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本編
No,14
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ペロリ。
頬を舐められて。
【エンジョウジ】が、あたしにじゃれついてるのだと思って。
「…う~ん…もう朝…? …待って…今、起きるから…」
意識が緩やかに浮上して来て。
ある事に気が付いて。
ガバッと起き上がれば。
そこは見た事もない部屋で。
見知らぬ無表情の女性がいた。
「…おはようございます、神子様…今、洗顔のお湯をお持ち致します。」
完璧な大陸共通言語だが……彼女の服装と、言葉の内容で理解ってしまう。
この部屋が、敵地だと―――
※ ※ ※
意識のない間に着替えさせられた事が不愉快で、着替えを要求した。
まあ、ペッレグリーノは厳寒の地だから、あの春の軽いワンピースのままだったら確実に風邪を引いてしまっていただろうけど。それとこれとは別なのだ。寝室にも隣のリビングルームにも暖炉があって、赤々と炎が燃えて部屋を暖めている。
他の侍女さん(多分)が運んで来たお湯で簡単に洗顔して。
出された朝食を黙々と平らげた。
食べる物を食べておかないと、いざと云う時に動けない。
でも直ぐに後悔しそうになった。
無理矢理に着替えさせられたのは、厚手の生地の豪奢なドレス。
コルセットをギュウギュウに締め付けられて悲鳴を上げた。
宝石がふんだんに使われたアクセサリー。
歩くのにも苦労しそうなハイヒール。
髪を結われそうになって慌てて外した組紐は、咄嗟に【エンジョウジ】の首にリボンとして飾ってやった。驚いた事に、黒猫は本当に【エンジョウジ】だったのだ!
毎日見てる愛猫を間違えるもんですか!
匂いも間違いなく【エンジョウジ】のものだ!
あたしが束の間、和んでると。
今回の黒幕が物々しく登場した。
ペッレグリーノ王は、いつ見ても肥満体だ。
絶対に肝臓が悪いし、糖尿病に違いない!
『異世界から来た神子が、どんな言葉も理解出来ると云うのは本当か?』
向かいのソファーに沈んだビヤ樽は、いきなり尊大に話し掛けて来た。
無視してやりたかったが、あたしだって命は惜しい。
『…本当です…』
たどたどしいペッレグリーノ語で何とか答える。
家庭教師先生、ありがとうございました!
『ほう…我国の言語も習得済か。』
『…恐れ入ります…』
『賢いのか愚かなのか、理解らんな。』
『……………』
『まあ、女は、馬鹿な生き物だからな。』
『……………』
『早速だが、命令だ。お前の知識を我国の為に使え。』
『……………』
『馬鹿な女だが、異世界の知識は素晴らしい。あの【ホットワイン】を改良して、薬とするのだ。』
「…それは、出来かねます…」
……え~~い…っ、…これ以上は無理だ…っ!!
『…! 何だと…っ!?』
「…あの【ホットワイン】は、私の世界でも薬として用いる事もありましたが…あくまでも民間療法としてですし…」
『やかましい! 余が「やれ」と言ったら、やれば良いのだっ!!』
「……………」 ……出たよ…独裁者の本性が……
『理解ったな! 見事、成功したら、帰してやる。』
「……………」 ……誰が信じるんですか…どんな馬鹿でも理解るわ……
俯いてしまったあたしに、ビヤ樽はフン!と鼻を鳴らして。
側近らしき男性に命じた。
『連れて行け。』
と。
『あいつの言う事が本当なら、病人を見れば気が変わる筈だ。』
思わず、顔を上げてしまった。
あたしの表情に、眼の前の醜悪な顔がニヤリと嘲笑う。
『顔色が変わったな…』
「……………」
『どの言葉に反応したのか知らんが、成果を楽しみにしておるぞ。』
「……………」
無言のあたしを無視して、ビヤ樽は部屋を出て行った。
……途端に、空気が清浄になった気がする……
ホッとする間もなく、侍女さん達と近衛兵(?)が先導してあたしを移動させようとするけれど。こんなハイヒールじゃ歩けない!! 文句を言うけど、聞き入れられる事はなかった。両手を侍女さん達が持ってくれて、とある部屋に連れて行かれた。……どうやら、かなり警戒されてるらしい……楽に動けるようにしたくはないのだろう……
あたしの部屋よりは劣るけど、それなりに立派な部屋で。
ベッドには一人の女の子が横たわっていた。
……苦しそうに。
聞けば、この国の第二王女様らしい。
あのビヤ樽の娘だとの事だが、この娘に罪はない。
何でもホットワインを飲んで、今年は風邪を引く人間が極端に少なかったのだが。この王女様には効かなかったらしい。当たり前だ。ホットワインは薬ではない。
