Where In The World

天野斜己

文字の大きさ
上 下
53 / 64
Together Forever

No,5

しおりを挟む
私は眼の前の馳走を信じられない思いで、しばらく呆然と見つめてしまった。
なぜならば、その料理を作ったと言って眼の前で満面の笑みを浮かべている最愛の皇妃ナツキは、【迎春祭】のこの時期も、【創都祭】の準備で大わらわだったはずなのだから。



※ ※ ※



あたしは現在いま、猛烈に忙しい。
【ポプリ】や【サシェ】作りに大わらわなのだ。
【創都祭】の特設市場バザールで販売するのは勿論だが、ヴィオの計らいでアロマ香油もどきを販売しているお店に卸売させて貰える事になったのだ。あたしは密かに心配していた。あたしの『卸売の収益を孤児院運営や、職業訓練校の奨学金に使いたい。』との目論見を聞いたヴィオが“皇帝陛下”の権威を使って、販売店に無理を言ったのではないかと。
けれどそんな心配は、無用の長物だった。
あたしを【レティシア】として売り出す時に発揮した“ダリオ”達の手腕が今回も生かされたらしいが。今回は神子あたしの正体もハッキリさせた所為で、販売店の方から『是非とも取扱いさせて頂きたい!!』との熱い要望があったらしい。
「“奇跡の神子”の作った物なんだぜ?
 どの店でも喉から手が出る程欲しいだろうさ。」
とは、ダリオの言なのだが。

(…その“奇跡の神子”って呼び名、どうにかならないかなァ…)

ヴィオもアデラ達も口を揃えて言う。
「諦めてくれ(下さい)。」
と。
ダリオなんかもっと酷い。
あたしの顔をジッと見つめて溜息を吐いてまでの一刀両断だ。
「絶対ぇ、無理だ。諦めろ。」
などと。

だけど、絶対ぇ、諦めたくない!!

閑話休題。
そんな訳でヴィオとダリオ達のお陰で、あたしの念願の『卸売』が実現するのだ。
しかも商家の友人達の商魂もたくましい。『【創都祭】の特設市場バザールは絶対、成功させてみせますわ!!』と鼻息も荒く、意気軒昂なのだ。それに孤児院の子供達も先生達も張り切ってくれている。それを見ていると、『この可愛い子供達の為にも、頑張らねば!!』とあたしの鼻息も荒くなってしまうのだ(笑)。

ただ、愛する旦那さまヴィオの事を疎かにする心算は決してない。
そもそもポプリやサシェの卸売が実現するのも、ヴィオのお陰なのだ。
ヴィオが孤児院や職業訓練校の事を慮ってくれてる事は知っているが。
今回の事は『あたしのため』との想いがあった事は自惚れではないと思う(照)。

今まではヴィオに疎まれていると信じ込んでいたので、【迎春祭】の事はあまり重要視していなかった。けれども、今年は事情が違う。そもそも【迎春祭】は春の訪れを祝うお祭りだが、家族で手作りのご馳走を囲んで和やかに過ごすものなのだ。ヴィオは、あたしのたった一人の“家族”なのだ。大切に大切にしたい。
『ヴィオの為に、【迎春祭】のご馳走を作りたい。』
デーボラに相談したら、喜んで協力を申し出てくれた。
厨房に話を通して、隅っこを使わせて貰える事になったのだ。
レシピは庶民である友人達を頼った。
貴族であるデーボラやアデラ達、侍女の皆さんは料理などした事はないのだから。

あたしは宮廷料理を食べ慣れているヴィオに『家庭料理』を食べて欲しいのだ。
だから、庶民の味を教えて貰えるのは、ホントにありがたい。
ただ、ホントの本音を言わせて貰えば。
あたしの世界・・・・・・での家庭料理を食べて欲しい。
特にお祖母ちゃん直伝の肉じゃが。
普通の肉じゃがは牛肉とジャガイモの他に玉ねぎや人参などを入れるが、八道家の肉じゃがは違う。鶏肉を使うのだ。鶏肉とジャガイモだけのシンプルな料理ものなのだが、それが良いのだ。
ヴィオに頼めば簡単だろう。
あたしの為に簡単に転移して、調理する場所も用意してくれるだろう。
けれどもそれではサプライズにならないし、何よりも。
転移の為の魔力を消費させてしまう事も。
材料費から何から何までの費用を負担させてしまう事になる。
そんな事は絶対に嫌なのだ。

あたしのバレンタインのチョコレートケーキをあんなに喜んでくれたヴィオ。
ホワイトデーには、あんなに素敵なデートプランを考えてくれたヴィオ。
あたしの為にポプリやサシェを卸売する事を実現させてくれたヴィオ。
そんなヴィオのために、あたしも何かしたいし、せずにはいられない。
ささやかではあるけれど、あたしに出来る範囲内で。
あたしはその為の準備を着々と進めて行ったのだった。



