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ラブラブ新婚編
No,152 提督閣下【アドミラル】
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真唯は悩んでいた。
貴志さんに“SP”と呼ばれる護衛の存在がいる事は知っていた。“元”がつくとは言え、何と言っても世界でも有数のコングロマリット・緋龍院グループ一族の一員だったのだから。
……しかしまさか、生粋の庶民である自分にまで付いているとは思わなかった。…確かにストーカーの存在は怖い。ハッキリ言って、相手は精神異常者なのだから。貴志さんと結婚出来た自分を、さぞかし恨んでいるに違いない。どんな手でくるのか予想がつかないから怖い。コソコソ盗撮して、写真に悪戯するくらいならまだ良い。だが嫉妬に目が眩んだ女は、いつどんな風に豹変するか理解らないのだ。
真唯の事を盗撮するくらいだから外出している時、後をつけられているのは間違いない。昔、勤めていた会社で、ある男性のFCの女の子から受けたような、稚拙なレベルのイタズラなら真唯も我慢出来る。…しかし相手は、いつ突然刃物を持って襲って来ても不思議はないのである。だから貴志さんも用心して、こんなセキュリティーの厳しいマンションに住んだり、真唯にも護衛を付けてくれているのだろう。
ここは動かない方が無難である。
無駄な外出はすべきではない。
ストーカーも怖いが、真唯をそれ以上に怖れさせているのが、自分を護る人の身の安全である。
浮かれて呑気に出歩いている時に、真唯を護るためにSPさんたちに万が一の事があったりしたら……一生、自分を許せないだろう。
「…本当に、「白鳥の湖」を諦めるお心算なんですか…?」
「…ええ、今回は見送ります。年末、「くるみ割り」を観たばっかりなんですから…」
「…ですが…」
「…大丈夫ですよ。森下さんの新春公演は恒例になりつつありますし…また来年があります。」
「…しかしながら…失礼ですが、彼女はご高齢です。安易に次があるとは思わない方が良い。」
「…理解ってます。…でもやっぱり、家で大人しくしています。後をつけられていると思うと、気持ちが悪いし…」
「……………………」
「…すみません! 本当に気持ちが悪いのは、貴志さんの方なのに…」
「…そんな事は構わないんですが…分かりました、真唯さんの気の済むようになさって下さい。」
「…ありがとうございます…気を使って頂いて…」
そんな会話をして。貴志さんも理解ってくれたのだと思っていた。
けれども、納得はしていなかったのだと思い知るのは、その数日後の事だった。
※ ※ ※
貴志さんが用事で出掛けていた日。
とても珍しいお客様がいらっしゃった。
「リザさん! 提督閣下! ようこそ、いらっしゃいました!!」
「お邪魔しま~す♪ 新婚家庭に悪いわね。」
「いいえ、そんな事! 生憎、貴志さんは外出中なんですが…」
「うん、知ってるわ。だから来たのよ。」
「…え…?」
それまで一言も口をきかなかったアドミラルが、初めて言葉を発した。
「…タカシがSOSを寄越したんだよ。
…SPを心配している、心優しい妻を説得して欲しいとね…」
―――【提督閣下】
【CLUB NPOE】の総支配人・澤木晃さんの直属の護衛、通称“近衛兵”と言われる人たちのトップに君臨する男性。
だが、その実務とは裏腹に、ご本人は非常に温厚な人柄だ。
しかも。
実に中性的な美貌の持ち主なのだ。
初めてお会いした時は驚いた。
―――……生身のヘルマプロデュトスだ……―――
ギリシア神話の、美しい女性の身体を持った美少年。
彼を見た瞬間、真っ先にその名が浮かんだ。
壮年の白人男性でありながら、背中に流した長い金髪は軽く紐で縛られていて。
澤木さんに付き従うその姿は、主神・ゼウスを守護する女戦士のようだった。
本名は知らない。イギリス人との事だが、澤木さんにお仕えする為に必死で日本語を習得したそうだ。
