IMprevu ―予期せぬ出来事―

天野斜己

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ラブラブ新婚編

No,159 秘密の庭での、恋人たちの事情聴取 【後編】

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「…もう、良いではありませんか、真唯さん。」
「…貴志さん…」
折角のスコーンセットとニルギリのミルクティーが冷めてしまうのも構わずに、二人を問い詰めてしまった真唯に夫が声を掛けて来る。
澄ました表情かおで、ストレートのダージリンティーを味わいながら。

……それはまるで狭い取調室の中、容疑者を前に先走る新人刑事を諭す年配の先輩刑事のような穏やかさで。


「…二人とも、いい大人なんです。…貴女が水臭いと思うお気持ちは、良く理解りますが…」
「…貴志さん…アタシ…アタシ…ッ」
「…二人とも照れ臭かったのでしょう…ここは若い者同士…温かく見守ってやろうじゃありませんか…」
「…貴志さん…アタシだって、まだまだ若いデス。」
「…失敬…失言でした。」

旦那さまに優しく諭され、チョッピリ拗ねてしまった奥さまは、大きな大きなため息を吐かれて。冷め始めてしまっているスコーンに手を伸ばした。そして、クロテッドクリームを塗ろうとした手を……ピタリと止めてしまった。
……容疑者の一人が、突然、自供を始めたからだ。



「…専務が…いえ、上井さんがおっしゃる通り、照れ臭かったのは勿論ですが…出逢った時期が時期だけに…どうしても、お二人には言えなかったんです…」
と。



「…真唯さん…貴女のお好きなスコーンですよ。早く食べておしまいなさい。」
「…あ…ハイ…」

真唯は半ば操られるように動きを再開し……一口含んだスコーンは冷めてしまっていても美味しかった。そして、紅茶も含んでみるが……まだ実感が湧かない。
……なにゆえ容疑者は、突然自供を始めたのか。


一旦、口を開いてしまった容疑者の舌は、饒舌だった。
隣の彼女とは、あるバレエ公演で知り合った事。フとした切っ掛けで話をするようになって、バレエを観る事など初めての自分に優しく解説してくれて。詳しく話をする内に驚く。何と彼女は現役のバレエ・インストラクターで、あの真唯さんの先生をしている事を知ったからだ。こんな偶然があるものかと驚いたけど…惹かれて行く気持ちはどうしようもなくて。バレエ鑑賞デートを重ねて行ったが、真唯さんには自分の事を話すのは止めて欲しいと頼んだ事などなど。

長い供述を終えると山中容疑者は、疲れたように紅茶を飲み干してしまった。



……山中さん、それ何の紅茶ですか…?

真唯は、またまた明後日な事を考えて、現実トーヒした。




……だって、ショックだったのだ。

運転手さんをしてくれて、披露宴にまで来てくれた人に……そんなに避けられていたと云う事実を知ってしまって。


だが、しかし。
貴志さんが言ってくれた言葉によって、アタシの心の霧はすっかり晴れてしまったのだった。




「…成程な。
 …君らしいと云えば、君らしいが…察するに、私たちがゴタゴタしていた、
去年の十月か十一月あたりに出逢ったと云う事か…気にする事などないのに…」



……去年の十月か、十一月…?
……あ…っ、…丁度アタシが、“家出”をやらかしていた頃…っ、…山中さん…っ!
……貴志さんが言う通り、気にする事なんかないのに…貴方と云う方は…っ!!

と、真唯が精神ココロを盛大に乱高下していた時。
もう一人の容疑者が、不思議そうに口を挟んで来た。




「…あの~お話し中、すみません。
 …“マイさん”って…牧野さんの事…?
 …それに“カミイさん”って…一条さんの事ですか…?」




……ヤバイッ!
……佐藤センセは、アタシたちの事情を、何も知らないんだった…っ!!

