IMprevu ―予期せぬ出来事―

天野斜己

文字の大きさ
上 下
158 / 315
ラブラブ新婚編

No,156 上井夫妻の観梅ツアー 其の三 【湯島天神】の夜梅

しおりを挟む
上野を満喫した二人はひと駅分を歩いて、湯島天神に来ていた。



【湯島天満宮】

社伝によれば、458年に雄略天皇の勅命により、天之手力雄命あめのたぢからをのみことさまをお祀りする神社として創建されたと伝えられている。南北朝時代、住民の請願により、菅原道真公を勧請して合祀した(天之手力雄命さまとは、天照大御神さまが天岩戸にお隠れになった時、岩戸を開いて大御神さまの御手をとってお出申し上げた神様の事だ)。
江戸時代には徳川家や多くの学者・文人たちの崇敬を受ける一方、富籤の興行が盛んになり庶民に親しまれた事でも知られている。
道真公が学問の神様である事から、受験シーズンには多くの学生たちが合格祈願に訪れ、境内の梅の花も有名で開花シーズンには毎年「梅まつり」が催され、境内では様々な催しが奉納される。

上野から春日通りを歩いて来た真唯たちは、夫婦坂を登って行った。
坂にも梅の樹があり、見事な花を咲かせている。
また、階段には、「江戸百景」があしらわれた提灯が置かれ、花と共に訪れる人の眼を楽しませてくれている。
日光の東照宮を思わせる豪奢な唐門をくぐれば、本殿の裏手に出る。摂社である【戸隠神社】などに参拝させて頂いて。改めて拝殿を目指せば、途端に目を奪われるのは、これでもか!!とばかりに奉納された絵馬、絵馬、絵馬である。
……いちいち見なくても理解ってしまう。きっと、初詣の参拝客のものだろう。合格祈願の学生たちの。折しも世間は、受験シーズン真っ只中である。勉強して勉強して……それでも不安で、最後の“神頼み”なのだろう。
一抹の哀れさを催しつつ、参道の方に回れば、屋台がひしめきあっている。冷やかしてみたいのは山々だが、先ずは御祭神様にご挨拶である。お手水舎に行けば(ここのお手水鉢は梅の花の形をしていて、花芯から水が湧き出しているのだ)、天神さまには付きものの牛の像がある。『…貴志さん…眼と頭を撫でれば、視神経が治るかも知れませんよ。』喉まで出掛かった。だが、やめておいた。今更、治ってしまっては、離婚の危機である。
 
……貴志さんには、一生、オカシイままでいて頂こう……

何気に酷い事を考えつつ、お賽銭は“真唯Myルール”通り、五円玉。……全国の受験生たちからふんだくっているのである。これ以上、必要なかろう。立派過ぎる拝殿を皮肉な思いで眺めつつ、真唯は手を合わせた。

さて、今日、二回目の運試し。
ここでも真唯は御神籤を引いた。
結果は……
複雑な表情かおをしていたのだろう、無言になってしまっている真唯に貴志さんが心配気に声を掛けてくれる。

「…いかがでした…?」
「…【吉】でした…」
「良かったじゃないですか! …なにか、ご不満でも…?」
「…どうせなら、さっきの弁天さまで吉を引きたかったです…」
「……………………」

……贅沢を言っている、矛盾してると呆れているだろうが、本心だ。 ……正直、真唯は、“天神さま”を信じていない。非業の死を遂げた人間を祀る“御霊信仰”と云うモノ自体に懐疑的なのだ。……ブログには書けないけれど……



じゃあ、なんで来たんだ!

梅を見たかったのよ!!

(虚しい、ひとりボケ突っ込み)



『海ならず ただよふ水の 底までも  清き心は 月ぞ 照らさむ』

流石、歌人としても有名な方だっただけはある。ココロが洗われるような、見事な御詠歌である。
……が、しかし。


『縁談 男は多くて困る事あり』

……これって、どう云う意味だろう…?

……『は』だから、男性の縁談が多いと云う意味だろうか…?

……女性の縁談の話だったら、『が』になるわよね…?



…………………

………無視しよ。



苦笑い気味の貴志さんを、こっちも苦しい笑いで誤魔化して。
とりあえずは財布に仕舞っておく。



※ ※ ※



「わァ~、今年も綺麗に咲いてますねェ~~♪」
「…そうですね…本当に綺麗だ…」
ひととおりの屋台を冷やかし、お祭り気分を味わった真唯は、目的だった梅をようやくゆっくり見る事が出来ていた。


艶やかな紅梅。

清楚な白梅。

可憐なピンク。


そのどれもが、一所懸命咲いていて……生命いのちの賛歌が聴こえるようだ……



境内の中、約300本と言われてる梅を、一つ一つ丁寧に拝見させて頂く。
(勿論、ブログアップ用に、デジカメで撮影もしまくっている。)