……その昔、英国の海軍にいたとか。
……第一次世界大戦の時、本当にどこかの艦隊の提督だったとか。
……大航海時代に活躍したとか。
真しやかに流れている噂を、ご本人は麗しい微笑みを浮かべて……そのどれをも否定も肯定もしないから、噂が噂を呼んで完全に謎の人物となっている。……目に見える確かなもの……御当人の容貌以外は。
一見、儚げな少女のようにさえ見えるその美貌は、今もスーツさえ着用していなければ、男性か女性か判然としないほどだ。
「…そうですか…貴志さんが、そんな事を…」
……参った。
……あの鋭い夫には、何もかもお見通しだったのだ……
上井家には、来客用のカップがない。仕方がないので、ウェッジウッドのカーゾンとランバーンの二客をお二人に使用して珈琲をお出しした(アタシは景徳鎮のマグを使った。……ちゃんと使用しているところを、リザさんに見て欲しかったから)。お茶菓子に出したのは、リザさんからお土産に頂いた、キルフェボンの季節のタルトだ。
先ずはお二人から選んで頂いた。リザさんはブルターニュ産“ル ガール”クリームチーズのタルトを。アドミラルは千葉県産“くろいちご”のタルトを。……マンゴープリンのタルトが残っていたのはラッキーだった。残りは後で二人で食べてと言われたので、お言葉に甘えさせて頂いて冷蔵庫に仕舞った。
有名店の美味しいケーキを頂く、午後の和やかなコーヒーブレーク。
そんな心地良い沈黙を破ったのは、リザさんだった。
「…真唯ちゃん。…気持ちは理解るけど…彼らは、それが仕事なのよ…? …貴女が気にする事は何もないわ。」
「…でも、リザさん。…貴志さんは生粋の御曹司ですけど…私は根っからの庶民なんですよ…? …そんな私のために怪我なんかさせたらと思うと…とても呑気に出歩く気分にはなれません…」
「…真唯ちゃん…あのね…」
「…それに…働いてるならまだしも…今の私の出歩く理由なんて、全部ただの遊びなんです。…そんな事でSPさんたちに、もしもの事があったらと思うと…万が一の時…多分、私は一生、自分が許せなくなる…」
「…真唯ちゃん…」
無言になってしまったアタシたちの間に突然割って入って来たのは、当然ながらアドミラルの声だったのだが。最初俄かには、彼の言葉とは信じられなかった。
それはあまりにも、冷徹に響いて来たから―――
「…緋龍院の“SP”も舐められたものだな…たかがストーカー如きに遅れを取ると、雇い主に心配されるとは…そんなに彼らを信用出来ないか?」
……っ!!
―――衝撃だった。
そんな風に考えた事がなかったから……
違う…っ
アタシは、SPさんたちを舐めてなんか…っ
でも。
……そう云う事なんだ。
“心配”とは、信じてないからする事であって…アタシは、SPさんたちの仕事振りを侮辱したも同然なんだ…“たかが”ストーカーにやられてしまうと思っていたのだから……
アタシったら……何て、傲慢な事を…っ!
「もう! アドミラルったら、言い過ぎよ。」
「…私は間違った事は言ってはおりません。」
「言い方ってもんがあるでしょ! 真唯ちゃんは、OLしてた普通のお嬢さんなんだから…“守られて当然”なんて、気軽に考えられないのよ。…可哀想に…真っ青になっちゃって…」
「…………………」
「…アドミラルのおっしゃる通りです…」
リザさんに責められて、無言になってしまったアドミラルの言葉を完全に肯定した。
「…真唯ちゃん…」
「…私…何て傲慢だったんでしょう…SPさんたちを侮辱していたも同然です。」
「…真唯ちゃん、それは違うわ…っ」
「…違いません…私…自分が恥ずかしい…」
……アタシが自己嫌悪に陥っていると、さっきとはうって変わったアドミラルの、いつもの柔らかな声音が聴こえた。
「…マイ…君は自分が庶民だとか、働いてない事を気にするが…庶民や働いていない人間は、護衛を雇ってはいけないのかね?」
「…………………」
「…遊びだと君は気にするが…お遊び、結構じゃないか。バレエ鑑賞や神社仏閣参拝は、ブロガー【上井真唯】さんの立派な“仕事”だよ。」