体質によって効く人と効かない人間がいて、当然だ。
けれども病人を前にして、そんな言い訳は通用しない。
侍医も見放したと云う患者に、あたしのやれる事をやるしかない。
あたしは思い出せるだけの温かい飲み物にトライしてみる事にしたのだった。
※ ※ ※
【エッグノッグ】を作った残りのミルクで、ホットミルクを作って飲んだのだが。
当たり前だが……眠れる気がしない。
何度も寝返りをうつが、眠気が一向に訪れる気配がない。
諦めて起き上がりたいが、暖炉も消されているからそれも躊躇われる。
【エンジョウジ】を湯たんぽ代わりにして、抱きしめる。
すると。
「…良くあたしの前に、姿を現す事が出来るもんね…」
あたしのベッドの、ブ厚いカーテンの向こうに気配がする。
『奴』
『あいつ』
色んな呼び方をされていたが……裏切り者だ。
「…言い訳はしない…こっちの事情があるとは言え、裏切った事実は事実だ…」
「……………」
「…だけど…今、姫さんが、一番聞きたい情報を持って来た。」
「…っ!」
「…皇帝の様子は相変わらずだ…だが、突然消えちまった姫さんは“神隠し”に合ったとか、自分の世界に戻ったとか思われてる…」
思わず、奥歯を嚙み締める。
当然だ。
誰がこんなに遠くの国に攫われたと思うだろうか。
「…結局、【創都祭】は、皇帝の影武者が務める事になった…」
「……一つだけ、教えて……」
「……答えられる事なら……」
「【転移門】を使ったんでしょう? 誰が操作したの…?」
……そうなのだ。
外国へ行く時は普通に馬車を使うか、【転移門】を作動させるしかない。
けれども【転移門】は、最低二人の魔法を使える人間が必要となるのだ。
“送る”側と、“迎える”側だ。
迎える側はこの国の王族だろうが、今回送った側は…?
「…あいつだよ…姫さんを殺ろうとした奴だ…」
……最悪の予想が、当たってしまった。
あんなに余裕があった理由がハッキリ理解った。
「…あのペッレグリーノ王の、本当の思惑は…?」
神子を誘拐して、皇国や【創都祭】をどうする心算なのか……
「…一つだけだと云う約束だ…」
予想通りに、答えは返って来なかったが。
おまけだと言って囁かれた言葉に、ずっとこらえていたあたしの涙腺のダムは決壊してしまったのだった。
―――神子は必ず帰って来ると言って、ポプリやサシェ作りは続行されてる―――
―――孤児院の子供達を始め、神子と関わった人間達が祈ってるぜ。『ナツキ様が早くご無事に帰って来ますように。』ってな―――
頬を舐められて。
【エンジョウジ】が、あたしにじゃれついてるのだと思って。
「…う~ん…もう朝…? …待って…今、起きるから…」
意識が緩やかに浮上して来て。
ある事に気が付いて。
ガバッと起き上がれば。
そこは見た事もない部屋で。
見知らぬ無表情の女性がいた。
「…おはようございます、神子様…今、洗顔のお湯をお持ち致します。」
完璧な大陸共通言語だが……彼女の服装と、言葉の内容で理解ってしまう。
この部屋が、敵地だと―――
※ ※ ※
意識のない間に着替えさせられた事が不愉快で、着替えを要求した。
まあ、ペッレグリーノは厳寒の地だから、あの春の軽いワンピースのままだったら確実に風邪を引いてしまっていただろうけど。それとこれとは別なのだ。寝室にも隣のリビングルームにも暖炉があって、赤々と炎が燃えて部屋を暖めている。
他の侍女さん(多分)が運んで来たお湯で簡単に洗顔して。
出された朝食を黙々と平らげた。
食べる物を食べておかないと、いざと云う時に動けない。
でも直ぐに後悔しそうになった。
無理矢理に着替えさせられたのは、厚手の生地の豪奢なドレス。
コルセットをギュウギュウに締め付けられて悲鳴を上げた。
宝石がふんだんに使われたアクセサリー。
歩くのにも苦労しそうなハイヒール。
髪を結われそうになって慌てて外した組紐は、咄嗟に【エンジョウジ】の首にリボンとして飾ってやった。驚いた事に、黒猫は本当に【エンジョウジ】だったのだ!
毎日見てる愛猫を間違えるもんですか!
匂いも間違いなく【エンジョウジ】のものだ!
あたしが束の間、和んでると。
今回の黒幕が物々しく登場した。
ペッレグリーノ王は、いつ見ても肥満体だ。
絶対に肝臓が悪いし、糖尿病に違いない!
『異世界から来た神子が、どんな言葉も理解出来ると云うのは本当か?』
向かいのソファーに沈んだビヤ樽は、いきなり尊大に話し掛けて来た。
無視してやりたかったが、あたしだって命は惜しい。
『…本当です…』
たどたどしいペッレグリーノ語で何とか答える。
家庭教師先生、ありがとうございました!