今を盛りと咲き誇っている花は勿論、もう見頃を過ぎてしまって散りゆく様もまた風情だ。


途中、小さな朱い橋があるのだが、老朽化が激しいのか渡れないようになってしまっていて、残念ながら奥の梅を間近で見る事は出来ない。遠くから眺めるだけだが……あの枝垂れ梅の真下に立てたら、どんなに素敵だろう……
(橋のたもとに大きな赤い傘がある。明日の日曜、天気が良ければ、ここに緋毛氈を敷いて野点が行われるのだろう。)


近くで見られる梅で、我慢・ガマンである。



……ソゥッと花弁に触れて……香りを嗅いでみる。

……途端、フワァッと薫る花に陶然としてしまう。


(…う~~ん、良い香り~♪
 …まあ…ウチの【スノウホワイト】も負けてないケド…)


なんて思ってしまうアタシは、親バカだろうか(笑)。

されど。
親バカならぬ、夫バカがた。



「…真唯さん…そうやって白梅に寄り添う貴女は、梅の精霊のようだ…
 …ただの人間ひとに過ぎない私を置いて…消えてゆかないで下さいね…」



……ヤられた。

……もう夕方も過ぎていて、そろそろライトアップもされていて。
若いたちがいなくて、周りは殆どお年を召した方々ばかりで。
貴志さんに寄せられる鬱陶しい視線を警戒する必要もなくって。

……油断し切っていたところへ着弾した、久々の“真唯専用溺愛フィルター装着寝言爆弾”の威力は凄まじかった。



「…ああ…白梅の精霊が、紅梅の精霊に変化へんげしてしまった…
 …どうか、私の妻の姿に戻って、一生、傍にいて下さいね…」



…………………
…………………
………ほっとこ。


夜目にも理解る、真っ赤な顔になってしまっているのを誤魔化すためにも、夫を置いてズンズンと歩いてゆく真唯奥さまは気付かなかった。
……夫が酷く満足気に……愛おし気に自分を見つめていた事を……



バカップル丸出しの遣り取りをしつつ、梅を満足するまで観賞し終えれば、冬の陽はもうすっかり落ちていて、真唯は貴志さんと縁台に並んで座り、屋台で買った甘酒を手に、ほっこりとライトアップされた夜梅を眺めていた(その名も何と、“合格甘酒”である! 何に合格すれば良いんやねん!!/セルフ突っ込み)。



東風こち吹かば 匂いおこせよ 梅の花  あるじなしとて 春な忘れそ』



……道真さん……エウロスが吹いて……また今年も、綺麗な梅が沢山咲きましたよ……春はまたやって来ましたよ……



そんな干渉に浸っていた時だった。
隣の旦那さまのしみじみとした呟きが聴こえたのは。



「……ああ…やっと夢が叶いました…偕楽園の夜梅祭りも悪くはないが。
 ……真唯さんとご一緒に見る事の出来る、天神の夜梅には敵わない……」



驚いたのは、真唯だ。

「貴志さん、偕楽園の梅をご覧になった事があるんですか!?」
「…ええ、まあ…」
「…確か、約100品種、3000本でしたよね?
 …ここの約10倍か…綺麗だったんでしょうねェ~~」
「…夢を壊すようで申し訳ありませんが…つまらない接待でしたよ…」
「…っ! …あ…すみません…」

……そうだ……現在いまがあんまり楽しくて、ついつい忘れてしまいそうになるけど……この男性ひとは、元はおおきな会社の専務さんだったんだ……

「…ああ、そんな表情かおをなさらないで下さい…もう、過去むかしの事ですよ…」
「…貴志さん…」
「…こちらの梅の方が…貴女と見る夜梅が、あまりに綺麗で幻想的だから…今に忘れてしまいますよ…」
「…………………」


アタシはもう、何も言わなかった。
何も言わずに……隣に座っているひとの肩に、ソッと凭れ掛かって。

外でこんな事をするなんて珍しいアタシに、一瞬驚いたものの。
夫はすぐにアタシの肩を抱いてくれて……寄りかかった肩に感じる貴志さんの掌の温かさを全身で感じていたのだった……






また夫婦門から出て行く事になったのだけれど、帰りと違っていたのは、夜になって、提灯に描かれた「江戸百景」が暗闇の中に淡く、そして鮮やかに浮かび上がっていた事だった。……まるで、お江戸の昔にタイムスリップしてしまったみたいで……通りに降りて改めて見上げてみると、その妖しいまでの美しさが良く理解る……

……真唯が夢中でデジカメのシャッターを切りまくったのは言うまでもない。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。

恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。 パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

モース10

藤谷 郁
恋愛
慧一はモテるが、特定の女と長く続かない。 ある日、同じ会社に勤める地味な事務員三原峰子が、彼をネタに同人誌を作る『腐女子』だと知る。 慧一は興味津々で接近するが…… ※表紙画像/【イラストAC】NORIMA様 ※他サイトに投稿済み

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...