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ラブラブ新婚編
No,170 新婚夫妻の、春の鎌倉散歩 【後編】
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果たして、そこに在ったものは―――楚々とした風情と、豪華絢爛に咲き乱れると云う言葉が無理なく同居するのかのような…蒼天に映える、数十メートルはあろうかと云う白木蓮の大樹であった。
……が、しかし―――
「………………」
……無言で魅入られたように立ち尽くす夫を見ると、『この樹は、昭和8年に中国の作家・魯迅から贈られたもので…』などと云う今更な説明も陳腐に思えてしまう。だから真唯も何も言わずに、今年も見る事が叶った見事な白木蓮を見上げた。
毎度の事ながら、思う。
この北条時宗の廟所・佛日庵の白木蓮は、他の木蓮とは次元が違うと―――
……あまりにも、圧倒的なのだ。
「…真唯さんが絶賛されるだけの事はあります…言葉も出ないと云う気分を、久し振りに味わわせて頂きましたよ…」
「…貴志さんの“入ってしまっている状態”を、初めて拝見させて頂きました…」
「…ええ…正にそんな状態です…まさか、これほどとは…」
「…貴志さん…先ずは、本堂のご本尊さまにご挨拶しましょう…ね…?」
「…はい…」
そうしてようやく中に入って、本堂のお地蔵さまに、今年も美しい木蓮の花を拝見させて頂いた事を感謝申し上げた。
この佛日庵ではお抹茶を頂く事が出来るのだが、次の目的地のために我慢ガマンである。茶席の為の縁台に腰掛けさせて頂いて、また白い花をしみじみと眺めやる。ここは北条氏所縁の処だから、瓦の家紋は当然、北条氏の“三つ鱗”であるが…三つ鱗に映える、蓮や鬱金香の花にも似た純白がまた風情である。
「…真唯さんが、【水月観音】の前から動けなかった訳が、ようやく理解りましたよ…」
「…気に入って頂けましたか…?」
「…ええ…想像を遥かに超えた、素晴らしさです…」
「…良かった。…好きな男性とこうして見る白木蓮も、また格別です…」
「…貴女と云う女性は…そんなに私を喜ばせて、どうなさるお心算なのですか?」
「…別に、どう云うお心算も何もないんですが…折角だから、何かおねだりしちゃおうかな…?」
「それは嬉しいですね! 是非何か、おねだりなさって下さいっ!!」
「ヤダ、冗談ですよ…っ!」
「真唯さん、そんな殺生な!!」
「それ、絶対、言葉の使い方、間違ってます…っ!!」
犬も食わないパカップルな新婚夫婦の会話を、静かに見降ろしていた瀟洒な花も苦笑いしていたに違いない。
白木蓮を堪能した二人は、大きな山門近くまで戻って来たが、まだ帰る心算はない。ここから少しばかり登った処に、お目当ての場所があるのだから。国宝である東日本最大の梵鐘を横目に見ながら、登り付いた先は【弁天堂】である。ここには文字通り、弁財天さまがお祀りされている。お像があるはずなのだが、拝観は不可なのだ。鎌倉は、そんな処ばかりだ。今日、周らせて頂いた御寺が、特別だったのである。貴志さんと仲良く並んで、日頃のご加護の感謝を申し上げる。
参拝が済んだら一休み。
【弁天堂茶屋】で、お抹茶を頂く。
そして右手を見れば……
「ラッキー♪ 貴志さん、富士山が見えますよ!!」
「…真唯さん…おねだり…」
……しつこい。
「…真唯さんのおねだりなんて、滅多にないのに…」
「…富士山を眺めながらお抹茶を頂けるなんて、最高の贅沢ですね…っ!!」
「…もっと贅沢を言って欲しい…」
「…あ…っ、…「七つの子」が聞こえる! もう四時半なんですね! 夕暮れに沈む富士山も、また風情ですねェ~♡」
「…贅沢…おねだり…」
……無視、ムシッ! 丸っと無視だ…っ!!
