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ラブラブ新婚編
No,185 上井夫妻の信濃路紀行 其の五
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(…嗚呼…! …遂に、やってしまったァ~~!!)
朝起きた時から、真唯の心は後悔の悲嘆の涙にくれていた。昨夜、マッツンのお店に行って酒盛りしていた途中からの記憶が、スッポリ抜け落ちてしまっているのだ。真唯は自分の酒癖を知っていた。だからこそ、酒量を過ごさないように気を付けていたのに…! よりによって、澤木さんやリザさんとご一緒の時に、ヤッちまうなんて…っ!!
マッツンはいい。彼女はアタシのこの癖を知っていて、どんなに甘えても『ハイハイ』と軽くいなしてくれるからだ。
出来れば貴志さんに知られたくは無かった。勿論、一生ずっと一緒に暮らす人に、いつかはバレるとは思っていた。しかし何も。(澤木さんたちとご一緒の時にバレちまわなくても良いじゃないのさァ~~っ!!/滝汗)
澤木さんたちに失礼がなかったか心配で心配で必死に昨日の事を聞く真唯に、旦那さまは『心配ありませんよ。酔った貴女は、とても可愛いかったですよ♡』などと頬にキスしてくる始末だ。
もう、自棄だァ~~ッッ!!
真唯は普段なら見向きもしない、「願いがかなう仁王さまの下駄」に乗り、山門をバックに、「はい、チーズ♪」とばかりに、貴志さんのスマホの写メにおさまったのだった。
ここは、【吉祥山 東光寺】
信州七福神の一つで、大黒天がお祀りされているらしい。しかし、あくまでご本尊は、別にあらっしゃる。
「…珍しいですね…貴女が、こんなものに興味を示されるとは…」
「…「こんなモノ」は失礼ですよ。この下駄はこの吉祥門の仁王様の大下駄で、禅の中の『脚下照顧』という教えの、「自分自身の足元をしっかり見つめ、一歩一歩着実に歩む中で物事が成就される」という意味で、この下駄を履くと願いがかなうとされているんですから。」
貴志さんの腕に腕を絡めて下から上目遣いに見上げれば、優しい眼差しで見降ろされた。 ……でも…アレ…? ……もしかして……「…貴志さん…寝不足ですか? 眼が赤いですよ。大丈夫ですか?」聞いたら、ビックリ眼で見降ろされ…次には凄く優しい眼差しが降って来た。「大丈夫ですよ。何でしたら、安曇野のサイクリングコースをランニングしましょうか? 貴女を抱き上げたまま。」
リップ音を立てて、額にキスが落とされる。途端に「ああ、熱い、暑いわねぇ~。ここだけ、もう、真夏?」などと声が飛んで来る。
……そうなのだ。
アタシと貴志さんの観光に、リザさんと澤木さんが付き合って下さっているのだ。おまけに澤木さんの背後に【提督閣下】がピッタリと張り付いていらっしゃるから、目立つ事この上ない。
でも。
アタシとしては、貴志さんに行く女の子たちの視線が澤木さんやアドミラルに吸い寄せられて、少しばかり安心してしまったりするのだ(照)。
昨日はマッツンとばかり喋っていて、貴志さんと全然お話し出来なかったから、今日は思いっ切り楽しむゾォ~~ッ!!
山門前の下駄にいきなり捕まってしまったから、先ずはご本尊さまにご挨拶せねば。
【東光寺 吉祥門】
龍が凄みを利かせている立派な山門を潜る。
この山門の両脇を固めるのは、阿吽の金剛力士像。その名を「安曇野吉祥仁王」。
日展審査員、阿部正基氏の制作で、名横綱・北の湖関の現役時代の姿を模して造られているとリザさんが教えてくれた。だが残念ながらアクリル板で覆われていて、非常に見えにくい。こう云う観光客に不親切なお像は丸っと無視させて頂いて、龍などの彫刻群をしみじみ鑑賞させて頂いた。
「日本名水百選 安曇野洗心の水」と冠された水が龍の口から流れ出るお手水舎で手を洗い、口を漱ぐ。アドミラルが柄杓の柄まで洗っているのを見て、思わず感心してしまった。……って思ったら、失礼だろうか。
境内を歩いて行くと、何故か薬師如来の御堂があった。はて? ご本尊のはずなのに? ……では、あの立派な本堂には、どなた様があらっしゃるのだろうか? 「川西第八番札所霊場」のご本尊、馬頭観音さまだろうか?
