名なスフィンクスの顎鬚の部分の石像が。エジプトはこれも含めて大英博物館に返還要求をしているが……この事は後に触れよう。
古代エジプトの時代に思う存分遊んだ後は、古代メソポタミア文明に突入を開始。
古代アッシリア帝国(現在のイラク北部)の人面有翼獣がお出迎えして下さる。頭部は人間で体は羽のある牡牛と云う神さまで、守護神として城門に建てられていたものだそうだが、ルーヴルに比べれば規模が小さい。お見上げすれば、立派な髭をお持ちの威厳あるお顔で、堂々と広げられた翼も実に見事に彫られている。門の守護神と言うと仁王像を思い出すが、比べるのも憚られる。
紀元前八百六十五年から八百六十年頃に造られたものらしい、アッシリア王、アッシュール・ナシルパル二世の像を始め、戦争やライオン狩りの様子の壁画やレリーフが続くが、ここはあまり丁寧には見ない。時折、顔の部分が何かの動物の人物像の処で止まり、(アッシリアの神さまだったのかなァ~)などと、現代も紛争の絶えない地に思いを馳せた。
お次は、古代ギリシャの世界である。
紀元前三百八十年頃、クサントスに建てられた支配者の墓が実に効果的にライトアップされている。
円柱の間の像は、海神ネレイスの娘でネレイデスだとされている。台座のレリーフはギリシャ神話がモチーフとなっている。
そして。
【エルギン・マーブル】
ギリシャのパルテノン神殿をかつて飾っていた大理石彫刻だ。十九世紀初めにオスマン帝国支配下のアテネから、英国大使エルギン伯爵が英国へ持ち帰って以降、いまだに英国とギリシャの間で返還をめぐる論争はやむ気配がない。
現在、大英博物館には、パルテノン神殿の柱の一部や彫刻群の現存する物の実に六十%を保有しているが。
これらは決して略奪品ではなく、ギリシャがオスマントルコの支配下にあり、砲撃で爆破された破片をトルコのスルタンに許可をとって、英国に運び出した物との事なのだ。
ギリシャが返還を求める気持ちも理解るが、爆破されたままギリシャにあったらこれらの貴重な遺跡はどうなっていた事だろうか?
パルテノン神殿の修復が遅々として進まぬ、のんびりした(悪く言えばグータラな)ギリシャ気質。大理石の瓦礫の中、満身創痍のまま放置されていただろう事は想像に難くない。大英博物館にあればこそ、綺麗に修復されて大切に残されているのではないかと思うと、切なくも複雑な想いにかられ遠い目になってしまうのだ。
こうして間近にギリシャ神話の息吹に触れられる幸運を、アタシは素直に喜んだのだった。
【ゲイアー・アンダーソンの猫】
これもまた超有名な像である。古代エジプトでは猫を神として崇めていたのだから、こんなお像があっても少しも不思議はあるまい。
古代エジプトやインカが好きだからと言って誤解されたくはないのだが、アタシは何もミイラが好きなのではない。ただ、死した人間を土葬や火葬にせずに、“ミイラ”と云う特別な形にして保存した、死生観そのものを興味深く思っているだけなのだ。ヘヌトメヒトの内棺などは、工芸品として美しいと思うだけだ。
【死者の書】
それが証拠に、このパピルスをアタシはこよなく愛している。初ロンドン訪問の日、初めてここで本物の原本にお目に掛かれた瞬間は本当に感動し興奮したものだ。
冥界の使者・アヌビス神が死者を迎え、死者の告白が真実か否か“真実の羽根”と魂を天秤にかける。真実が認められると復活出来ると云う死後の世界観が描かれている。アヌビス神も良いが、アタシは神々の書記であり魔法の神でもある、トート神がお気に入りである。
【モアイ】
千年頃の物と推定されている。
千八百六十八年、王室諸族の船が測量航海の際にイースター島から持ち帰り、ビクトリア女王に献上したらしい。
アタシは、モアイに限りないロマンを感じている。
いつの日か、絶海の孤島と言われるイースター島を訪れ、モアイ群をこの眼で見たいものだ。
ギリシャ政府の遺跡の返還には難色を示すが、このモアイは故郷に帰してあげて欲しい。
そう願ってしまう事が充分、矛盾に満ちている事は自覚している。
が、しかし。
独りぽっちで、来る日も来る日も博物館の天井しかその眼にうつす事が出来ないこのコを、とても哀れに思ってしまう想いは止められない(本来、モアイにはレッキとした瞳が存在する)。
中南米のマヤ・アステカ、インカ文明の基礎となったモチェ文明のコーナーに、大興奮! ヒスイの仮面や水晶髑髏など、密林の奥地に踏み込む事なく、こうして拝見させて頂ける事に心から感謝を!
【ウルのスタンダード】は横目に見るだけで、スコットランドのルイス島で発見されたチェス駒も、某魔法使いの童話も映画も興味がないので丸っと無視させて頂く。
(あ~ん♪ お会いしとうございましたァーーッ♡♡♡)
心の中で絶叫してしまうのは。
【踊るシヴァ神】
破壊と創造を司るヒンドゥー神話のこのブロンズ像は、その優雅な踊りでアタシの瞳を魅惑してやまない。しばらくボウッと見惚れていたのだが……ある事を思い出してしまい、突如、赤面してしまった。……貴志さんの…バカァァーーーッッ!!