「…抹茶…美味しいですね…」
「そーでしょ! 此処で頂くお抹茶は、格別なんですよっ!!」
心行くまで絶景と美味を楽しんで下山した二人に、しかし突如難問が降って湧いた。
「…門が閉まってますね…出られない…」
「…そんな筈がありませんよ。…何処かに出口がある筈です。」
だが、貴志さんと二人で色々と見てみたのだが、どこにもそれらしきものが見当たらない。……見れば、他の観光客の方々も困って、あちらこちらと動き回っていらっしゃる。「…弱りましたね…」「…まだ、佛日庵にも弁天堂茶屋にも、お客さんがいらっしゃったんですが…」「…どこかに出口がある筈なんですがね…」などと、見知らぬ人たちと会話なんかしちゃったりして。
そしてやっと見つかった。
駐車場に出る事の出来る、小さな小さな出口が。
ブツブツと文句を言いながら、皆さんと共にやっと脱出する事が出来た(…円覚寺さんも、あんまりよね…ちゃんと出口の標識くらい立てておいてもらいたいもんだわ…でもまあ、閉山時間を過ぎてもまだいる、アタシたちが悪いのかも知れないんだけどさ…それもこれも、ここがあまりに居心地が良過ぎるからであって…)。……何やら腹のムシが治まらない気分の真唯なのであった。
円覚寺のすぐ前には、北鎌倉の駅がある。
気楽な“おひとりさま”時代には、散々お世話になった駅ではあるが、これからはあまり利用しなくなるかも知れない。貴志さんとチャリンコに跨って、今日来た道をひたすら戻る。君枝さんには、今日は夕飯は要らないと断っている。すべては此処で頂くシチューのためである。
※ ※ ※
【備屋珈琲店 鎌倉本店】
山小屋(?)風な外観で、エントランスと待合処は和風であり、中身はヨーロピアンテイストのクラシカルな雰囲気が漂う、何とも統一感に欠けるカフェだ(笑)。
しかし、真唯の中の“喫茶店ランキングTOP10”常連の、ブログの中でも何度も紹介している名店でもある。ランチには遅過ぎる、だが夕飯にはまだ早い微妙な時間帯であったため、ラッキーな事にすぐに四人掛けのソファー席に案内される。真唯はメニューを見る事もなくオーダーを決めたが、貴志さんは興味深げにメニュー表を吟味している。そんな彼を微笑ましく見守って。何にするのかと思っていたら、結局真唯と同じものだった。
「…貴志さんたら…」
「…良いじゃありませんか…真唯さんセレクトだったら、外れがありません。 …それにしても、本当に素敵なお店ですね…江ノ島支店とは微妙に雰囲気が違う…真唯さんのブログに書かれていた通りだ…」
「貴志さんの席からだったら、ディスプレイされたアンティークのカップ&ソーサーが見えると思いますが…壮観でしょう?」
「ええ…真唯さんが気に入るのも納得です。」
「…【石かわ珈琲】とか、【侘助】なんかも素敵なんですが…どうしても此処に入っちゃうんですよねェ~。昼食もそうです。【ブラセリー梅宮】とか、【鉢の木Cafe】も風情があって美味しいのに…どうしても、あの玉子焼きが食べたくなっちゃうんです…」
「あの、【おざわ】は衝撃的でしたよ…」
「嬉しいです…ここも気に入って下さったら嬉しいんですが…」
「大丈夫です…真唯さんの舌を信じてますから。」
「…あァ~、何気にプレッシャーですねェ~~…」
「…それにしても…今日は、仏像も白木蓮も見事でした。…特に円覚寺の白木蓮は、圧巻でしたね…」
「フフ…貴志さんに見せてあげたいと思っていたので、今日は私も楽しかったですよ。」
「…これからは度々こうやって、神社仏閣参拝デートをしましょうね…?」
「…何か、熟年カップルみたいですね…もしかして貴志さんは、映画館とか遊園地やカラオケなんかの方が良いですか? …でしたら、お付き合いしますよ…?」
