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ラブラブ新婚編
No,151 2015新春公演 新「白鳥の湖」
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チャイコフスキー三大バレエの中でも最も古く有名な「白鳥の湖」は、古典バレエ時代を代表する作品であると同時に、現代においても芸術家たちに絶えずインスピレーションを与え、多くの演出や改訂版を生みだしてきた作品であり、松山バレエ団でも1994年に新「白鳥の湖」として生まれ変わった。
松山バレエ団の看板プリマである、森下洋子の夫・清水哲太郎氏の振付・演出によって。
真唯がバレエを初めて観たのが、この森下さんの“白鳥”だった。
―――衝撃だった。
人間の肉体はこうも繊細に、ダイナミックに、しなやかに、動く事が出来るのか…と。
あたかも、本当の“鳥”のように羽ばたき…本当の王女のように可憐に華麗に舞い、舞台に存在する事が許されるのか…と。
森下さんの手指の先から生み出され、表現される、無数に散って行く白鳥の羽を―――真唯は確かにその瞳で観た。
そうして。
……運命に翻弄される、薄幸の王女・オデット姫と。
……悪魔の手先として妖艶に舞い、王子を誘惑するオディールと。
……己の持つ技術・表現力のすべてを出し切り、観客の拍手に応える、人間・森下洋子と。
真唯はその日、舞台の上で息づく、三人の人間の姿を観たのだった。
……あれから、14年の歳月が過ぎた。
真唯は高校を卒業し、短大に入学し、数々の舞台を観るようになり……ブログを始めて。好きで続けていたものが、いつの間にか多くの人々の支持を集め……気が付けば、“パワーブロガー”などと呼ばれるようになっていた。
そしてやがて、社会人になり…一人の男性と出逢ってしまった。
……生涯、“おひとりさま”を目指していたのに、いつしかどうしようもなく惹かれ…紆余曲折の末結ばれたのは、その男性の誕生日だった。
本当に、色んな事があった―――
※ ※ ※
「…随分、ボウッとしていらっしゃいますが…やっぱり、森下さんの白鳥は格別ですか?」
一階ロビーのドリンクサービスコーナーで、赤ワインのグラスを持って話し掛けて来るのは、去年末、結婚したばかりの夫・上井貴志だ。
「…すみません…何かシミジミしちゃって…やっぱもう、トシかな…」
「…何をおっしゃっているんですか。私なんか、貴女より13も年上なんですよ?」
「貴志さんは良いんですよ! きっと素敵なロマンスグレーにおなりです。…アタシは、ただのオバサンです。」
「真唯さんが“オバサン”だなんて、とんでもない! …そう言えば…年がバレますが、昔、『私がオバさんになっても』と云う歌がありましたね。」
「…へェ~~聞いた事あるような…もしかして貴志さんが、カラオケで唄ったりした事があるんですか?」
「まさか! 女性アイドルの歌でしたからね。」
「…緋龍院建設の元・専務さんのカラオケ、聞いてみたいかも…」
「…KYの元OLさんが、唄って下さるなら考えますが?」
「…カラオケは、【トーシロー】に任せてます。
…彼女なら、アニソン100連発してくれますよ?」
「…アニソン…それはそれは…」
「…トーシローはこの辺に住んでるから、ホントは東文で公演がある時誘いたかったけど、彼女はまったくバレエに興味がなくて…興福寺の阿修羅展とか、インカ文明展なんかは付き合ってくれたんだけど…」
「これからは何でも、私がお付き合いしますっ!!」
「アハッ! …頼りにしてます、旦那さま♪」
「お任せ下さいっ!!」
……新婚ほやほや、バカップル夫婦の会話は果てしなく続いて行った。
この清水哲太郎版「白鳥の湖」は、ある一王国の物語ではなく、後に神聖ローマ帝国の皇帝となるジークフリードの物語である。魔王フォン・ロットバルトに捕らわれている皇女オデットと運命的に出会い、魔王の策略に翻弄されながらもオデットと真実の愛を貫き通し、生命賭けで魔王を滅ぼす。
