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ラブラブ新婚編
No,157 上井夫妻の観梅ツアー 其の四 【肉の万世】
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アキバの電気街にドドーンと聳え立つ牛のマークのビル。
「…本当に夕飯は、こちらで良かったのですか…?」
……貴志さんったら、ここまで来て、まだそんな事言ってるよ……
「私はここが良いんです!
…私のオススメのお店を優先するって言って下さったのは、貴志さんでしょう…?」
「…はあ…」
「さあ、行きますよ!」
「あ、待って下さい、真唯さん…っ!!」
真唯は旦那さまが渋々付いて来る気配を背後に感じながら、ズンズンと大きなビルのエレベーターホールへと向かったのだった。
※ ※ ※
【肉の万世】
言わずと知れた、お肉の有名店である。
しかも秋葉原本店は、下ではラーメン・立ち呑み酒場でサラリーマンたちの胃袋をガッチリ掴み、上ではしゃぶしゃぶ、ステーキなどの店舗で高級感を出して小金持ちの奥様・マダムたちの支持を得ていらっしゃる。上から下まで肉・肉・肉。
正に、庶民の肉の殿堂なのである。
「…確かにシックなインテリアで、落ち着きますね…メニューも豊富ですし…」
「お肉のお味は保証しますよ! 黒毛和牛100%です!!」
……ひととおりメニューを吟味した貴志さんは、
「…私は、『テンダーロインステーキ』にします。」
と、一番お高いお品、ヒレ150gを希望された。
アタシは、いつも迷うのだ。ステーキは外せないが、お供に万世ハンバーグか、ジャンボロブスターか……
……迷って迷って…結局、『カットステーキ70gと万世ハンバーグ120g』にした。
セットで貴志さんは、サラダ+パン+ポタージュスープ。
アタシは、お新香+ご飯+とん汁にした。
メニューを決めて落ち着いて。
運良く窓際の席に案内されたから、ここ4Fの「肉の万世レストラン」からは、“世界の電気街・アキバ”のカラフルな電飾に彩られた夜景が見える(事実、アキバの駅から歩いて来たのだが、通りには東洋人、西洋人と実に彩り豊かだった)。
今日は電車だから、貴志さんも安心してアルコールを頼める。
二人とも赤ワインをグラスで注文していた。
そしてお料理の前に、早々とやって来たワインで乾杯する。
「不忍池の弁財天さまと、みちのくの仏さまたちと、綺麗な梅と…優しい旦那さまに。」
アタシがグラスを掲げれば。
「…美しい梅の花と…梅の精霊と見紛うばかりの、私の愛しい奥方に。」
……この赤ワイン、その澄ました顔にブッかけてやろうかと、危険な事を思わせる台詞をのたまってくれた貴志さんと乾杯して。
一口ワインを含んだ夫の口がへの字に曲がる。
「…真唯さん…やっぱり、あの仲御徒町の店の方が良かったんじゃ、」
「ストップ。…貴志さんがいつも飲んでるワインのクォリティーを、こう云う処で求めても無駄ですよ。文句は、お肉を食べてからおっしゃって下さい。」
「……………………………」
……そうなのだ。
実は夕飯処を決める時、揉めに揉めたのだ。
アタシは湯島天神の近くで軽く済ませようとしていたのだが、貴志さんは何と、仲御徒町でも隠れた名店と云われる“由緒正しい下町の洋食屋”の名をあげたのだ。ジョーダンじゃない! あそこは、ディナーは軽く一万を超す筈だ!!
かくて、吝嗇家と浪費家のバトルとなってしまい。
(…このブルめェ~~…金を出しゃ良いってモンじゃないんだゾォ~!
…“庶民”を舐めんじゃないわよォ…ッッ!!)
と、真唯にしては“贅沢”の部類に入る、ここ、肉の万世にやって来たのであった。アタシの“オススメ”を優先して下さると云う苦笑いに甘えて。
お料理は、ほぼ同時にやって来た。
ジュージューと云う焼き立ての音が、食欲をソソって下さるが。
アタシは、貴志さんの反応が気に掛かる。
二人で頂きますと、合掌して。
でもアタシは自分の分に箸をつけずに、貴志さんの動きを見守った。
スープを飲み終わった貴志さんが、いよいよステーキにナイフを入れた。
ヒレステーキを一口大に切り、口元へ運び……やがて……愁眉を開いた。
「…ふむ…まずまずですね…」
(…よし…ッ!!)
