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本編
No,2
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あたしの誕生日は、二十四節季の『寒露』と呼ばれる十月八日だ。
本格的な秋の始まりとされ、毎年この日が楽しみだった。
芸術の秋。
読書の秋。
スポーツの秋。
だが、あたしは何たって断然、食欲の秋だ!!
果物にスイーツ、寒くなってくれば鍋物だって美味しい。
昔は焼き芋屋の車を追い掛けて走ったっけ。
『い~し焼~き、いもぉ~~♪』
との拡声器からの声が懐かしい。
この世界に来てからお陰さまで贅沢をさせて頂いているが、たまにすごく日本食が恋しくなる時がある。炊き立ての白米、納豆、梅干し!! これらは日本が異世界にも誇る事の出来る魂の食なのだ!! 外国に行って、日本食が恋しくなる人の気持ちが良く理解る。まあ、三食頂けるだけ有り難く思わずばなるまいが。
神聖ブリュール皇国(長いので、以降『皇国』と省略)は、温暖な地域にあり日本と同じく四季もある。季節がはっきりしているのは、実はかなり嬉しい。何と言っても情緒と云うものがあるからだ。これが常夏の国だったり、反対に極寒の国だったりしたらと思うとゾッとする。まあ実際、このセルヴァン大陸の中にはそんな地域の国もあるらしいが、皇国に呼ばれて本当に良かったと心から思う。
あたしの誕生日は【生誕祭】として、盛大に催され祝われる。
本人は非常に恥ずかしく、出来るなら辞退したかったのだが、宰相閣下に『慣例ですから、ご辛抱下さい』と押し切られた。聞けば、代々の異世界からの皇妃の誕生日がそのように祝われたと言うのだから仕方がない。“神子”がこの世界にやって来ると云う事自体が、最高神・レヴィの祝福を受ける事と同義とされるらしいので。国家的行事としてあたしはひたすら心を無にしてこの日を乗り切る事にしている。
儀礼として皇帝陛下や家臣の貴族の皆さんから贈り物を頂くが、表面上は一応喜んでみせる。まあ、これも義理だ。日常的に、定期的に贈られてくる賄賂に比べれば、なんぼか受け取り易い。ドレスや宝石などのアクセサリーは勿体なくてため息が出た。専用に設けられた部屋に収納されたが、あたしが着用する日は一生あるまい。よほど質に入れて現金化して孤児院に寄付したかったが、これも皇妃の義務だと思って諦めた。ただ、今年の贈り物の中には、今国一番の評判の女流画家・レティシアの絵があって笑わせて頂いた。
そんな茶番の中、あたしが一番嬉しかったのは。
「ナツキ様、おたんじょうび、おめでとうございます!!」
「おたんじょーび、おめっとーございます!!」
孤児院の子供たちの明るい祝福の声と、手作りのプレゼントの数々だ。
滅多に外出が許されないあたしだが、例外がある。
それが神殿の礼拝と、孤児院の訪問だ。
八日は式典で来れなかったが、翌日に王宮から一番近くにある首都一大きな孤児院を訪問した。もうここの子供たちとはすっかり顔馴染みだ。リンゴの様なほっぺをした可愛い子供たちの祝福が何より嬉しい。
「ありがとう。嬉しいわ、大事にするわね。」
折り紙や押し花の栞などが精一杯丁寧にラッピングされていて、あたしを満面の笑顔にさせてくれた。中にはクレヨンもどきであたしの似顔絵を描いてくれた子もいて、嬉しいサプライズに心が弾む。そしてめいいっぱいみんなで遊んだ。鬼ごっこやかくれんぼは定番だが、あたしが教えた『ダルマサンガコロンダ』も子供たちには大人気だ。みんなが思い思いの形で固まるのが可笑しくて、笑いを堪えるのに毎度苦労する羽目になる。