二人が真の愛を貫こうとする生き方そのものが描かれ、帝国の歴史を良い方向へと導いてゆく様をダイナミックに表現する、スケールの大きな作品となっているのである。
しかし何と言っても、メインは森下さんである。
彼女の卓越した表現力なくして、舞台は成立しない。
万雷の拍手に応え、優雅なお辞儀を繰り返す彼女の姿だけを、真唯は「ブラヴォーッ!!」と叫びながら、柏手で鍛えた(笑)拍手をいつまでもいつまでも打ち鳴らし続けたのだった。
「…貴志さん…すみません…あと、もう少しだけ…」
アタシは舞台の余韻から覚めるのを惜しみ、半ば放心状態で……席を立つ事が出来ないでいた。
「…係員が注意に来たら追い払って差し上げますから、どうぞお気の済むまで座っててらして下さい。」
「…それは流石に悪いから…係員さんが来たら退散しますね…」
「…お好きなだけ、どうぞ…」
……すごく素敵な舞台の後は、いつもこうだ。
去年は、ギエムのラスト【ボレロ】と……嗚呼……【鼓童】もそうだったなァ~~
……ああァ~、ホント、動きたくなァ~~い……
真唯はいつも、不思議でならない事がある。
アンコールを要求する拍手が鳴り響く中、早々に席を立ち帰ってしまう人々の気持ちが。……まあ、人にはそれぞれの事情がある。大方、帰りの電車の時間などを気にしているのだと思うのだが、それにしても折角高価いお金を出してチケットを買い、観に来ているのである。せめて一回目のアンコールくらい、観て帰れば良いと思うのだが。
そもそも日本は、舞台の開演時間が半端なのである。……会社での勤務を終えた人々が、滑り込みセーフで入れる時間なのだが。だから夕飯を取る時間も満足に取れないし、帰る時間にアタフタする羽目になるのである。
これが欧米となると全く違う。バレエやオペラが市民の娯楽として根付いているので、開演時間もゆっくりと設定しているし、舞台の余韻を愉しみながらゆったり食事が取れるように、レストランもバーも遅くまで営業しているのである。
(パリのオペラ座の近くにある【カフェ・ド・ラ・ペ】は、何と午前二時までの営業なのである!)
……などと、明後日の事を考えてしまっていて我に返る。
もう既にホールは、殆どの人が姿を消してしまっている。
しかし中には真唯のように、立ち去り難く思っているのだろう人々がまだ座って話に興じている。
正面には緞帳が下りてしまっていて、舞台を伺う事は出来ない。
しかし、ついさっきまで。
あの舞台上には、確かに神聖ローマ帝国の時代が存在していたのである。
……“非日常”の空気を確かに演出してくれていた舞台を、尚、名残惜しく見つめ……真唯はようやく席を立ったのだった。
※ ※ ※
「…やっばり、凄かった…っ! 森下さんの白鳥は、最高ですっ!!」
「…そうおっしゃって頂けると…己の不甲斐無さが少々救われる気がしますが…」
「ヤダッ、気にしないで下さい! 今までが特別過ぎたんですよっ!!」
「…まあ、特別席とはいきませんが…今年からはまた、真唯さんに良い席を提供出来るよう努力します。」
にっこり
鮮やかに微笑う表情は、何年経っても慣れる事はない。
真唯は赤くなってしまっだろう顔を誤魔化すように、“おすすめ珈琲”であるガテマラを、コクリと一口飲んだ。
……こんな夜は、舞台の余韻を愉しめるようなお店に入りたい。
上野の東京文化会館で公演があった日は、真唯は大概【椿屋珈琲店 上野茶廊】に来ている。銀座の店よりは狭いのだが、味も何より雰囲気が格別なのだ。“おすすめ珈琲”は、月替わりで変わる限定スペシャルテイ珈琲だ。
向かいに座っている貴志さんは、澄ました表情で椿屋炭火焼ブレンドの芳香を楽しみゆっくりと味わっている。
……この夫は真唯が危惧していた通り、去年末の「くるみ割り」の後、早々と松山バレエ団の「賛助会」に入会してしまった。
まあ、“創造こそ命”とのバレエ団の理念は立派だと思うが……自分のための浪費癖は、ホント何とかならないものかと毎度の事ながら思ってしまうのだ。