「…っ! …アドミラル…ッ!!」
「…厳しい事を言ってしまったが…緋龍院のSPたちには、ストーカーなど束になっても敵わないよ。」
「…アドミラル…アタシ…アタシ…」
「…大丈夫…SPたちは、絶対、君を守ってくれるし、簡単にやられたりはしないよ…どんなに厳しい訓練をこなしていると思ってるんだい? …それよりも笑っておいで…君が笑っている事が、SPたちの張り合いや、仕事の遣り甲斐にもなるのだから…」
「…アドミラル…ッッ!!」
アドミラルの温かい言葉に堪らなくなって、アタシは思わずアドミラルに抱き付いて泣いてしまったのだった。
「あ~あ~、アドミラルったら、真唯ちゃん、泣かしちゃったぁ~、貴志に殺されても知ーらないっ」
おどけたリザさんの声に、
「リザ様、そんな殺生なっ!」
焦ったようなアドミラルの声は……それでも優しかった。
……アドミラル。
……あなたは、ヘルメスとアフロディーテの子供だとしても…サルマキスなんかにやられたりはしない。
……だから、両性具有なんかじゃない。
……貴方は、立派な男性です。
ちなみに。
リザさんがスマホで連絡すると、貴志さんはすぐに帰って来て。
用事とは、リザさんとアドミラルに話をしてもらうための口実だったようだ。
涙の痕のあったアタシに、貴志さんの顔はピクリと引き攣ったけれど、アドミラルが細大漏らさず自己申告すると、仕方なく彼を許した。……本当に苦々しい笑いと共に。
厳しく優しく諭してくれたアドミラルとリザさんに、お礼の意味も込めて夕飯に誘ったのだが、澤木さんが待っているからと断られてしまったのは返す返すも残念だったけれど。
※ ※ ※
その日の晩も激しく愛し合って。
穏やかになされるピロートーク。
「…貴志さん…ありがとうございました…ご心配をお掛けしてしまって、すみませんでした…」
「…良いんですよ…気になさらなくて。…そんな事よりも、森下さんの「白鳥の湖」は行って頂けますね…?」
「はい! 喜んで行かせて頂きますっ!!」
「…良かった…それで充分ですよ。」
「…貴志さん…」
そうして貴志さんは話してくれた。
アタシがSPさんの事を気に病んで、外出をひかえるようになってしまった事をリザさんに愚痴ってしまった事。リザさんが、『私が話しをしてみるわ。』と言ってくれたけど、まさかアドミラルを連れて来るとは思わなかったと。
後にリザさんから聞いた話によると、リザさんが澤木さんに話して。
澤木さんから話を聞いたアドミラルが、自ら名乗り出てくれたそうだ。
……陰の存在である護衛達を纏める立場の人間として、一言言いたかったのだろうと、リザさんは言ってくれた。
そしてリザさんは教えてくれた。
アドミラルが、いかに澤木さんに忠誠を尽くしているか。
……護衛と云う仕事に、どんなに誇りを持っているかを……
普段あまり表に出る事がないアドミラルが、こうして自ら外に出て他人に話をする事が、いかに珍しい事であるかを。
……きっとアドミラルは、護衛されると云う事に慣れないアタシにもどかしさを感じて、心配してくれたんだろう……
……アドミラル……ありがとうございます……
『結局、私は何のために行ったんだか、分からなかったわね。』
リザさんは電話口で苦笑いしていたけど、そもそもリザさんが出掛けようとしてくれなかったら、アドミラルは決してやって来てくれる事はなかったに違いない。……結局はリザさんのお陰なのだ。アタシはそう主張して、何度もリザさんにお礼を言った。
『…良いのよ…私が押し付けた、景徳鎮のうさんくさいカップを使ってくれている事が分かって、ホッとしたから。』
そうお茶目に微笑ってくれたのが、嬉しかった。
ついでながら。
沢山あるタルトを、
『私は要りません。真唯さんが食べて下さい。』
『私は、もう頂きました。貴志さんこそ食べて下さい! それにこんなにあるのを、全部食べたら太っちゃいます! 貴志さんは、そんなにダイエットに苦労するアタシを見たいんですか!?』
『大丈夫ですよ。貴女のカロリー消費には、私も協力させて頂きますから。』