……よみ○りカルチャー文化センターには、『牧野秀美』で登録してそのままで……結婚指環をしているから結婚している事はバレたけど、メンドイから牧野姓の人と結婚したと偽って、アタシの呼び名は“牧野さん”のままなのだ……


何と説明すれば当たり障りがないのか、プチパニックに陥ってしまった真唯を尻目に、貴志さんは実に鮮やかに切り抜けてくれた。



「順番にお答えしますね。
牧野さんはブログをやっていらっしゃいまして、HNで『真唯』と名乗っていて…愛称なのです。
私は、一条の家から絶縁されてしまいまして…『上井』と云う家と養子縁組したのです。
ただ、この上井と云う家も複雑な家でして…色々とあるのですよ…色々とね。
真唯さんに、牧野姓を名乗って頂いているのは、夫して本当に心苦しいのですが…どうか察して下さい。」




……上手い…っ!
座布団十枚、持ってけ、ドロボーーーッッ!!!


貴志さんのこの年齢としで……しかも、緋龍院建設の元・専務と云う立場で、絶縁とか養子縁組とか、普通はあり得ないだろう。だからこそ、他人ひとには言えない深い事情があるのだと錯覚してくれるだろう。




案の定、佐藤センセは、
「…そうですか…すみません、立ち入った事をお伺いしまして…申し訳ありません…」なんて俯いてしまって…
「…いえ…慣れておりますから、どうかお気になさらずに…」
なんて、貴志さんに慰められちゃったりしているし……



……もしもし、貴志さん?
……貴方…詐欺師としても、やっていけるんじゃないですか…?

……万が一、浮気なんかされても単純なアタシなんか、簡単に言い包められちゃいそうだゾ…?



見れば山中さんも、呆れた表情かおしてるし……




※ ※ ※



しかれども、すっかり安心して神経が緩んでしまった真唯は、事情聴取・第二弾に突入したのだった。


「佐藤センセ…山中さんと何の公演でお知り合いになったんですか…?」
「…え…あの…Kバレエカンパニーの「カルメン」で…」

……そうだ…佐藤センセは、あの熊川さんの大ファンだったっけ……

「馴れ初めは…?」
「…あ…彼がコーヒーを、私のワンピースに零してしまって…」
「で…クリーニング代を出してくれた…と。」
「…ええ…私は良いですって言ったんだけど、山中さんが…一道さんが、自分の気が済まないって…律儀な男性ひとだなぁって思って…」
「うんうん、理解ります。山中さんって、優しくて誠実な男性かたですよねェ~」
「そうでしょう!? …一道さんてば、優しくて誠実で…緋龍院建設なんて一流企業にお勤めなのに、全然偉ぶらないし…大人の人なのに、時々すごく可愛いし…私の仕事の愚痴とか、バレエの話にもニコニコ付き合ってくれるし…こうして公演にも、お茶にも付き合ってくれて…とにかく最高なのっ!!」


……う~ん、ノロケか?
これは…明らかにノロケだな…ノロケなら負けないゾォ~~~


「佐藤センセには悪いですけど、最高の男性ひとは、ウチの貴志さんです!
 …優しくて誠実なのは勿論ですが…マメで一途で…いつも私の事を考えててくれてるんですっ!!」


