IMprevu ―予期せぬ出来事―

天野斜己

文字の大きさ
上 下
152 / 315
本編

epilogue

しおりを挟む
「…何をご馳走して下さいますの…?」
「マスター、【アラウンド・ザ・ワールド】を二つ。
 …一つは、こちらの美しいご婦人に。」
「畏まりました。」

……瀬下さんマスターは、こんなバカップルな夫婦の戯れに付き合って下さった。


「…どうぞ…【アラウンド・ザ・ワールド】でございます。」


コトリと置かれたのは、初対面あの日と同じ、緑色の綺麗なカクテル。




「【上井 真唯】さんの世界に乾杯」
グラスを掲げる台詞も、あの日と同じ。



しかし、その英国紳士然とした男性おっとには、手荷物があった。


……どうやら、これが、サプライズの正体らしい。




「…開けてみても…?」
「…勿論です、マダム。」

バースデープレゼントのラッピングを解く瞬間ときは、いつもドキドキワクワクする。

……それが、この愛するひとからなんて、余計にわくわくする。



―――そして……その期待が、裏切られる事はなかった。





「……っ!!」

「…その本を出版するために…私は社長になりました。」


……手が震えて……涙が滲んで来る……


「…ど、どうして…アタシ、出版の許可なんか…」
「…ええ。著者の許可を頂いていないので…販売はしません。
 世にも出しません。日の目を見るのは、この二冊のみです。」

分厚い二冊の本の一冊をパラパラと捲って……奥付を見ると、

著者は、アタシ……上井真唯。

発行者は、の前のこの男性ひと……上井貴志。

発行所は、この人の会社……「アイ’s_Books」

初版発行日は、今日の日付……アタシの誕生日インティ・ライミで……あのブログを始めた日。




タイトルは、勿論……「強引g 真唯道ゴーイング・マイウェイ

【仏像編】と【神社仏閣散歩編】と云うサブタイトルがあった。



……無言で、馴染んで馴染み過ぎてしまった文体を追っていると、横から幾分、戸惑いを含んだ低音ヴァリトンが響いて来る。


「…岩屋の奴と、喧喧囂囂の編集会議を何度も行いました…」
「………………」
「…【舞台鑑賞記編】を加えるべきだとか、【上井の書庫編】は外せないとか…」
「………………」
「…編集する際、元々の我が社の編集者たちと、買収した出版社の編集者たちに推敲させました…」
「………………」
「…でもみんな、口を揃えて同じ事を言うんですよ…」
「………………」
「…『自分たちが下手に手を加えたら、元々の良さが失われてしまう』と…」
「……っ!」
「…真唯さん…貴女の文章は、既に立派に完成されているんですよ…」
「………………」
「…岩屋の奴だけが、『彼女は、自分の文章の稚拙さを自覚している。誰もやらんなら、俺がやる!!』と言い出した時は、みんなで止めるのが大変でしたよ…」
「…岩屋さんに、推敲して頂きたかったです…」


……涙が滲んで、文章を追えなくなったが、初めてクスリと微笑う事が出来た。
すると横から、猛反撃が飛んで来た。


「とんでもない! 岩屋なんかの汚い手で、真唯さんの美しい文章をけがす事など許されませんっ!!」

……もしもし? “溺愛フィルター”が、貴方の眼を曇らせていませんか…?

「岩屋の奴の世迷言などに耳を貸さないで下さい!
 何よりも、全国の貴女のファンたちのを信じて下さいっ!!」




……参ったなァ……それを言われたら、一言もありません。


……完敗だ。



本を出版はしてみたいけど……どうせなら、一番アタシを買ってくれる岩屋さんの処で出したい。

でも、電子書籍は嫌だ。

岩屋さんの処が、普通の出版社だったら良かったのに……


……このひとは、そんなアタシの屈託と葛藤を、見事にクリアーして下さった。




―――……【書籍ほん】を、出版したい……―――



―――……そんなアタシの長年の秘かな夢を、見事に叶えて下さった……―――





「…この出版は、あくまで私の自己満足です…お許し頂けますか…?」


……いつもは、自信の塊みたいな男性ひとなのに……アタシの機嫌を何より気にしてくれるのが、アタシの自尊心を快く擽る。


彼の持っているグラスに、アタシのグラスをキスさせて。
一口含んでみる。

……うん。
パイナップルの甘みとミントの爽快感を、ドライ・ジンが見事に引き締めている。

……現在いままで、飲んで来たお酒カクテルの中で、一番美味しく感じる……




「…アタシの夢と、貴志さんの夢のマリアージュに乾杯♪」



にっこり



「…真唯さん…っ!!」

感激した様子の貴志さんが、アタシを抱き締めて来る。
いつもは必死でブロックするけれど、今日はその胸に素直に身体を預けた。
貴志さんの身体からは、馴染んだ【DUENDEドゥエンデ】の香りがするけれど。
アタシの身体からは、すっかり体臭となっている【IMprevuアンプレヴー】の香りがするに違いない。



※ ※ ※




……IMprevu


……仏蘭西フランス語で、“予期せぬ出来事”



このお店での出逢いは、予期せぬ出来事を装った企みだったけれど。
頂いた名刺を破り捨てたのに、偶然が二人を再び出逢わせてしまった。
結ばれる事が出来たのは……アタシたちの為に用意された、偶然と云う名の必然だったのかも知れない。

……貴志さんには、色んな引き出しがあって……こうして、たまに素晴らしく素敵な予期せぬ出来事をプレゼントしてくれて。


……アタシを何度でも驚かせ、翻弄し……夢中にさせてくれる。





―――貴志さんは、きっと未来この先も、真唯に【黄金の日々ゴールデン・デイズ】に相応しい輝かしく素敵な出来事を贈り続けてくれるに違いない。



―――素敵なステキな……【IMprevu予期せぬ出来事】を。








FIN

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。

恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。 パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

モース10

藤谷 郁
恋愛
慧一はモテるが、特定の女と長く続かない。 ある日、同じ会社に勤める地味な事務員三原峰子が、彼をネタに同人誌を作る『腐女子』だと知る。 慧一は興味津々で接近するが…… ※表紙画像/【イラストAC】NORIMA様 ※他サイトに投稿済み

処理中です...