インド、スリランカ、中国の仏像や、中国、朝鮮の陶磁器にロマンは感じないので悪しからず★
【百済観音立像】
いつの間にか自国のエリアに。
国宝を写真に撮れる事に感謝♪
レプリカだが、我が国の“仏”の素晴らしさを海外に魅せるには充分である。
埴輪、浮世絵、鎧、甲冑、刀、再現された茶室など、“和”の文化が展示されているが、何故か面映ゆさを感じて、早々に退散(笑)。
掛け足ではあったが、充分堪能した後のミュージアムショップでのお買い物はお約束だ。楽しく悩んでホクホクと、古代エジプト関係のポストカードや栞などを自分土産にしたのだった。
※ ※ ※
「…真唯さん…本当にこんな処で良かったのですか…?」
「…こんな処とは何ですか…貴志さんは、アタシの趣味にケチをつけるお心算なんですか…?」
「…! …申し訳ありません、そんな心算では…っ!! …ですが、クラブの連中が楽しみにして、最高級のレストランを…」
「…フランスやロンドンでの移動の飛行機や車の手配には感謝してますが…それとこれとは別です…それにロンドンのパブって、アタシ、好きなんです…」
「…しかし…今日は昼食も、グレート・コートで簡単に済ませてしまっているのに…」
「フランスでは高級フレンチばかりだったし…ロンドンでは気楽に済ませたいんですよ。」
「…はあ…」
アタシたちは、今、PUB【シャーロック・ホームズ】にいる。
ここはその名の通り、英国が産んだ名探偵、シャーロック・ホームズをモチーフとしており、二階には彼の書斎を再現したコーナーもあるのだ。
アタシも色々な推理小説を読んできたが、やはり“推理小説”と云うジャンルを創設したと言っても過言ではないコナン・ドイルを尊敬しているし、ホームズには格別な思い入れがあるのだ(身体が小さくなってしまった少年が活躍する某漫画やアニメに興味はない。それにどちらかと言うと、アタシはワトスンの方に魅力を感じている/苦笑)。
本当は、より“英国のパブ”らしい一階のカウンターで立ち飲みをしたかったのだが、生憎、地元の人で満杯で、やむなく二階のレストラン部分に来ているのだ。
アタシがオーダーしたのは、スモークサーモンと、たっぷりの野菜サラダ。ソーセージにマッシュポテト。山盛りのフライドポテトに、『イギリスに来たら、コレでしょう☆』と云うフィッシュ&チップスだ!! カリッとしていて、中はジューシー。理想的なお味である!
アタシは英会話は一通りこなせるが、読み書きに自信はない。メニューは貴志さんの説明を受けてチョイスしたし、彼のオススメのビールを頂いてる。これで文句を言われる筋合いはない!!
ご機嫌でビールを飲み干すアタシを見て、貴志さんは苦笑い気味に呟いた。
「…そんなにホームズがお好きでしたら、今日はロンドンに泊って、明日はベーカー街でも行ってみますか…?」
と。
「…う~ん…そこまでする程じゃないんですよね…」
「…でも、折角、ロンドンまで来たんです…夜の観光スポットもありますよ…?」
「…ソーホー…とか…?」
「まさか! あんな処に、真唯さんをお連れ出来ませんっ!!」
「冗談ですよ。…アタシだって…あんな処に、貴志さんに行って欲しくないもん…」
現金なもので、夫の機嫌は、コロリと良くなってしまった。
「どんな金髪美女が誘惑して来たって…私には、真唯さんが一番ですよ♪」
「…留学時代は…さぞかし、おモテになったんでしょうね…?」
「…否定はしませんが…みんな良いガールフレンドですよ。」
「…嘘ばっかり…」
「誓って、真実です。」
「…無神論者の貴志さんが…誰に誓うんですか…?」
「【上井真唯】と言う名の、唯一絶対の私の女神に誓って。」
「~~~~~~////」
……絶対、嘘だ…っ!
若い頃からプレイボーイだったに決まってる…っ!!
でなきゃ、こんな歯の浮くような台詞をサラリと言えるもんですか…っっ!!!
真っ赤に染まったアタシの顔を見ての旦那さまの愛し気なクスクス笑いがやけに店内に響いて聴こえたのは、決してアタシの被害妄想なんかではないはずである。
結局。
パブでゆっくり過ごしたアタシたちは、大満足で店を出たのだが。
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こうして。
短くも、充実したロンドン観光は、終わりを告げたのだった。
大英博物館は、またいつか訪れたい。
ロンドンの市内観光に興味はないが、そう思ってしまったアタシは知らなかった。
帰国したら、質素倹約!と固く決意していたアタシが、このわずか二ヶ月後に、再び英国の地を踏む事になろうとは。
大英博物館に集められている世界各国の神々ならぬ、ただびとである真唯にとっては、まったく思いもよらない出来事だったのである。
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意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
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