IMprevu ―予期せぬ出来事―

天野斜己

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ラブラブ新婚編

No,168 新婚夫妻の、春の鎌倉散歩 【前編】

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ホワイトデーの豪華なお返しによる夢もすっかり覚めた頃、真唯はこのところチェックしていた鎌倉の名所の開花状況をチェック出来るサイトを確認し、もうそろそろ良い頃合いだと判断し……鎌倉の円覚寺に参拝させて頂く事を決意したのだった。

そしてそれを打ち明けた旦那さまの反応も、当然予測の内で。

かくして真唯の、“綺麗な白木蓮を見て、鎌倉の美味を堪能しようツアー”は開幕を告げたのだった。



※ ※ ※



貴志さんは、当然のように車で周る事を考えていらっしゃったようだが、残念ながら今回真唯が周りたい御寺とお店には駐車場が無かった。そこでレンタルサイクリングを提案したのである。そこでトランザムには、鎌倉駅近くのコインパーキングでお留守番をしてもらう事にして。


先ず目指したのは、小町通り近くに在る、真唯がこよなく愛する卵焼きの名店【玉子焼き おざわ】であった。
平日の午前中だと云うのに、既に人が並んでいて、階段を埋め尽くしていた。
それもそのはず、定員がわずか十一名と云う小さな小さな店なのである。それでも人々は並ぶのだ。その美味なる黄金の輝きを求めて。……“真唯専用溺愛フィルター”をお持ちの旦那さまには、予め言い含めておいた。この店では並ぶのが当たり前なのだから、決して文句は口にしない事。真唯を思っての事なら尚更である。『文句を言うなら、連れて行きませんからね!』仁王立ちの真唯奥さまに、唯々諾々と従う旦那さまなのであった。
待っている時間も、また楽しいものなのである。隣に並ぶ夫の腕を絡ませるようにして、寄せられる秋波からブロックした。これに喜んだのは、旦那さまである。お陰で貴志さんもニコニコで。一時間半の待ち時間もアッと云う間だった。
案内されたのは壁際のカウンター席。勿論、文句などない。ここには入れるだけでラッキーなのだから。
真唯はメニューを見るまでもなく、いつもの「玉子焼御膳」にして、貴志さんも同じ物を注文した。だが。階段でご機嫌だったのが嘘のように眉間に皺が寄ってしまっている。……不満なのだろう……壁を睨むようにして座るこの体勢が……
案の定、「…真唯さん…」と、今日行く心算のない【円応寺】の閻魔さまもかくやと云う声が、横から響いて来る。「…貴志さん…我慢ですよ、ガマン。」「…………」「…キャンセルして、帰りますか…?」「…すみません…」

……仕方のない男性ひと……

真唯奥さまは、取って置きの呪文を旦那さまの耳元で囁いた。
すると。コロリと旦那さまのご機嫌は直ってしまわれたのだった。


―――……日本で二番目に美味しい玉子焼きをご馳走しますから……勿論、一番は、貴志さんが私の為に作ってくれる卵焼きです……―――


二十分ほど待たされて。
その御膳は、やって来た。

ご飯に、なめこのお味噌汁。
そして、店の看板商品、玉子焼き。
たった、それだけ。

だが真唯は、その御膳を前にすると合掌して。
「さあ、貴志さん…頂きましょう。」
「…はい…」

真唯は、久々に御縁が叶った品を前に夢心地だ。
今日の鎌倉観光のために、貴志さんは昨夜は一回きりにしてくれた(ホントは我慢して欲しかったのだが、涙目で抗議されてしまったのだ)。だから朝は久し振りに早く起きる事が出来て……でも、朝食は軽めにしておいた。……すべては、ここで味わう玉子焼きの為に……
一人前に卵を四個も使うと云うソレは、つやつやふっくら。秀吉公が大好きだったと云う山吹色も、これには敵うまい……。……再会の感動に浸りながら、一切れをお箸でソウッと掴む。途端にふわっとした柔らかさが箸から伝わり、ついつい顔が綻んでしまう。……そして、それを口の中に迎え入れれば……もうそこは、蓮のうてなの極楽浄土だ。秘伝のダシを使っているそうだが……この技を維持し続けていると云う努力も感嘆に値する。


「…いかがですか…?」
隣で無言になってしまっているひとを伺えば……


「…さすが、真唯さんが絶賛するだけはあります…これ程とは…」

連れて来た人が誉めてくれれば、真唯とても嬉しい。それが愛する旦那さまとくれば尚更だ。それからはお互い特に会話もなく。ひたすらに、職人の妙技を味わったのだった。



お米の最後の一粒まで、しっかり頂いて。

「…御馳走様でした。」

この美味を産み出してくれた職人さんと、卵を産んでくれたニワトリさんと……鎌倉の御仏たちに感謝して。

真唯は貴志さんと、【おざわ】を後にしたのだった。





「ああ~、お腹いっぱァ~い♪ しあわせ~~♡♡♡」
「ご馳走様でした。…本当に、美味しかったですよ。」

……そんな事言ったって、実際に支払いをしたのは貴志さんなのだが……

「…喜んでもらえて、嬉しいです。
 …一度、貴志さんと来てみたかったから…」
「…それはそれは…光栄ですね…」

大満足の昼食を終えて、微笑み合って。
二人は今回の“足”を調達するために、一軒の店に入った。

小町通りの中の小さなお店でチャリンコを貸して頂く事にして。真唯は普通にママチャリを(ただし、電動付き)。貴志さんは色々と試してみて、スポーツタイプにされた。こちらも真唯の強いススメに従って、電動付きだ。



お腹も膨れてエネルギー満タン!