仕方なしに五円玉をお賽銭に、こちらに最初にお参りさせて頂く事にした。眼の病にご利益があるとの事だが、PC画面と睨めっこしているアタシと貴志さんの眼がいつも見えている事に改めて感謝申し上げた。
可愛いらしい【子育て道祖神】は、丸っと無視させて頂いた(苦笑)。
本堂の寺額「吉祥山」の文字が凄くユニークと云うか、とにかく分かり難い。それに良く見れば、「吉」の字が上下逆さまになっていた。アレ~?と思って首を傾げていたら、貴志さんと反対の横からリザさんが、「…中国では旧正月に『福』や『喜』と言う字を逆さまに飾って縁起を担ぐ“倒福”という慣わしがあるの。その由来じゃないかしら。」と教えてくれた。
納得して。中にあらっしゃると思われる、馬頭観音さまと大黒天さまに、ご挨拶申し上げて。本日の御縁を感謝申し上げた。
寺務所に御朱印をお願いしている間に、本堂の地下で出来ると云う【お戒壇めぐり】にチャレンジさせて頂く事にした。リザさんと澤木さんがパスだと言うので、貴志さんと二人っきりのチャレンジだ。表書きに書いてあった注意の通り、右手を胸の位置に持って来て。真の暗闇の中を進む。善光寺と唯一違うのは、左手が壁をつたっているのではなく、貴志さんの手に握られている事だ。
ほどなく進むと、中央、ご本尊の下に在ると云う【幸福の鍵】を貴志さんが見つけてくれた。アタシは夢中で貴志さんに握られた手を、貴志さんの手と一緒に、その鍵に触れさせて。
「…貴志さん。これで、来世の極楽浄土の同じ蓮の台の、半座を分かつ事が出来ますね…」
「…真唯さん…っ」
その場でギュッと抱き締められて、ソッと交わした接吻は、二人っきりの秘密だ。
真っ暗闇から地上に戻って来ると、お陽さまが余計に眩しく感じる。
リザさんや澤木さんと共に、本堂前の立派な日本庭園をしみじみ鑑賞させて頂いて。そして無事に新たな御朱印もゲット出来て。上機嫌で、東方極楽浄土を後にしたのだった。
※ ※ ※
東光寺の次に向かったのは、斜向かいに在る【本陣 等々力家】
『とどろき』ではなく、『とどりき』と読むらしい。
市の文化財に指定されていると言う、江戸時代の庄屋屋敷を興味深く拝見、見学させて頂いた。
……と言っても。
アタシの頭の中では、もじゃもじゃ頭の探偵さんがご立派な本陣の中を所狭しと駆け回り、琴の音が響き渡っていたのだが(笑)。
ちなみに東光寺が、等々力家が建立した【東龍寺】が前身になっていると聞いて、なるほど龍の彫刻が多かった訳だと納得してしまったのだった。
昼食は、地元で有名だと云うフレンチのお店で、信州蕎麦粉100%のガレットを頂いた。ガレットとは、フランス・ブルターニュ地方のそば粉を使ったクレープ。卵や野菜をのせたり、アイスをのせてデザートにしたり、いろいろな楽しみ方が出来るそうだ。アタシは、シャキシャキとした食感の春キャベツとカリカリのベーコン、そしてモッツアレラチーズとゴーダチーズを包み込んだ、見た目も鮮やかなガレットを美味しく頂いたのだった。
※ ※ ※
【有明山神社】
午後にやって来たのは、【信濃富士】と名高い有明山を御神体とする山岳信仰の神社である。