「あら? 一道さんだって凄いのよ。 …この間なんかね……」




―――かくして。


事情聴取はいつの間にか、その様相をすっかり変えてしまい。
気付けばオンナ二人による、彼氏自慢・旦那自慢へと変貌を遂げていたのであった。



かたや、照れて真っ赤な顔をしている恋人と、

こなた、平然としていらっしゃる夫である男性たちを尻目にして。




「君もすみにおけないな…こんな可愛い美人の恋人を手に入れるとは…」
「…専務…じゃなかった、上井さん…勘弁して下さい…」
「…これは嫌味ではなく、純粋な好奇心なんだが…私が滅茶苦茶やってしまっていたあの時期にバレエ公演なんて、良くそんな余裕があったな…」
「だってセ…上井さん! 18,500円もしたチケットを、10,000円で譲ってくれた奴がいたんですよ!? 行くでしょう、普通っ!!」
「…………………………………」
「…それに今となっては、やっぱり行って良かったと思ってます。 …だって、由美さんと出逢えたんですから…」
「…山中…それは惚気か? …惚気合戦なら、受けて立つぞ。」
「…勘弁して下さい。 …上井さんの惚気には負けます…」
「…(…つまらん…)…」
男性陣は、専務秘書としての遣り取りで、眼の前の男の惚気のハンパない事を知り尽くしていた男によって、一方的な不戦勝に終わっていた。



※ ※ ※



かくして完落ちした容疑者によるノロケ・・・と云う名の自白は、突然打ち切られる事となる。
山中容疑者が、突然、上司から呼び出しを受けてしまったのだ。聞けば、“一条元・専務”の手綱を握っていた手腕を買われて、ある専務執行役員の秘書をしていると云う事であった。

『由美さん、ごめん! 今度また、ちゃんと埋め合わせするからっ!!
 上井さん、真唯さん、黙っててすみませんでした! お二人ともお元気で!!』
そう言い残して。



一方、秘密の庭にポツンと取り残されてしまった佐藤容疑者は、恋人には笑って手を振っていたものの、その姿が視界から完全に消えてしまうと途端に元気をなくしてしまって。


「…佐藤センセ…よろしければ、夕飯ご一緒しませんか?」
真唯刑事は、思わず声を掛けてしまっていた。


「…良いんですか…? …牧野さんご夫婦のご迷惑になるんじゃ…」
遠慮しながらも嬉しそうな表情に、真唯刑事の心は決まる。
……きっと今は、一人っきりにはなりたくないだろうから……


「全然、迷惑なんかじゃありませんよ。ね! 貴志さん!!」
「ええ、勿論です。佐藤先生には、いつもウチの家内がお世話になってますし…よろしければ、山中君の事もお伺いしたいし。是非、お付き合い下さい。」
「…ありがとうございます。…では、お言葉に甘えさせて頂きます…」



※ ※ ※



貴志さんはホテルのレストランに行きたがったが、真唯が止めた。
佐藤先生が遠慮して、委縮してしまうと思ったのだ。

だから、バイキングにした。これなら敷居も高くはあるまい。
(…ホントは、『かつ丼でもどうですか…?』って、言ってみたかった…っ!!)



新宿副都心の夜景が見渡せる、展望レストラン。
冬の旬・カニ食べ放題になっていて。お約束のローストビーフも、『あったか鍋』などもあって、バイキングに来るのが久し振りの真唯を喜ばせた。……貴志さんといつも行くレストランも悪くはないが、こうやって自分の好きな物をチョイス出来る事が嬉しい。
貴志さんは運転があるのでペリエを。真唯と佐藤センセは、グラスワインを頼んで。三人で乾杯をした。
……カニは、人を無口にさせる。
三人はしばらくは、黙々とカニを食べて。
鍋物は、好きな人と二人っきりが良いよね……と思った真唯は、彩り良く並んでいるオードブル、メインの料理の中から好きな物を少しずつ少しずつ取って行った。(お勘定は貴志さん持ちだけど…もと取るわよォ~~ッ!!)との使命感に燃える真唯は、立派な小市民だった。




アルコールと美味しいお料理を頂いているうちに、佐藤センセの緊張も大部解れて来てくれたみたいで。

そうするとセンセは、貴志さんに質問を始めた。


……どうして秘書さんとは、あんなに忙しいのかと。


貴志さんは、山中さんを小間使い扱いしていた自覚があるのだろう。秘書の仕事の内容を丁寧に説明すると共に、山中さんをかなりヨイショしていた。「…彼は…山中君は優秀な男です。…私も、随分助けられました…彼は、秘書の鑑のような男です…」と。