「特に映画や唄う事が好きな訳ではありませんし、遊園地のような騒々しい処はハッキリ言って苦手ですし…真唯さんが私に気を使って下さるのは嬉しいんですが…私は真唯さんが、ブログで紹介なさっているような処へ出掛けられるのが楽しいんですよ。」
「…貴志さん…そんなに甘やかさないで下さい…」
「…甘えて欲しいんですよ…真唯さん、そう言えば、おねだ、」
「お待たせ致しました。」
何とも絶妙なタイミングで、「ほほ肉ビーフシチュー」がやって来た。真唯はいつもの通りライスにしたが、貴志さんは厚切りトーストを選択していた。お互いに「頂きます。」と合掌して、少々早目のお夕飯だ。
ここはお店の名前に“シチュー物語”と謳うだけあって、とにかくシチューが美味しいのだ。タンもチキンもあるが、真唯は柔らかいほほ肉がお気に入りなのだ。良く煮込まれているほほ肉は、スプーンであっさり切れてしまう。緑が鮮やかなブロッコリーもミニタマネギも、何より大きなマッシュルームが独特の歯ごたえでもって応えてくれる。頬が蕩けてしまうような美味しさだと真唯は思っているのだが……向かいの貴志さんの箸が(スプーンが)止まらないのが嬉しい。
貴志さんがトーストを千切る仕草がノーブルだ。シチューを全部食べ終わってしまった後、僅かな残りのソースをパンに付けて食べる仕草も優雅に見えてしまうのだから、良いオトコはこれだから……と呆れた心地になるが、裏を返せばシチューソースに満足している証でもあるので、まあ良しとしてやろう(何サマだ、偉そうに/セルフ突っ込み)。
食後に頼んでおいた「本日の珈琲」を飲みながら聞いてみる。
「…いかがでしたか? …お味の方は…?」
「勿論、百点満点…三つ星ですよ。」
……にっこり微笑まれて、こっちまで嬉しくなってしまう。安心して、珈琲のカップに口を付ける。エクアドルと云う事だが……中性的で癖がない美味しい珈琲だった。……WEDGWOODなのは間違いないんだけれど……この“花鳥風月”的なオリエンタルなコレは、何と言うシリーズなのだろうか…?
「…貴志さん…100%、WEDGWOODだと思うんですが、何と言うシリーズなのか知りたいので…良いですか…?」
「勿論ですよ。」
貴志さんの了承を得て、ソーサーを引っくり返すと“KUTANI”とあった。……もしかして…九谷焼からとったの…? 旦那さまに話すと、彼は可笑しそうにクスクスと微笑う。「…まんまですね…」と。
「…貴志さんは…ロイヤルコペンハーゲンですね。…良いですか…?」
貴志さんは、にっこり笑顔で自分で引っくり返してしまわれて、「…さすが真唯さんですね…」と、瞳を細めてアタシを見る。……その柔らかな視線を独占出来る権利を得ている幸運に、心から感謝したくなってしまう。
……あ~あァ~、今日は贅沢な一日だったなァ~~
……久し振りの玉子焼きは、相変わらずの絶品だったし。
……水月観音さまも麗しかったし、宝冠釈迦如来さまや白龍図を初めて拝む事が出来たし。
……白木蓮は綺麗だったし、富士山を拝めて…美味しいシチューを頂いて、おまけにWEDGWOODのカップで美味な珈琲を楽しんで……
「…今日は素晴らしいものを、沢山拝見させて頂きました。 …鎌倉の美味も堪能出来たし…充実した一日でしたよ…ありがとうございます、真唯さん。」
―――アタシの思考を読んだかのようなタイミングでなされたお礼に、胸が熱くなる。
「私の方こそ…好き勝手に振り回しちゃって…楽しんで頂けたなら、私も嬉しいです。」
「私の奥さまの趣味の良さは、世界一ですからね…私は世界一幸せな夫ですよ。」
「…貴志さん…私を煽てたって、何にも出て来ませんよ…?」
……?
……貴志さんの指が誘うままに顔を近付ければ、耳元で囁かれた。
「…今夜、ベッドの中でサービスして頂ければ、充分ですよ。」
……っ!
……このエロエロ大魔神が…っ!!