院長のバルバラ先生とアマーリア先生たちの心尽くしのご馳走が素朴であたしの舌に優しい味わいを奏でる。しかし何よりのご馳走は子供たちの邪気や飾り気がまるでない笑顔だ。この上もなく温かな雰囲気に和んでしまうのは仕方がないだろう。どんな豪華な宮廷ディナーよりもあたしには価値ある食事だ。あたしはこの日の為に、子供たちに手作りのクッキーを持って来た。勿論、王宮のお菓子職人のお菓子も持参した。歓声を上げて喜んでくれた子供たちは、どちらも本当に美味しそうに食べてくれた。院長と一番年嵩のアマーリア先生と、他の先生たちはしきりに恐縮していたけど(苦笑)。
「ありがとうございます、ナツキ様。
職業訓練校は、試行錯誤をしながらも何とか運営されております。」
「ナツキ様には一度、直にお礼を申し上げたかったのですわ。」
大興奮だった子供たちだが、お腹が膨れたら眠くなってしまったようで。
ぐっすり夢の中にいる間、大人三人は食後のお茶を飲みながら歓談中だ。
二年前。
“神風”を吹かせて国を救った褒美をとらせようと。何でも望みの物を言うが良いと尊大な態度の皇帝陛下に、あたしが望んだ事は『職業訓練校』の設立だった。
孤児院には基本的に成人の十五歳までしかいられない。その後は社会に放り出されてしまうのだが、孤児がマトモな職に就けるのはごく稀なケースだ。スリやかっぱらい、悪くすれば貧民街に身を落としてしまう。奴隷制度がないだけましだが、身体を売る事も一般的だと言うのだから酷い話である。だから職業軍人になるぐらいしか自立する方法がなかったのである。職人には徒弟制度があるが、こんな処に弟子入り出来るのは普通の家庭で育った子供たちに限られてしまう。
だから、あたしは考えた。
『職業訓練校』を創ろうと。
そして、望む孤児みんなをここに入れようと。
勿論、こんな概念はこの世界にはない。
だが、あたしが異世界の人間なのは周知の事実だ。
あたしの世界の常識として心ある職人たちを募り。
“弟子に教える事”を職業として、『師匠』として就任してもらう事にしたのだ。
親方や弟子と云う身分制度が厳然とある中で、この様な考えは最初はまったく受け入れられなかった。だが、一人、二人とあたしの考えに賛同してくれる人が現れて、キチンと機能されてきたのは本当にごく最近だ。お二人には良く相談にのって頂いた。あたしの夢は皇国中の孤児たち全てが受け入れられる事が出来る程の数の訓練校を創る事だ。この国は広いし、孤児院はここだけではないのだから。
この学校の設立には難色を示す人々も多かったが、孤児たちの将来を憂う人たちもまた多かった。反対する人には“皇帝陛下の勅命”で押し切った。何か問題が起これば切腹ものの覚悟で始めた事なのだ。いざとなれば『元の世界に戻る』と言う切り札で黙らせた。そして意外な事に皇帝陛下が学校設立の予算の計上に渋る貴族議員たちに『皇妃が神風を起こさなければ、国を守る為にお前の子供たちが兵士として戦争に出て行っていたかも知れないのだぞ』と議会で言い放ち。焦った彼らが慌てて賛成にまわったばかりでなく、こぞって寄付を申し出てくれたのは嬉しい誤算だった。正直、陛下を見直した。そしてお礼を言うと『構わん。事実だ。』としか言ってくれなかったが、助かったのも事実だ。
そしてようやく軌道に乗り始めたのだ。
「ベッペが将来は靴職人になりたいと言い出したのですわ。」
「カミッロは家具職人に。」
「エリカはお菓子職人ですわ!」
「では私が、ベッペの靴とカミッロの家具とエリカのお菓子を初めて購入する人間になりますから頑張って勉強してねと伝えて下さい。」
「まあ、そんな! 王宮に献上なんて、とんでもありませんわ!!」
「ですから王宮にではなく、あくまで画家の【レティシア】個人としてです。」
「………………………」
「………………………」
「…それなら、良いでしょう…?」
「…ありがとうございます…っ!」
「…どんなに三人の励みになります事か…っ!!」
孤児院のみんなは、あたしが画家の【レティシア】だと云う事を知ってる。