手力雄命が天岩戸を引き放ち、辺りに光が射したことから、有明山と名付けられたそうである。
西行法師が「信濃なる 有明山を 西に見て 心細野の 道を行くなり」と詠んでいる。
穂高神社同様、本宮(里宮)の他、有明山山頂(中岳・南岳・北岳)には奥大宮がある。御祭神は、戸隠神社同様に天岩戸伝説の神々を中心に、天岩戸をこじ開けた怪力の神・手力雄命、知恵の神・八意思兼命、芸能の女神・天鈿女命、他数柱を祀ってあらっしゃる。
立派な一之鳥居を車で通過させて頂き、その先にあると云う駐車場で待って頂く事にして。アタシと貴志さん(と、SPの方々)、リザさんと澤木さん、アドミラルと近衛兵の方々はここで降りて、二之鳥居を歩いて潜り、黒松並木13本が続く参道をのんびりと歩いた。
飛騨の匠・山口権之正が建造したお手水舎で作法通り身を清める。
山口権之正は、有明山神社の神門「裕明門」のデザイン・コンペで清水虎吉と最後まで競った人物だ。負けた悔しさを、このお手水舎にぶつけ、精魂込めたに違いない。屋根の意匠も素晴らしい。鳳凰や龍を始め、様々な故事に因んだ動物などがリアルに彫刻されている。
濡れた手をハンカチで拭っている時、リザさんに「真唯ちゃん、上を見てご覧なさい」と言われ、手水舎の天井を見て驚いた。天井画ならぬ、“天井彫刻”が施されていて、雲海の中、龍がとぐろを巻いてこちらを見降ろしていたのだ。舌だけが朱く染められていて、異様な存在感を放ち。「山口権之守」と刻まれた落款に、職人の意地と誇りを感じた。
有明山神社 神門【裕明門】
別名「信濃日光裕明門」とも称される。
日光東照宮「陽明門」を模して建てられたそうだ。切妻造軒唐破風付8脚門、銅瓦葺は大工棟梁・佐々木喜十、内外部の彫刻は眼猫や十二支図、二十四孝図などを諏訪立川流彫刻師で立川東渓を号した清水虎吉が彫り、40枚におよぶ格天井絵は京都の画家・村田香谷が描いている。軒下には鉄拐・蝦蟇などの仙人図、二十四孝図(唐夫人、郭巨、老萊子、楊香)など立川流の最も得意とした人物彫刻と十二支図や唐獅子、龍など霊獣彫刻が刻まれている。精緻で見事な彫り物の数々を、リザさんは懇切丁寧に解説してくれた。だが、仙人のお話しはともかく、親孝行のお話しは、内心(…フ~~ン、そんなもんかねェ~~…)と思っていたら、内心が表情に表れていたようで、リザさんに苦笑いされてしまった。
真唯は彫刻よりも、活き活きと写実されている植物や動物の天井画に心奪われてしまった。今にも動き出しそうな描写力なのだ。村田香谷、70歳を過ぎての傑作群と言うから納得だ。
山門と言えば仁王像が一般的だが、神社なので表面を随神、裏面を御神馬がお守りしている。随神が安置されているのは日光東照宮「陽明門」と同じである。「随神」とは、ご社殿や神社社地などを守る神さまをさす。この神さまは、随神門などに安置されていて、矢大神・左大神と云う俗称で呼ばれることもある。左右二神共、弓と矢を携え剣を帯びているが、これはその昔、武装して貴人の護衛にあたった近衛府の舎人の姿で、彼らは「随身」と呼ばれていた。その随身が転じて、主神に従い守護するという意味で【随神】となったと思われる。