『~~~~っっ!!』
などと、犬も食わない痴話喧嘩になってしまったのは、あくまでも余談でしかない(苦笑)。
貴志さんに“SP”と呼ばれる護衛の存在がいる事は知っていた。“元”がつくとは言え、何と言っても世界でも有数のコングロマリット・緋龍院グループ一族の一員だったのだから。
……しかしまさか、生粋の庶民である自分にまで付いているとは思わなかった。…確かにストーカーの存在は怖い。ハッキリ言って、相手は精神異常者なのだから。貴志さんと結婚出来た自分を、さぞかし恨んでいるに違いない。どんな手でくるのか予想がつかないから怖い。コソコソ盗撮して、写真に悪戯するくらいならまだ良い。だが嫉妬に目が眩んだ女は、いつどんな風に豹変するか理解らないのだ。
真唯の事を盗撮するくらいだから外出している時、後をつけられているのは間違いない。昔、勤めていた会社で、ある男性のFCの女の子から受けたような、稚拙なレベルのイタズラなら真唯も我慢出来る。…しかし相手は、いつ突然刃物を持って襲って来ても不思議はないのである。だから貴志さんも用心して、こんなセキュリティーの厳しいマンションに住んだり、真唯にも護衛を付けてくれているのだろう。
ここは動かない方が無難である。
無駄な外出はすべきではない。
ストーカーも怖いが、真唯をそれ以上に怖れさせているのが、自分を護る人の身の安全である。
浮かれて呑気に出歩いている時に、真唯を護るためにSPさんたちに万が一の事があったりしたら……一生、自分を許せないだろう。
「…本当に、「白鳥の湖」を諦めるお心算なんですか…?」
「…ええ、今回は見送ります。年末、「くるみ割り」を観たばっかりなんですから…」
「…ですが…」
「…大丈夫ですよ。森下さんの新春公演は恒例になりつつありますし…また来年があります。」
「…しかしながら…失礼ですが、彼女はご高齢です。安易に次があるとは思わない方が良い。」
「…理解ってます。…でもやっぱり、家で大人しくしています。後をつけられていると思うと、気持ちが悪いし…」
「……………………」
「…すみません! 本当に気持ちが悪いのは、貴志さんの方なのに…」
「…そんな事は構わないんですが…分かりました、真唯さんの気の済むようになさって下さい。」
「…ありがとうございます…気を使って頂いて…」
そんな会話をして。貴志さんも理解ってくれたのだと思っていた。
けれども、納得はしていなかったのだと思い知るのは、その数日後の事だった。
※ ※ ※
貴志さんが用事で出掛けていた日。
とても珍しいお客様がいらっしゃった。
「リザさん! 提督閣下! ようこそ、いらっしゃいました!!」
「お邪魔しま~す♪ 新婚家庭に悪いわね。」
「いいえ、そんな事! 生憎、貴志さんは外出中なんですが…」
「うん、知ってるわ。だから来たのよ。」
「…え…?」
それまで一言も口をきかなかったアドミラルが、初めて言葉を発した。
「…タカシがSOSを寄越したんだよ。
…SPを心配している、心優しい妻を説得して欲しいとね…」
―――【提督閣下】
【CLUB NPOE】の総支配人・澤木晃さんの直属の護衛、通称“近衛兵”と言われる人たちのトップに君臨する男性。
だが、その実務とは裏腹に、ご本人は非常に温厚な人柄だ。
しかも。
実に中性的な美貌の持ち主なのだ。
初めてお会いした時は驚いた。
―――……生身のヘルマプロデュトスだ……―――
ギリシア神話の、美しい女性の身体を持った美少年。
彼を見た瞬間、真っ先にその名が浮かんだ。
壮年の白人男性でありながら、背中に流した長い金髪は軽く紐で縛られていて。
澤木さんに付き従うその姿は、主神・ゼウスを守護する女戦士のようだった。
本名は知らない。イギリス人との事だが、澤木さんにお仕えする為に必死で日本語を習得したそうだ。
……その昔、英国の海軍にいたとか。
……第一次世界大戦の時、本当にどこかの艦隊の提督だったとか。
……大航海時代に活躍したとか。