アタシは、心の中でガッツポーズを決めた。
フレンチの超高級店なんかに行き慣れている人間の舌だ。
そんなお言葉を頂ければ、充分及第点だろう。
アタシは安心して、自分のとん汁を啜った。
……あァ…胃の腑にしみる……
ガーリックソースをステーキにかけ回し、カットしてある柔らかなソレを頬張る。
……嗚呼ァ……至福のひと時……
それから、アタシの箸は止まる事は無かった。万世自慢のハンバーグを口に入れれば、表情が綻び。ステーキと赤ワインの調和を楽しみ。箸休めにジャーマンポテト(だろう、多分)を、お新香をパリポリと噛み締め。再びステーキとハンバーグの攻略に戻ると、視線を感じて顔を上げれば……
「…美味しいですね…たまには、こう云う処も悪くない…」
「…でしょう…?
…これからは、こう云う処へどんどん案内して差し上げますね。」
「…ええ…楽しみにしてますよ…」
柔らかく微笑んでくれるのに、こっちもにっこり微笑み返して。
そうして新婚夫婦のディナーの夜は、和やかに更けて行った。
※ ※ ※
――おまけ――
土曜の夜、混み合ったJRの中、新婚の夫は妻を腕の中に閉じ込めて、【IMprevu】の香りを感じながら囁く。
「…真唯さん…今日は素敵な梅と、美味しいステーキをご馳走様でした…」
「…梅は、今年も綺麗で良かったです…貴志さんも、ようやく、あのステーキの美味しさを理解って下さったんですね…」
「…正直、申し上げると…」
「…はい…?」
「…あのステーキを美味しそうに頬張る、私の妻の表情が…何よりのご馳走でした…」
「……っ!!」
「…これからも、ああ云う処へご一緒して…あのような至福の表情を魅せて下さいね…?」
……新妻は、心の底から思ったのだった。
―――ダメだ、こりゃ。
かくして。
真唯奥さまは、その呆れた赤面を隠せないまま、JRはゆ○か○めへの乗り換えに新橋を目指しつつ……上井新婚夫婦の観梅ツアーは、こうしてその幕を下ろしたのだった。
「…本当に夕飯は、こちらで良かったのですか…?」
……貴志さんったら、ここまで来て、まだそんな事言ってるよ……
「私はここが良いんです!
…私のオススメのお店を優先するって言って下さったのは、貴志さんでしょう…?」
「…はあ…」
「さあ、行きますよ!」
「あ、待って下さい、真唯さん…っ!!」
真唯は旦那さまが渋々付いて来る気配を背後に感じながら、ズンズンと大きなビルのエレベーターホールへと向かったのだった。
※ ※ ※
【肉の万世】
言わずと知れた、お肉の有名店である。
しかも秋葉原本店は、下ではラーメン・立ち呑み酒場でサラリーマンたちの胃袋をガッチリ掴み、上ではしゃぶしゃぶ、ステーキなどの店舗で高級感を出して小金持ちの奥様・マダムたちの支持を得ていらっしゃる。上から下まで肉・肉・肉。
正に、庶民の肉の殿堂なのである。
「…確かにシックなインテリアで、落ち着きますね…メニューも豊富ですし…」
「お肉のお味は保証しますよ! 黒毛和牛100%です!!」
……ひととおりメニューを吟味した貴志さんは、
「…私は、『テンダーロインステーキ』にします。」
と、一番お高いお品、ヒレ150gを希望された。
アタシは、いつも迷うのだ。ステーキは外せないが、お供に万世ハンバーグか、ジャンボロブスターか……
……迷って迷って…結局、『カットステーキ70gと万世ハンバーグ120g』にした。
セットで貴志さんは、サラダ+パン+ポタージュスープ。
アタシは、お新香+ご飯+とん汁にした。
メニューを決めて落ち着いて。
運良く窓際の席に案内されたから、ここ4Fの「肉の万世レストラン」からは、“世界の電気街・アキバ”のカラフルな電飾に彩られた夜景が見える(事実、アキバの駅から歩いて来たのだが、通りには東洋人、西洋人と実に彩り豊かだった)。
今日は電車だから、貴志さんも安心してアルコールを頼める。
二人とも赤ワインをグラスで注文していた。
そしてお料理の前に、早々とやって来たワインで乾杯する。
「不忍池の弁財天さまと、みちのくの仏さまたちと、綺麗な梅と…優しい旦那さまに。」
アタシがグラスを掲げれば。
「…美しい梅の花と…梅の精霊と見紛うばかりの、私の愛しい奥方に。」
……この赤ワイン、その澄ました顔にブッかけてやろうかと、危険な事を思わせる台詞をのたまってくれた貴志さんと乾杯して。
一口ワインを含んだ夫の口がへの字に曲がる。
「…真唯さん…やっぱり、あの仲御徒町の店の方が良かったんじゃ、」
「ストップ。…貴志さんがいつも飲んでるワインのクォリティーを、こう云う処で求めても無駄ですよ。文句は、お肉を食べてからおっしゃって下さい。」
「……………………………」
……そうなのだ。
実は夕飯処を決める時、揉めに揉めたのだ。
アタシは湯島天神の近くで軽く済ませようとしていたのだが、貴志さんは何と、仲御徒町でも隠れた名店と云われる“由緒正しい下町の洋食屋”の名をあげたのだ。ジョーダンじゃない! あそこは、ディナーは軽く一万を超す筈だ!!