今までは、松山バレエ団を後援している緋龍院建設会社の特別席だっだが。この公演の案内がやって来たのが、丁度アタシが貴志さんの元・お兄さん社長の襲撃に遭い、家出なんてしちゃったりして貴志さんがバタバタしていた時だったので、いつものように席を用意する事が出来ずに。アタシ宛てに来たDMで知ったために、辛うじてS席を取る事が出来たのだが……アタシはそのぐらいで充分なのに……
夕飯に、真唯は蟹のトマトクリームパスタを。夫は椿屋特製ビーフカレーを味わって。食後に珈琲のおかわりを頂いて。再びバレエ談義に花を咲かせるのであった。
「森下さんは今年67歳で、確かに踊りのテクニックの衰えは否めませんが、表現が以前にも増して豊かになっていると思います。やっぱり若ければ良いと言うものでもありません。豊かに年齢を重ねていらっしゃるようで…あんな生き方に憧れます!」
「…真唯さんなら、お出来になりますよ…」
「…貴志さんも、執事の松田さんのように、素敵なロマンスグレーになられますよ♡」
「…松田さんか…思わぬ強敵の出現ですね。真唯さん…浮気は許しませんよ。」
「アハハッ! 松田さんの方が相手にして下さいませんよ。」
「…松田さんとは、これからも会う機会が増えて行くと思いますし…要注意ですね。」
「…貴志さんったら…っ!!」
笑って相手にしなかったアタシは、話を続ける。
「それにしても、ギエムは惜しいです。今年で引退なんて! 確かに、もうすぐ五十に手が届きますが…」
「…え? …彼女は、そんな年だったんですか…?」
「フフ…分からなかったでしょ?」
「…ええ…私も去年の夏のボレロを観ましたが…私より年上だったとは…」
「絶対、惜しいですよ! 生涯現役なんて無茶は言いませんから、もっともっと踊っていて欲しかった…さよなら公演を日本で演ってくれるのは嬉しいんですが…」
……マヤ・プリセツカヤみたいな女性もいるのに、ホントに惜しい……
……美味しいはずの珈琲が苦く感じる……何か他に話題は…そうだ!
「来月と再来月には、また白鳥がありますね! モンテカルロ・バレエ団の「LAC ~白鳥の湖~」ですが…モンテカルロと言っても、ニューヨークにあるトロカデロとは違いますよ! あれは、男性たちによる完全なコメディですから…来月に上演されるのは、モナコ公国のバレエ団で“鬼才”と言われるマイヨー氏の創作なんですが…」
そうして、ひとしきり「白鳥の湖」談議で盛り上がり。
今年初めての舞台の夜は更けて行った。
……ほんの少し前までは、アタシを護ってくれる“SP”さんたちの存在に、外出する事にかなり罪悪感を感じていたのだが……
何もかもリザさんと、あの男性のお陰だ。
澤木さんの護衛の……美しいあの人。
―――【提督閣下】の。
松山バレエ団の看板プリマである、森下洋子の夫・清水哲太郎氏の振付・演出によって。
真唯がバレエを初めて観たのが、この森下さんの“白鳥”だった。
―――衝撃だった。
人間の肉体はこうも繊細に、ダイナミックに、しなやかに、動く事が出来るのか…と。
あたかも、本当の“鳥”のように羽ばたき…本当の王女のように可憐に華麗に舞い、舞台に存在する事が許されるのか…と。
森下さんの手指の先から生み出され、表現される、無数に散って行く白鳥の羽を―――真唯は確かにその瞳で観た。
そうして。
……運命に翻弄される、薄幸の王女・オデット姫と。
……悪魔の手先として妖艶に舞い、王子を誘惑するオディールと。
……己の持つ技術・表現力のすべてを出し切り、観客の拍手に応える、人間・森下洋子と。
真唯はその日、舞台の上で息づく、三人の人間の姿を観たのだった。
……あれから、14年の歳月が過ぎた。
真唯は高校を卒業し、短大に入学し、数々の舞台を観るようになり……ブログを始めて。好きで続けていたものが、いつの間にか多くの人々の支持を集め……気が付けば、“パワーブロガー”などと呼ばれるようになっていた。
そしてやがて、社会人になり…一人の男性と出逢ってしまった。
……生涯、“おひとりさま”を目指していたのに、いつしかどうしようもなく惹かれ…紆余曲折の末結ばれたのは、その男性の誕生日だった。
本当に、色んな事があった―――