真しやかに流れている噂を、ご本人は麗しい微笑みを浮かべて……そのどれをも否定も肯定もしないから、噂が噂を呼んで完全に謎の人物となっている。……目に見える確かなもの……御当人の容貌以外は。
一見、儚げな少女のようにさえ見えるその美貌は、今もスーツさえ着用していなければ、男性か女性か判然としないほどだ。
「…そうですか…貴志さんが、そんな事を…」
……参った。
……あの鋭い夫には、何もかもお見通しだったのだ……
上井家には、来客用のカップがない。仕方がないので、ウェッジウッドのカーゾンとランバーンの二客をお二人に使用して珈琲をお出しした(アタシは景徳鎮のマグを使った。……ちゃんと使用しているところを、リザさんに見て欲しかったから)。お茶菓子に出したのは、リザさんからお土産に頂いた、キルフェボンの季節のタルトだ。
先ずはお二人から選んで頂いた。リザさんはブルターニュ産“ル ガール”クリームチーズのタルトを。アドミラルは千葉県産“くろいちご”のタルトを。……マンゴープリンのタルトが残っていたのはラッキーだった。残りは後で二人で食べてと言われたので、お言葉に甘えさせて頂いて冷蔵庫に仕舞った。
有名店の美味しいケーキを頂く、午後の和やかなコーヒーブレーク。
そんな心地良い沈黙を破ったのは、リザさんだった。
「…真唯ちゃん。…気持ちは理解るけど…彼らは、それが仕事なのよ…? …貴女が気にする事は何もないわ。」
「…でも、リザさん。…貴志さんは生粋の御曹司ですけど…私は根っからの庶民なんですよ…? …そんな私のために怪我なんかさせたらと思うと…とても呑気に出歩く気分にはなれません…」
「…真唯ちゃん…あのね…」
「…それに…働いてるならまだしも…今の私の出歩く理由なんて、全部ただの遊びなんです。…そんな事でSPさんたちに、もしもの事があったらと思うと…万が一の時…多分、私は一生、自分が許せなくなる…」
「…真唯ちゃん…」
無言になってしまったアタシたちの間に突然割って入って来たのは、当然ながらアドミラルの声だったのだが。最初俄かには、彼の言葉とは信じられなかった。
それはあまりにも、冷徹に響いて来たから―――
「…緋龍院の“SP”も舐められたものだな…たかがストーカー如きに遅れを取ると、雇い主に心配されるとは…そんなに彼らを信用出来ないか?」
……っ!!
―――衝撃だった。
そんな風に考えた事がなかったから……
違う…っ
アタシは、SPさんたちを舐めてなんか…っ
でも。
……そう云う事なんだ。
“心配”とは、信じてないからする事であって…アタシは、SPさんたちの仕事振りを侮辱したも同然なんだ…“たかが”ストーカーにやられてしまうと思っていたのだから……
アタシったら……何て、傲慢な事を…っ!
「もう! アドミラルったら、言い過ぎよ。」
「…私は間違った事は言ってはおりません。」
「言い方ってもんがあるでしょ! 真唯ちゃんは、OLしてた普通のお嬢さんなんだから…“守られて当然”なんて、気軽に考えられないのよ。…可哀想に…真っ青になっちゃって…」
「…………………」
「…アドミラルのおっしゃる通りです…」
リザさんに責められて、無言になってしまったアドミラルの言葉を完全に肯定した。
「…真唯ちゃん…」
「…私…何て傲慢だったんでしょう…SPさんたちを侮辱していたも同然です。」
「…真唯ちゃん、それは違うわ…っ」
「…違いません…私…自分が恥ずかしい…」
……アタシが自己嫌悪に陥っていると、さっきとはうって変わったアドミラルの、いつもの柔らかな声音が聴こえた。
「…マイ…君は自分が庶民だとか、働いてない事を気にするが…庶民や働いていない人間は、護衛を雇ってはいけないのかね?」
「…………………」
「…遊びだと君は気にするが…お遊び、結構じゃないか。バレエ鑑賞や神社仏閣参拝は、ブロガー【上井真唯】さんの立派な“仕事”だよ。」
「…っ! …アドミラル…ッ!!」
「…厳しい事を言ってしまったが…緋龍院のSPたちには、ストーカーなど束になっても敵わないよ。」