実は精霊の絵をここにプレゼントした事が、あたしのこの世界での画家人生の始まりなのだ。『【レティシア】の初作品』としてオークションにでも出せば、好事家や金満貴族が喜んで高値で競り落としてくれるだろう(笑)。子供たちは『指きりげんまん』で黙っててくれている。子供と云うのは残酷なイキモノだが、ひたすら純粋なのだ。
あたしは二人に見送られて帰途についた。
そして、その翌々日。
早速のように嫌味を言われた。
王宮の廊下ですれ違った貴族に言われたのだ。
「…皇妃様も人気取りに励んでおられるようですが、孤児院にこれ以上の肩入れは感心しませんな…所詮あの者たちは、下賤な血を持つ輩なのですから…」と。
この言葉に、あたしはキレた。
「…まあ、申し訳ございません…実は私も、その下賤な出なもので…」
「…ハ…?」
「…元の世界の『ジドウヨウゴシセツ』で…この世界で言う孤児院で育った孤児なのですわ…」
「…そ…それは…」
「…四歳頃に養子に出されましたけど…」
「………………………」
「…ですから、私の誕生日とは、私が発見された日なのです…そんな日を生誕祭などと、本当に申し訳なく思っているのですわ…」
「………………………」
「…そんな下賤な血を持つ私が“神子”などと、何かの間違いなのかも知れませんわね…」
「………………………」
「…でも、私、こうも思いますのよ…孤児たちは“慈悲の女神の愛し子”と申しますが、私も最高神の“愛し子”になるべく生まれて来たのかも知れないなどと…おこがましい考えなのは、充分承知しておりますが…」
「………………………」
「…勿論、そんな事は私の勝手な考えですから、こんなどこの馬の骨かも知れない娘などこの由緒ある皇国の皇妃に相応しくないとお考えでしたら皇帝陛下に奏上して下さいませ…残念ですが、いつでも元の世界に戻らせて頂きますから…」
「…! そ、それは…っ!!」
「…アッパ・コルナーリャ公爵様のご令嬢のベルナルディーノ様は、確か陛下のご寵姫でいらっいますから何の心配もございませんものね…では、失礼させて頂きますわ。」
慌てた様子の公爵サマに、精々優雅に見える様にお辞儀をするとあたしはその場を去った。
古の時代、“神子”はレヴィの恩寵を受けた者として“愛し子”とも呼ばれたそうだ。その“愛し子”と婚姻を結ぶ事によって皇帝に、ひいては皇国に恩寵をもたらすとして“神子”と呼ぶ事が一般的になっていったそうだ。
『皇帝なんかお前の娘に熨斗つけてくれてやるよ!
文句があるならいつでも帰ってやるぜ!!』
との捨て台詞の皮肉はさすがに理解出来ただろう。
※ ※ ※
そう、あたしは捨て子だ。
キラキラネーム並みの名前だが、当時の市長が遊び心のあるお茶目な性格の女性だったようだ。四歳位までの間、施設で育った。施設での事は正直、良く覚えていないが。
『今日から私たちがあなたのお母さんとお父さんよ。』
との言葉と、握られた手の温かさと柔らかさだけははっきり覚えてる。
八道の両親の顔は忘れてしまった。
養子にした一年後には離婚してしまって、どちらも引き取りを拒否したから。
離婚の原因は誰も教えてくれなかった。
あたしは二度捨てられたのだ。
そんなあたしを不憫に思ったのか、息子の無責任を嘆いて責任を感じたのか、八道の祖父母があたしを引き取って育ててくれた。あたしに人間の精神の優しさと温かさを教えてくれたのは、恩を感じているのは祖父と祖母だけだ。“人間”と云う生物に絶望しなかったのは、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんのお陰なのだ。
いつか、還りたい。
そして、二人の位牌とお墓を守って暮らしたい。
―――それまでは。
この異世界で、精一杯生きてゆく―――
本格的な秋の始まりとされ、毎年この日が楽しみだった。
芸術の秋。
読書の秋。
スポーツの秋。
だが、あたしは何たって断然、食欲の秋だ!!
