IMprevu ―予期せぬ出来事―

天野斜己

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ラブラブ新婚編

No,164 ホワイトデー・クルージング No,3

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翌日は生憎の空模様で、しばらくすると案の定、雨が降って来た。

「高知観光は、いかがなさいますか?」

心配げに夫に聞かれ、しばし考えてしまう。



真唯の中では、四国と言えば、お遍路さんである。
定年になったら是非とも、八十八ヶ所霊場を制覇したいと思っていたのだ。

高知に、特に思い入れはない。
桂浜の坂本竜馬像は有名だが、真唯は特に幕末に浪漫を感じてはいないのだ。
(その昔、「新撰組」に限りないロマンを感じている友人たちと巡った京都旅行は、虚しい思い出だ。)




真唯が思った通りの事を告げると、案の定、
「…四国でお遍路さんをされる時は…私もご一緒させて頂けますよね…?」
などと言われてしまう。

ちょっと意地悪な気分が動いてしまった真唯は
「…お遍路さんは、“同行二人どうぎょうににん”と言って、一人で歩いていても常にお大師様が共に居て下さって、その守りを受けているとされます…別に、一人で大丈夫ですよ…?」
などと言ってしまったから、凄まじいクレームを受ける事となってしまった。

「じゃあ、真唯さんが四国へ行かれている間、私はずっと留守番ですか!? いつ帰って来るか理解らない貴女を待てとっ!? ご免ですからね、そんな拷問はっ!!」
「…拷問って、そんな大袈裟な…ただ私は、無理に付き合わせたくないだけで…」
「私が連れて行って下さいとお願いしてるんです!! 大体、貴女は平気なんですか!? そんな何日も離れていなければならないなんてっ!?」

……平気だと言ってみたいっ!!
……言ってはみたいが……真唯とてもご免である。
断頭台ギロチンに首をかけるような真似は。

「…それは寂しいですが…今までお遍路さんと言うと、一人で巡るか、優里ちゃんと巡ると云う計画プランしか無かったもので…男性と一緒の自分と云うものがイメージしにくいんです…」
「男と言うか、夫と一緒でしたら別に不思議はないでしょう…? 夫婦でお遍路なんて、ラブラブで素敵じゃないですか。」

……この人…お遍路さんを、何だと心得ているのだろう…?
試しに言ってみた。

「…聖地巡礼なんですから…当然、Hは厳禁ですよ…?」
「……っ!!」
「…まあ、お互い、五十代か六十代になっていれば、そんな心配も…」
「何をおっしゃるんですか、真唯さんっ! 私は、生涯現役ですっ!!」

……シマッタ…妙なスイッチを押してしまった……


こうして無自覚に、墓穴の穴掘り名人振りを披露してしまった、真唯奥さまであったが。
夫が船長に高知で観光はしない旨を伝えると、高知は通過して、一路、日向・宮崎に針路をとる事になったのだった。



※ ※ ※



真唯は、雨の中、展望デッキに立ち尽くしていた。
……ホントは、メインデッキの船首に立ちたかったのだが、船長やクルーから丸見えになってしまい、『この雨の中、何やってるんだ。バカか、あいつは!?』と云う奇異の眼が怖くて止めたのだ。


「…真唯さん…お寒くはありませんか…?」

……貴志さんが、付き合ってくれるのは申し訳ないが……
(勿論、真唯は何度もお断り申し上げた。レインコートで完全防備とは言え、少しは濡れてしまうし…たが、夫はまるで、忠犬・ハチ公のように、真唯の傍を離れたがらないのだ。)




「…雨の神様…級長津彦命しなつひこのみことさまと級長戸辺命しなとべのみことさまと…アステカのトラロックの事を考えていたんです…」

いっそ、見事なほどの曇天。
グレーの雲が空いっぱいに広がっていて、降りしきる雨は、航行者の行く手を遮るかのようだ。……古代の人が、こんな光景に、“神の怒り”を感じてしまっても、仕方のない事なのかも知れない……

……真唯は手の平に、雨粒を受けながら想う。

天候……雨に関する宗教観の違いを。



日本は、水の豊かな国だ。
何せ、“湯水のように”と比喩される言葉があるくらいなのだから。

しかし、天候はどうにもならない。
こればかりは、その日まかせだ。
こんなに進んだ現代でさえ、100%の天気予報などあり得ないのだから。
古代の人々には、さぞかし脅威だった事だろう。

それ故に産まれた。
風と雨を神格化した信仰が。
級長津彦命さまと級長戸辺命さまとは、風の神様で、風と雨の順調をお祈りする農業に関する神様だ。
人々は祈る。
豊かな恵みが実りますようにと。
農業に従事していない人々も、“人生の波風が立たないように”と祈りを捧げるのだ。


しかし、太陽が照り付け、干魃が頻繁に起こった、中米に起こったアステカ文明は違う。
トラロックと云う神が干魃と雨と雷(稲妻)を司っていると信じた人々が、子どもを生け贄として捧げていたのである。
トラロック(Tlaloc)とは「トラリ(Tlalli)」から派生したとされる。Tlalliは「大地」、oc は「彼は座る」の意である事から、文字通りに訳せば「大地に座るもの」という意味である。トラロックは天からの恵まれた水の神なのである。

真唯は古代中南米文明が好きだが、生贄を要求したと云う神を信仰していたアステカだけは、ちょっと……と苦手に思う。

……生贄を要求するなど、真唯が信じる“神様”はなさらない。




……雨に打たれながら、真唯は思う。

雨とは恵みでありながら、同時に嵐になれば、災害を及ぼす脅威にも成り得るのだ。



……古代アステカに生きた人々を、ひたすら気の毒に思う。

……過酷な状況故に、生贄を必要とする信仰を産み出してしまった事を。







日向は宮崎、天孫降臨の舞台・高千穂へ向かい―――気候が温暖で平和な日の本に産まれる事が出来た奇跡に、心から感謝を捧げる真唯なのであった。







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