「…アドミラル…アタシ…アタシ…」
「…大丈夫…SPたちは、絶対、君を守ってくれるし、簡単にやられたりはしないよ…どんなに厳しい訓練をこなしていると思ってるんだい? …それよりも笑っておいで…君が笑っている事が、SPたちの張り合いや、仕事の遣り甲斐にもなるのだから…」
「…アドミラル…ッッ!!」
アドミラルの温かい言葉に堪らなくなって、アタシは思わずアドミラルに抱き付いて泣いてしまったのだった。
「あ~あ~、アドミラルったら、真唯ちゃん、泣かしちゃったぁ~、貴志に殺されても知ーらないっ」
おどけたリザさんの声に、
「リザ様、そんな殺生なっ!」
焦ったようなアドミラルの声は……それでも優しかった。
……アドミラル。
……あなたは、ヘルメスとアフロディーテの子供だとしても…サルマキスなんかにやられたりはしない。
……だから、両性具有なんかじゃない。
……貴方は、立派な男性です。
ちなみに。
リザさんがスマホで連絡すると、貴志さんはすぐに帰って来て。
用事とは、リザさんとアドミラルに話をしてもらうための口実だったようだ。
涙の痕のあったアタシに、貴志さんの顔はピクリと引き攣ったけれど、アドミラルが細大漏らさず自己申告すると、仕方なく彼を許した。……本当に苦々しい笑いと共に。
厳しく優しく諭してくれたアドミラルとリザさんに、お礼の意味も込めて夕飯に誘ったのだが、澤木さんが待っているからと断られてしまったのは返す返すも残念だったけれど。
※ ※ ※
その日の晩も激しく愛し合って。
穏やかになされるピロートーク。
「…貴志さん…ありがとうございました…ご心配をお掛けしてしまって、すみませんでした…」
「…良いんですよ…気になさらなくて。…そんな事よりも、森下さんの「白鳥の湖」は行って頂けますね…?」
「はい! 喜んで行かせて頂きますっ!!」
「…良かった…それで充分ですよ。」
「…貴志さん…」
そうして貴志さんは話してくれた。
アタシがSPさんの事を気に病んで、外出をひかえるようになってしまった事をリザさんに愚痴ってしまった事。リザさんが、『私が話しをしてみるわ。』と言ってくれたけど、まさかアドミラルを連れて来るとは思わなかったと。
後にリザさんから聞いた話によると、リザさんが澤木さんに話して。
澤木さんから話を聞いたアドミラルが、自ら名乗り出てくれたそうだ。
……陰の存在である護衛達を纏める立場の人間として、一言言いたかったのだろうと、リザさんは言ってくれた。
そしてリザさんは教えてくれた。
アドミラルが、いかに澤木さんに忠誠を尽くしているか。
……護衛と云う仕事に、どんなに誇りを持っているかを……
普段あまり表に出る事がないアドミラルが、こうして自ら外に出て他人に話をする事が、いかに珍しい事であるかを。
……きっとアドミラルは、護衛されると云う事に慣れないアタシにもどかしさを感じて、心配してくれたんだろう……
……アドミラル……ありがとうございます……
『結局、私は何のために行ったんだか、分からなかったわね。』
リザさんは電話口で苦笑いしていたけど、そもそもリザさんが出掛けようとしてくれなかったら、アドミラルは決してやって来てくれる事はなかったに違いない。……結局はリザさんのお陰なのだ。アタシはそう主張して、何度もリザさんにお礼を言った。
『…良いのよ…私が押し付けた、景徳鎮のうさんくさいカップを使ってくれている事が分かって、ホッとしたから。』
そうお茶目に微笑ってくれたのが、嬉しかった。
ついでながら。
沢山あるタルトを、
『私は要りません。真唯さんが食べて下さい。』
『私は、もう頂きました。貴志さんこそ食べて下さい! それにこんなにあるのを、全部食べたら太っちゃいます! 貴志さんは、そんなにダイエットに苦労するアタシを見たいんですか!?』
『大丈夫ですよ。貴女のカロリー消費には、私も協力させて頂きますから。』
『~~~~っっ!!』
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