武人にとっては、この上ない名誉ある職とされていたようで、思わず、澤木さんに付き従うアドミラルを重ねて見てしまった事は、真唯だけの秘密である。
京都・竜安寺にある蹲踞に刻まれている事で有名な、アタシの好きな言葉、「吾、唯、足るを知る」が刻まれたモニュメントが、ここの神社の開運招福の石として有名なのだそうだ。一説には、強力なパワスポでもあるらしい。この「口」の部分を潜れば何か良い事があるらしいが、身体が自由に動いて、三食美味しく頂く事が出来て、こうやって好きな処へも来る事が出来て…貴志さんと結婚出来たのである。これ以上望むべくもない程満ち足りているのである。
観光客の皆さんが一所懸命潜っていらっしゃる間をぬうようにして、ブログUPのための画像を一枚だけ撮影させて頂いて。貴志さんと再び腕を組んで歩き出したのだった。
……後ろから、リザさんと澤木さん、そしてアドミラルが優しい眼差しで見詰めていた事にも気付かずに。
そうして、やっと【有明山神社 拝殿】に着いた。
天照大御神が籠った岩戸を手力雄命が力ずくでこじ開け、この地に投げ飛ばしたのが戸放ヶ岳、有明山と呼ばれる霊峰と伝えられる。この地には最初、戸放権現がお祀りされ、それがこの神社の前身となった。本殿、神殿はなく、あくまで山そのものが御神体なので、壮麗な拝殿で本日の御縁に感謝申し上げた。
社務所で御朱印をお願いしている間に、境内を散策させて頂いた。
ここは山間のお社であるが、自然と匠の技が混然一体と成った素晴らしい処である。境内の中の小さな滝や、立派な磐座をしみじみと拝見、拝観させて頂いたのであった。
新たな御朱印コレクションの追加にニコニコ恵比寿顔のアタシは、正福寺不動尊を経由して、【大王わさび農場】で御縁を頂いた八面大王が立て篭もったと云う洞窟【魏石鬼岩窟】へと赴き。
木漏れ陽の中、歴史の闇に埋もれた地元の英雄を偲んだ。
安曇野は道祖神が有名だが、洞窟への小径にはかわいらしい石仏がちんまりと鎮座していて、しばし心癒される想いがしたのであった。
朝起きた時から、真唯の心は後悔の悲嘆の涙にくれていた。昨夜、マッツンのお店に行って酒盛りしていた途中からの記憶が、スッポリ抜け落ちてしまっているのだ。真唯は自分の酒癖を知っていた。だからこそ、酒量を過ごさないように気を付けていたのに…! よりによって、澤木さんやリザさんとご一緒の時に、ヤッちまうなんて…っ!!
マッツンはいい。彼女はアタシのこの癖を知っていて、どんなに甘えても『ハイハイ』と軽くいなしてくれるからだ。
出来れば貴志さんに知られたくは無かった。勿論、一生ずっと一緒に暮らす人に、いつかはバレるとは思っていた。しかし何も。(澤木さんたちとご一緒の時にバレちまわなくても良いじゃないのさァ~~っ!!/滝汗)
澤木さんたちに失礼がなかったか心配で心配で必死に昨日の事を聞く真唯に、旦那さまは『心配ありませんよ。酔った貴女は、とても可愛いかったですよ♡』などと頬にキスしてくる始末だ。
もう、自棄だァ~~ッッ!!