※ ※ ※
「…随分、ボウッとしていらっしゃいますが…やっぱり、森下さんの白鳥は格別ですか?」
一階ロビーのドリンクサービスコーナーで、赤ワインのグラスを持って話し掛けて来るのは、去年末、結婚したばかりの夫・上井貴志だ。
「…すみません…何かシミジミしちゃって…やっぱもう、トシかな…」
「…何をおっしゃっているんですか。私なんか、貴女より13も年上なんですよ?」
「貴志さんは良いんですよ! きっと素敵なロマンスグレーにおなりです。…アタシは、ただのオバサンです。」
「真唯さんが“オバサン”だなんて、とんでもない! …そう言えば…年がバレますが、昔、『私がオバさんになっても』と云う歌がありましたね。」
「…へェ~~聞いた事あるような…もしかして貴志さんが、カラオケで唄ったりした事があるんですか?」
「まさか! 女性アイドルの歌でしたからね。」
「…緋龍院建設の元・専務さんのカラオケ、聞いてみたいかも…」
「…KYの元OLさんが、唄って下さるなら考えますが?」
「…カラオケは、【トーシロー】に任せてます。
…彼女なら、アニソン100連発してくれますよ?」
「…アニソン…それはそれは…」
「…トーシローはこの辺に住んでるから、ホントは東文で公演がある時誘いたかったけど、彼女はまったくバレエに興味がなくて…興福寺の阿修羅展とか、インカ文明展なんかは付き合ってくれたんだけど…」
「これからは何でも、私がお付き合いしますっ!!」
「アハッ! …頼りにしてます、旦那さま♪」
「お任せ下さいっ!!」
……新婚ほやほや、バカップル夫婦の会話は果てしなく続いて行った。
この清水哲太郎版「白鳥の湖」は、ある一王国の物語ではなく、後に神聖ローマ帝国の皇帝となるジークフリードの物語である。魔王フォン・ロットバルトに捕らわれている皇女オデットと運命的に出会い、魔王の策略に翻弄されながらもオデットと真実の愛を貫き通し、生命賭けで魔王を滅ぼす。
二人が真の愛を貫こうとする生き方そのものが描かれ、帝国の歴史を良い方向へと導いてゆく様をダイナミックに表現する、スケールの大きな作品となっているのである。
しかし何と言っても、メインは森下さんである。
彼女の卓越した表現力なくして、舞台は成立しない。
万雷の拍手に応え、優雅なお辞儀を繰り返す彼女の姿だけを、真唯は「ブラヴォーッ!!」と叫びながら、柏手で鍛えた(笑)拍手をいつまでもいつまでも打ち鳴らし続けたのだった。
「…貴志さん…すみません…あと、もう少しだけ…」
アタシは舞台の余韻から覚めるのを惜しみ、半ば放心状態で……席を立つ事が出来ないでいた。
「…係員が注意に来たら追い払って差し上げますから、どうぞお気の済むまで座っててらして下さい。」
「…それは流石に悪いから…係員さんが来たら退散しますね…」
「…お好きなだけ、どうぞ…」
……すごく素敵な舞台の後は、いつもこうだ。
去年は、ギエムのラスト【ボレロ】と……嗚呼……【鼓童】もそうだったなァ~~
……ああァ~、ホント、動きたくなァ~~い……
真唯はいつも、不思議でならない事がある。
アンコールを要求する拍手が鳴り響く中、早々に席を立ち帰ってしまう人々の気持ちが。……まあ、人にはそれぞれの事情がある。大方、帰りの電車の時間などを気にしているのだと思うのだが、それにしても折角高価いお金を出してチケットを買い、観に来ているのである。せめて一回目のアンコールくらい、観て帰れば良いと思うのだが。
そもそも日本は、舞台の開演時間が半端なのである。……会社での勤務を終えた人々が、滑り込みセーフで入れる時間なのだが。だから夕飯を取る時間も満足に取れないし、帰る時間にアタフタする羽目になるのである。
これが欧米となると全く違う。バレエやオペラが市民の娯楽として根付いているので、開演時間もゆっくりと設定しているし、舞台の余韻を愉しみながらゆったり食事が取れるように、レストランもバーも遅くまで営業しているのである。
(パリのオペラ座の近くにある【カフェ・ド・ラ・ペ】は、何と午前二時までの営業なのである!)