……よっぽどH禁止令を言い渡してやろうかと思ったが…ニコニコと嬉しそうな表情に毒気を抜かれて、恥ずかしがるのもアホらしくなってしまう……貴志さん……命拾いしましたね…っ
珈琲も綺麗に飲み干して、「ご馳走様でした」と再び合掌した、礼儀だけはキッチリしているバカップルが席を立ち。「…ご馳走様でした…いつもながら、美味しかったです。」真唯がお礼を言えば、「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております。」真唯の顔を覚えている店員さんが丁寧に応対してくれて。真唯奥さまと同じ台詞を言った旦那さまに、店員さんが「…ありがとうございます…」と頬を染めたのは、武士の情けで見なかった振りをした。……ここは、鎌倉だから。
すっかり暗くなってしまったのでライトを点けて走ったが、建長寺の先の下り坂はブレーキを踏まずに一気に走り抜けた。心配性の旦那さまに叱られてしまったが、この爽快感は病み付きになる。
相変わらず混み合っている小町通りで、チャリを返却したらかなりの追加料金を取られてしまったが、それも想定の範囲内だ(自分のお金じゃないのが、いささか不本意ではあるが)。
そして、お留守番をしていてくれた【キット】君にお礼を言って乗り込んで……“綺麗な白木蓮を見て、鎌倉の美味を堪能しようツアー”は、その幕を下ろしたのだった。……これが、これからの定番の帰り方になるのだと、面映ゆい心持ちになりながら。
……もう、帰りの電車の時間の心配をする事もないのだ。
……明日の出勤の事を考えて、憂鬱になる事もないのだ。
だが、しかし。
おもいがけない落とし穴が待ちうけていた。
鎌倉デートがよほど嬉しかったのだろう旦那さまに、「今夜は、私がサーヴィスしますからね☆」とのお言葉を実行され、散々に貪られてしまって。慣れない運動と、余計な疲労をしてしまった筋肉痛は時間差でやって来て……おまけに「真唯さんに贅沢なおねだりをして頂く!」と云う新たな使命に燃えた旦那さまに、“おねだり”をねだられてしまうと云う……何ともトホホな気分に陥ってしまった真唯奥さまなのでありました(チャンチャン♪)
……が、しかし―――
「………………」
……無言で魅入られたように立ち尽くす夫を見ると、『この樹は、昭和8年に中国の作家・魯迅から贈られたもので…』などと云う今更な説明も陳腐に思えてしまう。だから真唯も何も言わずに、今年も見る事が叶った見事な白木蓮を見上げた。
毎度の事ながら、思う。
この北条時宗の廟所・佛日庵の白木蓮は、他の木蓮とは次元が違うと―――
……あまりにも、圧倒的なのだ。
「…真唯さんが絶賛されるだけの事はあります…言葉も出ないと云う気分を、久し振りに味わわせて頂きましたよ…」
「…貴志さんの“入ってしまっている状態”を、初めて拝見させて頂きました…」
「…ええ…正にそんな状態です…まさか、これほどとは…」
「…貴志さん…先ずは、本堂のご本尊さまにご挨拶しましょう…ね…?」
「…はい…」
そうしてようやく中に入って、本堂のお地蔵さまに、今年も美しい木蓮の花を拝見させて頂いた事を感謝申し上げた。
この佛日庵ではお抹茶を頂く事が出来るのだが、次の目的地のために我慢ガマンである。茶席の為の縁台に腰掛けさせて頂いて、また白い花をしみじみと眺めやる。ここは北条氏所縁の処だから、瓦の家紋は当然、北条氏の“三つ鱗”であるが…三つ鱗に映える、蓮や鬱金香の花にも似た純白がまた風情である。
「…真唯さんが、【水月観音】の前から動けなかった訳が、ようやく理解りましたよ…」
「…気に入って頂けましたか…?」
「…ええ…想像を遥かに超えた、素晴らしさです…」