果物にスイーツ、寒くなってくれば鍋物だって美味しい。
昔は焼き芋屋の車を追い掛けて走ったっけ。
『い~し焼~き、いもぉ~~♪』
との拡声器からの声が懐かしい。
この世界に来てからお陰さまで贅沢をさせて頂いているが、たまにすごく日本食が恋しくなる時がある。炊き立ての白米、納豆、梅干し!! これらは日本が異世界にも誇る事の出来る魂の食なのだ!! 外国に行って、日本食が恋しくなる人の気持ちが良く理解る。まあ、三食頂けるだけ有り難く思わずばなるまいが。
神聖ブリュール皇国(長いので、以降『皇国』と省略)は、温暖な地域にあり日本と同じく四季もある。季節がはっきりしているのは、実はかなり嬉しい。何と言っても情緒と云うものがあるからだ。これが常夏の国だったり、反対に極寒の国だったりしたらと思うとゾッとする。まあ実際、このセルヴァン大陸の中にはそんな地域の国もあるらしいが、皇国に呼ばれて本当に良かったと心から思う。
あたしの誕生日は【生誕祭】として、盛大に催され祝われる。
本人は非常に恥ずかしく、出来るなら辞退したかったのだが、宰相閣下に『慣例ですから、ご辛抱下さい』と押し切られた。聞けば、代々の異世界からの皇妃の誕生日がそのように祝われたと言うのだから仕方がない。“神子”がこの世界にやって来ると云う事自体が、最高神・レヴィの祝福を受ける事と同義とされるらしいので。国家的行事としてあたしはひたすら心を無にしてこの日を乗り切る事にしている。
儀礼として皇帝陛下や家臣の貴族の皆さんから贈り物を頂くが、表面上は一応喜んでみせる。まあ、これも義理だ。日常的に、定期的に贈られてくる賄賂に比べれば、なんぼか受け取り易い。ドレスや宝石などのアクセサリーは勿体なくてため息が出た。専用に設けられた部屋に収納されたが、あたしが着用する日は一生あるまい。よほど質に入れて現金化して孤児院に寄付したかったが、これも皇妃の義務だと思って諦めた。ただ、今年の贈り物の中には、今国一番の評判の女流画家・レティシアの絵があって笑わせて頂いた。
そんな茶番の中、あたしが一番嬉しかったのは。
「ナツキ様、おたんじょうび、おめでとうございます!!」
「おたんじょーび、おめっとーございます!!」
孤児院の子供たちの明るい祝福の声と、手作りのプレゼントの数々だ。
滅多に外出が許されないあたしだが、例外がある。
それが神殿の礼拝と、孤児院の訪問だ。
八日は式典で来れなかったが、翌日に王宮から一番近くにある首都一大きな孤児院を訪問した。もうここの子供たちとはすっかり顔馴染みだ。リンゴの様なほっぺをした可愛い子供たちの祝福が何より嬉しい。
「ありがとう。嬉しいわ、大事にするわね。」
折り紙や押し花の栞などが精一杯丁寧にラッピングされていて、あたしを満面の笑顔にさせてくれた。中にはクレヨンもどきであたしの似顔絵を描いてくれた子もいて、嬉しいサプライズに心が弾む。そしてめいいっぱいみんなで遊んだ。鬼ごっこやかくれんぼは定番だが、あたしが教えた『ダルマサンガコロンダ』も子供たちには大人気だ。みんなが思い思いの形で固まるのが可笑しくて、笑いを堪えるのに毎度苦労する羽目になる。
院長のバルバラ先生とアマーリア先生たちの心尽くしのご馳走が素朴であたしの舌に優しい味わいを奏でる。しかし何よりのご馳走は子供たちの邪気や飾り気がまるでない笑顔だ。この上もなく温かな雰囲気に和んでしまうのは仕方がないだろう。どんな豪華な宮廷ディナーよりもあたしには価値ある食事だ。あたしはこの日の為に、子供たちに手作りのクッキーを持って来た。勿論、王宮のお菓子職人のお菓子も持参した。歓声を上げて喜んでくれた子供たちは、どちらも本当に美味しそうに食べてくれた。院長と一番年嵩のアマーリア先生と、他の先生たちはしきりに恐縮していたけど(苦笑)。