かくて、吝嗇家と浪費家のバトルとなってしまい。
(…このブルめェ~~…金を出しゃ良いってモンじゃないんだゾォ~!
…“庶民”を舐めんじゃないわよォ…ッッ!!)
と、真唯にしては“贅沢”の部類に入る、ここ、肉の万世にやって来たのであった。アタシの“オススメ”を優先して下さると云う苦笑いに甘えて。
お料理は、ほぼ同時にやって来た。
ジュージューと云う焼き立ての音が、食欲をソソって下さるが。
アタシは、貴志さんの反応が気に掛かる。
二人で頂きますと、合掌して。
でもアタシは自分の分に箸をつけずに、貴志さんの動きを見守った。
スープを飲み終わった貴志さんが、いよいよステーキにナイフを入れた。
ヒレステーキを一口大に切り、口元へ運び……やがて……愁眉を開いた。
「…ふむ…まずまずですね…」
(…よし…ッ!!)
アタシは、心の中でガッツポーズを決めた。
フレンチの超高級店なんかに行き慣れている人間の舌だ。
そんなお言葉を頂ければ、充分及第点だろう。
アタシは安心して、自分のとん汁を啜った。
……あァ…胃の腑にしみる……
ガーリックソースをステーキにかけ回し、カットしてある柔らかなソレを頬張る。
……嗚呼ァ……至福のひと時……
それから、アタシの箸は止まる事は無かった。万世自慢のハンバーグを口に入れれば、表情が綻び。ステーキと赤ワインの調和を楽しみ。箸休めにジャーマンポテト(だろう、多分)を、お新香をパリポリと噛み締め。再びステーキとハンバーグの攻略に戻ると、視線を感じて顔を上げれば……
「…美味しいですね…たまには、こう云う処も悪くない…」
「…でしょう…?
…これからは、こう云う処へどんどん案内して差し上げますね。」
「…ええ…楽しみにしてますよ…」
柔らかく微笑んでくれるのに、こっちもにっこり微笑み返して。
そうして新婚夫婦のディナーの夜は、和やかに更けて行った。
※ ※ ※
――おまけ――
土曜の夜、混み合ったJRの中、新婚の夫は妻を腕の中に閉じ込めて、【IMprevu】の香りを感じながら囁く。
「…真唯さん…今日は素敵な梅と、美味しいステーキをご馳走様でした…」
「…梅は、今年も綺麗で良かったです…貴志さんも、ようやく、あのステーキの美味しさを理解って下さったんですね…」
「…正直、申し上げると…」
「…はい…?」
「…あのステーキを美味しそうに頬張る、私の妻の表情が…何よりのご馳走でした…」
「……っ!!」
「…これからも、ああ云う処へご一緒して…あのような至福の表情を魅せて下さいね…?」
……新妻は、心の底から思ったのだった。
―――ダメだ、こりゃ。
かくして。
真唯奥さまは、その呆れた赤面を隠せないまま、JRはゆ○か○めへの乗り換えに新橋を目指しつつ……上井新婚夫婦の観梅ツアーは、こうしてその幕を下ろしたのだった。
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