「…良かった。…好きな男性とこうして見る白木蓮も、また格別です…」
「…貴女と云う女性は…そんなに私を喜ばせて、どうなさるお心算なのですか?」
「…別に、どう云うお心算も何もないんですが…折角だから、何かおねだりしちゃおうかな…?」
「それは嬉しいですね! 是非何か、おねだりなさって下さいっ!!」
「ヤダ、冗談ですよ…っ!」
「真唯さん、そんな殺生な!!」
「それ、絶対、言葉の使い方、間違ってます…っ!!」
犬も食わないパカップルな新婚夫婦の会話を、静かに見降ろしていた瀟洒な花も苦笑いしていたに違いない。
白木蓮を堪能した二人は、大きな山門近くまで戻って来たが、まだ帰る心算はない。ここから少しばかり登った処に、お目当ての場所があるのだから。国宝である東日本最大の梵鐘を横目に見ながら、登り付いた先は【弁天堂】である。ここには文字通り、弁財天さまがお祀りされている。お像があるはずなのだが、拝観は不可なのだ。鎌倉は、そんな処ばかりだ。今日、周らせて頂いた御寺が、特別だったのである。貴志さんと仲良く並んで、日頃のご加護の感謝を申し上げる。
参拝が済んだら一休み。
【弁天堂茶屋】で、お抹茶を頂く。
そして右手を見れば……
「ラッキー♪ 貴志さん、富士山が見えますよ!!」
「…真唯さん…おねだり…」
……しつこい。
「…真唯さんのおねだりなんて、滅多にないのに…」
「…富士山を眺めながらお抹茶を頂けるなんて、最高の贅沢ですね…っ!!」
「…もっと贅沢を言って欲しい…」
「…あ…っ、…「七つの子」が聞こえる! もう四時半なんですね! 夕暮れに沈む富士山も、また風情ですねェ~♡」
「…贅沢…おねだり…」
……無視、ムシッ! 丸っと無視だ…っ!!
「…抹茶…美味しいですね…」
「そーでしょ! 此処で頂くお抹茶は、格別なんですよっ!!」
心行くまで絶景と美味を楽しんで下山した二人に、しかし突如難問が降って湧いた。
「…門が閉まってますね…出られない…」
「…そんな筈がありませんよ。…何処かに出口がある筈です。」
だが、貴志さんと二人で色々と見てみたのだが、どこにもそれらしきものが見当たらない。……見れば、他の観光客の方々も困って、あちらこちらと動き回っていらっしゃる。「…弱りましたね…」「…まだ、佛日庵にも弁天堂茶屋にも、お客さんがいらっしゃったんですが…」「…どこかに出口がある筈なんですがね…」などと、見知らぬ人たちと会話なんかしちゃったりして。
そしてやっと見つかった。
駐車場に出る事の出来る、小さな小さな出口が。
ブツブツと文句を言いながら、皆さんと共にやっと脱出する事が出来た(…円覚寺さんも、あんまりよね…ちゃんと出口の標識くらい立てておいてもらいたいもんだわ…でもまあ、閉山時間を過ぎてもまだいる、アタシたちが悪いのかも知れないんだけどさ…それもこれも、ここがあまりに居心地が良過ぎるからであって…)。……何やら腹のムシが治まらない気分の真唯なのであった。
円覚寺のすぐ前には、北鎌倉の駅がある。
気楽な“おひとりさま”時代には、散々お世話になった駅ではあるが、これからはあまり利用しなくなるかも知れない。貴志さんとチャリンコに跨って、今日来た道をひたすら戻る。君枝さんには、今日は夕飯は要らないと断っている。すべては此処で頂くシチューのためである。
※ ※ ※
【備屋珈琲店 鎌倉本店】
山小屋(?)風な外観で、エントランスと待合処は和風であり、中身はヨーロピアンテイストのクラシカルな雰囲気が漂う、何とも統一感に欠けるカフェだ(笑)。