※ ※ ※



珍しく愛する妻ナツキにおねだり事をされた。
それも【迎春祭】の為の祈りを私と一緒に捧げたい、と。
そんな可愛いらしい願いを私が叶えぬ筈がないではないか!
ただ、その祈りを宮殿内の小さな礼拝堂で行おうと考えている事が、いかにも彼女らしい。
我が国には大神殿とレヴィ神殿の他に、六柱の女神のそれぞれの神殿が存在する。
どこの神殿でも、七都姫の訪れを心待ちにしている。
だが、どこの神殿も権威付けの下心を持っているし。
どこかの神殿だけ・・と言うのは難しいだろう。
礼拝に訪れるとしたら、大神殿が一番望ましい。
大神官も、特別な神子である七都姫に敬意を持ってはいるが、特に『崇め奉る』と云う事をしない。七都姫がそう云う・・・・事を苦手としている事を良く知っているからだ。それに妙な下心もないし、七都姫の事を見つめる眼差しが孫を見つめる好々爺のようなをしていると思うのは、あながち私の勘違いではない筈だ。
だが、正式な礼拝の訪れとなると、民衆が熱狂し混乱になりかねない。
私はその晩、大神官に“念信テレパシー”で話をし、特別に“転移”による訪問の許可を取った。
彼女にその話をすると案の定、渋い表情かおをしたが、最後は苦笑いで許してくれた。

……私の妻は、本当に優しい女性ひとだ。

こんな女性ひとを生涯の伴侶にする事が出来た私は本当に幸せ者だ。
大切に大切にしなければ。
“影”達を使ってポプリやサシェの卸売の販売店を探した事など、些細な事だ。
第一、七都姫はその収益金を孤児院の運営や、職業訓練校の奨学金に使おうとしているのだから。謂わば、皇国の為なのだ。私が協力するのは当然の事だ。それで七都姫に喜んで貰えるのなら、あの笑顔が見られるならば、私はどんな事でも出来るだろう。



そうして仕事を調整して、迎えた当日。
礼拝の為の白い衣装に身を包んだ私達は私の私室から転移した。
先ずは大神官の私室に転移し、彼の歓迎を受けて。
そして御神体である貴石が祀られている大聖堂へと案内された。
黒蝶石ラブラドライトのような御神体は、今日も相変わらず美しい。
まあ、私の隣にいる妻の瞳には叶わぬが。
心の中で軽く自慢を吐きながら、御神体の前で七都姫と共に跪く。
先導役の大神官が見守る中、二人で一緒にこうべをたれ祈りを捧げる。

ちらりと横を見れば、七都姫は何やら真剣に祈っている。
七都姫の考えを読む・・事は簡単だが、そんな事はしたくはなかった。
彼女の事だ。孤児院や職業訓練校の子供達の将来行く末を案じて、彼らのための祈りでも捧げているに違いない。
言うまでもなく、私はこの皇国の皇帝だ。本来ならば今年の豊作と、皇国の未来の安寧を祈るべきである。
だが、しかし。
この私とて『皇帝』である前に、一人の人間であり一人の男だ。
自分の事を顧みない愛する妻の為に、七都姫の幸福を祈ろう。
勿論、七都姫は私が身命を賭して幸せにする心算だが、『万が一』が決してないとは限らないのだ。
私は時間ギリギリまで、七都姫の幸せを彼女の分までひたすらに祈りを捧げたのだった。

そうして王宮に戻って来ると、七都姫とは分かれた。
私にはまだ執務の続きがあり、彼女も【創都祭】の準備があるのだから。
【迎春祭】の馳走を七都姫と共に食す為に、それまでに今日の分の執務を終わらせなければ。

……そう思っていたのに―――



執務終了後の夜、食堂テーブルに並んでいる数々の料理を前に、茫然自失の状態に陥ってしまう。
それ・・は決して宮廷料理人達が作っている“馳走”とは言い難かった。けれども“家庭料理”の温かさに満ちているそれらの料理は、私にとっては何よりの馳走に見えた。
何よりも。
愛する妻の、私への愛情が込められているのだから。



……ああ……

……七都姫はどこまで、私を幸せにしてくれるのだろう……

……歴代の“レヴィの神子”を妻にする事が出来た王の中でも、私は一番の幸せ者に違いない。



それだけは、自信を持って言える。
皇国中に、大陸中に、いや、異なる世界中に大声で自慢したい最高の気分だ。



※ ※ ※



あたしはヴィオの反応を一瞬、理解出来なかった。
しばらくの間、呆然としていたかと思うと、急にあたしの傍に来て。
抱きしめられたかと思うと、なかなか離してくれなくて。
ようやく離してくれたかと思ったら、何と泣いていたのだ!
そうして震える声でお礼を言ってくれた。