「ありがとうございます、ナツキ様。
職業訓練校は、試行錯誤をしながらも何とか運営されております。」
「ナツキ様には一度、直にお礼を申し上げたかったのですわ。」
大興奮だった子供たちだが、お腹が膨れたら眠くなってしまったようで。
ぐっすり夢の中にいる間、大人三人は食後のお茶を飲みながら歓談中だ。
二年前。
“神風”を吹かせて国を救った褒美をとらせようと。何でも望みの物を言うが良いと尊大な態度の皇帝陛下に、あたしが望んだ事は『職業訓練校』の設立だった。
孤児院には基本的に成人の十五歳までしかいられない。その後は社会に放り出されてしまうのだが、孤児がマトモな職に就けるのはごく稀なケースだ。スリやかっぱらい、悪くすれば貧民街に身を落としてしまう。奴隷制度がないだけましだが、身体を売る事も一般的だと言うのだから酷い話である。だから職業軍人になるぐらいしか自立する方法がなかったのである。職人には徒弟制度があるが、こんな処に弟子入り出来るのは普通の家庭で育った子供たちに限られてしまう。
だから、あたしは考えた。
『職業訓練校』を創ろうと。
そして、望む孤児みんなをここに入れようと。
勿論、こんな概念はこの世界にはない。
だが、あたしが異世界の人間なのは周知の事実だ。
あたしの世界の常識として心ある職人たちを募り。
“弟子に教える事”を職業として、『師匠』として就任してもらう事にしたのだ。
親方や弟子と云う身分制度が厳然とある中で、この様な考えは最初はまったく受け入れられなかった。だが、一人、二人とあたしの考えに賛同してくれる人が現れて、キチンと機能されてきたのは本当にごく最近だ。お二人には良く相談にのって頂いた。あたしの夢は皇国中の孤児たち全てが受け入れられる事が出来る程の数の訓練校を創る事だ。この国は広いし、孤児院はここだけではないのだから。
この学校の設立には難色を示す人々も多かったが、孤児たちの将来を憂う人たちもまた多かった。反対する人には“皇帝陛下の勅命”で押し切った。何か問題が起これば切腹ものの覚悟で始めた事なのだ。いざとなれば『元の世界に戻る』と言う切り札で黙らせた。そして意外な事に皇帝陛下が学校設立の予算の計上に渋る貴族議員たちに『皇妃が神風を起こさなければ、国を守る為にお前の子供たちが兵士として戦争に出て行っていたかも知れないのだぞ』と議会で言い放ち。焦った彼らが慌てて賛成にまわったばかりでなく、こぞって寄付を申し出てくれたのは嬉しい誤算だった。正直、陛下を見直した。そしてお礼を言うと『構わん。事実だ。』としか言ってくれなかったが、助かったのも事実だ。
そしてようやく軌道に乗り始めたのだ。
「ベッペが将来は靴職人になりたいと言い出したのですわ。」
「カミッロは家具職人に。」
「エリカはお菓子職人ですわ!」
「では私が、ベッペの靴とカミッロの家具とエリカのお菓子を初めて購入する人間になりますから頑張って勉強してねと伝えて下さい。」
「まあ、そんな! 王宮に献上なんて、とんでもありませんわ!!」
「ですから王宮にではなく、あくまで画家の【レティシア】個人としてです。」
「………………………」
「………………………」
「…それなら、良いでしょう…?」
「…ありがとうございます…っ!」
「…どんなに三人の励みになります事か…っ!!」
孤児院のみんなは、あたしが画家の【レティシア】だと云う事を知ってる。
実は精霊の絵をここにプレゼントした事が、あたしのこの世界での画家人生の始まりなのだ。『【レティシア】の初作品』としてオークションにでも出せば、好事家や金満貴族が喜んで高値で競り落としてくれるだろう(笑)。子供たちは『指きりげんまん』で黙っててくれている。子供と云うのは残酷なイキモノだが、ひたすら純粋なのだ。