『ほう…我国の言語も習得済か。』
『…恐れ入ります…』
『賢いのか愚かなのか、理解らんな。』
『……………』
『まあ、女は、馬鹿な生き物だからな。』
『……………』
『早速だが、命令だ。お前の知識を我国の為に使え。』
『……………』
『馬鹿な女だが、異世界の知識は素晴らしい。あの【ホットワイン】を改良して、薬とするのだ。』
「…それは、出来かねます…」
……え~~い…っ、…これ以上は無理だ…っ!!
『…! 何だと…っ!?』
「…あの【ホットワイン】は、私の世界でも薬として用いる事もありましたが…あくまでも民間療法としてですし…」
『やかましい! 余が「やれ」と言ったら、やれば良いのだっ!!』
「……………」 ……出たよ…独裁者の本性が……
『理解ったな! 見事、成功したら、帰してやる。』
「……………」 ……誰が信じるんですか…どんな馬鹿でも理解るわ……
俯いてしまったあたしに、ビヤ樽はフン!と鼻を鳴らして。
側近らしき男性に命じた。
『連れて行け。』
と。
『あいつの言う事が本当なら、病人を見れば気が変わる筈だ。』
思わず、顔を上げてしまった。
あたしの表情に、眼の前の醜悪な顔がニヤリと嘲笑う。
『顔色が変わったな…』
「……………」
『どの言葉に反応したのか知らんが、成果を楽しみにしておるぞ。』
「……………」
無言のあたしを無視して、ビヤ樽は部屋を出て行った。
……途端に、空気が清浄になった気がする……
ホッとする間もなく、侍女さん達と近衛兵(?)が先導してあたしを移動させようとするけれど。こんなハイヒールじゃ歩けない!! 文句を言うけど、聞き入れられる事はなかった。両手を侍女さん達が持ってくれて、とある部屋に連れて行かれた。……どうやら、かなり警戒されてるらしい……楽に動けるようにしたくはないのだろう……
あたしの部屋よりは劣るけど、それなりに立派な部屋で。
ベッドには一人の女の子が横たわっていた。
……苦しそうに。
聞けば、この国の第二王女様らしい。
あのビヤ樽の娘だとの事だが、この娘に罪はない。
何でもホットワインを飲んで、今年は風邪を引く人間が極端に少なかったのだが。この王女様には効かなかったらしい。当たり前だ。ホットワインは薬ではない。
体質によって効く人と効かない人間がいて、当然だ。
けれども病人を前にして、そんな言い訳は通用しない。
侍医も見放したと云う患者に、あたしのやれる事をやるしかない。
あたしは思い出せるだけの温かい飲み物にトライしてみる事にしたのだった。
※ ※ ※
【エッグノッグ】を作った残りのミルクで、ホットミルクを作って飲んだのだが。
当たり前だが……眠れる気がしない。
何度も寝返りをうつが、眠気が一向に訪れる気配がない。
諦めて起き上がりたいが、暖炉も消されているからそれも躊躇われる。
【エンジョウジ】を湯たんぽ代わりにして、抱きしめる。
すると。
「…良くあたしの前に、姿を現す事が出来るもんね…」
あたしのベッドの、ブ厚いカーテンの向こうに気配がする。
『奴』
『あいつ』
色んな呼び方をされていたが……裏切り者だ。
「…言い訳はしない…こっちの事情があるとは言え、裏切った事実は事実だ…」
「……………」
「…だけど…今、姫さんが、一番聞きたい情報を持って来た。」
「…っ!」
「…皇帝の様子は相変わらずだ…だが、突然消えちまった姫さんは“神隠し”に合ったとか、自分の世界に戻ったとか思われてる…」
思わず、奥歯を嚙み締める。
当然だ。
誰がこんなに遠くの国に攫われたと思うだろうか。
「…結局、【創都祭】は、皇帝の影武者が務める事になった…」
「……一つだけ、教えて……」
「……答えられる事なら……」
「【転移門】を使ったんでしょう? 誰が操作したの…?」
……そうなのだ。
外国へ行く時は普通に馬車を使うか、【転移門】を作動させるしかない。
けれども【転移門】は、最低二人の魔法を使える人間が必要となるのだ。
“送る”側と、“迎える”側だ。
迎える側はこの国の王族だろうが、今回送った側は…?
「…あいつだよ…姫さんを殺ろうとした奴だ…」
……最悪の予想が、当たってしまった。
あんなに余裕があった理由がハッキリ理解った。
「…あのペッレグリーノ王の、本当の思惑は…?」
神子を誘拐して、皇国や【創都祭】をどうする心算なのか……
「…一つだけだと云う約束だ…」
予想通りに、答えは返って来なかったが。
おまけだと言って囁かれた言葉に、ずっとこらえていたあたしの涙腺のダムは決壊してしまったのだった。
―――神子は必ず帰って来ると言って、ポプリやサシェ作りは続行されてる―――
―――孤児院の子供達を始め、神子と関わった人間達が祈ってるぜ。『ナツキ様が早くご無事に帰って来ますように。』ってな―――
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