しかし、真唯の中の“喫茶店ランキングTOP10”常連の、ブログの中でも何度も紹介している名店でもある。ランチには遅過ぎる、だが夕飯にはまだ早い微妙な時間帯であったため、ラッキーな事にすぐに四人掛けのソファー席に案内される。真唯はメニューを見る事もなくオーダーを決めたが、貴志さんは興味深げにメニュー表を吟味している。そんな彼を微笑ましく見守って。何にするのかと思っていたら、結局真唯と同じものだった。
「…貴志さんたら…」
「…良いじゃありませんか…真唯さんセレクトだったら、外れがありません。 …それにしても、本当に素敵なお店ですね…江ノ島支店とは微妙に雰囲気が違う…真唯さんのブログに書かれていた通りだ…」
「貴志さんの席からだったら、ディスプレイされたアンティークのカップ&ソーサーが見えると思いますが…壮観でしょう?」
「ええ…真唯さんが気に入るのも納得です。」
「…【石かわ珈琲】とか、【侘助】なんかも素敵なんですが…どうしても此処に入っちゃうんですよねェ~。昼食もそうです。【ブラセリー梅宮】とか、【鉢の木Cafe】も風情があって美味しいのに…どうしても、あの玉子焼きが食べたくなっちゃうんです…」
「あの、【おざわ】は衝撃的でしたよ…」
「嬉しいです…ここも気に入って下さったら嬉しいんですが…」
「大丈夫です…真唯さんの舌を信じてますから。」
「…あァ~、何気にプレッシャーですねェ~~…」
「…それにしても…今日は、仏像も白木蓮も見事でした。…特に円覚寺の白木蓮は、圧巻でしたね…」
「フフ…貴志さんに見せてあげたいと思っていたので、今日は私も楽しかったですよ。」
「…これからは度々こうやって、神社仏閣参拝デートをしましょうね…?」
「…何か、熟年カップルみたいですね…もしかして貴志さんは、映画館とか遊園地やカラオケなんかの方が良いですか? …でしたら、お付き合いしますよ…?」
「特に映画や唄う事が好きな訳ではありませんし、遊園地のような騒々しい処はハッキリ言って苦手ですし…真唯さんが私に気を使って下さるのは嬉しいんですが…私は真唯さんが、ブログで紹介なさっているような処へ出掛けられるのが楽しいんですよ。」
「…貴志さん…そんなに甘やかさないで下さい…」
「…甘えて欲しいんですよ…真唯さん、そう言えば、おねだ、」
「お待たせ致しました。」
何とも絶妙なタイミングで、「ほほ肉ビーフシチュー」がやって来た。真唯はいつもの通りライスにしたが、貴志さんは厚切りトーストを選択していた。お互いに「頂きます。」と合掌して、少々早目のお夕飯だ。
ここはお店の名前に“シチュー物語”と謳うだけあって、とにかくシチューが美味しいのだ。タンもチキンもあるが、真唯は柔らかいほほ肉がお気に入りなのだ。良く煮込まれているほほ肉は、スプーンであっさり切れてしまう。緑が鮮やかなブロッコリーもミニタマネギも、何より大きなマッシュルームが独特の歯ごたえでもって応えてくれる。頬が蕩けてしまうような美味しさだと真唯は思っているのだが……向かいの貴志さんの箸が(スプーンが)止まらないのが嬉しい。
貴志さんがトーストを千切る仕草がノーブルだ。シチューを全部食べ終わってしまった後、僅かな残りのソースをパンに付けて食べる仕草も優雅に見えてしまうのだから、良いオトコはこれだから……と呆れた心地になるが、裏を返せばシチューソースに満足している証でもあるので、まあ良しとしてやろう(何サマだ、偉そうに/セルフ突っ込み)。
食後に頼んでおいた「本日の珈琲」を飲みながら聞いてみる。
「…いかがでしたか? …お味の方は…?」
「勿論、百点満点…三つ星ですよ。」
……にっこり微笑まれて、こっちまで嬉しくなってしまう。安心して、珈琲のカップに口を付ける。エクアドルと云う事だが……中性的で癖がない美味しい珈琲だった。……WEDGWOODなのは間違いないんだけれど……この“花鳥風月”的なオリエンタルなコレは、何と言うシリーズなのだろうか…?