あたしは二人に見送られて帰途についた。
そして、その翌々日。
早速のように嫌味を言われた。
王宮の廊下ですれ違った貴族に言われたのだ。
「…皇妃様も人気取りに励んでおられるようですが、孤児院にこれ以上の肩入れは感心しませんな…所詮あの者たちは、下賤な血を持つ輩なのですから…」と。
この言葉に、あたしはキレた。
「…まあ、申し訳ございません…実は私も、その下賤な出なもので…」
「…ハ…?」
「…元の世界の『ジドウヨウゴシセツ』で…この世界で言う孤児院で育った孤児なのですわ…」
「…そ…それは…」
「…四歳頃に養子に出されましたけど…」
「………………………」
「…ですから、私の誕生日とは、私が発見された日なのです…そんな日を生誕祭などと、本当に申し訳なく思っているのですわ…」
「………………………」
「…そんな下賤な血を持つ私が“神子”などと、何かの間違いなのかも知れませんわね…」
「………………………」
「…でも、私、こうも思いますのよ…孤児たちは“慈悲の女神の愛し子”と申しますが、私も最高神の“愛し子”になるべく生まれて来たのかも知れないなどと…おこがましい考えなのは、充分承知しておりますが…」
「………………………」
「…勿論、そんな事は私の勝手な考えですから、こんなどこの馬の骨かも知れない娘などこの由緒ある皇国の皇妃に相応しくないとお考えでしたら皇帝陛下に奏上して下さいませ…残念ですが、いつでも元の世界に戻らせて頂きますから…」
「…! そ、それは…っ!!」
「…アッパ・コルナーリャ公爵様のご令嬢のベルナルディーノ様は、確か陛下のご寵姫でいらっいますから何の心配もございませんものね…では、失礼させて頂きますわ。」
慌てた様子の公爵サマに、精々優雅に見える様にお辞儀をするとあたしはその場を去った。
古の時代、“神子”はレヴィの恩寵を受けた者として“愛し子”とも呼ばれたそうだ。その“愛し子”と婚姻を結ぶ事によって皇帝に、ひいては皇国に恩寵をもたらすとして“神子”と呼ぶ事が一般的になっていったそうだ。
『皇帝なんかお前の娘に熨斗つけてくれてやるよ!
文句があるならいつでも帰ってやるぜ!!』
との捨て台詞の皮肉はさすがに理解出来ただろう。
※ ※ ※
そう、あたしは捨て子だ。
キラキラネーム並みの名前だが、当時の市長が遊び心のあるお茶目な性格の女性だったようだ。四歳位までの間、施設で育った。施設での事は正直、良く覚えていないが。
『今日から私たちがあなたのお母さんとお父さんよ。』
との言葉と、握られた手の温かさと柔らかさだけははっきり覚えてる。
八道の両親の顔は忘れてしまった。
養子にした一年後には離婚してしまって、どちらも引き取りを拒否したから。
離婚の原因は誰も教えてくれなかった。
あたしは二度捨てられたのだ。
そんなあたしを不憫に思ったのか、息子の無責任を嘆いて責任を感じたのか、八道の祖父母があたしを引き取って育ててくれた。あたしに人間の精神の優しさと温かさを教えてくれたのは、恩を感じているのは祖父と祖母だけだ。“人間”と云う生物に絶望しなかったのは、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんのお陰なのだ。
いつか、還りたい。
そして、二人の位牌とお墓を守って暮らしたい。
―――それまでは。
この異世界で、精一杯生きてゆく―――
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