真唯は普段なら見向きもしない、「願いがかなう仁王さまの下駄」に乗り、山門をバックに、「はい、チーズ♪」とばかりに、貴志さんのスマホの写メにおさまったのだった。
ここは、【吉祥山 東光寺】
信州七福神の一つで、大黒天がお祀りされているらしい。しかし、あくまでご本尊は、別にあらっしゃる。
「…珍しいですね…貴女が、こんなものに興味を示されるとは…」
「…「こんなモノ」は失礼ですよ。この下駄はこの吉祥門の仁王様の大下駄で、禅の中の『脚下照顧』という教えの、「自分自身の足元をしっかり見つめ、一歩一歩着実に歩む中で物事が成就される」という意味で、この下駄を履くと願いがかなうとされているんですから。」
貴志さんの腕に腕を絡めて下から上目遣いに見上げれば、優しい眼差しで見降ろされた。 ……でも…アレ…? ……もしかして……「…貴志さん…寝不足ですか? 眼が赤いですよ。大丈夫ですか?」聞いたら、ビックリ眼で見降ろされ…次には凄く優しい眼差しが降って来た。「大丈夫ですよ。何でしたら、安曇野のサイクリングコースをランニングしましょうか? 貴女を抱き上げたまま。」
リップ音を立てて、額にキスが落とされる。途端に「ああ、熱い、暑いわねぇ~。ここだけ、もう、真夏?」などと声が飛んで来る。
……そうなのだ。
アタシと貴志さんの観光に、リザさんと澤木さんが付き合って下さっているのだ。おまけに澤木さんの背後に【提督閣下】がピッタリと張り付いていらっしゃるから、目立つ事この上ない。
でも。
アタシとしては、貴志さんに行く女の子たちの視線が澤木さんやアドミラルに吸い寄せられて、少しばかり安心してしまったりするのだ(照)。
昨日はマッツンとばかり喋っていて、貴志さんと全然お話し出来なかったから、今日は思いっ切り楽しむゾォ~~ッ!!
山門前の下駄にいきなり捕まってしまったから、先ずはご本尊さまにご挨拶せねば。
【東光寺 吉祥門】
龍が凄みを利かせている立派な山門を潜る。
この山門の両脇を固めるのは、阿吽の金剛力士像。その名を「安曇野吉祥仁王」。
日展審査員、阿部正基氏の制作で、名横綱・北の湖関の現役時代の姿を模して造られているとリザさんが教えてくれた。だが残念ながらアクリル板で覆われていて、非常に見えにくい。こう云う観光客に不親切なお像は丸っと無視させて頂いて、龍などの彫刻群をしみじみ鑑賞させて頂いた。
「日本名水百選 安曇野洗心の水」と冠された水が龍の口から流れ出るお手水舎で手を洗い、口を漱ぐ。アドミラルが柄杓の柄まで洗っているのを見て、思わず感心してしまった。……って思ったら、失礼だろうか。
境内を歩いて行くと、何故か薬師如来の御堂があった。はて? ご本尊のはずなのに? ……では、あの立派な本堂には、どなた様があらっしゃるのだろうか? 「川西第八番札所霊場」のご本尊、馬頭観音さまだろうか?
仕方なしに五円玉をお賽銭に、こちらに最初にお参りさせて頂く事にした。眼の病にご利益があるとの事だが、PC画面と睨めっこしているアタシと貴志さんの眼がいつも見えている事に改めて感謝申し上げた。
可愛いらしい【子育て道祖神】は、丸っと無視させて頂いた(苦笑)。
本堂の寺額「吉祥山」の文字が凄くユニークと云うか、とにかく分かり難い。それに良く見れば、「吉」の字が上下逆さまになっていた。アレ~?と思って首を傾げていたら、貴志さんと反対の横からリザさんが、「…中国では旧正月に『福』や『喜』と言う字を逆さまに飾って縁起を担ぐ“倒福”という慣わしがあるの。その由来じゃないかしら。」と教えてくれた。
納得して。中にあらっしゃると思われる、馬頭観音さまと大黒天さまに、ご挨拶申し上げて。本日の御縁を感謝申し上げた。
寺務所に御朱印をお願いしている間に、本堂の地下で出来ると云う【お戒壇めぐり】にチャレンジさせて頂く事にした。リザさんと澤木さんがパスだと言うので、貴志さんと二人っきりのチャレンジだ。表書きに書いてあった注意の通り、右手を胸の位置に持って来て。真の暗闇の中を進む。善光寺と唯一違うのは、左手が壁をつたっているのではなく、貴志さんの手に握られている事だ。