「…貴志さん…100%、WEDGWOODだと思うんですが、何と言うシリーズなのか知りたいので…良いですか…?」
「勿論ですよ。」
貴志さんの了承を得て、ソーサーを引っくり返すと“KUTANI”とあった。……もしかして…九谷焼からとったの…? 旦那さまに話すと、彼は可笑しそうにクスクスと微笑う。「…まんまですね…」と。
「…貴志さんは…ロイヤルコペンハーゲンですね。…良いですか…?」
貴志さんは、にっこり笑顔で自分で引っくり返してしまわれて、「…さすが真唯さんですね…」と、瞳を細めてアタシを見る。……その柔らかな視線を独占出来る権利を得ている幸運に、心から感謝したくなってしまう。
……あ~あァ~、今日は贅沢な一日だったなァ~~
……久し振りの玉子焼きは、相変わらずの絶品だったし。
……水月観音さまも麗しかったし、宝冠釈迦如来さまや白龍図を初めて拝む事が出来たし。
……白木蓮は綺麗だったし、富士山を拝めて…美味しいシチューを頂いて、おまけにWEDGWOODのカップで美味な珈琲を楽しんで……
「…今日は素晴らしいものを、沢山拝見させて頂きました。 …鎌倉の美味も堪能出来たし…充実した一日でしたよ…ありがとうございます、真唯さん。」
―――アタシの思考を読んだかのようなタイミングでなされたお礼に、胸が熱くなる。
「私の方こそ…好き勝手に振り回しちゃって…楽しんで頂けたなら、私も嬉しいです。」
「私の奥さまの趣味の良さは、世界一ですからね…私は世界一幸せな夫ですよ。」
「…貴志さん…私を煽てたって、何にも出て来ませんよ…?」
……?
……貴志さんの指が誘うままに顔を近付ければ、耳元で囁かれた。
「…今夜、ベッドの中でサービスして頂ければ、充分ですよ。」
……っ!
……このエロエロ大魔神が…っ!!
……よっぽどH禁止令を言い渡してやろうかと思ったが…ニコニコと嬉しそうな表情に毒気を抜かれて、恥ずかしがるのもアホらしくなってしまう……貴志さん……命拾いしましたね…っ
珈琲も綺麗に飲み干して、「ご馳走様でした」と再び合掌した、礼儀だけはキッチリしているバカップルが席を立ち。「…ご馳走様でした…いつもながら、美味しかったです。」真唯がお礼を言えば、「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております。」真唯の顔を覚えている店員さんが丁寧に応対してくれて。真唯奥さまと同じ台詞を言った旦那さまに、店員さんが「…ありがとうございます…」と頬を染めたのは、武士の情けで見なかった振りをした。……ここは、鎌倉だから。
すっかり暗くなってしまったのでライトを点けて走ったが、建長寺の先の下り坂はブレーキを踏まずに一気に走り抜けた。心配性の旦那さまに叱られてしまったが、この爽快感は病み付きになる。
相変わらず混み合っている小町通りで、チャリを返却したらかなりの追加料金を取られてしまったが、それも想定の範囲内だ(自分のお金じゃないのが、いささか不本意ではあるが)。
そして、お留守番をしていてくれた【キット】君にお礼を言って乗り込んで……“綺麗な白木蓮を見て、鎌倉の美味を堪能しようツアー”は、その幕を下ろしたのだった。……これが、これからの定番の帰り方になるのだと、面映ゆい心持ちになりながら。
……もう、帰りの電車の時間の心配をする事もないのだ。
……明日の出勤の事を考えて、憂鬱になる事もないのだ。
だが、しかし。
おもいがけない落とし穴が待ちうけていた。
鎌倉デートがよほど嬉しかったのだろう旦那さまに、「今夜は、私がサーヴィスしますからね☆」とのお言葉を実行され、散々に貪られてしまって。慣れない運動と、余計な疲労をしてしまった筋肉痛は時間差でやって来て……おまけに「真唯さんに贅沢なおねだりをして頂く!」と云う新たな使命に燃えた旦那さまに、“おねだり”をねだられてしまうと云う……何ともトホホな気分に陥ってしまった真唯奥さまなのでありました(チャンチャン♪)
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相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
モース10
藤谷 郁
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※表紙画像/【イラストAC】NORIMA様
※他サイトに投稿済み
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