恋人を誉められて良い気分にならない訳がない。
それからは、山中さんが、いかに素敵な男性であるかを延々と聞かされて。

その後は、バレエ談議になって行ってくれたのは、嬉しかった。
今日の「新国立劇場バレエ団」の話。ファンをしている熊川哲也さんが、いかに素晴らしい舞踊手ダンサーであるか。熊川さんはイマイチ…と思っていた真唯は、適当に相槌を打つ事で誤魔化したが。イルギス・ガリムーリンの事については、どこの女子大生のブリっかとセルフ突っ込みを入れたくなるほど盛り上がってしまって、貴志さんを嫉妬させてしまったのはほんの余談だ(笑)。

そして今度、絶対どこかのバレエを観に行って、ダブルデートをしようと言う話になって。
今年夏に開催予定の、三年に一度世界のトップスターが東京にやって来る「世界バレエフェス」をご一緒しようと云う事になった。NBSの“パトロン”である貴志さんには、そろそろ案内が来る頃だろう。




余談と言えば。
【Secret Garden】で、佐藤センセが飲んでいたのは、ラプサンスーチョンだったそうだ。

紅茶好きの彼女は、ネットで話題のブログで紹介されていたのを見て、一度行ってみたいと思っていたそうだが、いつ行っても満員で。今日はいつもは観るカーテンコールを放り出し、幕が下りるとすぐに向かったそうだ。相席をOKしてくれたのも、自分のように入りたくても入れない人がいると思ったら放っておけなかったのだと。

佐藤センセの優しさに感動すると共に、その話題のブログの事をセンセが詳しく知らない事には、ホッと安堵させられたものだった。

ちなみに、山中さんはオレンジペコだとか。
何でも、馴染んだ“母の味”らしい。
(…さては、山中さん…マザコンか…?)などと思ってしまった事は、決して佐藤センセには言えなかったケド。




親しい人と過ごす楽しい時間は、アッと云う間に過ぎてしまって。

佐藤センセをご自宅までお送りしたのだが、アタシが昔住んでたアパートみたいな処ではなく、めっさオサレな独身用マンションだった事には驚かされた。バレエ・インストラクターって、そんなに儲かるのか…と思っていたアタシの思いは、しっかり顔に出ていたみたいで。一人暮らしを心配する親から、資金援助があるのだと笑っていた。

……そんな過保護な親御さんなのか…お嫁にもらう時、山中さん、大変だな……




肉親との縁も情も薄いアタシの頭の中では、

『お嬢さんを下さい!』
『うるさい! お前のような馬の骨には、娘はやらん!!』
『お父さん、酷い! 一道さんは、馬の骨なんかじゃないわっ!!』
『お前は黙ってなさいっ!!』
『お父さんが何と言おうと、私は一道さんに付いて行きますっ!!』
『許さん! 絶対、許さんぞっ!!』

……などと、いつの時代の話かと、セルフ突っ込みを入れたくなるようなドラマが展開していたのだった。





「…真唯さん…貴女、今、絶対、とんでもない事考えてるでしょ…」

……出たよ…○船さん真っ青の千里眼エスパー…でももう、大分慣れてしまった……

「…理解ります…?」

「…貴女と云う方は…でも意外でしたね…まさか、山中と佐藤先生とは…」

「…縁は異なもの味なもの…ですよ。」

「…真唯さん…」

「…私たちだって、傍から見れば、充分、そんな風に見えると思いますよ…?」

「私と真唯さんの仲は、運命…いや、宿命です…」

「…貴志さん…」

「その宿命の相手であり、夫である私を無視して、ガリムーリンや、他のダンサーおとこどもに浮気して下さった償いは、今夜しっかりして頂きますからね。」

「………………………」




都会の夜景の中を疾走はしるトランザムの車内。

他人ひと様の恋愛事情に首を突っ込んで、刑事ゴッコなんかしてアソんでしまった報いは、しっかり受ける羽目になった真唯の頭に一つの言葉が浮かんで消えた。





―――因果応報―――






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