ほどなく進むと、中央、ご本尊の下に在ると云う【幸福の鍵】を貴志さんが見つけてくれた。アタシは夢中で貴志さんに握られた手を、貴志さんの手と一緒に、その鍵に触れさせて。
「…貴志さん。これで、来世の極楽浄土の同じ蓮の台の、半座を分かつ事が出来ますね…」
「…真唯さん…っ」
その場でギュッと抱き締められて、ソッと交わした接吻は、二人っきりの秘密だ。
真っ暗闇から地上に戻って来ると、お陽さまが余計に眩しく感じる。
リザさんや澤木さんと共に、本堂前の立派な日本庭園をしみじみ鑑賞させて頂いて。そして無事に新たな御朱印もゲット出来て。上機嫌で、東方極楽浄土を後にしたのだった。
※ ※ ※
東光寺の次に向かったのは、斜向かいに在る【本陣 等々力家】
『とどろき』ではなく、『とどりき』と読むらしい。
市の文化財に指定されていると言う、江戸時代の庄屋屋敷を興味深く拝見、見学させて頂いた。
……と言っても。
アタシの頭の中では、もじゃもじゃ頭の探偵さんがご立派な本陣の中を所狭しと駆け回り、琴の音が響き渡っていたのだが(笑)。
ちなみに東光寺が、等々力家が建立した【東龍寺】が前身になっていると聞いて、なるほど龍の彫刻が多かった訳だと納得してしまったのだった。
昼食は、地元で有名だと云うフレンチのお店で、信州蕎麦粉100%のガレットを頂いた。ガレットとは、フランス・ブルターニュ地方のそば粉を使ったクレープ。卵や野菜をのせたり、アイスをのせてデザートにしたり、いろいろな楽しみ方が出来るそうだ。アタシは、シャキシャキとした食感の春キャベツとカリカリのベーコン、そしてモッツアレラチーズとゴーダチーズを包み込んだ、見た目も鮮やかなガレットを美味しく頂いたのだった。
※ ※ ※
【有明山神社】
午後にやって来たのは、【信濃富士】と名高い有明山を御神体とする山岳信仰の神社である。
手力雄命が天岩戸を引き放ち、辺りに光が射したことから、有明山と名付けられたそうである。
西行法師が「信濃なる 有明山を 西に見て 心細野の 道を行くなり」と詠んでいる。
穂高神社同様、本宮(里宮)の他、有明山山頂(中岳・南岳・北岳)には奥大宮がある。御祭神は、戸隠神社同様に天岩戸伝説の神々を中心に、天岩戸をこじ開けた怪力の神・手力雄命、知恵の神・八意思兼命、芸能の女神・天鈿女命、他数柱を祀ってあらっしゃる。
立派な一之鳥居を車で通過させて頂き、その先にあると云う駐車場で待って頂く事にして。アタシと貴志さん(と、SPの方々)、リザさんと澤木さん、アドミラルと近衛兵の方々はここで降りて、二之鳥居を歩いて潜り、黒松並木13本が続く参道をのんびりと歩いた。
飛騨の匠・山口権之正が建造したお手水舎で作法通り身を清める。
山口権之正は、有明山神社の神門「裕明門」のデザイン・コンペで清水虎吉と最後まで競った人物だ。負けた悔しさを、このお手水舎にぶつけ、精魂込めたに違いない。屋根の意匠も素晴らしい。鳳凰や龍を始め、様々な故事に因んだ動物などがリアルに彫刻されている。
濡れた手をハンカチで拭っている時、リザさんに「真唯ちゃん、上を見てご覧なさい」と言われ、手水舎の天井を見て驚いた。天井画ならぬ、“天井彫刻”が施されていて、雲海の中、龍がとぐろを巻いてこちらを見降ろしていたのだ。舌だけが朱く染められていて、異様な存在感を放ち。「山口権之守」と刻まれた落款に、職人の意地と誇りを感じた。
有明山神社 神門【裕明門】
別名「信濃日光裕明門」とも称される。