「…ありがとう…
 …こんなに心のこもった【迎春祭】のご馳走は、生まれて初めてだ…」
と。

……何やら物凄く感激してくれてるみたいで、こっちが照れてしまう……
とにかく冷めない内に食べて下さい!と大声で宣言して。
【迎春祭】の晩餐は始まった。

いや、晩餐・・は、語弊があるだろう。
あくまでも食卓・・だ。
銀のカトラリーで食べるには少しばかり抵抗があるかも知れない(苦笑)。
ホントはお箸で食べられるような食卓を囲みたかったのだが仕方ない。
あたしが今回作ったのは、「スープ」と言うよりも「豚汁」もどきと。
生姜焼きもどきとハンバーグもどきと、野菜たっぷりのサラダと。
そうしてこだわりの卵焼きだ。
旬の食材の炊き込みご飯も作りたかったのだが、自信がないので諦めた。
そこは今後の課題だ。

ヴィオは先ず、生姜焼きもどきを口にして。
ゆっくりゆっくり咀嚼して、飲み込んで。
そうして、にっこりと微笑んでくれた。
「…美味い…」
と。
そうしてドンドンとナイフとフォークが進んで、「美味い」を連呼してくれて。
あたしも安心して、自分の分を食べ始めた。

……うん。
初めて作った割りには、上手くいった。
まあ、味見は勿論したのだが、ヴィオの反応がやっぱり不安だったのだ。
なんと言っても相手は、『美食の限りを尽くした』と言っても過言ではない「皇帝陛下」であらせられるのだ。気を使っても使い過ぎる事はない。バレンタインのチョコレートケーキを食べた時以上の蕩けた表情で食べて下さっている(照)。

今日。
【レヴィ大神殿】で祈りを捧げた時。
真っ先に頭に浮かんだのは、隣にいてくれるひとの事だ。
皇帝陛下である彼はきっと皇国くにの事を祈っている筈だから。
陛下ヴィオの事は、“妻”であるあたしが。
あたしが、かれの事を祈ったのだ。
『ヴィオの未来に、幸多かれ。』
と。
クリュヴェイエ様とベルナルディーノ様の祝福を授けられていると言え、やっぱり祈らずにはいられない。愛する旦那さまの幸せな未来を。
……あたし自身が、かれを幸せにする自信は全くないから……
本来の祈りである筈の豊作と国民の幸福祈願が後回しになってしまったあたしは、「皇妃」失格であろうが。そこは平にご容赦願いたい。



……こんな風に、愛するひとと手作りの温かな食卓を囲む事が自分が出来るなんて、思ってもみなかった……



あたしの手作りのお料理を一皿一皿嚙み締めるように味わって下さる、愛する旦那さま。



……ああ。


あたしは、本当に幸せ者だ―――



こうして【迎春祭】の手作りの晩餐は、温かな雰囲気の内に和やかに終わって。
「今度また時間のある時には、そなたの手作りの料理を味わいたい。」
とのヴィオのリクエストを頂き。
それに応えるようになって行ったのも、その晩、あのバレンタインの夜以上の激しさで熱く甘く蕩けるように愛されたのも、言うまでもない(激照)。




尚、大神官は人払いをしてはいたのだが、あたし達の来訪を秘密にしていた訳ではなく、大神殿の神官達の口からアッと言う間に噂になり。『神子様と皇帝陛下が、皇国の国民達我らの為に神殿で祈りを捧げて下さった!!』と大感激され、“奇跡の神子あたし”の人気が更に高まってしまったのは完全な誤算であるし。ポプリやサシェが“奇跡の神子様、ご考案の物”として王都を中心に皇国中に出回るようになり。やがて『持っていると、不思議な幸運に恵まれる』と評判が評判を呼び、大陸中で大人気のグッズとなって行ったのは余談である。
そうして後年、皇国中の孤児院運営に困る事は完全になくなり、七都姫の悲願でもあった職業訓練校が順調に増設、運営されて。そこから数々の優秀な働き手が巣立ち、孤児達は誇りを持って働き。『孤児だから』と云う理由で馬鹿にされる事も、侮蔑される事も軽視される事もなくなって行ったのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

迷い込んだ先で獣人公爵の愛玩動物になりました(R18)

るーろ
恋愛
気がついたら知らない場所にた早川なつほ。異世界人として捕えられ愛玩動物として売られるところを公爵家のエレナ・メルストに買われた。 エレナは兄であるノアへのプレゼンとして_ 発情/甘々?/若干無理矢理/

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

お屋敷メイドと7人の兄弟

とよ
恋愛
【露骨な性的表現を含みます】 【貞操観念はありません】 メイドさん達が昼でも夜でも7人兄弟のお世話をするお話です。

坊っちゃまの計画的犯行

あさとよる
恋愛
お仕置きセックスで処女喪失からの溺愛?そして独占欲丸出しで奪い合いの逆ハーレム♡見目麗しい榑林家の一卵性双子から寵愛を受けるこのメイド…何者? ※性的な描写が含まれます。

前世変態学生が転生し美麗令嬢に~4人の王族兄弟に淫乱メス化させられる

KUMA
恋愛
変態学生の立花律は交通事故にあい気付くと幼女になっていた。 城からは逃げ出せず次々と自分の事が好きだと言う王太子と王子達の4人兄弟に襲われ続け次第に男だった律は女の子の快感にはまる。

処理中です...