……などと、明後日の事を考えてしまっていて我に返る。
もう既にホールは、殆どの人が姿を消してしまっている。
しかし中には真唯のように、立ち去り難く思っているのだろう人々がまだ座って話に興じている。
正面には緞帳が下りてしまっていて、舞台を伺う事は出来ない。
しかし、ついさっきまで。
あの舞台上には、確かに神聖ローマ帝国の時代が存在していたのである。
……“非日常”の空気を確かに演出してくれていた舞台を、尚、名残惜しく見つめ……真唯はようやく席を立ったのだった。
※ ※ ※
「…やっばり、凄かった…っ! 森下さんの白鳥は、最高ですっ!!」
「…そうおっしゃって頂けると…己の不甲斐無さが少々救われる気がしますが…」
「ヤダッ、気にしないで下さい! 今までが特別過ぎたんですよっ!!」
「…まあ、特別席とはいきませんが…今年からはまた、真唯さんに良い席を提供出来るよう努力します。」
にっこり
鮮やかに微笑う表情は、何年経っても慣れる事はない。
真唯は赤くなってしまっだろう顔を誤魔化すように、“おすすめ珈琲”であるガテマラを、コクリと一口飲んだ。
……こんな夜は、舞台の余韻を愉しめるようなお店に入りたい。
上野の東京文化会館で公演があった日は、真唯は大概【椿屋珈琲店 上野茶廊】に来ている。銀座の店よりは狭いのだが、味も何より雰囲気が格別なのだ。“おすすめ珈琲”は、月替わりで変わる限定スペシャルテイ珈琲だ。
向かいに座っている貴志さんは、澄ました表情で椿屋炭火焼ブレンドの芳香を楽しみゆっくりと味わっている。
……この夫は真唯が危惧していた通り、去年末の「くるみ割り」の後、早々と松山バレエ団の「賛助会」に入会してしまった。
まあ、“創造こそ命”とのバレエ団の理念は立派だと思うが……自分のための浪費癖は、ホント何とかならないものかと毎度の事ながら思ってしまうのだ。
今までは、松山バレエ団を後援している緋龍院建設会社の特別席だっだが。この公演の案内がやって来たのが、丁度アタシが貴志さんの元・お兄さん社長の襲撃に遭い、家出なんてしちゃったりして貴志さんがバタバタしていた時だったので、いつものように席を用意する事が出来ずに。アタシ宛てに来たDMで知ったために、辛うじてS席を取る事が出来たのだが……アタシはそのぐらいで充分なのに……
夕飯に、真唯は蟹のトマトクリームパスタを。夫は椿屋特製ビーフカレーを味わって。食後に珈琲のおかわりを頂いて。再びバレエ談義に花を咲かせるのであった。
「森下さんは今年67歳で、確かに踊りのテクニックの衰えは否めませんが、表現が以前にも増して豊かになっていると思います。やっぱり若ければ良いと言うものでもありません。豊かに年齢を重ねていらっしゃるようで…あんな生き方に憧れます!」
「…真唯さんなら、お出来になりますよ…」
「…貴志さんも、執事の松田さんのように、素敵なロマンスグレーになられますよ♡」
「…松田さんか…思わぬ強敵の出現ですね。真唯さん…浮気は許しませんよ。」
「アハハッ! 松田さんの方が相手にして下さいませんよ。」
「…松田さんとは、これからも会う機会が増えて行くと思いますし…要注意ですね。」
「…貴志さんったら…っ!!」
笑って相手にしなかったアタシは、話を続ける。
「それにしても、ギエムは惜しいです。今年で引退なんて! 確かに、もうすぐ五十に手が届きますが…」
「…え? …彼女は、そんな年だったんですか…?」
「フフ…分からなかったでしょ?」
「…ええ…私も去年の夏のボレロを観ましたが…私より年上だったとは…」
「絶対、惜しいですよ! 生涯現役なんて無茶は言いませんから、もっともっと踊っていて欲しかった…さよなら公演を日本で演ってくれるのは嬉しいんですが…」
……マヤ・プリセツカヤみたいな女性もいるのに、ホントに惜しい……
……美味しいはずの珈琲が苦く感じる……何か他に話題は…そうだ!
「来月と再来月には、また白鳥がありますね! モンテカルロ・バレエ団の「LAC ~白鳥の湖~」ですが…モンテカルロと言っても、ニューヨークにあるトロカデロとは違いますよ! あれは、男性たちによる完全なコメディですから…来月に上演されるのは、モナコ公国のバレエ団で“鬼才”と言われるマイヨー氏の創作なんですが…」
そうして、ひとしきり「白鳥の湖」談議で盛り上がり。
今年初めての舞台の夜は更けて行った。
……ほんの少し前までは、アタシを護ってくれる“SP”さんたちの存在に、外出する事にかなり罪悪感を感じていたのだが……
何もかもリザさんと、あの男性のお陰だ。
澤木さんの護衛の……美しいあの人。
―――【提督閣下】の。
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