日光東照宮「陽明門」を模して建てられたそうだ。切妻造軒唐破風付8脚門、銅瓦葺は大工棟梁・佐々木喜十、内外部の彫刻は眼猫や十二支図、二十四孝図などを諏訪立川流彫刻師で立川東渓を号した清水虎吉が彫り、40枚におよぶ格天井絵は京都の画家・村田香谷が描いている。軒下には鉄拐・蝦蟇などの仙人図、二十四孝図(唐夫人、郭巨、老萊子、楊香)など立川流の最も得意とした人物彫刻と十二支図や唐獅子、龍など霊獣彫刻が刻まれている。精緻で見事な彫り物の数々を、リザさんは懇切丁寧に解説してくれた。だが、仙人のお話しはともかく、親孝行のお話しは、内心(…フ~~ン、そんなもんかねェ~~…)と思っていたら、内心が表情に表れていたようで、リザさんに苦笑いされてしまった。
真唯は彫刻よりも、活き活きと写実されている植物や動物の天井画に心奪われてしまった。今にも動き出しそうな描写力なのだ。村田香谷、70歳を過ぎての傑作群と言うから納得だ。
山門と言えば仁王像が一般的だが、神社なので表面を随神、裏面を御神馬がお守りしている。随神が安置されているのは日光東照宮「陽明門」と同じである。「随神」とは、ご社殿や神社社地などを守る神さまをさす。この神さまは、随神門などに安置されていて、矢大神・左大神と云う俗称で呼ばれることもある。左右二神共、弓と矢を携え剣を帯びているが、これはその昔、武装して貴人の護衛にあたった近衛府の舎人の姿で、彼らは「随身」と呼ばれていた。その随身が転じて、主神に従い守護するという意味で【随神】となったと思われる。
武人にとっては、この上ない名誉ある職とされていたようで、思わず、澤木さんに付き従うアドミラルを重ねて見てしまった事は、真唯だけの秘密である。
京都・竜安寺にある蹲踞に刻まれている事で有名な、アタシの好きな言葉、「吾、唯、足るを知る」が刻まれたモニュメントが、ここの神社の開運招福の石として有名なのだそうだ。一説には、強力なパワスポでもあるらしい。この「口」の部分を潜れば何か良い事があるらしいが、身体が自由に動いて、三食美味しく頂く事が出来て、こうやって好きな処へも来る事が出来て…貴志さんと結婚出来たのである。これ以上望むべくもない程満ち足りているのである。
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……後ろから、リザさんと澤木さん、そしてアドミラルが優しい眼差しで見詰めていた事にも気付かずに。
そうして、やっと【有明山神社 拝殿】に着いた。
天照大御神が籠った岩戸を手力雄命が力ずくでこじ開け、この地に投げ飛ばしたのが戸放ヶ岳、有明山と呼ばれる霊峰と伝えられる。この地には最初、戸放権現がお祀りされ、それがこの神社の前身となった。本殿、神殿はなく、あくまで山そのものが御神体なので、壮麗な拝殿で本日の御縁に感謝申し上げた。
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ここは山間のお社であるが、自然と匠の技が混然一体と成った素晴らしい処である。境内の中の小さな滝や、立派な磐座をしみじみと拝見、拝観させて頂いたのであった。
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木漏れ陽の中、歴史の闇に埋もれた地元の英雄を偲んだ。
安曇野は道祖神が有名だが、洞窟への小径にはかわいらしい石仏がちんまりと鎮座していて、しばし心癒される想いがしたのであった。
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相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
モース10
藤谷 郁
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※表紙画像/【イラストAC】NORIMA様
※他サイトに投稿済み
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