さあ、出発だ!!



だが小町通りは、ひたすら人の波だ。
(平日でコレなのだから、土日・祝日はもっと凄まじからう。)

一旦、若宮大路に出て、鎌倉八幡を目指す。しかし、目的地はそこではない。右折するのだ。そしてその突き当たりが、今回のコースの一番バッター、宝戒寺だった。






【宝戒寺】

白萩があまりにも有名だが、白木蓮もまた見事な御寺なのだ。
二人でチャリを停めて。こじんまりとした参道をゆくと、すぐに本堂が見えて来るが。


「…成る程…これは、凄い…」

貴志さんが感心しているのは、境内に見える一本の白木蓮だ。


「…貴志さん…お花を見るのは後にして…先ずは御本尊さまにご挨拶しましょ。」
「…はい…」

御本堂の中に入らせて頂くと、正面には御本尊・地蔵菩薩さまがあらっしゃる。
それもそのはず、鎌倉幕府最後の執権・北条高時が、新田義貞の軍に追い詰められて、一族郎党と共に自害し、その慰霊の為に、その屋敷跡に後醍醐天皇が建立したからだ(実際の造営は、同天皇の没後、足利尊氏らによって行われたと推察されているそうだ)。


再びの御縁と、そして夫と共に参拝させて頂ける事に感謝申し上げる。


その左には、“鎌倉七福神”に数えられる毘沙門天さまが安置されている。こちらにもご挨拶して、しみじみとお見上げする。……鎌倉殿と呼ばれた源頼朝と源氏三代と、北条氏の栄枯盛衰に想いを馳せ……秘仏の歓喜天像を一度で良いから拝ませて下さァ~~いと、心の中で駄々をこねてみる真唯なのであった。



「…しかし、本当に綺麗ですね…」
「…そうでしょう…? …萩ばっかり有名なんて、不思議です…」

見れば未だ、蝋梅も枝垂れ梅も、白水仙も椿も咲いている。


……本当にここは、“花の御寺”なのだ……


まあ、これから行く処は、ある意味すべて花の御寺なのだが……貴志さんとそれを一緒に見られる事は、素直に嬉しい……



……小っ恥ずかしい、夫には決して言えない本音を心の中だけで囁いて。


アタシは貴志さんを促して、次の御寺へ向かった。






【浄智寺】

この御寺も、こじんまりとした緑の中に在る小さな御寺だ。だが、それは見掛けだけ。境内は外観からは理解らないが、かなり広い。

しかし。

「真唯さんのおっしゃる通り、電動アシストにしておいて良かったですよ。」
「そうでしょう? …あそこの坂は、自転車ではキツイですからね…」

鎌倉街道を北鎌倉方面に北上している訳だが、建長寺手前の急な登り坂を思い出しているのだろう夫に、新妻は労わりの言葉を掛けた。

「…ジムでエアロバイクを漕ぐのとは、一味も二味もちがいますね。」
「…フフ…室内でトレーニングするのと、こう云うサイクリングとは気分的にも全然違うでしょう…?」
「…それは、確かに…」

他愛もない会話をしながら、自転車を適当な処に停めて。
鎌倉五山第四位の臨済宗円覚寺派に属する御寺の、特長的な山門を潜る。
ここは鎌倉で唯一の中国式鐘楼門で、上層部に花頭窓があり、梵鐘が吊られている珍しい様式である。
木立に囲まれた静かな境内には、曇華殿どんげでんとも呼ばれる仏殿があり、中にはご本尊の“三世仏”が安置されている。
即ち、阿弥陀如来(過去)、釈迦如来(現在)、弥勒菩薩(未来)の三体の仏さまである。


真唯は再びの御縁が叶った事と……夫と共に参拝出来た事に、感謝を申し上げる。


……一条さんと……貴志さんと出逢う事が出来た“過去”と、今参拝させて頂いている“現在”と……これからどのような出来事が待っていたとしても、決して隣に立つ夫とは離れる事がないよう幸多い“未来”を築く事が出来ますようにとの祈りを込めて……三体の仏さまと相対したのだった。


境内には、まだ梅の花も咲いている。その鮮やかな色と香りを楽しんで……順路の通りに進む前に、仏殿の丁度裏手で足を止めた。

「…ああ…こんな処にも仏像があるのですね。」感心したような旦那さまの声に、
「…見落としがちなんですけどね…私はこの菩薩像、結構好きなんです。」流麗な御姿に、しばし見惚れる真唯奥さまであった。

そして広い境内の静寂の中をエッチラオッチラ歩いていけば、洞窟のような処に、“鎌倉七福神”に数えられる石像の布袋尊がお祀りされている。袋を持たない特長的なポーズをとる布袋さまは、お腹を撫でるとご利益があると言われていて、そのまァるいお腹の処だけ黒ずんでいる。


真唯は、今までそのお腹を触った事はなかった。
しかし、今回ばかりは触らせて頂いた。

(…貴志さんを…私の旦那さまを、幸せにする事が出来ますように…)

……やはり、布袋さまのお腹を撫でている貴志さんも、アタシとおんなじ気持ちだったら嬉しいと思う。




「…そろそろ次に行きましょうか…?」
「…何事も、奥方の仰せのままに…」




交わすで、にっこりと微笑みあって。



真唯は、次の御寺……東慶寺へと向かったのだった。







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